紫外線対策は外だけじゃない?~車内も買い物も雨上がりも油断できないうっかり焼けの話~

[ 旬の食と暮らし ]

はじめに…日傘をさしているのに何だか焼けた気がする日の正体

日傘をさして、少し急ぎ足で買い物を済ませて、車にもちゃんと乗って帰ったのに、夕方の鏡の前で「あれ、なんだか今日、顔がくたびれて見える」と首を傾げる日があります。こちらとしては用心したつもりですし、むしろ気分は周到準備だったのに、紫外線はなかなか手強い顔で近づいてきます。まるで正面からだけ来る相手だと思っていたら、横からも下からも、シレっと参加していたようなものです。

紫外線というと、真夏のギラギラした日差しや、海辺の眩しさを思い浮かべがちです。けれど実際の暮らしの中では、買い物帰りの数分、車の窓際、雨上がりの道、ベランダで洗濯物を取るひと息の間に、ジワッと忍び寄ってきます。晴天白日の日だけが主役ではなく、曇り空でも、何となく涼しい日でも、油断大敵というわけです。こちらは「ほんの少し外に出ただけ」のつもりでも、紫外線はきっちり勤務中なのですから、なかなか真面目で困ります。

けれど、毎日を完全防備で歩くのは息が詰まりますし、暑い季節に全身グルグル巻きでは、それはそれで別の悩みが増えてしまいます。紫外線対策は、全部を止める勝負ではなく、暮らしの中で“うっかり焼け”を少しずつ減らしていく知恵比べです。頑張り過ぎず、でも放っておき過ぎず、その辺りのちょうど良さを見つけていく方が、毎日の景色は明るくなります。

肌のことが気になる若い人にも、散歩や通院で外に出る高齢者さんにも、日差しはそれぞれ別の顔で近づいてきます。見えにくい相手だからこそ、怖がり過ぎるより、正体を知って、上手に受け流したいものです。備えあれば憂いなしとは、こういう時にもよく似合います。

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第1章…紫外線はまっすぐ来るだけじゃない~反射と散乱でジワっと届く仕組み~

日差しというものは、つい「空から上から降ってくるもの」と思いがちです。確かに太陽から届く光は、まずはまっすぐやって来ます。ところが、地面に当たったり、壁にぶつかったり、水溜まりでキラっと跳ねたりしながら、少しずつ向きを変えて広がっていきます。これが反射です。さらに空気の中では、光が細かくバラけるように広がります。こちらは散乱(空気中の小さな粒に当たって、あちこちへ広がること)と呼ばれます。名前だけ聞くと理科室のニオイがしますが、やっていることは意外と身近で、要するに「正面だけ見張っていても、横や下からも来る」という話です。

ここで、日傘をさしているのに何となく焼けた気がする日の理由が見えてきます。頭の上には傘があっても、道路の照り返しや建物の白っぽい壁、空いっぱいに広がった明るさまでは、きっちり全部しまい込めません。紫外線は、いかにも正々堂々と真正面から来る顔をしておきながら、実際には回り込み上手です。まるで「私は入口担当です」と立っていた人が、気づけば勝手口にもいたようなもので、こちらとしては少々、やられた…ずるい気持ちになります。

紫外線は“真上から来る敵”ではなく、暮らしの中にフワっと広がる光の一部だと思った方が、対策の勘どころが見えやすくなります。この感覚を持つだけで、日傘への期待の置き方も変わります。日傘は役立っています。かなり役立っています。けれど、全部を一手に引き受けるには荷が重いのです。傘は上から来る分をしっかり減らしてくれる名脇役。ただ、横からの明るさや、地面からの照り返しまで一人で引き受けさせると、さすがに「それは業務範囲外です」と言いたくもなるでしょう。

しかも、紫外線にはUVA(肌の奥まで届きやすい紫外線)やUVB(肌表面に影響しやすい紫外線)という性質の違いもあります。難しそうに見えますが、暮らしの感覚に置き替えると、ジワジワ型とヒリヒリ型がいるようなものです。どちらも無視したい相手なのに、残念ながら、向こうはかなりコツコツと勤勉です。晴れた日だけ張り切るのかと思いきや、空が白っぽい日にも、道の上にも、窓際にも、淡々と仕事をしています。

