台風で流されたと思ったのに!~翌朝に新道を開通させたアリたちの小さな復旧物語~

[ 季節と行事 ]

はじめに…昨日の道は消えたのに、黒い行列はもう歩き出していた

台風が通り過ぎた翌朝、庭はまだ雨の名残を抱えていた。葉っぱの先から水滴がポタリと落ち、植木鉢の周りの土はしっとり濡れている。昨日まで、そこには小さなアリたちの行列があった。右へ進む者、左へ戻る者。こちらが頼んだ覚えもないのに、毎日きっちり開通していた黒い通勤路である。

流石に、あれだけの雨風の後なら休業しているだろう。巣穴も水浸し、道しるべも流されて、一件落着……などと、こちらは勝手に期待していた。ところが、昨日までの道に姿がないことを確認して、少し気分よく視線を動かした瞬間である。石の反対側から、黒い点々がゾロゾロと現れた。

「おらんようになった」のではない。「道を変えた」だけだった。

人間が台風の後片付けを考えている朝に、アリたちはもう新しい通勤路で通常営業を始めていた。

しかも、よく見れば不思議はそれだけではない。行列のアリたちは双方向に歩いているのに、目立つ食べ物を運んでいる姿はほとんど見かけない。忙しそうなのに成果物が見えないとは、どこかの会議帰りのようで少し胸に刺さる。その横を、時々、少し大きなアリが一匹だけで歩いていく。列に加わるでもなく、喧嘩を売るでもなく、フラリフラリと巡回中。ところが指先を近づけた途端、神出鬼没の黒い忍者のように素早く消える。

彼らは何を探し、何を運び、何故、雨風の翌朝にも迷わず歩けるのだろう。家の中に入られれば困った訪問者だが、庭先で見せる逞しさには、半信半疑のまましゃがみ込んで見入ってしまう。小さな体で、こちらの思惑を軽々と飛び越えていくアリたち。どうやら夏の庭には、人間が思うよりずっと手強く、妙に愉快な暮らしが広がっているらしい。

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第1章…その往復で本当に荷物はあるの?~行列組の見えないお仕事~

庭の端や玄関先で、ふと黒い細線が動いていることがある。しゃがみ込んで見ると、それは1~2ミリほどの小さなアリたちだ。右へ行く組と、左へ戻る組。お互いにぶつかりそうでぶつからず、セッセ、セッセと通り過ぎていく。

ところが、見ている側としては、どうにも腑に落ちない。

「で、君たちは何を運んでいるのだね?」

パンくずを担いでいるわけでもない。虫の欠片を引っ張っている様子も、甘い何かに大集合している場面も見当たらない。ただ、行って、帰って、また行っている。足取りは忙しそうなのに、目に見える荷物はほとんどない。こちらとしては、書類を一枚も持たずに廊下を往復する職員を見かけた時のような、不思議な気持ちになる。

いや、待て。私だって、冷蔵庫を開けたまま「何を取りに来たんやったっけ?」と立ち尽くす日がある。アリにだけ仕事の証拠を求めるのは、少し厳し過ぎるかもしれない。

小さな行列は、荷物運びの姿だけで成り立っているわけではない。餌を見つけた仲間が残す道しるべフェロモン(仲間がたどる匂いの目印)を頼りに、仲間たちは同じ道を行き来する。目立つ獲物を運ぶ役ばかりでなく、食べられる物が残っているか確かめる者、道を辿って向こうへ向かう者、口に入れられる液体の食べ物を体の中に収めて帰る者もいる。外から見ると手ぶらでも、アリ側ではちゃんと仕事中ということがあるらしい。

それにしても、あの行列は見事である。運動会の入場行進ほど揃っているわけではないのに、何故か道だけは間違えない。こちらが指先で進路の近くを少し触ろうものなら、隊列がわずかに揺れ、何匹かが立ち止まり、触角を忙しそうに動かす。どうやら彼らにも、「あれ、今日の道、何か変では?」という確認時間があるようだ。

そして、しばらくすると再び歩き始める。こちらが見物人として無我夢中になっている間にも、アリたちは試行錯誤を重ねながら、使える道を選び直しているのだろう。立派な荷物が見えないからといって、ただ散歩しているわけではない。むしろ、見えない匂いの道路を頼りに、一致団結して暮らしを回している。

