介護の向き不向きは幻だった?~現場で光る“人生スキル”大全~

[ 介護現場の流儀 ]

はじめに…『私にはムリかも』は初日の定番セリフ

介護の仕事って、はじめはどうしても“特別な人がやる職業”に見えます。体力がある人、優しい人、気が利く人、話し上手な人。あるいは、天使みたいにいつも笑っていられる人。そんなイメージが先に立ってしまって、「私、向いてないかも…」と就職初日から心の中で小さく退職届を書きはじめる人もいます。ええ、安心してください。そこ、入口です。たぶん皆さん一回は通ります。現場あるあるの“通過儀礼”です。

でも、ここでいったん視点を変えてみましょう。介護は、誰かを芸術作品みたいに完璧に仕上げる仕事ではありません。人の暮らしが今日も回るように、困りごとを小さくして、安心を少しずつ増やしていく仕事です。つまり、人生の中で誰もが自然にやってきた「気づく」「手を貸す」「一緒に段取りする」「待つ」「励ます」「笑って流す」みたいな、人間の生活技術がそのまま土台になる世界なんです。

もちろん最初から“おトイレ介助の達人”とか“入浴介助の舞の名手”みたいな人はいません。むしろ最初は、手順より先に心がワタワタします。「この声掛けで良いの?」「触り方が雑じゃない?」「時間が押してる!」「先輩の動きが速過ぎてワープしてる!」って。けれど、そこからチームで動くうちに、自然と体が覚えていきます。自転車と同じで、頭で全部理解してから乗れる人はいないんですよね。ふらつきながらも、横で支えてくれる人がいると、ちゃんと走れるようになります。

そして面白いのが、介護の現場って「前職の癖」が、何故か強みになります。パソコンに強い人が記録の救世主になったり、接客経験がある人が利用者さんの不安をフッと軽くしたり、工具を握ってきた人が“何でも直す係”に任命されたり。つまり、介護は“介護だけ”で出来ている仕事に見えて、実は生活の総合格闘技なんです。道具も会話も段取りも、たまに笑いも必要。そこで必要なのは、才能というより「人として暮らしてきた経験」だったりします。

このお話では、「向き不向き」という言葉が、いかに現場でズレやすいかを、少し笑いながら整理していきます。向いてる人だけが残る世界、ではなくて、“続けやすい仕組み”と“支え合えるチーム”があるかどうかで、働きやすさが決まっていく世界。そんな現場のリアルも、ちゃんと触れていきますね。

ではまず第1章では、「向き不向きより慣れが勝つ」という、割りと地味だけどめちゃくちゃ強い真実から始めていきましょう。ここを知ると、初日の自分にちょっと優しくなれます。たぶん。いや、かなり。

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第1章…向き不向きより“慣れ”が勝つ~人の暮らしに添う仕事~

介護の仕事を始めたばかりの頃って、不思議なほど「私は向いてない」の結論が早いんです。早過ぎて、まだ靴も馴染んでないのに心だけ退勤していることもあります。けれど本当は、“向いてない”というより“慣れてない”だけのことがほとんどです。ここを取り違えると、才能の判定みたいに自分へ赤点をつけてしまうんですよね。もったいない。介護は、才能のオーディション会場じゃなくて、生活の練習場みたいなものです。

介護の現場で求められるのは、特別な能力というより「人の暮らしを壊さずに、今日を回す力」です。食べる、眠る、出す、清潔を保つ、移動する、安心して過ごす。これって、人が生きる基本セットで、人生のどこかで誰かが誰かを支えながらやってきたことでもあります。子育てでも、家族の看病でも、同居の祖父母の見守りでも、あるいは友達が落ち込んだ時に黙って隣にいた経験でも良い。介護って、その“人としての生活経験”が土台になって、仕事として整えられていく世界です。

ただ、最初はその整え方が分からないから怖い。特におトイレやお風呂の介助は、心の中で「難易度:鬼」と表示されがちです。けれど実際のところ、怖さの正体は技術そのものよりも、「失礼にならないかな」「痛くさせないかな」「嫌な気持ちにさせないかな」という、相手への想像力から来ることが多いんです。つまり、怖がれる人は、既に大事なものを持っている。怖いのは悪いことじゃなくて、丁寧にやりたい証拠でもあります。

