介護認定の結果にモヤる夜の処方箋~不服申し立て前に読む“納得”の道標~

[ 家族の四季と作法 ]

はじめに…等級は“判定ガチャ”じゃない…~でも心がザワつくのは当然です~

介護保険の認定結果が届いた瞬間、封筒を開ける手がちょっとだけ重くなる。そんな経験、ありませんか?結果を見て「え?この状態でこの等級?」「いやいや、うちの母の大変さ、誰も分かってない!」と心がザワつく。分かります。むしろザワつかない人の方が、強過ぎます。

介護認定は、申請してからだいたい1か月前後で結果が出ます。その等級で決まるのは、使えるサービスの種類や量の“枠”です。ここが生活に直結するから、なおさら敏感になるんですよね。しかも費用の負担割合は、世帯の状況などで変動することもあり、「え、サービスは増やしたいのに家計が苦しい」みたいな現実のパンチが飛んでくることもあります。もう、心が忙しい。

だからこそ「不服申し立て」という言葉がチラつくのも自然です。制度としてちゃんと用意されている手続きですし、「納得できないなら戦うしかない!」と燃える気持ちも否定しません。けれど、ケアマネージャーとして現場でたくさんのご家族と一緒に悩んできた立場から言うと、ここで勢いだけで突撃すると、時間と体力がごっそり削られてしまうことが少なくないんです。怒りって、エネルギー源としては優秀だけど、燃費は最悪なんですよ。

この記事では、「不服申し立ては無駄になりやすいのか?」という疑問に、感情の火を消さずに、でも焦げつかないように答えていきます。ポイントは1つだけ。戦う相手を間違えないこと。窓口でも、地域包括でも、ケアマネでもなく、あなたの暮らしに合った等級へ近づくための“伝え方”と“手続きの選び方”を整えることです。

読み終わる頃には、「よし、怒りで走るのはやめよう。次は勝てる手で行こう」と、作戦が立つはずです。モンスターにならずに、でも泣き寝入りもしない。そんな“大人の着地”を一緒に目指しましょう。

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第1章…何故に人は「納得いかん!」と叫びたくなるのか?~よくある火種コレクション~

介護認定の結果に対して「違う!」が出る瞬間って、だいたい決まっています。封筒を開けた後、家族会議が始まる前に、心の中で小さな火花が散るんです。「この状態で要支援?」「いや、もう毎日ギリギリなんだけど?」みたいに。で、火花が育つと、頭の中に“例の四文字”が浮かぶ。そう、「不服申し立て」。言葉の響きが強いから、ちょっと正義の剣っぽく見えるのが罪ですよね。振り上げたくなる。

でも、ここで冷静に一回だけ言います。火種の正体は、制度の悪意というより「期待と現実のズレ」です。ズレが大きいほど、怒りの火力が上がります。だって、介護は生活そのもの。今日のご飯、明日の通院、夜のトイレ、入浴、着替え、転倒の不安。ここに“枠”が嵌められると、「枠に人生が押し潰される気がする」んです。気がする、じゃなくて、実際に予定が立て難くなったり、支援の回数が足りなかったりすることもある。そりゃあ納得できない。

じゃあ、どんなズレが火種になりやすいのか。まず多いのは、「使えるサービスの量や回数」に関わるズレです。訪問介護や通所系は、等級によって“組み立て方の幅”が変わります。特に要支援の範囲だと、「出来ることはあるけど、日常のどこかが崩れやすい」という人が多いので、家族の負担感は重くなりやすいのに、数字としては伝わり難い。これが一番モヤります。「出来てる扱い」にされると、家族の心は「じゃあ私の毎日は何なの?」ってなりますからね。

次に多いのが、「福祉用具や移動のこと」です。歩けるけど危ない、立てるけどふらつく、家の中では何とかなるけど外だと難しい。こういう“境界線のしんどさ”は、生活者には痛いほどリアルなのに、仕組みの上では線引きが必要になります。結果として「必要なものが通り難い気がする」「移動の段取りが詰む」という焦りに繋がって、心が燃えやすいんですね。

