夏を乗り切るならタコでしょう?~8本足の海の恵みと世界の食卓をめぐる旅~

[ 旬の食と暮らし ]

はじめに…7月の食卓に、ぷりっと元気なタコを迎えよう

7月も半ばを過ぎると、梅雨も明けて朝から日差しが元気いっぱいです。こちらはまだ何もしていないのに、外へ出ただけで体力を1割ほど持っていかれた気分になります。冷たい麺や飲み物は頼もしいものの、そればかりでは午後の元気が少し心細い。そんな夏の食卓へ迎えたいのが、プリッとした歯応えを持つタコです。

田植えを終えた頃にあたる半夏生には、稲がタコの吸盤のようにしっかり根付くよう願い、タコを食べる風習が伝えられてきました。今年の半夏生は過ぎましたが、タコを食べる機会まで通り過ぎたわけではありません。むしろ暑さが本番を迎える7月後半こそ、サッパリした酢の物、香りの良いたこ飯、食卓がにぎやかになるたこ焼きなど、様々な一皿が活躍します。

タコは、たんぱく質を取りやすく脂質が少ない食材です。タウリン(体内の働きを支えるアミノ酸に似た成分)を含み、EPAやDHAといった魚介由来の脂肪酸も持っています。ひと口食べれば疲れが消えるわけではありませんが、食欲が落ちやすい季節に、重た過ぎず栄養を補えるのは嬉しいところです。噛むほどに味が出るので、急いで飲み込まず、食卓の時間まで少しゆっくりになります。

食欲が落ちやすい7月だからこそ、タコは夏を乗り切る頼もしい一皿になります。

8本も腕があるのなら、買い物袋を2つくらい持って欲しいところですが、タコ本人にその予定は無さそうです。その代わり、日本では焼かれ、煮られ、炊き込まれ、世界の食卓ではオリーブ油や香辛料までまとい、8本では数え切れないほどの料理へ姿を変えてきました。

1つの食材が、土地ごとの知恵と味を受け止めながら、これほど多彩に愛されているのは面白いものです。暑い日の食卓から少しだけ海を眺めるような気分で、タコの美味しさと歴史、そして世界へ広がる食文化を辿ってみましょう。海千山千ならぬ、海の8本足には、まだまだ味わい深い話が隠れています。

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第1章…海と人を繋いできたタコ~歴史と栄養を味わう~

魚売り場で丸く巻かれた足を見ると、タコは随分と静かな食材に見えます。けれど海の中では、岩の色へ姿を馴染ませ、狭い隙間へスルリと入り、吸盤を器用に動かす行動派です。心臓は3つあり、血液は銅を含む色素の影響で青みを帯びています。8本腕だけでも十分に個性的なのに、設定を盛り過ぎではありませんか?と、少しツッコミたくなる生き物です。

タコの仲間は、暖かな浅瀬から冷たい海、光の届きにくい深海まで、世界の様々な海に暮らしています。一種類が全世界を泳ぎ回っているのではなく、それぞれの環境に合った種類が各地で生きているのです。岩穴や物陰へ入りたがる習性を利用した蛸壺漁も、日本だけの珍しい知恵ではありません。海を隔てた地域でも、壺やカゴを沈めてタコを獲る方法が生まれました。離れた土地の漁師が、同じ8本足を観察し、似た答えへ辿り着いたところに人間の知恵を感じます。

日本でもタコは古くから海辺の暮らしを支え、祝いの席や日々の食卓へ運ばれてきました。田植えが落ち着く頃の半夏生にタコを食べる風習は、稲の根が吸盤のように大地へしっかりつくよう願ったものと伝えられています。農作業の節目に家族で海の幸を囲み、豊作を願う。暦と食卓が手を取り合った、なかなかの適材適所です。

半夏生を過ぎたからといって、タコの季節が閉店するわけではありません。7月後半は暑さが深まり、食欲も体力も少しずつ逃げ腰になります。冷たい飲み物だけでお腹を満たしていると、夕方には体が「本日の燃料が足りません」と小声で訴え始めます。そんな日の食卓に、脂っこ過ぎず、しっかり噛めるタコはよく似合います。

