麦茶は飲んで終わりじゃない!~平安の麦湯から現代の一杯と食べる香ばしさまで夏の活躍譚~

[ 旬の食と暮らし ]

はじめに…冷蔵庫の麦茶ポットが空っぽです!~家族の夏は一杯の香ばしさから動き出す~

暑い日の午後、冷蔵庫を開けたママの声が台所に響きました。

「麦茶、空っぽじゃないの!」

その瞬間、リビングにいた家族の視線が、何故か一斉にテレビへ集まります。パパは天気予報を真剣に見始め、子どもは聞こえなかったフリで積み木を積み、ばぁばだけが涼しい顔で笑っていました。最後の一杯を飲んだのは誰なのか…。夏の家族会議は、大抵、冷蔵庫の前で始まります。

冷たい麦茶は、汗ばむ季節に手を伸ばしやすい暮らしの味方です。けれど、その香ばしい一杯には、まだ少し楽しい続きがあります。昔は麦湯と呼ばれた夏の飲み物が、冷蔵庫のポットで待つ一杯になり、近頃は「にがりを一滴入れるらしいよ」と家族の話題にまでなっている。さらに、氷になったり、プルンとしたおやつになったり、夕飯の香りに紛れ込んだり。おや、麦茶さん、思ったより働き者ではありませんか。

麦茶は、喉を潤すだけでなく、夏の台所と家族の会話を香ばしく動かしてくれる一杯です。

ポットが空になった日こそ、笑って楽しむ好機かもしれません。急がば回れと言いますが、まずは次の麦茶を作りながら、ひと夏の香ばしい寄り道へ出かけてみましょう。

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第1章…麦湯と呼ばれた夏の一杯~平安の香りと江戸の冷たい涼み時間~

「ばぁば、麦茶って昔から冷蔵庫に入っていたの?」

子どもの素朴な質問に、ばぁばはコップの中の氷をカラリと鳴らして笑います。

「冷蔵庫はなくてもね、香ばしい麦を楽しむ人は、ずっと昔からいたんだよ」

麦茶へ繋がる飲みものの姿は、平安時代の書物にも見られます。炒った米や麦を粉にして、湯や水に混ぜて口にする。今のように透明な琥珀色の麦茶をポットから注ぐ形ではなく、麦こがし(炒った麦を粉にしたもの)を味わう飲み方でした。それでも、フワッと広がる香ばしさにホッとする気持ちは、今の夏休みとあまり変わらなかったのかもしれません。

やがて江戸の夏になると、麦の一杯はぐっと庶民の暮らしへ近づきます。1697年に刊行された『本朝食鑑』には、香ばしく炒った麦を粉にし、夏には冷水に加えて口にしていた様子が残されています。暑い日は熱い麦湯だけを飲んでいたのかと思えば、ちゃんと冷たい楽しみ方も知っていたのです。

「江戸の人、思ったより夏に本気だね」

冷たい麦茶を握ったパパが感心すると、ママがすかさず返します。

「あなたは冷蔵庫から出すだけで本気顔になるけどね」

文明の利器に頼り切った現代人、返す言葉がありません。

江戸の町では、夏の夕方になると「麦湯」と書かれた行灯が灯り、腰かけに座って一服する人たちの姿も見られるようになりました。汗をぬぐい、夕風を待ち、香ばしい一杯でひと息つく。冷たいか温かいかだけではなく、麦の香りが人を休ませ、会話をほどき、夏の夜を少し心地よくしていたのでしょう。

平安の湯水にとけた麦の香りも、江戸の冷水に広がった涼みの味も、今の冷蔵庫で待つ麦茶へと続く夏の記憶です。

今の私たちは、氷をぽんと入れれば、すぐに冷たい麦茶を飲めます。けれど、その一杯を口に運ぶ時、千年以上前の人も江戸の夕涼みを楽しんだ人も、同じように「ああ、香ばしくて落ち着くな」と息をついたと思うと、いつものコップが少し特別に見えてきます。