そう考えると、「日傘をさしたのに焼けた気がする」は気のせいではなく、観察力が良いとも言えます。うっすら感じていた違和感には、ちゃんと理由があったわけです。森羅万象というと少し話が大きくなりますが、光は空と地面と建物の間を行ったり来たりしながら、私たちの暮らしを明るくもするし、うっかりも誘います。便利な明るさと、油断しやすい明るさは、同じ顔で並んでいるのです。

日焼けは、海や山へ出かけた日の特別な出来事だけではありません。家から店までの往復、保育園のお迎え、洗濯物を取り込む数分、信号待ちの一時にも、ジワリジワリと積み重なります。小さな時間が集まるところに暮らしがあり、紫外線もまた、その小さな時間に紛れ込むのが得意です。こちらも負けずに、「長く外にいた日」だけでなく「細切れに明るい場所を歩いた日」に目を向けると、見えてくる景色が変わってきます。

日差しは、ただ怖がる相手ではありません。空が明るいからこそ、洗濯物は乾き、道は歩きやすく、季節の気分も少し上がります。その上で、光には回り込みの癖があると知っておくと、対策はグッと現実的になります。正面だけでなく、横顔も知る。そんな程度の距離感が、暮らしにはちょうど良い気がします。


第2章…晴れの日だけの話ではない~曇り空と雨上がりに潜む油断の落とし穴~

空がどんよりしていると、人の気持ちはきちんと景色に引っぱられます。眩しくない。汗もまだ控えめ。日傘を持つかどうか少し迷う。こうなると頭の中では「今日はまあ、そこまで本気を出さなくても良さそう」という声が出てきます。あの声、なかなか口が上手いのです。しかも曇りの日は、見た目が優しい分、警戒心だけフワっと置いていかれます。油断大敵とは、まさにこの場面に似合う言葉です。

けれど紫外線は、空の機嫌をこちらほど単純には読んでくれません。ギラギラ照りつける日だけが活動日というわけではなく、曇り空でも空気の明るさの中に紛れて、しっかり仕事をしています。空が白っぽい日は、眩しさが和らぐ分「今日は平和」と思いやすいのですが、肌に届くものまでお休みとは限りません。目立たないのに抜かりない。まるで静かな顔で仕事だけは終わらせていく人のようで、少し見習いたいような、やはり見習いたくないような気分になります。

雨の日も同じです。雨粒が落ちていると、私たちの関心はまず「濡れたくない」に全集中します。傘は雨よけ道具になり、服は乾くかどうかが大問題になり、紫外線はすっかり脇役に追いやられます。ところが雨上がりになると、話は少しややこしくなります。道路はしっとり光り、水溜まりは小さな鏡のようになり、空は明るさを取り戻し始める。そんな時、上からの光だけを見ていると、下からの照り返しに気づきにくくなります。雨が止んだ瞬間は“もう安心”の時間ではなく、油断が滑り込みやすい時間です。

雨上がりの道を歩くと、足もとがキラっと光ることがあります。あれは見た目には少し綺麗で、季節によっては風情まであります。けれど紫外線の話になると、そのキラリはなかなか侮れません。水面は光を跳ね返しますし、濡れた地面も明るさを拾いやすくなります。こちらは「今日は日差しが弱い」と思っていても、光の方は案外と真面目に反射しているのです。空は控えめ、地面は働き者。役割分担が絶妙すぎて、こちらとしては少し困ります。

しかも、曇り空には独特の“中途半端な安心感”があります。晴天の日なら帽子をかぶろう、日傘を持とう、少し急ぎ足で歩こうと、自然に段取りが組まれます。ところが曇りだと、その段取りが半歩だけ緩みます。買い物くらいなら大丈夫。洗濯物を取り込むだけだから平気。子どものお迎えもすぐ戻るし問題なし。その「少しだけ」が重なるところに、暮らしの紫外線はシレっと座っています。積小為大というほど深刻ぶるつもりはありませんが、小さな外出の積み重ねは、肌にも気分にもジワっと残ります。

