いつもの職員が芸人になる日~鏡と懐かしい笑いで施設が小さな劇場に~

[ 介護現場の流儀 ]

はじめに…テレビの中より目の前の職員が面白い

午後のレクリエーション室に、見慣れた職員が鏡を抱えて登場します。何を始めるのかと思えば、鏡の横から顔を半分だけ出し、ゆっくり角度を変えていきます。すると、頭は妙に小さく、ほっぺだけがふっくら。誰ですか、その見事なおかめ顔は――と聞きたくなりますが、本人は笑ってはいけない顔で必死に耐えています。そこまで真顔でやられると、こちらもつられて笑ってしまいます。

昔のお笑い映像をみんなで楽しむ時間も、懐かしくて良いものです。名人芸を安心して味わえるのは、テレビならではの魅力でしょう。けれど、いつも食事や移動を支えてくれる職員が、目の前で真剣にふざける姿には、映像とは違う温かさがあります。

「あの人が、今日はこんなことをしている」

その意外性だけでも、施設の空気はフッと軽くなります。

施設の笑いは、上手な芸よりも、身近な職員が本気で遊ぶところから始まります。

大笑いが起きなくても、口元が緩み、「何をしているの?」と声が飛べば大成功です。隣の人と目を合わせたり、終わった後も職員の顔を見て笑ったりするなら、その場にはもう楽しい余韻が残っています。

昔の笑いを今の倫理観と安全に合わせて演じ直せば、いつもの部屋が小さな劇場へ早変わりします。和気藹々とした午後は、立派な舞台装置がなくても、鏡一枚と職員の少しの勇気から始まるのです。

[広告]

第1章…鏡1枚でおかめ顔~シンメトリーが笑いを連れてくる~

鏡を使ったシンメトリー(左右対称)の顔芸には、長い台詞も派手な衣装もいりません。顔の半分を鏡に映した瞬間、普段よく知っている職員の顔が、どこかで見たような、見たことがないような人物へ変わります。耳が遠くて台詞を聞き取りにくい人にも、視覚的ユーモア(見ただけで伝わる笑い)なら一目瞭然です。

やり方は、鏡の縁を鼻筋のあたりに合わせ、顔の半分と反射した半分を一つの顔に見せることから始まります。鏡を少し内側へ動かせば、目や口が中央へ集まった妙に端正な顔。少し外側へ動かせば、ほっぺが横へ広がったおかめ顔。眉を片方だけ上げても、鏡の中では左右の眉が同時に上がります。本人は驚いているつもりなのに、完成した顔は「ものすごく納得している人」に見えることもあります。違う、そうじゃない――と鏡へツッコんでも、鏡は反省してくれません。

おかめ風の顔を狙うなら、鏡の上側は顔の内寄りに合わせ、頬のあたりでは少し外側が映るように、首や鏡の角度をゆっくり調整します。頬を軽く膨らませ、小さく口をすぼめれば、頭部はきゅっと締まり、頬はふっくら。鏡を持つ職員と顔を出す職員が数センチ単位で試行錯誤しているうちに、練習を見ていた同僚が先に笑い始めます。まだ本番前なんですけどね。まあ、予行演習で笑いが出たなら好発進です。

鏡芸の面白いところは、職員本人が笑おうとすると形が崩れてしまう点にもあります。周囲が笑うほど、演じる側は真顔を保たなければなりません。笑顔を届けるために必死で無表情になるという、少々おかしな真剣勝負です。

鏡芸の主役は完成した変顔だけでなく、いつもの職員が真顔で一生懸命ふざけている姿そのものです。

高価な舞台装置はなくても、割れにくい鏡や反射板と、少しの勇気があれば始められます。上手に仕上がった日はもちろん、目が三つに見えた日も、鼻が行方不明になった日も、それはそれで立派な笑いの一幕。失敗まで味方につけられるのが、鏡一枚で開演できる小さな劇場の良さなのです。


第2章…あの日の笑いを手渡そう~昔の芸を職員流に演じる楽しさ~

昔のお笑いを思い出す時、台詞の一字一句よりも、妙な歩き方や顔つき、絶妙な間の方が先に浮かぶことがあります。二人が鏡のように同じ動きをしていたのに、片方だけ鼻をかき始める。威張って登場した人が、最後には小さくなって帰っていく。そんな一瞬が、何十年たっても記憶の引き出しに残っています。