タコは、たんぱく質を取りやすく、脂質が少ない食材です。タウリン(細胞内の水分調整など、体のさまざまな働きに関わる成分)を含み、EPA・DHA(魚介類に含まれるn-3系脂肪酸)も持っています。ただし脂質そのものが少ないため、EPA・DHAの量では青魚と同じ土俵へ上げない方が良いでしょう。タコの持ち味は、高たんぱく・低脂質を土台に、タウリンなどの海の栄養を一緒に取れることです。

タコはひと口で夏の疲れを消す食品ではありませんが、暑さで乱れやすい食卓を立て直す一皿にはなってくれます。

値札を見て「今日は八本全部を迎えるのは難しいな」と感じる日もあります。そんな時は、少量をキュウリやワカメと合わせたり、炊き込みご飯へ散らしたりすれば十分です。タコだけでお腹を満たそうとせず、野菜や米と力を合わせてもらう。海の中では単独行動が似合うタコも、台所では協力体制に入ってもらいましょう。

長く噛むほど旨味が広がり、食事の速度も自然にゆっくりになります。夏の食卓で大切なのは、豪華な一皿を用意することより、食べやすい形で必要な栄養を受け取ることです。昔の願いと現代の台所を繋ぐタコは、正に滋味豊富。プリッとした歯ごたえの中に、海と人が付き合ってきた長い時間まで詰まっています。


第2章…8本足でも数え切れない~日本のタコ料理が大集合~

鮮魚売り場でタコの値札を見て、思わず足を止めた人も多いのではないでしょうか。近年は国内の不漁に加え、海外での需要拡大、円安、輸送費の上昇などが重なり、タコは気軽な海産物から少し背伸びの必要な食材へ変わりつつあります。2026年7月には、国産マダコの仕入れ値が1キロ2800円ほどになった例や、6個1100円のたこ焼きまで伝えられました。8本足のうち、何本かは高級食材の階段を上り始めたようです。

それでも日本人は、タコを食卓から簡単には手放しません。丸ごと1匹を買わなくても、薄切りを酢の物へ、ぶつ切りを炊き込みご飯へ、小さな角切りをたこ焼きへ入れれば、少ない量でもきちんと存在感を残してくれます。値段が上がれば食べ方を工夫する。台所の臨機応変は、タコの変身上手にも負けていません。

丸く焼けばおやつにも主食にもなる

日本のタコ料理で真っ先に浮かぶのは、やはりたこ焼きでしょう。小麦粉の生地へタコを入れ、鉄板の上でくるくる返す光景には、屋台のにぎわいも家庭の笑い声もよく似合います。ソース、青のり、かつお節、マヨネーズをまとえば、タコは小さな球体の中心で堂々たる主役です。

兵庫県明石市の明石焼は、地元で玉子焼とも呼ばれます。卵と出汁を多めに使った柔らかな生地へタコを入れ、温かい出汁につけて味わいます。見た目はたこ焼きの親戚ですが、片方はソースで元気よく、もう片方は出汁へ静かに着水します。同じ丸形でも性格が違う辺り、人間の兄弟姉妹にも少し似ています。

せんべいへたこ焼きを挟む大阪風の「たこせん」もあれば、タコそのものを押し焼きにしたせんべいもあります。名前だけ聞いて同じ物だと思って注文すると、片方は丸いたこ焼き入り、もう片方は平たい海の香り。どちらが来ても美味しいので、苦情を入れるほどではありません。

切って和えれば、夏の涼味が勢揃い

茹でダコを厚めに切った「たこぶつ」は、わさび醤油やしょうが醤油でさっと食べられる潔い一皿です。薄く切れば刺身や寿司になり、生ダコなら吸盤の歯応えまで楽しめます。北海道などで親しまれるミズダコは、足だけでなく頭の部分も刺身や酢みそ和えに使われます。

キュウリやワカメと合わせた酢の物は、7月の食卓にピッタリです。奈良県には、塩でもんだキュウリとタコを酢で和える「蛸もみうり」が伝わっています。田植えを終えた早苗饗の席でも食べられ、タコの吸盤のように苗がしっかり根づくことを願いました。夏の小鉢に見えて、田んぼへの祈りまで入っているのです。

酢だこは正月料理でおなじみですが、暑い時期にも酸味が心地よく感じられます。他にも、からし酢みそ和え、ぬた、梅肉和え、ポン酢和え、わさび和え、たこわさ、タコと大根のなます、オクラや長芋との和え物まで、冷たい小鉢は百花繚乱です。