曇りの日に日傘をさすのは気恥ずかしい、と感じる人もいます。空が灰色なのに日傘、となると、確かに少しだけ周囲の目を想像してしまいます。けれど、今は晴雨兼用の傘もありますし、見た目にも随分と自然です。むしろ「雨にも日差しにも備えてますよ」という顔で歩けるのですから、なかなか機転の利いた道具です。空模様が気まぐれな季節ほど、こうした一石二鳥の持ち物は頼もしく映ります。

大切なのは、曇りや雨の日を怖がることではありません。外に出るたびに完全装備でなければいけないとなると、それはそれで息苦しくなります。空が白い日、雨が上がったばかりの日、少し蒸しっとする午後。そんな場面では、「今日はゼロではないな」と思い出すだけでも違ってきます。帽子を足すか、傘を持つか、歩く時間を少し短くするか。暮らしの中でできる小さな調整は、思っているより粋です。天気予報だけでは読めない肌の一日を、自分なりに上手く運転していく感じでしょうか。

晴れの日は警戒しやすい。曇りや雨上がりは、つい仲良くしてしまう。その心の癖に気づくと、紫外線対策は急に現実味を帯びてきます。空が優しい顔をしている日ほど、こちらも少しだけ気を配る。そのくらいの塩梅が、毎日の外出にはちょうど良い気がします。

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第3章…車内も窓辺も買い物帰りもあなどれない~暮らしの中の“ちょっとだけ外”が曲者~

紫外線というと、遠出の日や炎天下のレジャーを思い浮かべがちです。帽子をかぶって、水筒を持って、今日は気合いを入れて出かけるぞという日なら、こちらもそれなりに身構えます。ところが暮らしの中で本当に手強いのは、そういう晴れ舞台よりも、「すぐ戻るから大丈夫」と言いたくなる短い時間だったりします。車で数分、店まで往復、窓際でひと休み。そういう何気ない場面ほど、紫外線は平然と同席しています。

車内は、その代表格です。エンジンをかけて、冷房が効くまで少し待って、信号を2つ3つ過ぎたら到着。時間だけ見ればほんの僅かです。けれど窓の傍にいる時間は意外と長く、右折待ちや渋滞まで加わると、肌はしっかり“明るい場所にいた時間”を積み立てています。こちらは「歩いてないから屋外感ゼロです」と言いたいのですが、紫外線にそんな情状酌量はありません。何とも公明正大、いや、こちらにとっては少し融通が利かな過ぎます。

窓際も同じです。家の中にいると、気持ちはすっかり安全地帯の気分に入ります。ソファでお茶を飲む。洗濯物をたたむ。新聞を広げる。ウトウトする。これだけ聞くと平穏無事な生活そのものです。ところが、日当たりの良い窓辺は、気分が言い分、滞在時間が伸びやすい場所でもあります。ポカポカして気持ちよく、つい長居してしまう。人間にとって快適な場所は、光にとっても働きやすい場所なのだと気づくと、少し可笑しくなります。

買い物もまた、紫外線対策の盲点です。大荷物で長距離を歩くわけでもないし、商店街やスーパーなら屋根もある。用事としては軽やかです。けれど、家を出る、車や自転車に乗る、店の入口まで歩く、駐車場でカートを戻す、買ったものをトランクに積む。こうして並べてみると、“ちょっとだけ外”が見事に連なっています。しかも買い物中は頭の中が夕飯と値引きと牛乳の残量でいっぱいですから、紫外線のことまで考える余白はなかなかありません。人は白菜の値段の前では、割と無防備です。

紫外線は長時間の遠出だけでなく、暮らしの隙間時間にシレっと入り込んでくる。ここに気づくと、対策は急に身近になります。この視点があると、日傘や帽子の出番も変わってきます。特別な日だけ持ち出す道具ではなく、近所の用事にも気軽に添える道具へと立場が変わるのです。大袈裟に構えず、サッと使える形にしておく。玄関の近くに置く、車に1つ入れておく、買い物袋と一緒に持ちやすいものを選ぶ。こういう段取り上手は、派手ではないのに効きます。用意周到というほど気負わず、でも手ぶらで勝負しない。そのくらいが長続きします。