小さなアリの行列は、目に見える荷物より先に、仲間が迷わないための道を運んでいる。

そう思って眺めると、少しだけ見え方が変わる。とはいえ、感心したからといって、玄関の内側まで開通して良いとは誰も言っていない。庭先の道路は観察対象、台所方面の延伸計画は即刻却下である。


第2章…列には入らぬ黒い忍者~ひとり歩きのアリは何を探す?~

行列の少し外側に、どうにも気になる存在がいる。小さな集団の流れに加わるでもなく、一匹だけで石の縁を歩き、植木鉢の下をのぞき、壁際をスイスイ進んでいく、2~3ミリほどのアリである。

こちらとしては、まず聞いてみたい。

「君は、どこの担当なのかね?」

行列組のように、決まった道を往復している様子はない。何かを抱えて巣へ戻るわけでもなく、仲間を連れて来る気配もない。ただ一匹、縦横無尽にうろうろしている。買い物に来たのか、土地の下見なのか、まさか庭の安全点検なのか。見れば見るほど、目的の分からなさが気になってくる。

けれど、彼らにしてみれば、あれは遊歩道の散歩ではないのだろう。アリには、匂いの道を仲間と往復する動きだけでなく、単独で食べ物や水分、身を隠せる場所を探す探索行動(周囲を歩いて暮らしに必要なものを見つける動き)もある。一匹で歩いている姿は、何もしていないのではなく、まだ見つかっていない何かを探している途中なのかもしれない。

その単独行動のアリが、行列を横切ることもある。小さな通勤路へ突然、別方向から一匹の黒い影が入ってくる。こちらは勝手に、「おっと、部外者侵入。これは揉めるぞ」と身構えるのだが、意外にも大事件にはならない。触角が一瞬近づいたように見えても、行列は行列のまま進み、徘徊組は徘徊組のまま通り過ぎる。

同じアリに見えても、暮らしている巣や種類が違うことはある。それでも、道を横切っただけで毎回のように大喧嘩を始めていては、アリも忙しくて仕方がない。大切な巣へ入り込まれた時や、目の前に貴重な食べ物がある時とは違い、ただのスレ違いなら、わざわざ足を止めないこともあるのだろう。

人間の道でも、見知らぬ人が横断歩道を渡っただけで「どこの町内会ですか!」とはならない。アリ社会にも、余計な争いは避けて本日の用事を済ませる、静かな合理性があるように見える。

ところが、この徘徊組、普段の歩き方だけ見て油断してはいけない。どこへ行くのか分からないまま、フラフラ、チョコチョコ。こちらが見下ろしている限りでは、随分と気ままな巡回である。そこで、ほんの少し指先を近づけてみる。

その瞬間、消える。

いや、正確には逃げているのだが、こちらの目には「消えた」としか言いようがない。さっきまで観光客のように歩いていた者が、危険を感じた途端、電光石火の速さで隙間へ駆け込む。行列組が慎重な通勤部隊なら、こちらは非常時だけ本気を見せる黒装束の密偵である。

何をしているのか分からない1匹ほど、危険を感じた時の逃げ足には迷いがない。

少し悔しい。こちらは立ち上がる時に「よいしょ」と声が出るのに、あの小さな体は判断から退避までが早過ぎる。忍者の採用試験が庭先で開かれていたなら、徘徊組は全員合格、私は受付の椅子を温める係で終わりそうである。

行列には行列の仕事があり、1匹歩きには1匹歩きの役目がある。目の前のアリが何を見つけるつもりなのか、こちらには最後まで分からない日も多い。けれど、迷っているように見える小さな歩みの中にも、暮らしを続けるための探し物がある。そう思うと、庭の隅を横切る黒い忍者が、ほんの少しだけ立派に見えてくる。

もちろん、家の中への潜入作戦は別件である。そこだけは、忍者であろうと調査員であろうと、丁重にお引き取り願いたい。

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第3章…雨風に任せた退去作戦~人間の期待とアリの避難判断~

台風が近づくと、庭の空気は急に落ち着かなくなる。植木鉢を寄せ、飛びそうな物を片づけ、雨戸や窓を確かめる。人間にとっては戦々恐々の大仕事だが、その合間に、ふと思ってしまうことがある。

