5月4日みどりの日~遠出しなくても自然と仲良くなれる暮らし方~

[ 季節と行事 ]

はじめに…連休の真ん中で今日は少しだけ緑を見る日に

5月4日は「みどりの日」。自然に親しみ、その恵みに感謝する日です。 ゴールデンウィークの真ん中だけに、「折角の休みだ、どこかへ行かなくては…」と少し張り切りたくなりますが、道路は渋滞、観光地はにぎやか、財布まで連休気分……となれば、こちらは早々に通常営業へ戻したくなるものです。

けれど、自然と仲良くなるのに立派な旅行計画はいりません。窓の外の若葉を眺める、公園まで歩く、風の匂いに気づく。そんな小さな時間にも花鳥風月はちゃんとあります。みどりの日は、遠くへ出かける日ではなく、身近な自然に気づく日でも良いのです。

いつもの道にある1本の木も、少し意識して見ると昨日とは違う葉を広げています。忙しい毎日では通り過ぎてしまう景色に目を止めれば、気持ちまで心機一転。予定表が真っ白でも心配ありません。緑を見る予定を1つ入れれば、それだけで5月4日はなかなか良い1日になりそうです。

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第1章…木陰で深呼吸すると気持ちがほどけるのは何故?

5月の公園を歩いていると、日なたでは少し暑いのに、木陰へ入った途端に空気がスッと変わることがあります。若葉の間から細く落ちる光、風に揺れる枝、どこかで聞こえる鳥の声。ベンチに腰を下ろして深呼吸すると、「ああ、ちょっと休もう」と体の方から言われたような気分になります。買い物帰りに5分座っただけなのに、何故か小旅行を終えたような満足感。いや、まだスーパーの袋を持っていますけどね。

木々の傍で感じる心地良さには、いくつもの感覚が関わっています。樹木から放たれる香りにはフィトンチッド(樹木などが放つ揮発性の香り成分)が含まれ、森林浴の心地良さと結び付けて語られてきました。また、葉のざわめきや鳥の声のような自然界の音には、1/f揺らぎ(規則的過ぎず、バラバラ過ぎない揺らぎ)が見られるとされ、自然の中で気持ちが落ち着く理由の1つとして知られています。

とはいえ、森林浴と聞いて「よし、山へ行こう」と登山靴を探し始める必要はありません。近所の街路樹を見上げたり、公園を少し遠回りしたり、庭やベランダの植物を眺めながら飲み物を一杯楽しんだりするだけでも、普段とは違う時間が生まれます。自然に触れる時間は、遠くまで出かけた距離ではなく、目の前の緑に気づいた瞬間から始まります。

忙しい時ほど、私たちの視線は予定や時計やスマートフォンへ集まりがちです。そこで数分だけ顔を上げて、葉っぱが揺れている様子を眺めてみる。深く息を吸い、肩の力を抜く。それだけでも気分転換になります。心身一如という言葉のように、気持ちと体は別々に動いているようで、けっこう仲良しです。呼吸がゆったりすると、頭の中まで少し静かになることがあります。

みどりの日だからと特別なことを準備しなくても大丈夫です。木陰を見つけたら、ほんの少し立ち止まってみる。その小さな寄り道が、五月晴れの1日をのびやかにしてくれます。自然は「予約しましたか?」などとは聞いてきません。空いている木陰があれば、どうぞそのままお入りください。


第2章…花一輪から始める「家の中の小さな自然」

外へ出る時間がなくても、自然は家の中へ連れてくることが出来ます。大きな観葉植物を何鉢も並べなくても、食卓や窓辺に花が一輪あるだけで、部屋の景色はフッと変わります。お気に入りの花瓶がなくても大丈夫。小さな空き瓶や使っていないカップでも、花を一本挿せば立派な居場所になります。「インテリアを完成させねば」と構えると急に大仕事になりますが、花の方は意外とのんびりしています。