ここで面白いのは、紫外線対策が「美容のためだけの話」ではなくなるところです。短い外出の後に、妙に顔が疲れて見える。目がショボショボする。腕だけジリっとした感じが残る。そういう小さな不快感は、機嫌にも少しずつ影を落とします。逆に言えば、暮らしの中の細切れの光を上手くいなせると、夕方の自分が少し楽になります。派手な成果ではなくても、こういう快適さは侮れません。塵も積もれば山となる、とは正にこのことです。

そしてもう1つ、新しい視点があります。紫外線対策は“外に出る日の準備”ではなく、“戻ってきた後の消耗を減らす工夫”でもある、という見方です。たった数分の買い物でも、何となくグッタリする日があります。暑さや荷物の重さだけでなく、光にさらされる時間も、体にはジワっと効いてきます。肌を守ることは、見た目だけでなく、その日の元気の残り具合にも関わってくる。そう思うと、玄関先の数分も、車内の数十分も、少し違った景色で見えてきます。

暮らしの中の“ちょっとだけ外”は、気楽である一方で、対策を忘れやすい場所でもあります。けれど、全部を完璧にしなくても大丈夫です。買い物の時だけ傘を持つ日があってもいい。車に乗る前に腕だけサッと守る日があってもいい。窓際に長く座る日は、位置を少しズラしてみてもいい。そういう小さな工夫は、気合いより先に、暮らしに馴染みます。紫外線対策は、イベントではなく習慣にすると急に優しくなるのです。


第4章…皮膚が弱い高齢者さんの散歩はどう守る?~外出ゼロではなく“優しく防ぐ”発想へ~

若い人の紫外線対策は、「焼きたくない」が入口になりやすいものです。けれど高齢者さんになると、話は少し変わってきます。シミや赤みだけでなく、皮膚そのものが薄くなり、乾きやすく、擦れや汗でも不快が出やすい。加齢に伴う皮脂欠乏(皮膚の油分が減って乾きやすい状態)があると、日差しも衣類の刺激も重なって負担になりやすいのです。特養のように入浴が週に最低限度の2回という暮らしでは、「焼かないこと」だけでなく「荒らさないこと」まで考えておきたくなります。

こうなると、散歩はもう辞めた方が良いのでは、と考えたくなる日もあります。けれど、外出ゼロへ一直線に進めるのは少し惜しいのです。厚生労働省は、高齢者では外出や社会参加が身体活動を増やす良い機会になると案内していますし、フレイル(虚弱)予防でも、体を動かすことと人や社会との繋がりは大切にされています。皮膚が弱い高齢者さんに必要なのは、“外に出ない覚悟”より“出ても傷めにくい段取り”です。無理禁物で、でも閉じ過ぎない。その間の道を探す方が、暮らしの表情は明るくなります。

時間帯はかなり大事です。環境省は、紫外線が正午前後の10~14時に最も強くなりやすいので、その時間帯の屋外生活は避けるよう勧めています。WHOも、紫外線が強い日は10時から16時頃の真昼をなるべく避ける考え方を示しています。散歩の目安としては、朝なら7時半~9時半頃、夕方なら16時半~18時頃に寄せると、日差しと暑さの両方を少し和らげやすくなります。真夏の昼過ぎに「今日は5分だけだから」と出るより、朝夕へズラした10分の方が、体にも肌にも親切です。油断大敵とはいえ、時間を味方につければ話は随分と変わります。

外出時間の目安も、長ければ立派というものではありません。散歩だけで一日の運動を全部を賄う必要はなく、厚生労働省の「毎日40分以上の身体活動」には、家の中での動きや生活の動作も含まれます。皮膚の弱さや体力に不安がある日は、まず5~10分ほどの外気浴や、建物の周りを少し歩く程度でも十分です。調子が良ければ、日陰や木陰を使いながら10~20分ほどへ広げる。さらに余裕がある方でも、真夏は20~30分以内を1つの目安にして、顔色、汗、痒み、疲れやすさを見ながら臨機応変に切り上げるくらいがちょうど良い気がします。歩数より、「帰ってから荒れない日常」「翌日も嫌にならないこと」が大切です。