高齢者施設で職員が受け継ぎたいのは、昔の芸を丸ごとそっくり再現することではありません。声色や決め台詞を完璧に真似るより、動き、間、擦れ違いといった笑いの骨組みを借りて、目の前の人に届く短い寸劇へ作り替える方が楽しめます。

「昔、こんなのがあったね」と気づく人がいれば、その人の表情は一気に晴れます。何の芸か分からない人にも、職員が反対方向へ歩いたり、帽子をかぶるたびに別の帽子が落ちてきたりすれば、動きだけで可笑しさは伝わります。回想法(懐かしい記憶を語り、心を動かす関わり)を堅い時間にせず、笑いの中へ自然に混ぜられるのも良いところです。

百聞は一見に如かず。テレビで名人芸を見る楽しさとは別に、いつもの職員が目の前で汗をかきながら演じる姿には、その場だけの臨場感があります。

昔の笑いを再現する時間は、懐かしさを飾る催しではなく、受け取った楽しさを次の誰かへ手渡す時間です。

演じる職員が若く、当時の番組を知らなくても問題ありません。年上の職員や利用者さんから「あの動きは、もっと溜めるのよ」と指導が入れば、世代を越えた共同制作が始まります。教わった職員が張り切り過ぎて、溜めるどころか完全停止。観客から「もう動いてええよ」と声が飛べば、それも予定表にない名場面です。

懐かしい芸の記憶は、映像の中だけに保存されているものではありません。笑った人の中にも残り、その人のひと言や手ぶりを通して、今の職員へ渡っていきます。世代交代をしながら一笑千金の時間を育てられることこそ、施設で演じる楽しさなのでしょう。

[広告]

第3章…短く、軽く、安全に~無理なくできる三分コントの作り方~

施設の余興は、長ければ長いほど盛り上がるとは限りません。昼食後の眠気、姿勢を保てる時間、耳や目の状態は人それぞれです。そこで目安にしたいのが、1つの芸を1分から3分ほどで終える小さなコントです。

最初の30秒で「何かが始まった」と伝え、次の1分で同じ動きを少しずつ変化させ、最後は誰にでも分かる形で終わらせます。鏡に映った二人が同じ動きをするなら、帽子をかぶる、腕を組む、お茶を飲むフリをする。そこへ片方だけ少し遅れる動きを加えれば、台詞がなくても流れが見えてきます。

ただし、最初から転ぶ、走る、叩くといった動きに頼る必要はありません。椅子から立ち上がるフリをして、何故か座り直す。帽子を取ったら下からもう1つ出てくる。お辞儀をした2人の頭が、いつまでも上がってこない。そんな小さなズレでも、真剣に演じれば十分に可笑しくなります。

短い芸は、笑いを急ぐのではなく、分かりやすい動きを1つだけ丁寧に育てると成功しやすくなります。

配役も適材適所です。表情が豊かな職員は顔芸、動きを合わせるのが得意な職員は鏡役、笑いをこらえられない職員は進行役へ。本人は「主役を外された」と思うかもしれませんが、開始10秒で吹き出す人を鏡役にすると、鏡より先に芸が割れます。向いている場所へ移っただけです。

小道具は、軽くて扱いやすいものに絞ります。割れにくい鏡や反射板、柔らかな帽子、紙で作った大きな眼鏡など、落としても危険が少ないものが安心です。動線(人が移動する道筋)に車いすや歩行器が重ならないか、座席から見えやすい高さかも確認しておきます。

本番で台詞を忘れても、鏡の角度がズレても、慌てなくて大丈夫です。予定通りに戻そうとせず、そのズレを少し見せて終われば臨機応変な一幕になります。最後に2人揃って深々と礼をしたのに、片方だけ鏡へ頭をぶつけそうになって静止――もちろん実際には当てません。その寸前の「おっと」が、3分間の小さな拍手を連れてきます。


第4章…笑われ役は職員です~みんなが安心して笑える舞台の約束~

笑いの時間を明るく終えるには、誰を笑いの中心に置くかが大切です。高齢者さんの聞き間違い、動作の遅さ、食事や排泄の失敗を面白がれば、その場では声が上がっても、誰かの心には小さな傷が残るかもしれません。