花や緑の良さは、部屋を飾ることだけではありません。朝起きて新しい葉が開いていることに気づいたり、水をあげながら「今日は元気そうだな」と眺めたりすると、何でもない1日の中に小さな変化が生まれます。春らしい色や香りが加われば、殺風景だった机の上にも春光明媚な雰囲気が少しだけやってきます。家の中の緑は、景色を飾るだけでなく、暮らしの中に「気づく楽しみ」を増やしてくれます。

観葉植物も、最初から立派に育てようとしなくて構いません。小さな鉢を1つ置いて、土の乾き具合を見ながら水をあげる。それだけでも植物との付き合いは始まります。毎日見ていると、「葉っぱが一枚増えた」「こっちへ向かって伸びてきた」と変化が分かるようになります。そのうち家族より先に植物へ「おはよう」と言い始めても、まあ、それはそれで平和な朝です。

窓を少し開けて風を通すのも、家の中で自然を感じる方法です。カーテンが揺れ、外から鳥の声や木の葉の音が入ってくると、部屋の空気まで新しくなったように感じられます。 花を飾る、鉢植えを眺める、風を入れる。そうした小さな工夫を重ねるほうが、無理なく続けられます。日々是好日の気分で、今日は昨日より少し葉が伸びた、それくらいの変化を楽しめれば十分です。

みどりの日は、家を植物園にする日ではありません。お気に入りの場所に小さな緑をひとつ置き、目に入るたびに少し気持ちが和らぐ。そんな身近な自然があれば、連休が終わった後にも楽しみは残ります。5月4日に迎えた一鉢が、気づけば季節を一緒に過ごす小さな同居人になっているかもしれません。

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第3章…眺めるだけじゃもったいない~育てて触れて味わう緑の楽しみ~

緑を眺めて気持ちが和らいできたら、今度は少し手を動かしてみるのも楽しいものです。庭がなくても、ベランダや窓辺に小さな鉢が1つあれば十分。土を入れ、苗を植え、水をあげる。数日経って新しい葉が顔を出した時には、スーパーで野菜を買った時とは少し違う喜びがあります。「おお、育ってる!」と声まで掛けてしまい、気づけばこちらが植物に見守られているような気分になります。

土に触れる時間には、画面や時計を眺めている時とは違うゆっくりした流れがあります。指先で土の感触を確かめ、葉の色を見て、水が足りているかな?と考える。植物はこちらの予定表を気にしてくれませんから、人間の方が植物の時間に合わせることになります。そんな試行錯誤も園芸の面白さです。小さな鉢へ苗を植えたり、土の香りや芽吹きを楽しんだりするだけでも、身近な自然へ意識を向けるキッカケになります。

さらに楽しいのが「食べられる緑」です。キッチンの傍で育てやすいハーブなら、必要な分だけ摘んで飲み物や料理に使う楽しみも生まれます。 葉っぱを育てて、眺めて、最後は食卓へ。なかなかの一石二鳥どころか三鳥くらいあります。ただし、育て始めた途端に「可愛くて食べられない」という問題が発生することもあります。そこまで情が移ったら、もう立派な同居人です。

自然の面白さは、見るだけではなく、自分の手を動かした瞬間からグッと近くなることです。水をあげた翌朝に葉が少し伸びている。摘んだ香りを料理で楽しむ。枯れそうなら置き場所を変えてみる。成功ばかりではありませんが、それも含めて植物との暮らしです。「蒔かぬ種は生えぬ」と言いますし、最初の一鉢は上手に育てるためではなく、暮らしの中へ小さな季節を招くために始めても良いのでしょう。

みどりの日に植えたものが、5月の終わりにも元気に葉を広げていたら、それだけで少し嬉しくなります。祝日は1日で終わっても、育てる楽しみは翌日へ、そのまた翌日へと続いていきます。カレンダーから「みどりの日」が過ぎても、窓辺ではまだ小さな5月が育っている。そんな余韻の残し方も、なかなか素敵です。