介護技術は“優しさの気持ち”だけでは回らない~でも“やさしさ”が起点になる~

ここで1つ、現場あるあるの誤解をほどきます。介護は「優しい人なら出来る」だけでもないし、「力が強い人なら出来る」だけでもありません。優しさは起点として大切だけど、現場ではそれを“形”にする必要があります。声掛けのタイミング、手の置き方、体の向き、重心の移し方、目線の高さ。こういう細かい工夫は、最初は呪文みたいに感じますが、慣れると全部「相手が楽になるためのコツ」に見えてきます。

例えば、声を掛けるだけで利用者さんの体の力が抜けて、介助が軽くなることがあります。逆に、声掛けがないまま急に体を動かすと、利用者さんが驚いて力が入ってしまい、結果として介助が大変になることもある。これ、相手が悪いわけでも自分が弱いわけでもなくて、単に“手順の順番”の話なんです。順番が合うと、介護は不思議なくらいスムーズになります。

国家資格レベルの完成形は最初から求められていない

介護の仕事を始めた人が、自分に厳し過ぎてつらくなるパターンがあります。「専門職なんだから、最初から完璧に出来ないといけない」と思い込んでしまうケースです。でも、介護福祉士のような資格は、積み重ねた経験があってこそ到達できるもの。働きながら学び、現場での経験を土台にして、知識が“使える形”で身についていきます。最初から専門用語をすらすら言えなくても大丈夫です。むしろ、専門用語より先に必要なのは「困っていることを見つける目」と「危ないことを避ける意識」です。

年齢についても、よく「もう遅いかな」と言う人がいます。遅いのは、電車に乗り遅れた時だけで十分です。介護の世界は、20代でも50代でも60代でも、その人の人生経験が“武器”として働きます。体力に自信がないなら、体の使い方と段取りで補える。記憶が不安なら、メモと手順化で補える。大事なのは「続けられる形に整える」ことです。根性でやると、根性だけが先に疲れます。

向いている人の正体は“続けられる工夫ができる人”

では結局、向き不向きがないなら、現場で「向いてる人」と言われる人は何が違うのか。答えは割りと現実的で、派手さはありません。「自分と相手が楽になる工夫を積み上げた人」です。例えば、靴の選び方1つで腰痛が減る。声掛けの一言でトラブルが減る。記録の書き方を整えるだけで、引き継ぎが速くなる。こういう小さな工夫が“続けられる力”になっていきます。

逆に言うと、「向いてない」と感じる人の多くは、工夫を積む前に疲れ切ってしまった人でもあります。だから第1章で伝えたいのは、これです。介護は、最初に才能があるかどうかで決まる仕事ではなく、続けるうちに“やり方が育つ”仕事だということ。慣れは裏切りません。裏切るのは、無理な働き方と、孤独な抱え込みです。

次の第2章では、その“抱え込み”が起きやすい現場と、起きにくい現場の差を、ちょっと笑いを混ぜながら見ていきます。入口は広いのに、途中で迷子が出るのは何故なのか。そこを知ると、「自分がダメなんじゃなくて、環境にコツがいるだけだった」と気付ける人も増えるはずです。


第2章…誰でも入口でも途中でも迷子~育てる現場・育たない現場~

介護の仕事は入口が広い、とよく言われます。実際、未経験から始める人も多いし、年齢も前職もバラバラで、いろんな人生が「はい、今日から同僚です!」と横一列に並びます。ここが介護の面白いところであり、強さでもある。ところが同時に、ここが落とし穴にもなります。

何故なら入口が広い分、「入った後は各自で頑張ってね」という空気が出やすいからです。これ、現場あるあるで、忙しさがピークの時ほど発生します。新人さんが来てくれた!ありがたい!…の直後に、フロアが戦場になっていて「説明はあとでね!」が永遠に来ない。新人さんは心の中で「後でって、いつのこと?」と呟きながら、気づけば見よう見真似で走り回っている。すると何が起きるかというと、“出来る人だけが生き残る世界”みたいに見えてしまうんです。でもそれは、才能の差というより、育てる余裕が削られた結果の差です。

「出来る人だけがやる」現場は短期的には回るけど長期的に苦しくなる

忙しい現場ほど、自然に“任せられる人”へ仕事が集まります。動きが速い人、判断が早い人、段取りが良い人、声が通る人。こういう人が中心になると、確かにその日その瞬間は回ります。回るんですけど、回し続けるほど中心の人が燃え尽きやすい。燃え尽きると、次に何が起きるかというと「また人が辞める」➡「さらに忙しくなる」➡「育てられない」のループです。現場が“勝手に難しくなる装置”みたいになってしまうんですね。