そして、かなり強火になりやすいのが「思い込み」と「比較」です。例えば本人が、「自分は要介護2くらいだろう」と予想していた。あるいは近所の〇〇さんと似た状態だと思っていた。ここで結果が違うと、「うちだけ損してる?」という感情が出てきます。ここ、すごく人間らしいポイントです。介護は孤独になりやすいから、つい比較で安心したくなる。でも比較は、だいたい心を荒らします。生活の中身は各家庭で全然違うし、同じ病名でも困りごとの出方は違う。なのに比べてしまう。すると不満が“正当化”されて、行動が加速する。気づいたら窓口に向かう靴紐が結ばれている。怖いところ。

ここまで読んで、「じゃあ、納得できないのは全部こっちの勘違いなの?」と思ったら、それも違います。納得できないのは、あなたのせいではありません。介護の困りごとは、数字やチェックだけでは表現しきれない部分が必ず出ます。しかも認定は、一定の基準に沿って“情報をまとめた結果”なので、まとめる材料がズレていたり不足していたりすれば、結果も当然、ズレます。つまり、モヤりの中には「本当に伝わっていない部分」が混ざっている可能性がある、ということです。

ただし、ここが大事な分かれ道です。「伝わっていない」のに、怒りの矛先が「誰かが悪い」に向かうと、時間と体力が溶けます。窓口の人とバトルしても、地域包括と口論しても、ケアマネに詰め寄っても、等級を決める仕組みそのものは、その場では動きません。いわば、玄関のインターホンをずっと無意味に連打している状態です。中の人に用件が届いていないのに、指だけ疲れる。とても悲しい出来事です。

だから第1章の結論はこうです。叫びたくなるのは自然。でも叫ぶ前に、火種が「量のズレ」なのか、「線引きのズレ」なのか、「比較と期待のズレ」なのかを見極めると、次の一手が変わります。次章では、矛先を間違えずに済むように、「じゃあ誰が何に関わっていて、どこで結果が決まるのか」を、楽しくほどいていきましょう。あなたの怒りを、ちゃんと役に立つエネルギーに変える作戦です。


第2章…犯人捜しはここで終了~窓口でもケアマネでもなくて“伝え方”が主役でした~

認定結果に納得できない時、人はつい「誰のせい?」を探したくなります。これは本能です。冷蔵庫のプリンが消えたときに、家族の顔を順番に見てしまうのと同じです。しかも介護認定は生活がかかっているので、プリンどころじゃない。心の中の刑事ドラマが、いきなり最終回クラスのテンションで始まります。

まず疑われがちなのが、市役所の窓口や地域包括支援センターです。「あそこが適当に処理したんじゃ…」と疑いたくなる。でもここで1つ安心材料。窓口や地域包括がやるのは、基本的に“手続きの入口”の案内や受付が中心で、そこで「等級を操作する」なんてことは現実的にできません。窓口の人が魔法のスタンプで「はい、要介護3ね!」と押せるなら、世の中はもっとファンタジーです。良くも悪くも、そんな権限はありません。

次に疑われやすいのが、ケアマネージャーです。「ケアマネがちゃんと言ってくれなかったから…」と。気持ちは分かります。普段から関わっている人ほど、“助っ人”に見えますからね。でもここも誤解が生まれやすいポイントで、認定調査の場にケアマネが同席したとしても、決定打になるほど結果が変わることは多くありません。むしろ、同席することで調査員が「余計な色がつかないように」慎重になる場合すらあります。ケアマネは24時間の生活をすべて見ているわけではないし、認定は「印象」ではなく「根拠のある情報」を積み上げていく世界だからです。

じゃあ、いったい何が等級を左右するのか。ここからが第2章の本題です。実は“犯人”は外にいません。主役は、「本人と家族が、生活の困りごとをどう伝えたか」です。つまり、伝え方。ここがズレると、結果もズレやすい。逆に言えば、ここを整えると納得に近づきやすい。これ、ちょっと希望が湧きませんか。誰かを責めるより、自分たちで修正できる部分があるんです。