居酒屋へ進めば、たこキムチやタコの塩辛も待っています。ごま油を利かせたり、刻みネギを添えたり、少量でもご飯や酒が進む味になります。タコは淡泊だからこそ、酢、味噌、醤油、わさび、梅、唐辛子のどれとも大喧嘩をしません。八方美人ならぬ8本足美人です。

米と煮汁へ入れば土地の味になる

たこ飯は、一地域だけの名物ではありません。三重県の鳥羽、愛知県の日間賀島、兵庫県、愛媛県の島嶼部、熊本県の天草など、海と近い土地で様々な形が受け継がれています。

生ダコを米と一緒に炊く地域もあれば、干しダコを戻して、その戻し汁まで使う地域もあります。タコと生姜だけで端正に炊く家もあれば、ニンジン、ゴボウ、ヒジキ、油揚げなどを加えて具だくさんに仕上げる家もあります。炊飯器のフタを開けた瞬間、米がほんのり色づき、海の香りが湯気に乗って立ち上がる。タコが少なめでも、ご飯全体へ旨味が行き渡るので、値段が気になる時にも頼れる食べ方です。

煮物の世界も広がります。醤油、酒、味醂、砂糖で煮る煮ダコ、柔らかく煮上げる桜煮や柔らか煮、濃い味を含ませる甘露煮や佃煮、生姜を利かせる時雨煮。おでんへ入れば、長く煮た足から出汁へ旨味が移り、タコ本人も味を吸って柔らかくなります。

香川県の「いもたこ」は、瀬戸内海のタコと里芋を一緒に煮る郷土料理です。海の幸と里の幸が鍋の中で出会い、里芋のねっとり感とタコの歯ごたえが一皿に収まります。岡山県では、卵を抱えたイイダコの煮つけも親しまれてきました。小さな体に卵が詰まり、煮汁をまとった姿は、ご飯のおかずにも酒の肴にもなります。

タコしゃぶ、タコ鍋、吸い物、味噌汁も忘れられません。薄切りのタコを熱い出汁へくぐらせるタコしゃぶは、火を通し過ぎず、身がキュっと締まった瞬間をいただきます。鍋の終わりに米を入れれば、タコの旨味を受け取った雑炊まで完成します。最後の一滴まで働くとは、8本腕でもなかなかの勤勉ぶりです。

焼いて揚げて干せばまだまだ腕が伸びる

網の上で焼く浜焼き、塩焼き、醤油焼き、照り焼き、串焼きは、香ばしい匂いだけで食欲を連れてきます。バター醤油焼きやガーリック焼きも、今では家庭や居酒屋で親しまれる味です。吸盤の並んだ足が鉄板の上で反り返ると、料理が動き出したように見えますが、安心してください。反撃ではありません。

揚げ物なら、タコの唐揚げ、竜田揚げ、天ぷら、磯辺揚げ、串カツ、かき揚げがあります。北海道の居酒屋ではタコのザンギと呼ばれることもあります。衣はカリっと、中はプリっと。美味しいのですが、勢いよく噛んだ瞬間に衣だけ先にいなくなることがあります。タコとの交渉は、少しゆっくり進めましょう。

保存の知恵も豊かです。干しダコ、タコの一夜干し、みりん干し、燻製、塩辛、佃煮、珍味、乾物のおつまみ。裂いて食べる味付きタコ、細長く加工した駄菓子、タコ入りのかまぼこや練り物、タコせんべいまで、海から遠い土地でも楽しめる姿へ変わってきました。熊本県天草では、足を広げて干されるタコが夏の風物詩となり、その干しダコをたこ飯にも使います。

酢の物から揚げ物、飯、鍋、保存食まで眺めると、日本のタコ料理は八種類どころでは済みません。たこ焼きだけを思い浮かべていたら、残りの7本が「こちらも働いております」と腕を上げそうです。

タコの値段が上がった今こそ、1匹を豪快に使うより、少量の旨味を何通りにも生かす日本の台所知恵が役に立ちます。

今日は酢の物、明日はたこ飯、残れば唐揚げや和え物へ。食材を余らせず、無理のない量を最後まで美味しくいただく。8本足でも数え切れない料理の数は、日本人がタコを大切に味わってきた証しでもあるのでしょう。