新人さん側もつらい。出来る人の動きは速過ぎて、もはや瞬間移動に見えます。「今、先輩どこにいた?」「え、もう記録終わってる?」って。新人さんは必死で追いかけて、追いかけて、追いかけた結果、足より心が先に息切れします。そしてある日、ポツリと出る言葉が「私、向いてないかも」。これがまた第1章で言った“慣れてないだけ”を、才能の問題に見せてしまう原因になります。

「お局様」問題の正体は性格だけじゃなく“仕組みの穴”でもある

ここで出てくるのが、現場の風物詩とも言える存在です。そう、通称“お局様”。もちろん全員がそうではありません。むしろベテランさんの多くは頼れる存在です。ただ、一部で起きるのが「私のやり方が正解、他は間違い」という空気。新人さんは毎日、見えない採点表で評価されている気持ちになります。

でも、これも性格だけで片付けると本質を外します。忙しくて教育が属人化している現場では、教え方が統一され難い。ルールが曖昧だと、強い人のやり方がルールになります。すると「この人に気に入られるか」が、仕事のやりやすさに直結してしまう。こういう状態は、現場全体がもったいないです。誰かの好みで介護が決まると、利用者さんにもスタッフにも負担が増えますからね。

だから対策として大事なのは、誰かを悪者にすることより、「教え方を共有できる形」に整えることです。声かけの基本、介助のポイント、危険回避、記録の書き方。これが緩くでも共通になっている現場は、新人さんが迷子になりにくい。つまり“育つ土”があるんです。

逆方向の進化~「介護+生活スキル」の統合が起きている~

さて、ここまでだと暗い話に見えますが、もう一つ別の動きがあります。むしろこちらが今の現場の希望です。それが「真のスペシャリストの統合」です。介護は介護だけでは回らない、という現実が強まるほど、前職の経験が強く評価されるようになってきています。

書類や記録が多い現場では、パソコンや機械に強い人が救世主になります。利用者さんも家族もいろんな方がいるので、話を整理して伝えられる人はそれだけで信頼を集めます。体力がある人はもちろん頼りになるけれど、体力だけで勝負しない工夫を考えられる人も重宝されます。運転が得意な人、道が詳しい人、電子機器が得意な人、家の修繕が出来る人。こういう生活の技が、介護の現場では“現実に役立つ力”として光るんです。

この流れが進むほど、介護は「介助だけをする仕事」から、「暮らし全体を支えるチームの仕事」に近づいていきます。つまり、“介護向き”という狭い物差しより、「自分の人生で培ったものを、どう活かすか」が問われる世界になっていくわけです。

迷子にならないためのコツは「自分を責める前に、環境を読む」

もし今、「私、向いてないかも」と感じている人がいたら、まずやってほしいことがあります。それは自分を責めるより先に、「この現場は育てる設計になっているか」を見てみることです。質問しても怒られないか、手順が共有されているか、困った時に助け舟が出るか。ここが整っている現場では、未経験でもちゃんと育ちます。逆に、ここが崩れていると、誰でも苦しくなります。才能の問題じゃありません。環境の問題です。

第2章の結論はこうです。介護の入口が広いのは事実。でも、入口の広さだけでは人は育たない。育つ現場には、育つための当たり前がある。忙しいほど、その当たり前が消えやすいからこそ、現場の設計が未来を分けます。

次の第3章では、その“設計の限界”の話をします。個別性を大切にするほど、現場が追いつかなくなる矛盾。そこにどう折り合いをつけるのか。一人で抱えない介護へ、目線を移していきましょう。


第3章…個別対応が無限に増える日――一人で抱えない介護へ

介護の世界には、とても美しい合言葉があります。「その人らしさを大切に」。これを聞くと、胸が温かくなります。ところが現場に立つと、その美しい合言葉が、たまに“無限に増える宿題”みたいな顔をして襲ってきます。しかも宿題の提出期限は、だいたい今日です。いや、今です。なんなら5分前です。……現場って、そういうところがあります。

生活は1人1人違います。好きな食べ物も、落ち着く声掛けも、苦手な匂いも、眠りのリズムも、拘りも、心配事も。そこに体の状態や病気、家族の事情まで重なると、頭の中で“個別対応の引き出し”が足りなくなります。「全て把握して、計画を立てて、丁寧に実行して、記録して、評価して、改善して…」という理想は正しいのに、現実は「まず転ばないように、今日を安全に回す」だけで手いっぱいになりがちです。

