ケーキをあきらめる人を作らない~ロースイーツで広がるおやつの輪~

[ 旬の食と暮らし ]

はじめに…ケーキの前で「私はいいよ」が聞こえたら

誕生日のテーブルにケーキが運ばれてくると、それだけで部屋の空気が少し弾みます。箱を開ける人、蝋燭を用意する人、まだ切っていないのに自分の分を目で測っている人。和気藹々とは、たぶんこういう時間のことなのでしょう。ケーキには、食べる前から人を輪の中へ集める不思議な役目があります。

そんな賑やかな席で、フッと小さな声が聞こえることがあります。「私はいいよ」。甘いものが苦手なら、それも立派な選択です。けれど、食物アレルギーがある、食事に制限がある、嚥下(食べ物や飲み物を飲み込む働き)に不安があるなど、「食べたいけれど食べられない」事情から出た言葉なら、少し話が変わってきます。

みんながケーキを口に運ぶ横で、自分だけ別のおやつを受け取る。もちろん安全への配慮は欠かせません。それでも本人の気持ちまで「別席」にしてしまう必要はないはずです。おやつの楽しさは甘さだけではなく、「私も一緒に楽しんでいる」と感じられる時間にもあります。

そこで選択肢の1つになるのが、焼かずに仕上げるロースイーツです。ナッツや果物などを生かしたものがあり、材料の組み合わせによっては卵や乳製品、小麦を使わずに作られるものもあります。 ケーキなのに焼かないと聞けば、「それはケーキなのか?冷蔵庫が頑張った何かなのか?」と少々疑いたくなりますが、そこは食の世界の十人十色。定番とは違う道にも、ちゃんと美味しい景色があります。

大切なのは、ロースイーツなら誰でも食べられると決めることではありません。その人に合う材料や食べやすさを確かめながら、「食べられないから外す」だけではなく「一緒に楽しめる方法はないかな」と考えてみることです。ケーキを囲む輪がほんの少し広がれば、「私はいいよ」が「私も食べてみようかな」に変わる日があるかもしれません。

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第1章…同じものを囲む幸せは「食べる」だけでは終わらない

ケーキを切り分ける瞬間には、妙な緊張感があります。「私は小さいのでいいよ」と言いながら、視線だけはしっかり大きい方を追っていたりする。イチゴが2つ載った一切れを誰が取るのかで、心の中では静かな一喜一憂が始まっています。お祝いの席では、そんな小さな出来事まで含めて楽しい時間なのでしょう。ケーキは口に入る前から、既に人と人を繋いでいます。

ところが、食物アレルギーや食事制限、飲み込みへの不安などがあると、その輪へ同じように入れないことがあります。みんなにはケーキ、自分には別のおやつ。安全を守るために必要な対応であっても、本人の気持ちまで簡単に割り切れるとは限りません。「これも美味しいですよ」と差し出された一皿が、嬉しい日もあれば、みんなと同じものを食べたかったと思う日もあります。食べる気持ちは十人十色です。

高齢者施設なら、その難しさはさらに細かくなります。アレルギーだけでなく、糖分への配慮、噛む力、飲み込む力、その日の体調まで見ながらおやつを考えなければなりません。「甘いものはいらないよ」というひと言も、本当に欲しくないのか、周囲に気を遣っているのかまでは、言葉だけでは分からないことがあります。

だからこそ大切にしたいのは、「全員に同じ物を食べてもらうこと」そのものではありません。安全を守りながら、同じ時間、同じ楽しみ、同じ祝いの輪に参加できる道を増やすことです。形や材料が少し違っても、「あなたの分もちゃんとありますよ」と自然に並んでいるだけで、おやつの風景は随分と変わります。

食べられる物を用意するだけでなく、一緒に楽しめる席を用意することも食事の大切な役目です。

誕生日なら、蝋燭の火を見て笑い、拍手をして、自分のケーキにもフォークを入れる。その一連の時間をみんなで共有できれば、ケーキは単なる栄養でも甘味でもなくなります。食べられなかった人が「食べられる」へ進み、さらに「みんなと楽しめる」へ進む。その小さな違いが、お祝いの席では思った以上に大きな意味を持つのでしょう。

冷蔵庫の中身より先に、人の気持ちを全員分揃えるのは難しいものです。そこまで完璧にできたら、もはや調理担当ではなく宴会の仙人です。それでも「この人も一緒に楽しめるかな」と少し考えるだけなら、今日からできます。おやつの時間が楽しくなる入口は、豪華なケーキより、その小さな気遣いなのかもしれません。


第2章…焼かないのに濃厚?~ロースイーツはケーキの常識をひっくり返す~

ケーキと聞けば、オーブンから漂ってくる甘い香り、ふっくら膨らんだスポンジ、生クリームをたっぷり重ねた姿を思い浮かべる人が多いでしょう。それだけに「焼かないケーキがあります」と聞くと、頭の中に小さな疑問符が浮かびます。焼かないのにケーキ?それはケーキなのか?それとも冷蔵庫に長くいた何かなのか?少し疑いたくなる気持ちも分かります。