「あのアリの行列も、今度こそ消えるのではないか?」

毎日のように現れる黒い列。庭先だけなら観察する余裕もあるが、玄関や台所の方向へ進路を伸ばされると、こちらの気持ちは穏やかではない。そこへ、横殴りの雨と強い風である。こちらが何かを仕掛けるわけではなく、空がまとめて洗い流してくれるのではないか。そんな期待が胸の隅に生まれても、アリに対して申し訳ないとは思いつつ、正直なところ止められない。

雨が本格的になると、昨日までの通勤路はあっという間に水の流れに消えていく。土の表面には小さな水溜まりができ、石の隙間からも雨水が入り込む。あの小さな巣なら、さぞかし大混乱だろう。道路は冠水、出勤停止、物流は完全に麻痺。こちらの頭の中では、既にアリ社会の臨時ニュースが流れている。

「本日の庭先線は、豪雨の影響により全線運休です」

……などと考えている自分は、台風の備えをしていたはずなのに、いつの間にかアリ鉄道の運行情報まで気にしている。いったい何をしているのだろう。けれど、いつもいたものが姿を消すかもしれないと思うと、困っていた相手でさえ少し気になるから不思議である。

アリにとっても、大雨は歓迎できる天気ではないだろう。巣の入口が水にさらされ、いつもの匂いの道が薄れ、餌を探しに行く場所も歩きやすさも変わる。そこで働くのが避難行動(危険を避けて居場所や移動経路を変える動き)である。雨が来たから全員が流されて終わり、というほど、彼らの暮らしは単純ではない。安全な隙間へ移る者もいれば、雨が弱まった後に新しい道を探す者もいるのだろう。

考えてみれば、人間だって大雨の後、いつもの道が通れなければ別の道を選ぶ。倒れた枝があれば避け、水たまりが深ければ遠回りする。アリもまた、小さな体で同じように、今日使える道を見つけようとしているのかもしれない。

とはいえ、台風の最中にそこまで冷静に感心していたわけではない。雨音を聞きながら、私は内心、意気揚々としていた。

「これは、流石に勝ったな」

誰と戦っているのかは聞かないでほしい。相手は数ミリのアリである。しかも、こちらは自然の力に便乗しているだけだ。それでも、毎日コツコツ現れる行列に対して、今夜ばかりは人間側が優勢に思えた。

雨が全てを流してくれると思った夜、アリたちは消える準備ではなく、生き残るための道替えをしていたのかもしれない。

庭の水が引くまで、勝敗はまだ分からない。それでも、昨日までの道路が消えていく景色を前にすれば、つい期待してしまう。明日の朝こそ、あの黒い列のない静かな庭になっているのではないか、と。

ところが、アリ相手に早めの勝利宣言をしてはいけない。人間が「これで片づいた」と思った時ほど、彼らはひっそり次の手を用意している。台風の本当の結末は、雨が止んだ翌朝、濡れたサンダルで庭へ出た時に知らされるのである。


第4章…旧道閉鎖で新道開通!~台風明けに考える寄せつけにくい暮らし方~

台風の翌朝、庭へ出る時の私の足取りは、少しだけ軽かった。昨日までアリの行列が続いていた石の横を確認すると、黒い点々がいない。雨で道が消えたのか、巣が困ったことになったのか、理由は分からない。けれど、こちらの心には小さな勝利の鐘が鳴る。

「おお、ついに静かになったではないか」

意気揚々と濡れた庭を見渡し、ついでに倒れた葉っぱでも直そうと一歩進んだ、その時だった。昨日の道から少し離れた植木鉢の脇で、何やら黒いものが動いている。

ゾロゾロ、ゾロゾロ。

旧道は閉鎖されていた。けれど、新道は既に開通していた。

人間なら、大雨の翌朝は「道路どうなってる?」「靴、濡れるよなあ」「今日はもう家にいたいなあ」と、まず気持ちの準備から始まる。それなのに、アリたちは迷う様子もなく、別の道へ切り替えて歩いている。昨日までの場所が使いにくくなったなら、今日使える道を選ぶ。小さな体で実に臨機応変である。