「把握するだけで時間が溶ける」問題~情報は多いのに深さが出ない~

個別性を大切にするほど、まず必要になるのが“把握”です。けれど把握って、実は一番時間が掛かります。しかも、ただ質問してメモすれば終わりではありません。相手の表情や様子、いつもと違う小さな変化、言葉にならない不安。そういうものを拾うには、関係性と時間が要ります。

忙しい現場ほど、どうしても把握が「浅く広く」になります。情報は集まる。でも深くは掘れない。すると計画を立てても、どこか中途半端になりやすい。「この方はこういう傾向があります」という文章は立派なのに、実際の支援は目の前の緊急対応に押し流される。結果として、計画が現場と噛み合わないことが起きます。計画を作る人が悪いわけでも、現場が雑なわけでもなく、単に“時間の取り合い”が発生しているんです。

ここで現場の人は、たまに不思議な感覚に襲われます。「私はちゃんとやってるのに、ちゃんと出来てない気がする」。これは、真面目な人ほど感じやすい。けれど、ここで自分を責めると危険です。個別対応は大事。でも個別対応を“全員に、全方位で、常に完璧に”という理想は、仕組みがないと成立しません。

トラブルは毎日起きる~“予測できるトラブル”と“予測できないトラブル”~

さらに現場では、日常的にトラブルが起きます。転倒しそう、食事が進まない、夜眠れない、急に不安が強くなる、怒りが爆発する、体調が崩れる、家族から連絡が入る。生活って、そもそも予定通りにいかないものです。介護は「生活が成り立つように」がモットーなので、予定通りにいかないものを、どうにか成り立たせる仕事になります。

だから、計画は必要なのに、計画だけでは追いつかない。この矛盾が積み重なると、現場が“対処の連続”になります。すると何が起きるかというと、人が育つ前に疲れてしまう。しかも疲れた状態で対処を続けると、視野が狭くなり、ますます対処が増える。これは現場の責任というより、人間の脳の仕様です。疲れている時に余裕ある判断が出来ないのは、誰でも同じです。

このままだと「介護しか知らない人」が増えて逆に危ない

もう1つ、少し先の話をします。個別対応が難しくなると、現場はどうしても“介護の範囲だけ”で回そうとします。そうすると、介護の枠外の相談に弱い人材が増えやすい。暮らしには、介護だけでは解けない問題がたくさんあります。家族関係、お金、住まい、手続き、地域の支え、医療との連携。ここに弱いと、利用者さんの困りごとが“宙に浮く”場面が増えてしまう。

だから私は、これからの介護は「一人の介護職員が全部できる」方向ではなく、「いろんな人が関わって、一つずつ解決する」方向へ進むと思っています。むしろ進まないと、現場が持ちません。

処置型介護という考え方~“全部抱える”から“1つずつ解く”へ~

ここで出てくるのが、私は勝手に“処置型介護”と呼んでいる考え方です。大袈裟に聞こえるかもしれませんが、要はこうです。「全部を一人で救おうとしない」「今できる最善を、チームで積む」。

困りごとを見つけたら、すぐに完璧な解決を目指さず、まず安全確保と小さな整理をする。そして必要な専門職や関係者に繋ぐ。例えば、食事が進まないなら栄養や嚥下の視点、夜眠れないなら生活リズムや環境調整の視点、歩行が不安ならリハビリの視点、家族との連絡が拗れているなら相談援助の視点。介護職員が全部背負うのではなく、調整役として動く。これがちゃんと連携して出来ると、介護職員自身が楽になりますし、利用者さんも“必要な人に必要な支援”が届きやすくなります。

そして何より、現場が健全になります。抱え込みで疲れ切った現場は、声掛けが荒くなったり、視野が狭くなったりしやすい。でもチームで“1つずつ解く”文化がある現場は、空気が違います。仕事が増えても、誰かの背中に全部載せるようなことをしない。これが、長く働ける現場の共通点です。

第3章のまとめとして言うなら、こうです。個別性は大事。でも個別性は“気合”で守るものではなく、“仕組み”と“連携”で守るもの。介護が複雑になればなるほど、一人で抱えない方向へ進むことが、結果として利用者さんの安心に繋がります。