時代は変わっても、夏に麦の香りで一息つく気持ちは変わらない。正に悠久不変の、なんとも美味しい夏の寄り道です。


第2章…麦茶は暑い日の相棒です~水分補給と“にがり一滴”を家族で楽しく考える午後~

昼下がりの台所で、ママが新しい麦茶を冷蔵庫へしまおうとした時でした。パパが、どこか誇らしげに小さな瓶を取り出します。

「聞いた話なんだけどさ。麦茶1リットルに、にがりを1滴入れると良いらしいぞ」

「にがりって、お豆腐を作る時の?」

孫が首をかしげた次の瞬間、冷蔵庫の麦茶ポットを不安そうに見つめました。

「これ、おやつの時間までに固まらない?」

家族全員が吹き出し、パパだけが「いや、そういう話では……」と説明係に回ります。健康に良さそうな話を披露したはずが、まさかの豆腐疑惑。夏の台所は、時々、話が思わぬ方向へ冷えていくものです。

何も加えていない麦茶は、カフェインや砂糖を含まず、暑い日に少しずつ飲みやすい1杯です。朝起きた時、外から帰った時、お風呂の後、喉がカラカラになる前にコップへ注げる麦茶があると、家族の水分補給はグッと自然になります。冷蔵庫に一本あるだけで、誰かに「飲んだ?」と声をかけるキッカケにもなります。

ただ、炎天下で体を動かした日や汗が流れ続けるほど暑い時は、麦茶を何杯飲んでも安心、と決めつけるわけにはいきません。大量の汗で失われた塩分まで補う必要がある場面では、経口補水液(脱水時に失われた水分と電解質を補う飲み物)などが助けになることがあります。日常のこまめな一杯には麦茶、たくさん汗をかいた時には体調に合わせた補い方を選ぶ。飲み物にも、ちゃんと適材適所があるのです。

そこで、さきほどのにがり1滴に話が戻ります。

にがりには、塩化マグネシウム(豆腐を固める働きにも使われるミネラル成分)が含まれています。マグネシウムは体に必要な成分ですが、健康のために入れれば入れるほど良い、というものではありません。摂り過ぎれば、お腹がゆるくなるなどの困りごとに繋がる場合があります。

「じゃあ、元気を五倍にするために五滴入れる作戦は?」

調子よく身を乗り出したじぃじへ、ばぁばがすかさず麦茶を一杯渡しました。

「あなたはまず、普通に1杯飲みなさい。お腹が驚いてからでは遅いでしょう」

じぃじは黙ってゴクゴク飲み、孫が横で小さく拍手します。どうやら本日の健康会議は、ばぁばの一言で無事閉会となりました。

麦茶の頼もしさは、何かをたくさん足すことではなく、暑い日に家族が無理なく手を伸ばせる1杯として待っていてくれることです。

流行の工夫を楽しむのは悪いことではありません。けれど、体調や年齢、治療中の病気や薬のことまで考えるなら、にがりは勢いで増やさず、表示を確かめながら慎重に付き合いたいところです。誰かのために作った麦茶が、却って心配の種になっては、香ばしい午後が台無しですから。

冷えたコップを手にした孫が、「麦茶のままで、美味しいね」と笑います。パパもじぃじも、今度は余計な提案をせずに頷きました。派手な工夫より、喉が渇く前に一杯飲めること。その臨機応変な気遣いが、夏の暮らしを元気に支えてくれます。

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第3章…飲むだけなんてもったいない!~麦茶氷・麦茶ゼリー・香ばしご飯の台所変身劇~