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第3章…アヒージョの向こう側へ~世界で愛されるタコ料理~

タコの世界料理と聞いて、オリーブ油の中でニンニクと一緒にグツグツと煮えるアヒージョを思い浮かべる人は多いでしょう。パンを浸して最後の油まで味わえば、皿はほとんど洗った後のように綺麗になります。いや、洗剤の代わりにパンを使っているわけではありません。

けれども、世界のタコ料理はアヒージョだけでは収まりません。焼く、煮る、揚げる、干す、酢で和える、米と炊く。海辺の人々は、それぞれの土地にある油、野菜、香辛料、穀物を使い、8本足へ異国情緒たっぷりの衣装を着せてきました。

スペインとポルトガルではタコが祭りと家庭を繋ぐ

スペイン北西部のガリシア地方では、「プルポ・ア・フェイラ」や「プルポ・ア・ラ・ガジェガ」と呼ばれる料理が親しまれています。柔らかく茹でたタコを輪切りにし、粗塩、パプリカ、オリーブ油をかけ、木の皿へ盛る素朴な一品です。赤いパプリカをまとったタコは華やかですが、調理法は至って簡潔。素材の美味しさを正面から受け止める、海辺のご馳走です。ガリシアではタコ祭りも開かれ、大量のタコが大きな木皿へ次々と盛られます。日本のたこ焼き祭りと並べたら、八本足同士の国際交流が始まりそうです。

スペインには、ジャガイモやタマネギ、ピーマンなどと煮込む「プルポ・ア・ラ・ムガルデサ」もあります。油で軽やかに仕上げる料理もあれば、鍋の中で野菜とじっくり味を重ねる料理もある。タコは陽気な酒場だけでなく、湯気の立つ家庭の鍋にも落ち着いています。

隣国ポルトガルでは、「ポルヴォ・ア・ラガレイロ」が有名です。茹でたタコへオリーブ油をたっぷりとかけ、ニンニクやローストしたジャガイモと一緒に焼き上げます。「ラガレイロ」はオリーブ油作りに関わる人を表す言葉で、その名に負けず油を惜しみません。皿の上へ海とオリーブ畑が同時にやって来る料理です。

ポルトガルには、タコをトマトや香味野菜と一緒に炊く「アロース・デ・ポルヴォ」、すなわちタコご飯もあります。日本のたこ飯と親戚のようですが、醤油と出汁の代わりに、オリーブ油やトマトの風味が広がります。遠く離れた国同士が、「タコの旨味は米へ吸わせると良い」という同じ答えに辿り着いたのは、何とも愉快です。

地中海では炭火とオリーブ油がタコを待っている

ギリシャの海辺では、タコを日差しの下で干し、炭火で香ばしく焼く姿がよく似合います。レモンやオリーブ油を添え、ウゾなどの酒と一緒に楽しむ。酢で味つけしたタコや、パスタと合わせる料理もあり、青い海を眺めながら少しずつ摘む「メゼ」(何皿もの小料理を分け合う食べ方)の一員として愛されています。

キプロスでは、タコを鍋の中で自分の水分を使って柔らかく煮た後、オレガノ、オリーブ油、酢またはレモンで仕上げます。熱いままでも冷やしてもよく、炭火焼きにも出来る料理です。材料はよく似ていても、香草が1つ変わるだけで、食卓の風景まで変わります。

イタリア南部のナポリ周辺には、「ポルポ・アッラ・ルチアーナ」があります。タコをトマト、ニンニク、オリーブ、ケッパーと一緒に鍋で煮込む料理です。赤いソースへパンを浸せば、タコの旨味もトマトの酸味も逃しません。ジャガイモと合わせたタコのサラダや、パスタへ加える料理もあり、イタリアのタコは前菜から主菜まで縦横無尽です。

唐辛子やごま油ともトウモロコシとも仲良くなる

韓国では、タコを唐辛子の利いたタレで炒める「ナクチポックム」が人気です。野菜や麺と一緒に炒めたり、ご飯へ混ぜてビビンバにしたり、鍋料理へ加えたりと、辛さの中でタコの歯ごたえが存在感を示します。釜山では、タコ、エビ、ホルモンを一緒に煮る「ナッコプセ」も親しまれています。海鮮と肉を同じ鍋へ招く豪快さに、タコも「今日は人数が多いな」と思っているかもしれません。