次の第4章では、ここまでの話と繋がる「前職が武器になる」というテーマを、もっと明るく扱います。介護の現場は、人生経験の展示会みたいなところがあります。あなたが今までやってきたことが、どう役に立つのか。そこで“自分の強み”を見つけると、介護はグッと続けやすくなるんですよね。


第4章…前職が武器になる時代~チームで“生活”を守る作戦会議~

介護の現場でしみじみ思うことがあります。「介護って、介護の経験だけで出来てる仕事じゃないな」と。むしろ逆で、介護は“生活”のど真ん中にある仕事だから、生活に関わる経験がある人ほど強いんです。つまり、あなたがこれまで積み上げてきた人生は、ここでちゃんと役に立ちます。履歴書の端っこに追いやられていた前職が、突然センターを取ってくることもあります。現場って、たまにそういう“逆転劇”が起きるんですよね。

新人さんが「私、介護しかできません…」と不安そうに言うことがありますが、実はその逆で、「介護しか知らない」の方が、これからはしんどくなるかもしれません。何故なら現場は、介助だけでなく、連携、調整、道具、情報、機械、家族対応、地域との繋がり、そういう“生活の周辺”を回す力も必要になってきているからです。第3章で話した“1人で抱えない介護”を成立させるには、いろんな得意分野が集まったチームが強い。だから前職が武器になる。これは、経験者ほど「うんうん」と頷くはずです。

パソコンに強い人は現場の未来を救うことがある

介護の現場は、紙もデータも多い世界です。記録、申し送り、計画、報告。これらを整えるだけで、実は現場の疲労がグッと減ります。ここで輝くのが、パソコンや機械に強い人です。介護の技術がまだ発展途上でも、「入力が速い」「整えるのが得意」「分かりやすくまとめられる」だけで、みんなの時間を生み出せます。時間が生まれるとどうなるか。新人に教える余裕が生まれます。つまり、育つ土が戻ってくるんです。

それに、機械の扱いに慣れている人がいると、介護機器の導入や活用もスムーズになります。機械が人の代わりになるわけではありませんが、機械が人の腰を守ることはあります。腰が守られると、笑顔が残ります。笑顔が残ると、現場の空気が良くなります。現場の空気が良いと、辞め難くなります。あれ、なんだか介護の話をしているのに、人生の話になってきましたね。まあ、介護はそもそも人生なので合っています。

話術・接客・営業経験は“安心”を作る力になる

利用者さんはもちろん、家族も不安を抱えています。そこに必要なのが、説明の力、聞く力、空気を読む力です。接客経験がある人は、自然に相手の表情を見て、言葉の温度を調整できます。営業経験がある人は、相手が何を心配しているかを引き出すのが上手い。コールセンター経験がある人は、怒りや混乱の中で話を整理できる。これ、介護の現場ではすごく大事です。

介護は、技術だけでなく“安心の提供”が仕事です。そして安心は、相手の心がほどけることで生まれます。言葉が上手い人は、それだけで現場のトラブルを減らせることがあります。怒りが減ると事故も減りやすい。つまり、会話がうまい人は、見えないところで安全を作っています。

大工さん・建具屋さん・料理人~生活のプロは最強クラス~

介護施設や在宅の現場って、意外と“小さな困りごと”が毎日出ます。車椅子やベッド、手すりがガタつく、椅子が軋む、扉が閉まり難い、段差が危ない、物の配置が悪くて転びやすい。こういう問題は、誰かが気づいて、直して、予防するだけで安全が上がります。ここで生活のプロが強い。大工さん、建具屋さん、設備関係、引っ越し業、清掃業。こういう経験がある人がいると、現場が安心します。「あ、この人に言えば解決する」という存在がいるだけで、皆の心が軽くなるんです。

料理経験も同じです。食べやすさ、味付け、見た目、温度、盛り付け。これらは利用者さんの食欲と直結します。食べられると元気が出る。元気が出ると介助量が減ることもある。つまり、料理が得意な人は、介護を間接的にラクにする力を持っています。台所は、現場の回復装置です。

体力のある人は“頼られがち”だからこそ賢く分け合う

もちろん体力は強い武器です。移乗や歩行介助、急な対応、動きの多い時間帯。体力のある人がいると現場は助かります。でも体力がある人ほど、頼られ過ぎて潰れやすい。ここは現場の落とし穴です。体力は無限ではありません。だからこそ、チームで“分け合う仕組み”が大事です。