笑われ役は、演じることを承知した職員が引き受けます。帽子を反対にかぶるのも、鏡の中で妙な顔になるのも、台詞を忘れて固まるのも職員です。普段は頼られる側の人が、自分から格好を崩してみせるからこそ、高齢者さんは安心して笑えます。

人を笑う時間ではなく、職員が笑ってもらう時間にすると、施設の笑いはやさしく広がります。

昔のお笑いには、頭を叩く、容姿をからかう、嫌がる人を追い回すといった演出もありました。懐かしい芸であっても、そのまま再現する必要はありません。残したいのは、絶妙な間、動きのズレ、勘違い、小道具の仕掛けです。笑いの形を取捨選択すれば、古い芸の面白さを守りながら、今の感覚に合う舞台へ変えられます。

観客にも無理を求めません。「笑ってください」と促したり、反応の薄い人を目立たせたりせず、それぞれの楽しみ方を大事にします。大笑いする人もいれば、目だけで職員の動きを追う人もいます。口元が少し動いたなら、それも立派な反応です。笑いは全員一斉でなくてもよく、各人各様で構いません。

認知症のある人が職員の変装に不安を感じたり、鏡の像を知らない人だと思ったりする場合もあります。リアリティ・オリエンテーション(時間や場所、人を分かりやすく伝える関わり)を意識し、「職員の〇〇です。今から鏡を使いますね」と声をかけてから始めると安心です。驚きは笑いになりますが、怖がらせる必要はありません。

演じる職員にも、断る自由が必要です。余興が得意な人もいれば、人前に立つだけで心臓が朝礼の太鼓になる人もいます。そんな人へ「介護職なら盛り上げて」と迫れば、開演前から本人だけ笑えません。小道具係、音響係、拍手係など、表に出ない参加方法も立派な役目です。

高齢者さんと職員の双方が安心できる約束を整えれば、笑いは誰かを置き去りにしません。抱腹絶倒の日も、フッと頬が緩むだけの日も、穏やかな成功です。最後に職員が深く礼をしたら、かぶっていた帽子が床へポトリ。拾おうとして別の職員と頭が近づき、2人同時に静止――安全確認まで出来ていれば、その小さなオチで舞台は円満終了です。

[広告]


まとめ…微笑1つでも大成功~施設の日常に小さな笑いの花を~

レクリエーションの終わりに、派手な拍手が起きる日もあれば、静かに口元が緩むだけの日もあります。けれど、その小さな変化を見逃さなければ、笑いの時間は十分に届いています。

鏡1枚で生まれるおかめ顔、二人の動きが少しずつズレていく無言のコント、帽子を取っても次の帽子が出てくる小さな仕掛け。どれも大きな設備や長い練習を必要としません。必要なのは、高齢者さんを笑いの材料にせず、職員が安全に笑われ役を引き受けること。そして、昔の芸が持っていた間や動きの面白さを、今の施設に合う形で手渡すことです。

職員が本気でふざける姿には、「あなたに楽しんでほしい」という気持ちが隠れています。完璧な演技でなくても、その気持ちは思った以上によく伝わります。鏡の位置がずれ、鼻が2つになってしまったなら、それも予定外の見せ場です。本人だけが真剣に直そうとしている姿まで含めて、観客にはご馳走なのでしょう。

笑わせた回数よりも、その人のいつもの午後に楽しい記憶を1つ増やせたことが、職員に残る確かな手応えです。

笑門来福という言葉のように、笑いのある場所には、人が集まり、会話が生まれます。翌日、廊下で「あんた、昨日の顔をもう1回して」と声をかけられたなら、舞台はまだ続いています。勤務中なので常時おかめ顔は困りますが、頼まれた職員の心は少し軽くなるはずです。

大笑いだけを追わず、微笑も、驚きも、「何してるの?」というひと言も大切にする。そんな一期一会の数分間が、施設の日常を少し明るく変えていきます。いつもの職員が芸人になる日は、高齢者さんだけでなく、演じた職員にも「今日も悪くなかった」と思える小さな元気を残してくれるのです。

[ 広告 ]

今日も閲覧ありがとうございましたm(__)m


[ 応援リンク ]

ブログランキング2つに参加しています。応援クリックをお待ちしております。

[ ゲーム ] 作者のitch.io(作品一覧)


  • コメント ( 0 )

  • トラックバックは利用できません。

  1. この記事へのコメントはありません。