澄んだ汁でタコを味わうヨンポタンや、タコ入りのビビンバ、塩辛やキムチなど、辛くない料理もあります。動くタコを食べるサンナクチばかりが目立ちますが、韓国のタコ料理も千差万別です。サンナクチには吸盤や大きな身による窒息の危険があるため、珍しさだけで軽く挑戦する料理ではありません。

メキシコでは、タコを炭火で焼き、唐辛子やニンニクを利かせたり、細かく切ってタコスへ挟んだり、柑橘果汁で締めてセビーチェにしたりします。日本語では「タコのタコス」となり、少々早口言葉めいていますが、トウモロコシの香ばしさと海の旨味は相性良好です。太平洋沿岸では新鮮な魚介料理が豊富で、辛いタコ料理も海辺の食堂を彩っています。

ペルーでは、炭火で表面を香ばしく焼いたタコを、キヌアや黒オリーブのソースと合わせる料理があります。紫トウモロコシ、オリーブ、キヌアとタコが一皿に集まると、海の幸がアンデスの食材へ握手を求めたようです。日本の醤油味から眺めると意外な組み合わせですが、食べ物の出会いには国境の入国審査がありません。

島の食卓ではタコが土地の言葉を覚える

ハワイでは、茹でたタコを切り、醤油、ごま油、タマネギ、海藻などで和える「タコ・ポケ」があります。マグロのポケとは異なる弾力があり、日本語の「タコ」という呼び名が現地料理の名前に残っているのも興味深いところです。移住した人々の味と島の食材が混ざり合い、新しい郷土料理へ育ちました。

インド洋のロドリゲス島では、タコは「ウリット」と呼ばれ、魚や海藻と並ぶ身近な島の食材です。遠い島でも、タコは特別展示される珍獣ではなく、日々の暮らしを支える海の恵みとして迎えられています。

同じタコでも、海が変われば味つけが変わり、味つけが変われば人々の暮らしまで見えてきます。

スペインではパプリカ、ポルトガルではオリーブ油、ギリシャでは炭火とレモン、韓国では唐辛子とごま油、メキシコではトウモロコシ、ペルーではキヌアと黒オリーブ、ハワイでは醤油と海藻。タコはどの国でも同じ姿をしていますが、皿へ上がった瞬間、その土地の言葉を話し始めます。

世界のタコ料理を眺めると、珍しい物を競っているのではないことに気づきます。海から届いた食材を傷ませず、美味しく食べ、家族や仲間へ分ける。その目的はどの食卓にも共通しています。調理法の違いは、人間が争う理由ではなく、互いの台所を覗いて笑顔になる旅の入口なのでしょう。


第4章…誰かの食卓を狭めない~多様な命と飢えない世界~

食卓の常識は、海や山を1つ越えるだけでも変わります。日本ではタコや海藻を食べ、地域によってはクジラも大切な食文化として受け継がれてきました。別の土地では、ヤギやラクダ、昆虫、豆、発酵させた乳などが、暮らしを支える身近な食料になります。

自分には見慣れない料理でも、その土地では親から子へ受け渡されてきた味かもしれません。反対に、日本人が当たり前に食べているタコやワカメを、不思議そうに眺める人もいるでしょう。皿の上だけを見て「食べるなんて信じられない」と決めてしまえば、料理の向こう側にある海、畑、仕事、家族の記憶まで見えなくなってしまいます。

郷に入っては郷に従え、とまでは言わなくても、まずは相手の食卓へ少し想像を向けたいところです。食べたくない物を無理に口へ運ぶ必要はありません。宗教、体質、信条、好みによって食べない自由も大切です。ただ、その自由がいつの間にか「他の人にも食べさせない」という規制へ変われば、話は別になります。

海外の一部では、タコの知能や飼育環境への懸念から、食用養殖を禁じる動きも生まれています。タコを粗末に扱わないことや、過密飼育による苦痛を減らすことは欠かせません。一方で、養殖を止めれば天然のタコへ負担が移るかもしれず、需要そのものが消えるとも限りません。禁止の看板は分かりやすくても、海の中まで自動的に平穏になるわけではないのです。