「いやいや、復旧が早過ぎるやろ」

思わず声をかけたくなる。こちらは台風で散らかった庭の片づけすら始めていないのに、アリ側は通勤経路の変更を終えているのだ。まるで、朝起きたら近所の道路工事が完了し、案内板もなく交通が普通に流れていたような気分である。感心半分、ガッカリ半分。いや、家へ近づかれることを考えれば、ガッカリの方が少し多い。

けれど、そこで目の前の行列だけを慌てて追い払っても、また別の道が生まれることがある。アリにとって大切なのは、人間が気にしていた旧道ではなく、食べ物へ近づけることや、安全に出入り出来ることだからである。行列が家の方へ伸びているなら、歩いているアリだけを見るよりも、その先に何があるのかを見た方がよい。

玄関の隅に食べ物の欠片が落ちていないか。甘い飲み物の雫が残っていないか。台所のゴミ箱やペットの食器のの細い隙間が、アリ専用の入場口になっていないか。こちらが「たったこれくらい」と思うものでも、数ミリの来客にとっては十分なご馳走であり、立派な玄関なのだろう。

それなら、人間側の作戦も見えてくる。庭にいるアリ全てを相手にして大騒ぎするより、家の中に呼び込まないよう、食べ物や甘い汚れを残さず、侵入しそうな隙間に目を配る。行列を見つけた時は、腹を立てて足元だけを見続けるのではなく、「どこから来て、どこへ向かっているのか」と少しだけ追ってみる。アリの通勤路は、こちらの暮らしの小さな抜け道を教えてくれることがある。

アリとの勝負は、行列を消した朝に終わるのではなく、次の道を家の中へ作らせない暮らしで決まる。

もちろん、分かっていても、台風で姿を消したと思った翌朝に新道を見つければ、心は一喜一憂する。「やった、いない」と喜んだ数秒後に、「そっちにおったんかい!」と肩を落とす。この小さな負け方が、少しだけおかしい。

けれど、雨風の後にも道を選び直すアリの姿は、困った存在であると同時に、妙に元気でもある。昨日の道が使えなくなっても、今日の道を探せばよい。こちらとしては家への延伸だけは固くお断りしたいが、その切り替えの早さだけは、台風後の庭でこっそり学ばせてもらうことにしよう。

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まとめ…困るけれど少し見習いたい~小さな復旧部隊が残した元気~

アリの行列は、見れば見るほど不思議である。小さな体で双方向に歩いているのに、目に見える荷物はあまりない。少し大きな一匹歩きは、列に入るでもなく庭を巡回し、こちらが気づいた途端に忍者のような速さで逃げていく。そして台風が通り過ぎれば、消えたと思った道の隣に、もう新しい行列が出来ている。

家の中へ入られては困るし、台所や玄関で見つければ、のんびり観察などしていられない。食べ物の欠片を残さないこと、甘い汚れを拭き取ること、入って来そうな隙間へ目を向けること。アリの逞しさに感心しながらも、人間の暮らしは人間の手で守らなければならない。

けれど、庭先で出会う彼らは、ただ迷惑な相手というだけではなかった。昨日の道が雨で消えても、いつまでも立ち尽くしてはいない。使える場所を探し、仲間と繋がり、今日の道を歩き始める。台風明けの濡れた石の傍で、その小さな行列は雨過天晴の朝を誰より早く使いこなしていた。

「雨降って地固まる」と言うけれど、アリにかかれば「雨降って道が替わる」である。

こちらは濡れたサンダルにため息をつき、倒れた植木鉢を戻すだけで少々くたびれている。その横で、黒い点々はもう平常運転だ。思わず「少しは休んだらどうだ?」と言いたくなるが、聞く耳を持つ様子もない。いや、耳より触角が忙しいのだろう。

暮らしの道は、昨日と同じでなくてもいい。今日歩ける道を見つけたら、そこからまた進めばいい。

小さ過ぎて、気づかなければ踏み越えてしまうアリの世界。それでも、しゃがみ込んで見てみれば、困るほど逞しく、悔しいほど前向きで、少し笑える復旧物語が動いている。家の中への開通だけは遠慮していただきながら、明日も庭先の新路線を、そっと見届けてみようと思う。

(内部リンク候補:『夏休みの夜は虫たちの時間~カブトムシとクワガタに会いに行く時期・時間・見つけ方~』)

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今日も閲覧ありがとうございましたm(__)m


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