健康会議が終わったはずの台所で、今度はばぁばが麦茶ポットを持ち上げました。

「折角、作ったんだから、今日は飲むだけで終わらせないよ」

「えっ、麦茶にまだ仕事があるの?」

孫が目を丸くすると、ばぁばは製氷皿を取り出して、少し濃いめに作って冷ました麦茶を注ぎ始めます。麦茶を凍らせた麦茶氷なら、冷たい一杯に入れても、溶けるほど味がぼやけにくい。普通の氷を山ほど入れて、最後は香ばさが迷子になるパパのコップにも、今日は頼もしい助っ人が登場です。

「麦茶が麦茶を冷やすの? 自分で自分を応援してる!」

孫の表現に、ママも笑ってしまいます。暑い日の家族は、冷たいものを前にすると実に意気投合が早いものです。

午後3時になると、冷蔵庫から透明な器が並びました。中でふるふる揺れているのは、温かい麦茶に砂糖とゼラチンを溶かして冷やした麦茶ゼリーです。見た目だけなら、パパの好きなコーヒーゼリーにそっくりでした。

「おっ、今日は大人のおやつだな」

ひと口食べたパパが、少しだけ首をかしげます。

「……あれ? 苦くない。けど香ばしい」

「正解は、食べる麦茶でした!」

孫が得意げに発表すると、ばぁばが牛乳を少しかけてくれました。プルンとした食感に、まろやかさが加わって、麦茶はすっかり夏のおやつ顔です。飲み物の時には一気に飲んでしまうのに、ゼリーになると一口ずつ味わうのですから、人の舌もなかなか現金です。

そして夕方。流石に麦茶の出番は終わったと思ったパパの前へ、ほんのり色づいたご飯が運ばれてきました。

「今日のご飯、なんだか香りが違うな」

「水の代わりに麦茶で炊いたの。夏野菜のおかずにも合うでしょう」

ママがサラリと言うと、パパはお茶碗と麦茶ポットを交互に見つめます。

「朝から晩まで、うちは麦茶に包囲されていないか?」

「包囲じゃなくて、おもてなしだよ」

孫に言い切られ、パパは静かにご飯を頬張りました。ひと噛みすると、白いご飯にやさしい香ばしさが広がります。水分補給のために作ったはずの麦茶が、氷になり、おやつになり、夕飯の香りまで整えてしまう。これはもう、冷蔵庫の脇役扱いをしていた方が失礼だったかもしれません。

麦茶はコップの中だけで働く飲み物ではなく、家族の夏を美味しく遊ばせてくれる香ばしい材料にもなります。

毎日すべてを麦茶仕立てにする必要はありません。よく冷えた麦茶を飲む日があり、少し余裕のある午後にはゼリーにしてみる日があり、夕飯で「今日は香ばしいね」と笑う日がある。そのくらいの遊び心が、夏の台所を明るくしてくれます。

飲んでさっぱり、食べてびっくり、香りでホッとする。麦茶の変幻自在な働きぶりに、空になりかけたポットも少し誇らしげに見えてくるのでした。


第4章…空のポットにも続きがある~作る時間と茶殻の再出発が育てる夏の気遣い~

夕飯の麦茶ご飯まで綺麗に食べ終わると、台所には空になった麦茶ポットと、使い終えた麦茶パックが残りました。

「今日は麦茶さん、大活躍だったね」

孫が満足そうにパックをゴミ箱へ入れようとすると、ばぁばが静かに手を伸ばします。

「ちょっと待った。その子には、もうひと働きしてもらえるよ」

「えっ、まさか明日も煮出すの?」

驚いた孫へ、ママが笑いながら首を横に振りました。使い終えた麦茶の茶殻は、きちんと乾かせば、冷蔵庫や靴箱のにおいが気になる場所で役立てることがあります。飲んで終わりと思っていた麦茶が、最後は家の中の空気を整える係になるのです。