装備も、若い人の完全防備をそのまま真似しなくて大丈夫です。つばのある帽子、日陰を選びやすい散歩コース、通気性のある薄手の長袖、首元を少し守れる襟つきの服。この辺りが上品で実用的です。日傘は歩行が安定していて片手が空く方には頼もしい道具ですが、杖や歩行器を使う方、介助で手を繋ぐ方では、帽子の方が安全なこともあります。環境省も、日陰の利用、衣服、帽子、日焼け止めを組み合わせる考え方を示しています。全部盛りではなく、その人にとって続けやすい一式を選ぶ方が用意周到です。

日焼け止めは、皮膚が弱い方ほど慎重に選びたいところです。塗ること自体が刺激になる人もいますし、落とす時にゴシゴシ擦ると、散歩の前より肌が不機嫌になることもあります。低刺激寄りのものを少量から試し、赤みや痒みが出やすい方、塗り薬を使っている方、日光で悪化しやすい皮膚トラブルがある方は、医師や看護職、薬剤師に相談できると安心です。散歩の後も、汗を強く拭うのではなく、柔らかいタオルでそっと押さえて、必要なら保湿を足す。外に出る支度と同じくらい、帰ってからのひと手間が効いてきます。

「むしろ外出ゼロにした方が安全では?」と考えたくなる日はあります。猛暑日、体調不良の日、皮膚の荒れがひどい日、眠りが浅くてグッタリしている日は、休む判断が光る日です。けれど、毎回そこで扉を閉めてしまうより、朝の廊下を少し歩く、中庭に数分だけ出る、夕方に玄関先の風を感じる。そんな小さな外出の方が、肌も心も受け入れやすいことがあります。散歩は訓練だけではなく、季節を確かめる時間でもあります。少し守って、少し歩いて、少し気分が晴れる。そのくらいの優しい外出が、長い目で見ると一番豊かです。

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まとめ…全部を防ぐより上手につき合う~紫外線対策は頑張り過ぎない方が続いていく~

紫外線の話は、つい「真夏の強い日差しをどうするか?」に寄りがちです。けれど実際の暮らしでは、車に乗る数分、買い物帰りの道、曇り空の午後、雨上がりの水溜まり、窓際のひと息といった、何でもない顔をした時間にそっと入り込んできます。しかも相手は、まっすぐ来るだけではなく、反射したり、散らばったりしながら、気づかれにくい形で近づいてくる。なるほど、こちらが「今日はそこまででもないかな」と思う日に限って、向こうは案外、真面目に働いていたわけです。ちょっと悔しいですが、正体が見えれば対策は急に優しくなります。

大切なのは、完璧を目指して毎日くたびれてしまうことではありません。日傘は役立つ、でも日傘だけでは足りない。長袖も頼もしい、でも暑さとの相談は必要。日焼け止めも便利、でも肌との相性は見てあげたい。そんなふうに、1つだけに期待し過ぎず、いくつかを穏やかに重ねていく方が、暮らしにはよく馴染みます。十人十色という言葉があるように、若い人の外出と、高齢者さんの散歩や通院では、守り方のちょうど良さも少しずつ違います。その違いを無理なく受け止めること自体が、立派な紫外線対策なのだと思います。

紫外線対策は、外出を辞めるための準備ではなく、今日の暮らしを気持ちよく続けるための支度です。そう考えると、少し景色が明るくなります。朝の柔らかい時間に歩く、帽子を1つ用意しておく、晴雨兼用の傘を玄関に置く、帰宅後の肌を優しく休ませる。そのくらいの小さな工夫でも、昨日より今日のほうが少し楽だった、という手応えに繋がります。大がかりでなくて良いのです。続けられる形こそ、日々には一番よく効きます。

空が明るい日は、洗濯物も乾きますし、気分も少し前を向きます。日差しは困りものでもありますが、暮らしを照らしてくれる存在でもあります。だったら、怖がり過ぎず、油断し過ぎず、ほど良い距離感でつき合っていきたいものです。守ることと楽しむこと、その両方が上手く並んだ日には、外へ出る足取りが軽くなります。そんな一日が少しずつ増えていけば、それだけでもう十分に上出来です。

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