クジラ、イルカ、タコ、魚、貝、ウニ、昆虫。どの命を食べてよく、どこから先を食べてはいけないのか。その線を1つの国や1つの価値観だけで世界へ線引くのは難しいでしょう。賢さ、可愛らしさ、見た目の親しみやすさで区別し始めれば、声を上げにくい生き物や、遠い地域で暮らす人々の事情が後回しになる恐れもあります。

食料の選択肢が豊富な場所では、「それを食べなくても別の物がある」と考えられます。しかし、島や漁村、乾燥地帯、山間部では、その土地で得られる物が生きるための支えです。遠くの豊かな町で生まれた理想が、海辺の仕事や地域の食料まで奪えば、本末転倒になりかねません。

世界から飢えを減らすには、食べ物の種類を狭めるより、その土地にある恵みを生かす道を増やす方が現実的です。獲り過ぎない。育て方を工夫する。苦痛を減らす。食べられる部分を無駄にしない。海や畑が次の世代にも続く量を守る。必要なのは、何でも自由に食べ尽くすことでも、何でも禁止することでもありません。

飢えない世界は、全員が同じ物を食べる世界ではなく、それぞれの食文化を尊重しながら命を大切にいただける世界です。

タコを食べない人がいてもよく、喜んで食べる人がいてもよい。クジラを大切な食料とする地域もあれば、決して口にしない地域もあります。百人百様の食卓が並びながら、互いを傷つけずに済む道を探す。その方が、世界を一色へ塗り替えるより、ずっと豊かな協調ではないでしょうか。

8本足のタコが教えてくれるのは、料理の数だけではありません。1つの海の恵みが、国ごとに違う味へ育ちながら、人の暮らしを支えてきたことです。食べる前に少し感謝し、残さず味わい、次もいただける海を守る。そんな日々の一膳が、遠い国の食卓まで大切に思う心へ繋がっていきます。

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まとめ…感謝していただく食卓は世界を少し広くする

7月の食卓へタコを迎えてみると、プリッとした一切れの向こうに、随分と広い海が見えてきます。半夏生に豊作を願って食べた記憶があり、高たんぱく・低脂質で、タウリンなどの栄養も含む。蒸し暑さで食欲が迷子になりやすい季節に、酢の物やたこ飯として食べやすいのも頼もしいところです。

日本では、たこ焼き、明石焼、寿司、刺身、酢の物、たこ飯、煮ダコ、おでん、唐揚げ、天ぷら、浜焼き、たこわさ、塩辛、干しダコ、せんべいまで、多種多様な料理へ姿を変えてきました。8本の腕では料理を数え切れず、タコ本人も途中で指折り計算を断念しそうです。そもそも指ではなく吸盤ですが、その辺りは海の広い心で流してもらいましょう。

海を越えれば、パプリカとオリーブ油をまとい、トマトで煮込まれ、ジャガイモと焼かれ、唐辛子で炒められ、トウモロコシの生地へ包まれます。日本とポルトガルのように、遠く離れた土地でタコを米と炊く料理が生まれたことにも、興味津々となる面白さがあります。暮らす場所や使う調味料は違っても、美味しく食べ、家族や仲間へ分けたい気持ちはよく似ています。

食文化は、誰かが上から正解を配るものではありません。食べない自由を守りながら、食べる人の暮らしや歴史にも目を向ける。獲り過ぎず、育て方を考え、食べられる部分を無駄にせず、次の世代へ海の恵みを残す。その丁寧な付き合い方こそ、命への敬意に繋がります。

世界中の誰もが飢えない未来へ近づく鍵は、食べ物を1つずつ禁じることではなく、土地ごとの恵みを大切に生かせる道を増やすことです。

タコも、魚も、肉も、豆も、野菜も、私たちの体を支えるために食卓へ届きます。万物へ感謝するとは、畏まって手を合わせる瞬間だけではなく、必要な量を選び、きちんと味わい、残さずいただく日常の心配りなのでしょう。

暑さに負けそうな7月には、サッパリしたタコの酢の物でも、湯気の立つたこ飯でも、好きな一皿を選んでみてください。8本足の海の恵みを囲んだ食卓から、家族の笑顔と世界への小さな関心が生まれます。今日の美味しい一口は、海の向こうの誰かの食卓まで尊重できる、和気藹々とした未来への入口です。

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