ロースイーツ(Raw sweets)は、火を通さずに作るスイーツです。「Raw」は「生」を意味し、いつものケーキとは作り方から違います。スポンジを焼いてクリームを塗るのではなく、ナッツ類をペースト状にしたベースや、ココナッツミルク、デーツなどを組み合わせて形を作っていきます。これまでのケーキの姿から少し離れるだけで、創意工夫の余地がグッと広がるわけです。

面白いのは、焼かないから「あっさりした軽いお菓子」になるとは限らないところです。ナッツ類を使ったベースにはしっかりとしたコクがあり、なめらかな仕上がりはチーズケーキを思わせることもあります。デーツの甘みやココナッツミルクの風味が加われば、スポンジがなくてもちゃんとデザートらしい満足感が生まれます。

ここで「スポンジがないならケーキじゃない」と門前払いするのは、ちょっと待ったです。プリンもようかんも大福も、それぞれ違う姿で甘い時間を担当しています。ケーキだけに厳しい入国審査をする必要もないでしょう。食べ物の楽しみ方は千差万別なのです。

ケーキらしさは「焼いたスポンジ」にあるのではなく、ひと口食べた時に「ああ、美味しい」と笑えるところにあるのかもしれません。

もちろん、ロースイーツなら何でもナッツやデーツを使うという意味ではありません。材料や作り方には様々な組み合わせがあります。大事なのは「普通のケーキの代用品」として見るより、最初から別の魅力を持ったスイーツとして味わうことです。フワフワではなく、シットリ。軽やかなホイップ感ではなく、素材を生かした濃厚さ。いつものケーキと同じ物差しで比べなければ、その個性が見えやすくなります。

お祝いの日にショートケーキがあっても良いし、その隣にロースイーツがあっても良い。選択肢が増えれば、食卓は窮屈になるどころか楽しくなります。「ケーキとはこういうもの」という扉を少し開けてみると、その向こうには焼かないからこそ出会える甘い世界が待っています。

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第3章…やさしい材料にも得意不得意あり~「誰でも安心」と決めつけない~

ロースイーツを初めて見た人が、味の次に驚きやすいものがあります。お値段です。「焼いてないなら、電気代の分だけ安いのでは?」と思ったら、そう単純にはいきません。むしろ材料を見ると、アーモンドやカシューナッツ、くるみ、デーツ、ココナッツミルクなど、台所のレギュラー陣とは少し違う顔触れが並びます。ナッツ類そのものが安い食材ではないため、出来上がった一品も少し特別な価格になりやすいわけです。

けれど、この材料たちは値札だけ立派なわけではありません。ナッツ類にはビタミンEやミネラル、食物繊維などが含まれ、デーツも甘みを持ちながら鉄分や食物繊維を含む食材です。そこへココナッツミルクなどを組み合わせることで、砂糖や生クリームを主役にしたケーキとは違った風味や食感を作ることが出来ます。材料そのものの個性を前へ出すところに、ロースイーツらしい創意工夫があります。

ただし、「自然な材料を使っている」「栄養を含んでいる」という言葉だけで、誰にでも向くおやつだと決めてしまうのは早計です。食べる人によって必要な配慮は違いますし、同じロースイーツという名前でも材料や作り方は1つではありません。アレルギーや食事上の制限があるなら、使われている材料をきちんと確認する。その慎重さまで含めて、安心できるおやつになります。

ロースイーツの良さは「体に良さそう」という看板ではなく、材料を見ながら自分に合う一品を選べるところにあります。

栄養を意識すると、つい「これが入っているから健康的」「こちらは使っていないから安心」と白黒をつけたくなります。しかし食べ物には一長一短があります。良い材料を集めたら無条件で無敵のおやつ完成、とはいきません。そんな物があれば、全国のお菓子売り場がとっくにそれ一色です。甘いものの世界も、なかなか世知辛いのであります。

「過ぎたるは猶及ばざるが如し」ということわざがあります。どれほど魅力のある食材でも、それだけを持ち上げるより、量や体調、その人の食生活との釣り合いを見るほうが自然です。ロースイーツも健康食品として身構えて食べるより、「今日はこんなおやつを楽しんでみよう」と選択肢の1つに置くくらいが、ちょうど良い距離なのかもしれません。

そして価格についても同じです。毎日のおやつとしては少し贅沢でも、誕生日や季節のお祝いなど、特別な日に使うなら見え方は変わります。少量でも素材の風味を楽しめる一品を、みんなでゆっくり味わう。高いか安いかだけで終わらせず、「この一皿でどんな時間を作りたいか」まで考えると、値段の意味も少し変わってきます。