認定調査では、日常の動作や介助の必要性を、一定の項目に沿って確認していきます。ところが現場では、ここで“言葉の癖”が事故を起こします。例えば本人が真面目で頑張り屋さんだと、「出来ます」「大丈夫です」を連発しがちです。痛くても「平気」。転びかけても「気を付けてる」。そして調査員は、その言葉を材料として記録します。結果、書類の上では“出来る人”が誕生する。ご家族は横で「いやいやいや!」と心の中でツッコミを入れる。でも調査は進んでしまう。これ、介護認定あるあるの代表選手です。

逆に、ご家族が一生懸命説明しようとして、気持ちが先に走ることもあります。「とにかく大変なんです!」は真実なんだけど、認定の仕組み上は“どこが、どのくらい、どんな介助が必要か”に落とし込まれないと、記録として残り難い。ここが悔しいところです。介護の苦労は詩にしたら泣けるのに、書類にすると数字と具体が強い。文学と事務の壁です。

さらにもう1つ、地味に効いてくるのが「見栄」と「遠慮」です。特に本人は、他人の前で弱みを見せたくないことがあります。「家族に迷惑をかけている」と思っている人ほど、調査員の前では“ちゃんとしている自分”を演じてしまう。これも自然な心理です。だからこそ、家族側が事前に「今日は正直モードでいこう」と合意しておかないと、当日は“いつもの頑張りモード”が発動してしまいます。しかもその頑張りが、後で家族を苦しめる結果に繋がることもある。何とも皮肉な話です。

ここで、ケアマネとしての現場感で1つ提案を混ぜます。調査の日は、本人を悪者にしない言い方を決めておくとスムーズです。「お父さん、出来るって言いたいの分かるよ。でも今日は“出来るけど危ない”“出来るけど時間がすごくかかる”を伝える日ね」と、役割を付け足す感じにする。本人のプライドを守りつつ、必要な情報を出しやすくなります。真正面から「出来ないって言って!」と言うと、本人の心が固まってしまうことが多いので、そこは優しく作戦を組みます。

この章の結論はシンプルです。認定結果がズレる時、原因は誰かの悪意より、“生活の情報が制度の言葉に変換される途中で、こぼれ落ちた”可能性が高い。そして、そのこぼれ落ちを拾い直す方法がある。次章では、その方法として「不服申し立て」より現実的で、心身の消耗が少ないことが多い「変更申請」という道を、しっかり物語として案内していきます。怒りのエネルギーは、消すんじゃなくて、進む力に変えましょう。


第3章…「不服」より先にやるとラクになる~“変更申請”で現状を正面から出す作戦会議~

ここまで読んで、「なるほど、伝え方が大事なのは分かった。でも結果がもう出ちゃってるんだよ…」と思いましたよね。分かります。封筒は開いた。等級は書いてある。現実は現実。すると頭の中にまた例の単語が浮かぶ。「不服申し立て」。何か強そう。何か正しそう。何か勝てそう。名前がもう、格闘技の必殺技みたいです。

ただ、ここでケアマネ的にそっと言います。「不服申し立て」は“最初の一手”にすると疲れやすいことが多いです。何故なら、これは「手続きが間違っていた」「判断に不当な点があった」ことを、理屈と資料で積み上げていくルートだからです。言い方を変えると、気持ちの問題というより“裁判に近い道”なんですね。もちろん制度上の権利として大切ですし、必要な場面もあります。でも、生活が回っている最中にそれをやるのは、忙しい平日にフルコース料理を作るようなもの。出来る人はいる。けれど、台所が戦場になります。

そこで登場するのが、もう少し生活者向けの道、「変更申請」です。これは「今の状態と認定の内容が合っていないので、見直して欲しい」という申し出です。つまり“現状を出す”ことが主役。誰かのミスを追及するより、「今こうなっている」を正面から提示していく。これが結果的に早道になることが多いです。

変更申請ってどんな立ち位置?~「怒りの武器」じゃなく「生活の修理依頼」~

変更申請は、イメージとしては「家のドアが軋むので調整してください」に近いです。相手を責めるための申立てではなく、生活の不具合を直すための依頼。だから気持ちの負担も少し軽くなります。「戦うぞ!」より「整えよう」の方が、家族の空気も荒れ難いんですよね。介護は長期戦なので、ここが地味に重要です。