「じゃあ、パパの靴箱に多めに入れよう」

孫が勢いよく提案すると、玄関から戻ってきたパパがピタリと止まりました。

「お父さんの靴、そんなに緊急事態なのか?」

「夏だからね」

ママのひと言が、何とも涼しく響きます。靴箱の前で家族会議が始まるとは、麦茶も働き先を選べないようです。

ただし、使い終えたパックを濡れたまま置いておくのは避けたいところです。水分が残ったままでは、折角の再出発が、ニオイや傷みの心配に変わってしまいます。茶殻を使うなら、広げてしっかり乾かしてから。飲み終えた後にも無理なく役目が残ると思えば、ちょっとした一石二鳥の楽しみになります。

そして、空になった麦茶ポットにも大事な仕事があります。

「次の麦茶、誰が作るの?」

孫が聞くと、パパはさりげなく席を立とうとしました。しかし冷蔵庫には、いつの間にかママが貼った小さな札があります。

「最後に飲んだ人が、次の一杯を冷やします」

逃げ道を失ったパパは、深く頷きました。

「分かった。未来の家族のために、私は今、麦茶を作る」

「そんな立派な話だったっけ?」

孫のツッコミに、台所がまた笑いに包まれます。

家庭で作る麦茶は、綺麗に洗ったポットへ入れ、冷蔵庫で保管し、飲み切れる量をこまめに作ると気持ちよく楽しめます。作った時間を小さな札に書いておけば、「これ、いつの麦茶だっけ?」と冷蔵庫の前で首をかしげる夏のあるあるも減らせます。涼しい一杯を守るのは、特別な技ではなく、少しだけ先に動く先手必勝の気遣いです。

空の麦茶ポットは、誰かが飲み切った印ではなく、次の誰かへ涼しさを用意する合図です。

パパが新しい麦茶を冷蔵庫へ入れると、孫は満足そうに札へ書き込みました。

「今日の麦茶、夜八時にパパが作りました。えらい」

その横で、乾かされる麦茶の茶殻は、明日から靴箱勤務の予定です。飲んで、食べて、香って、最後には家の隅でそっと役に立つ。麦茶の夏は、ポットが空になっても、まだ少しだけ続いていくのでした。

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まとめ…麦茶の香りは暮らしを巡る~誰かのために冷やす一杯が夏をやさしくする~

冷蔵庫の前で始まった「麦茶、誰が飲み切ったの?」事件は、思いがけず家族の夏を香ばしく広げてくれました。

平安の頃から人の口を潤してきた麦の香りは、江戸の夏には冷たい水とも出会い、今では冷蔵庫の中で家族の帰りを待つ一杯になっています。時代が進めば、飲み方も楽しみ方も少しずつ変わるもの。にがりを1滴入れる話題に「お豆腐にならない?」と笑ったり、麦茶氷や麦茶ゼリーに驚いたり、ご飯の香りにまで登場してパパを囲んだり。いつもの飲み物が、こんなにも家族の会話を連れてくるとは、麦茶もなかなかの働き者です。

けれど、夏に大切なのは、特別な工夫ばかりではありません。暑い時に飲めるように作っておくこと。汗をたくさんかいた時には、体調に合う水分や塩分の補い方を選ぶこと。飲み終えたポットを洗い、次の一杯を冷やしておくこと。そんな日常茶飯のひと手間こそ、家族の体と気持ちをそっと守ってくれます。

茶殻を乾かして、もうひと働きしてもらうのも楽しいものです。靴箱へ向かう茶殻を見送りながら、パパが「せめて靴より先に、僕を労ってくれないか?」とぼやけば、孫が笑って冷たい麦茶を差し出す。飲み物だったはずの一杯は、最後まで家の中をやさしく巡っていきます。

誰かのために麦茶を作って冷やしておくことは、暑い一日の先回りをして、涼しい気遣いを用意しておくことです。

明日の冷蔵庫にも、きっと麦茶ポットが待っています。空になったら、ため息より先に新しい一杯を作ってみる。氷がカランと鳴る頃には、その小さな心配りが、家族の夏を笑門来福の食卓へ運んでくれるはずです。

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今日も閲覧ありがとうございましたm(__)m


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