第4章…空と風と旬を味わう~自然に「ありがとう」が似合う1日~

みどりの日の楽しみは、木や花だけに目を向けることではありません。朝、窓を開けた時に入ってくる風、雲の向こうから差す光、鳥の声、食卓に並ぶ春の野菜や果物。少し意識を広げてみると、暮らしのあちこちに自然が入り込んでいることに気づきます。普段なら「今日は天気がいいな」で通り過ぎる空も、5月4日だけは少し長めに眺めてみる。山紫水明とまではいかなくても、洗濯物の向こうに見える青空だって十分綺麗です。

そして、自然の恵みをもっと身近に感じられる場所が食卓です。春に育った葉物、土の中から掘り出された野菜、海から届いた魚。その一皿が食卓に並ぶまでには、土や雨や太陽だけでなく、育てる人、獲る人、運ぶ人の仕事も繋がっています。自然に感謝するというと少し壮大に聞こえますが、「今日のご飯、美味しいな」と感じるところからでも十分始められます。食べることは、私たちが毎日続けている自然との付き合いでもあるのです。

休日だからと豪華な料理を準備する必要もありません。旬のものを1つ選び、色や香りを楽しみながら食べてみる。それだけでも季節感はグッと近づきます。旬というのは、カレンダーに印刷された季節ではなく、口の中で「あ、今はこの時期なんだ」と気づかせてくれるものなのかもしれません。自然への感謝は立派な言葉にするより、今日の風や一皿をちゃんと味わうことから始まります。

外へ出られるなら、夕方に少しだけ歩くのも良いでしょう。昼間とは違う風を感じながら、伸びた草や夕日に透ける葉を眺めて帰る。外出できない日なら、窓辺から空を見るだけでも構いません。自然を感じるために予定を詰め込んで疲れてしまったら、何のためのみどりの日だったのか分からなくなります。自然は急ぎませんから、こちらも少し悠然自得で付き合うくらいがちょうど良さそうです。

1日の終わりに「今日は緑を見たな」「風が気持ちよかったな」「春の味を食べたな」と何か1つ思い出せたなら、それで立派なみどりの日です。 空にも風にも木々にも、いちいち声に出してお礼を言う必要もありません。それでも心の中で小さく「ありがとう」と思えた時、いつもの景色が少しだけ豊かに見えてきます。

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まとめ…みどりの日が過ぎても自然は暮らしのすぐ傍にいる

5月4日のみどりの日が終わっても、翌朝になれば木々は変わらず葉を広げ、風は窓辺を通り抜け、育てている植物も昨日の続きを生きています。祝日は1日で終わりますが、自然との付き合いまでカレンダー通りに閉店するわけではありません。むしろ、みどりの日は「こんな近くにも自然があったのか…」と気づくための、小さな入口なのだと思います。

公園の木陰で深呼吸する日があっても良い。部屋に花を一輪飾る日もあれば、土に触れたり、旬の味を楽しんだりする日もあるでしょう。毎日全部やろうとすると、今度は植物より先にこちらが萎れてしまいます。気が向いた日に1つ楽しむくらいで十分です。自然と仲良く暮らすコツは、特別なことを増やすより、既に傍にある季節に気づくことです。

春から初夏へ移る5月は、昨日まで小さかった葉が日に日に大きくなり、空気の匂いまで少しずつ変わっていきます。そんな一期一会の景色を、ほんの数秒でも立ち止まって眺められたら、忙しい1日の中にも小さな余白が生まれます。予定通りにいかない日でも、空はちゃんと広く、風は誰にでも同じように吹いてくれます。

みどりの日に見つけた1つの鉢や1本の木を、5月5日にも、6日にも、時々思い出してみてください。自然は何か立派なことを要求する相手ではありません。見て、触れて、味わって、「今日は気持ちいいな」と思えればそれで十分。そんな晴耕雨読のような穏やかな感覚を暮らしの片隅に残せたなら、みどりの日は一日だけの祝日ではなく、毎日を少し心地よくするキッカケになってくれるはずです。

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