そして変更申請は、基本的に新規申請や更新と同じ流れで進みます。認定調査があり、主治医の意見書があり、審査があって結果が出る。つまり、仕切り直しが出来る。先にお伝えした“伝え方”の改善が、そのまま活きるルートなんです。ここが強い。

「でも、また同じ結果だったら?」という不安への現実的な答え

はい、可能性としてはゼロではありません。そこが正直なところです。けれど、ここで大事なのは「同じ結果でも、納得できる材料が増える」ことです。例えば調査で何がどう記録され、主治医の意見書にどう書かれ、それがどう扱われたのか。流れが見えると、モヤモヤが減ります。モヤは、見えないから増えるんです。

それに、もし本当に状態が変化しているなら、変更申請の方が筋が通ります。寝起きが厳しくなった、転倒が増えた、見守りが常に必要になった、服薬管理が難しい、夜間の対応が増えた。こういう“生活上の変化”があるなら、正面からその変化を説明する方が、話が通りやすい。怒りの熱量より、生活の具体が強いんです。制度は冷静なので、こちらも冷静に材料を出した方が勝率が上がる、という話です。

作戦会議のコツは「誰が何を言うか」を決めておくこと

変更申請で大事なのは、手続きそのもの以上に「当日の調査で、情報がこぼれない」ことです。第2章で触れたように、本人が頑張り屋さんだと“出来る宣言”が飛び出します。家族が焦ると“とにかく大変宣言”が飛び出します。どちらも気持ちは正しいのに、記録としては薄くなりがち。だから事前に“役割分担”を決めておくと安定します。

本人は「出来るけど危ない」「出来るけど時間がかかる」を意識する。家族は「介助が入っている場面」を、淡々と具体的に補足する。こういう形にすると、調査員の記録も整理されやすくなります。ここでのポイントは、本人の尊厳を守りつつ、生活の現実を出すこと。本人を悪者にしない言い方が、結果的に情報の質を上げます。

不服申し立てが必要になるのはどんな時?

ここは誤解がないように。変更申請が万能という話ではありません。例えば「調査の内容が明らかに事実と違う」「手続き上の問題があった」など、根本的な土台が崩れている場合は、制度上の正当な手段として不服申し立てが視野に入ります。要は、目的が違うんです。現状の見直しが目的なら変更申請、手続きの正当性の確認が目的なら不服申し立て。工具箱の中身が違う、というイメージです。

ここまでで、進む道が少し整理できたでしょうか?次章では、変更申請でも更新でも効いてくる「確実な等級に近づける説明の仕方」を、具体的に“時間・回数・介助の有無”という3つの鍵で、分かりやすく解いていきます。ここが整うと、話がグッと通りやすくなります。怒りは置いていかなくて大丈夫。ちゃんと燃料にして、前へ進みましょう。


第4章…等級に近づく説明のコツ~「回数・時間・介助の有無」を“数字で”語る技術~

介護認定の調査って、言ってしまえば「生活を、調査票という言語に翻訳する日」です。ここで翻訳が雑だと結果も“それっぽいけどズレた日本語”になります。逆に翻訳が丁寧だと、「あ、こういう暮らしなんですね」と伝わりやすくなる。第4章は、その翻訳精度を上げる話です。

まず大前提として、調査員の方は敵ではありません。多くの方が真面目に、きちんと聞き取りをし、制度の枠の中で出来る限り正確に記録しようとしています。ただ、調査時間は限られていますし、聞き取った内容を“項目に落として”記録しないといけない。つまり、こちらが「生活の物語」を語り過ぎると、相手はメモが追いつかない。涙の名作を語ったのに、調査票には「概ね自立」みたいな短文だけが残る。悲しい事故が起きるんです。

ここで効くのが、3つの鍵。「回数」「時間」「介助の有無」。この3つに寄せて話すだけで、記録に残る確率が上がります。しかも、ここは本人も家族も実践しやすい。言い替えると、努力の方向がズレない方法です。

回数は“頻度”の証拠になる~「たまに」より「週〇回」「1日〇回」~

例えばトイレ。困っていると伝えたい時、つい「最近トイレが大変で…」と言ってしまいがちです。でも調査の場では、「1日に何回、見守りが必要か」「失敗が週に何回あるか」といった“頻度”が強い材料になります。言葉が「最近」や「たまに」だと、記録がフワッとします。フワッとした結果、フワッとした等級が出ます。フワッとは罪です。