第4章…高齢者施設では「食べやすそう」の先にある安全まで考えたい

午後のおやつの時間。綺麗なケーキがお皿に載ると、「今日は何の日だったかな?」と笑いながら身を乗り出す人もいます。毎日の食事とは少し違う甘い時間は、高齢者施設でも楽しみの1つです。その一方で、職員の目はケーキだけを見ているわけではありません。アレルギーや食事上の制限に加えて、噛む力や飲み込む状態によっては、おやつにも慎重な判断が必要になります。

ロースイーツには、しっとり、なめらかに仕上がるものがあります。見た目にも華やかで、少量でも満足感を得やすいという魅力があり、高齢者のおやつとして可能性を感じさせる存在です。ただ、「なめらかそうだから大丈夫」と見た目だけで判断するのは避けたいところです。飲み込みの状態は人によって違い、同じ人でも体調によって食べやすさが変わることがあります。

噛む力を咀嚼機能(食べ物を噛んでまとめる働き)、飲み込む力を嚥下機能(食べ物を口から喉へ送り込む働き)と呼びます。高齢者施設でおやつを選ぶなら、華やかさや柔らかさだけでなく、その人が普段どのような食形態で食べているのかまで目を向けたいものです。咀嚼力や飲み込みの状態によってはスイーツの時間そのものに危険が生じる可能性があるのです。

「食べやすそう」と「その人が安全に食べられる」は、似ているようで別の話です。

ここを押さえておけば、ロースイーツを怖がる必要も、反対に万能選手として扱う必要もありません。その日の状態や普段の食事に合わせて考える臨機応変さがあれば良いのです。大きさを調整する、食べる速さを見守る、本人の様子を確かめる。そうした日常の気配りの延長に、楽しいおやつがあります。

職員としては「折角、用意したんだから食べてほしい」という気持ちも出てきます。見た目が綺麗なら尚更です。しかし、おやつは完食競争ではありません。最後の一口を見届けて心の中でガッツポーズ……いや、それは少々違います。本人が安心して味わい、「美味しかった」と笑えれば、その日の甘い時間は十分に成功です。

高齢者施設の食事には、安全第一と楽しさの両方が求められます。どちらかだけに傾けるのではなく、「この人なら、どうすれば一緒に楽しめるだろう?」と考えていく。その視点があれば、ロースイーツも特別扱いされる珍しいケーキではなく、暮らしの中に置ける選択肢の1つになっていきます。食べられなかった人が食べられるようになるだけでなく、同じ時間を一緒に味わえることにこそ、その価値がありそうです。

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まとめ…選べるケーキが増えれば笑顔で囲める席も広がっていく

ケーキの役目は、お腹を満たすことだけではありません。誕生日なら蝋燭の火を囲み、季節のお祝いなら「今日はちょっと特別だね」と笑う。その真ん中に甘い一皿があるだけで、いつもの食卓が小さな行事に変わります。だからこそ、「食べられないから仕方ない」で誰かが輪の外へ下がってしまうのは、少しもったいないことです。ロースイーツには、そんな食卓へ新しい選択肢を増やせる可能性があります。

焼かない作り方、ナッツ類や果物などを生かした材料、しっとりとした食感。普通のケーキとは違うところが多いからこそ、「ケーキはこうでなければ」という思い込みを少し緩めてくれます。一方で、材料が違えばアレルギーへの確認も必要ですし、高齢者なら噛む力や飲み込む力にも目を向けなくてはなりません。華やかな見た目だけで安全が決まるわけではなく、その人に合わせて選ぶことが大切です。

誰もが同じ物を食べることより、誰もが同じ楽しい時間に参加できることの方が大切なのかもしれません。

ショートケーキを楽しめる人はショートケーキを食べれば良い。ロースイーツが合う人には、それを選べる道があれば良い。別々のケーキがお皿に載っていても、同じテーブルで「美味しいね」と笑えれば、それは立派な団欒です。融通無碍とは少し立派過ぎる言葉ですが、食卓にはそれくらい自由な発想が似合います。

高齢者施設のおやつも、「安全だからこれ」「いつも出しているからこれ」だけで決めなくても良いのでしょう。本人の好みや体調、食べる力を見ながら、今日はどんな楽しみを届けられるかを考えてみる。職員がそこまで考え始めると、おやつ会議がだんだん本気になり、「誕生日会なのに企画会議が壮大過ぎません?」となるかもしれません。それでも、そのひと手間が1人の笑顔に繋がるなら悪くありません。

ロースイーツは、全ての人を救う特別なケーキではありません。それでも「この人は食べられない」で閉じていた扉を、「他の方法ならどうだろう?」と開くキッカケにはなります。選べるものが増えるほど、誰かが遠慮して席を外す場面は少しずつ減らせます。

ケーキの種類が増えることは、甘い物が増えるだけではありません。一緒に祝える人、一緒に笑える人、一緒に「美味しかったね」と言える人が増えることでもあります。そんな食卓なら、少しくらい形の違うケーキが並んでいる方が、きっと楽しそうです。

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