体力に自信がある人ほど、技術と道具と段取りを覚えると最強になります。「力で持ち上げない」「重心で動かす」「道具を使う」「声かけで相手の力を引き出す」。これが出来ると、体力が温存されて、長く働けます。現場にとって一番ありがたいのは、“強い人が長く残ること”ですからね。

チームは“生活の作戦会議”~役割があると向き不向きは溶けていく~

第4章で一番伝えたいのはここです。介護の現場は、生活を守る作戦会議の連続です。誰が得意で、誰が苦手で、どこを補い合うか。ここが上手い現場ほど、人が育ちます。反対に、個人技だけで回している現場は、誰かが倒れた瞬間に崩れます。

だから「向いてる人」って、実は“万能な人”じゃないんです。自分の得意を活かしつつ、苦手はチームで補える人。そしてチーム側も、得意を尊重して配置できる現場。そういう場所では、向き不向きという言葉がだんだん溶けていきます。「できない自分」ではなく、「役割を持った自分」になれるからです。

次はいよいよまとめです。ここまでの話をキュッとまとめて、「向き不向き」という言葉に振り回されずに働ける視点を、最後に優しく整理して終わりましょう。

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まとめ…結論――あなたの人生は現場でちゃんと役に立つ

「介護の向き不向きはあるのか?」という問いに、ここまでずっと付き合ってきましたが、結論はシンプルです。向き不向きで最初から白黒つけられるほど、介護は単純な仕事ではありません。むしろ介護は、人生の延長線にある“生活の仕事”で、慣れと工夫とチームで、いくらでも形が変わっていく世界です。だから初日に「私にはムリかも」と思ったとしても、それは才能の判定ではなく、だいたい靴擦れの痛みみたいなものです。絆創膏を貼って歩き方を覚えれば、ちゃんと進める。そういう種類の苦しさです。

第1章で話したように、介護は“慣れ”が強い仕事です。最初は呪文みたいに感じる手順も、声掛けのタイミングも、体の使い方も、続けるうちに「あ、これ相手が楽になるためなんだ」と腑に落ちます。怖さや緊張は、丁寧にやりたい気持ちの裏返しでもあります。そこに気づける人は、既に土台を持っています。

第2章では、入口が広い分、途中で迷子が出やすい現場の構造を見ました。出来る人に仕事が集まり、育てる余裕が消えて、結果として新人が自分を責めてしまう。これは本人の問題ではなく、現場の設計の問題であることが多い。だから「向いてない」と決める前に、「育つ仕組みがある場所かどうか」を見て欲しい。環境が整えば、人は育ちます。逆に、環境が崩れていれば、誰でも苦しくなります。

第3章では、個別性という美しい理念が、現場では“無限に増える宿題”になりやすい現実を扱いました。利用者さんの生活は1人1人違い、トラブルも毎日起きる。だからこそ、これからの介護は「一人で全部抱える」から「チームで一つずつ解く」方向へ進む。連携と調整ができる現場ほど、利用者さんの安心も、職員の働きやすさも両立しやすくなります。

そして第4章。ここが一番明るい話でした。介護の現場では、前職や人生経験が思った以上に武器になります。パソコンに強い人、話を整理できる人、料理が得意な人、修繕ができる人、運転が得意な人、体力がある人。どれも“生活を守る力”として現場で光ります。つまり、介護は「介護しか出来ない人が向いている」のではなく、「自分の得意を活かし、苦手は補い合える人」が長く続けやすい仕事なんです。万能である必要はありません。役割があれば、人はちゃんと居場所を持てます。

だから最後に、もしあなたが今「向いてないかも」と思っているなら、こう考えてみてください。向いているかどうかを決めるのは、あなたの性格だけではありません。慣れの積み重ね、工夫の積み重ね、そして何より、支え合える現場かどうか。これらが揃うほど、介護は“出来る仕事”に変わっていきます。

介護は、誰かの生活を支える仕事であると同時に、働く側の人生も支える仕事です。あなたがこれまで生きてきた経験は、現場でちゃんと意味を持ちます。遠回りに見えたキャリアが、突然、誰かの安心に直結することもある。だからどうか、向き不向きの言葉に振り回されすぎずに、「自分の得意が活きる場所」と「育つ仕組みがある環境」を探し、必要なら整えながら、あなたのペースで進んでください。

大丈夫です。介護は、完璧な人がする仕事ではなく、今日を回すために“人が人を支える”仕事ですから。あなたが人として積み重ねてきたものは、ここでちゃんと役に立ちます。

今日も閲覧ありがとうございましたm(__)m


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