お風呂でも同じです。「入浴が大変」より「週に何回入っているか、洗体はどこまで自分で出来るか、介助が入る場面はどこか」を数字で語る方が、情報が落ちにくい。介護は感情の世界でもあるけれど、認定は数字が強い世界。ここ、割り切った方が勝ちやすいです。

時間は“負担の重さ”を見える化する~「出来るけど30分」の破壊力~

本人が頑張り屋さんだと、必ず出ます。「出来ます」。ここで家族が「いや無理でしょ!」と反射で否定すると空気が荒れます。おすすめは、否定ではなく“時間で補足”です。

例えば着替え。「自分で出来ます」と本人が言ったら、家族はこう足す。「ただ、上着の着脱に毎回20分くらいかかって、途中で痛みで止まるので声掛けが必要です」。これなら本人のプライドを守りつつ、生活の実態が出ます。さらに良いのは「朝の着替えに〇分、夕方の着替えに〇分」まで言えると、調査票に落ちやすい。時間は、介護の重さを正直に語ってくれるんです。

あと、地味に効くのが「待ち時間」も含めることです。本人が動作の途中で休む、固まる、段取りが分からなくなる、そこに声掛けが入る。これ、介助の負担としては大きいのに、本人は「休んだだけ」「考えてただけ」と思っていることがあります。でも家族側から見ると、その時間は“見守り拘束”です。そこを遠慮して言わないと、介護の手間が書類から消えます。消えると困るのは、日々を回している家族です。

介助の有無は“出来ているかどうか”の分かれ道~手が入っているならちゃんと言う~

認定の場で一番もったいないのは、「本人が出来ていないのに、出来ている扱いで終わる」ことです。これ、よく起きます。本人が「出来ます」と言い、家族が空気を読んで黙り、調査票には「自立」と残る。家庭内では毎日介助しているのに、書類上はスーパーマン。家庭内スーパーマンって、だいたい家族が裏で支えていますからね。

だから介助が入っているなら、その場面をはっきり言うのが大切です。例えば「靴下は履けないので、毎朝家族が履かせています」「入浴は浴槽の跨ぎで必ず支えが必要です」「夜間はトイレ誘導が毎晩あります」。ここは遠慮しない。遠慮は美徳だけど、介護の現場では家族が倒れる原因になります。

そして逆に、本人が「全くしていない」「出来ていない」状態も、ちゃんと伝える価値があります。例えば痛みや恐怖で入浴を避けている、食事が偏っている、服薬が守れない、同じ服を続けて着てしまう。こういう“不適切な状態”は、生活支援の必要性として重要な情報です。ここを隠すと、「問題がない人」になってしまいます。問題がない人として扱われると、必要な支援が組み難くなる。これは本人にとっても損です。

やってはいけない説明~「痛いけど自分でやってる」は調査票では強くないことがある~

ここ、ちょっと残酷な真実です。「肩や腰が痛いけど、自分で着替えています」は、聞いている側は「偉いですね」と思うのに、認定の材料としては弱い場合があります。何故なら「出来ている」ことになりやすいから。もちろん痛みは重要ですが、痛みそのものより「痛みのせいで介助が必要になっているか」「生活が崩れているか」が記録されやすい。だから言い替えるなら、「痛みで途中で止まるので見守りが必要」「痛くて靴下は履けないので介助」「痛くて入浴が週1回以下になり清潔が保てない」のように、生活への影響に変換して語るのがコツです。

主治医との関わりも“翻訳の一部”~情報が分散すると意見書が薄くなる~

もう1つ、認定の精度に関わるのが主治医意見書です。ここが薄いと、調査の情報だけで判断されやすくなります。よくあるのが、「整形外科と内科と…」と複数の医療機関に掛かっているケース。本人にとっては当然の動線ですが、意見書は基本的に1人の医師が書くので、その医師のところに情報が集まっていないと、全体像が伝わり難いことがあります。

ここでおすすめなのは、主治医に“生活で困っていること”を短くでも良いので定期的に伝えることです。痛みだけでなく、転倒、ふらつき、睡眠、認知面、服薬、食事、入浴の困難さ。医師は医学的な裏付けを取れる立場なので、必要なら検査や評価もしてくれます。意見書が厚くなるほど、調査情報との整合が取りやすくなり、納得に近づきやすい。ここも「勝てる準備」の1つです。

この第4章でお伝えしたかったのは、難しいテクニックではありません。「生活の困りごとを、回数・時間・介助の有無に翻訳する」。それだけで、調査票に落ちる確率が上がります。怒りを燃料にするなら、燃やす場所はここです。次はまとめで、認定資料の開示という“答え合わせ”と、そこからの着地の仕方まで、一気に片づけていきましょう。

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まとめ…資料開示で真相チェック~モンスター化せずに大人の着地へ~

介護認定の結果にモヤっとした時、心の中で小さな裁判が始まるのは自然なことです。「この大変さを分かってない!」と叫びたくなるし、家族会議の温度も上がります。けれど、ここまで読んでくださったあなたなら、もう気づいているはずです。勝ち筋は“怒鳴ること”ではなく、“生活を正しく翻訳して出すこと”にある、と。

まず覚えておきたいのは、不服申し立てが悪いわけではない、ということです。ただし、最初の一手としては重たい場合が多い。理由はシンプルで、あれは「判断の正当性」を理屈と資料で積み上げていく道だからです。生活を回しながらやると、家族の体力ゲージが先に尽きやすい。まるで、家事と介護の合間に“法廷ドラマの脚本”を書かされるようなものです。出来る人はいる。でも、生活の毎日は待ってくれません。

だから現実的には、「変更申請」で現状のズレを正面から出す方が、納得に近づきやすいことが多い。ここが本記事の芯でした。誰かを悪者にするより、今の生活に合う枠へ、もう一度整えに行く。これが“家族の空気”を守りながら進むルートになりやすいんです。

そして、最後の切り札としておすすめしたいのが「資料の開示(確認)」です。結果に納得できない時ほど、まず土台を見た方が良い。市町村の窓口で、認定調査の記録などの確認を申し出ると、内容を見られる場合があります。ここで「何がどう書かれているか」が分かると、モヤモヤが一気に“作戦”に変わります。もし記録が概ね事実に沿っているなら、「じゃあ次は伝え方を改善して、変更申請で整えよう」と腹が決まりやすい。逆に、明らかに事実と違う記載があるなら、そのズレを根拠に、必要な手続きへ進む判断がしやすくなります。感情で突撃するより、情報を持って進む。これだけで疲れ方がまるで違います。

ここで大事な注意点も1つ。たとえ手続きを進めるとしても、介護サービスは日々動いています。結果が出るまで時間がかかることもあり、その間の利用状況や費用の扱いが後で調整される場面も出てきます。だからこそ、勢いだけで走らず、「今の生活が回るか」「家計が耐えられるか」「家族が倒れないか」を含めて、現実的な段取りを組むのが大切です。勝っても家族が燃え尽きたら、意味がないですからね。

最後に、一番言いたいことを、少しユーモアを込めて。介護認定の結果に怒るのはOKです。むしろ真剣に暮らしている証拠です。ただ、その怒りを“窓口の人”や“ケアマネ”に投げつけると、だいたい跳ね返って自分に刺さります。刺さると疲れます。疲れると、家の中のプリンがまた消えます。もう家庭は荒れます。だから怒りは、回数・時間・介助の有無に変換して、紙の上に着地させましょう。怒りを文章にできた人が、強いんです。

制度は冷静です。だからこちらも、冷静さを少しだけ借りる。感情を捨てるんじゃなくて、使い方を変える。そうすると、「納得できる形」で生活を整えやすくなります。あなたとご家族が、無理なく続く支え方に着地できるよう、この記事が小さな道標になれば嬉しいです。

今日も閲覧ありがとうございましたm(__)m


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  1. 匿名

    こんにちは。
    認定調査をしたことのない素人さんですか。
    明らかに認定調査員と主治医意見書との相違があるにもかかわらず、突合を怠っている場合もありますよ。
    制度を知らいないのにブログを書かないほうがいいですよ。