誰にも見られない仕事は仕事ではないのか?~反応のない時間にも積み上がっているもの~

[ 職場の四季と作法 ]

はじめに…誰も頼んでいないのに、今日も誰かが動いている

朝、職場のポットにはお湯が入り、机の隅にあったホコリが消え、鳴った電話には誰かが出ます。来客に椅子を勧める人がいて、元気のない同僚には「どうしたの?」と声をかける人もいます。

どれも大事件ではありません。ところが、その1つが抜けるだけで、「あれ、今日は何だか回らない?」と職場の空気が少し軋みます。お茶は自分で湧きませんし、布巾も夜中に自主練してくれません。残念ながら、職場に働き者の小人はいないのです。

こうした動きは、担当表にも記録にも残りにくいものです。誰かが臨機応変に動いた結果、何事もなく1日が終わると、その働きまで「何もなかった」に包まれてしまいます。

誰にも見られない仕事は、何も生まなかった仕事ではありません。

無事平穏な1日の裏には、名前のつかない小さな働きがいくつも積み重なっています。それに気づけた日から、職場を見る目も、自分の頑張りを受け取る心も、少しだけ優しくなるのかもしれません。

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第1章…お茶1杯、布巾1枚、電話1本~仕事ではない顔をした仕事たち~

出勤して鞄を置いた途端、机の端に小さな水滴を発見。布巾でひと拭きしていると、電話が鳴ります。受話器を置けば来客が立っていて、席へ案内したところでポットのお湯が空っぽです。

「まだ自分の仕事、何も始めていないんだけどなあ」

時計を見ると、もう十数分が過ぎています。どうやら仕事の方は、本人の開始宣言を待ってくれないようです。

お茶を用意する、コピー用紙を補充する、曲がった椅子を戻す、窓辺のホコリを拭く。電話を担当者へ繋ぎ、困っている新人に手順を教え、忙しそうな同僚の代わりに来客へ声をかける。どれも小さな動きですが、職場の流れを止めないための立派な働きです。

こうした役割には、正式な名前がついていないこともあります。臨機応変と呼べば格好良いのですが、実際の姿は、片手に布巾、もう片方に受話器。その上、肩で扉を押さえていることまであります。人間の手は二本のはずなのに、忙しい人だけ一時的に3本目が生えるのでしょうか。

誰かが先に気づいて動くと、周囲は何事もなく過ごせます。床の水滴で滑る人もおらず、来客が玄関で迷うこともなく、プリンターの前で紙を求めて立ち尽くす人もいません。無事平穏に終わったため、その働きは目立たずに消えていきます。

小さな仕事は成果が小さいのではなく、問題になる前に終わらせているから見えにくいのです。

ただし、こうした動きを「気づいた人の親切」で片づけてしまうと、いつも同じ人へ集まります。お茶を入れるのが得意だからではなく、誰も動かない空気に耐えられず、立ち上がっているだけかもしれません。

お茶を飲み終えた時、湯呑みだけを見るのではなく、誰が準備してくれたのかに少し目を向ける。紙が補充されていたら、次は自分が入れておく。そんな小さな交代が増えると、名もない仕事は誰か1人の負担ではなく、職場をなめらかに回す共同作業へ変わっていきます。


第2章…何も起きない日は誰かが動いた日~先回りする人ほど成果が見えにくい~

朝のうちに会議室の空調を入れ、資料の不足を確かめ、来客用の椅子を整えておく。雨が降りそうなら玄関に傘立てを出し、忙しくなりそうな時間帯には電話の傍を離れない。

準備した本人は、特別なことをしたつもりがありません。けれど、何もしなければ会議の開始直前に「あれがない」「暑い」「椅子が足りない」と、小さな騒ぎが一斉に開店します。こういう店に限って、閉店時刻は未定です。

用意周到に動く人は、問題が姿を現す前に片づけます。その結果、周囲から見えるのは、静かに始まり、予定通り終わった1日だけです。

「今日は特に何もなかったね」

その言葉を聞いて、準備した人は心の中でそっと答えます。

「ええ、何も起きないようにしておきましたので」

安全確認、予定の調整、備品の点検、職員同士の橋渡し。こうした仕事は、何かを増やした時より、事故や混乱を減らした時に力を発揮します。しかし、起きなかった出来事には姿がありません。転ばなかった人、怒らずに済んだ相手、待たされなかった来客は、成果の札を首から下げて歩いてくれないのです。

何も起きなかった1日は、誰も何もしなかった1日ではありません。

「縁の下の力持ち」という言葉があります。目立つ場所に立たなくても、建物全体を支える人のことです。ただ、縁の下にいる人を褒めながら、ずっと縁の下へ置いたままでは困ります。たまには地上へ上がって、お茶くらい飲んでもらわなければなりません。

先手必勝で動く人ほど、頼られやすくなります。「あの人なら気づく」「任せておけば大丈夫」という信頼は嬉しいものですが、便利な自動装置のように扱われると、心の電池は静かに減っていきます。

何も起きなかった日にこそ、「今日も助かったよ」と声をかける。誰がどんな準備をしたのかを皆で知り、次は別の人が1つ引き受ける。見えない成果を言葉にする習慣があれば、先回りする力は、1人の苦労ではなく職場全体の知恵へ育っていきます。

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第3章…「ちょっと聞いて」にも勤務時間がある~相談役の心を使い切らないために~

昼休み、ようやく弁当のフタを開けたところで、隣の椅子に同僚がそっと座ります。

「今、少し良いですか?」

このひと言には、不思議な伸縮性があります。本人は「少し」のつもりでも、家族の悩み、夫婦のスレ違い、子どもの進路、体調の不安へと話が広がり、気づけば昼休みの半分が旅立っています。こちらの卵焼きは、箸で持ち上げられる日を静かに待っています。

職場には、何故か相談が集まる人がいます。話を遮らず、秘密を軽々しく話さず、相手の表情から「今日は少し危ないな」と気づける人です。相談内容は十人十色。仕事の愚痴だけでなく、私生活の迷いや、人には言いにくい不安まで持ち込まれることがあります。

話を聞いたことで、相手の表情が和らぎ、午後の仕事へ戻れるなら、それも職場を支える大切な働きでしょう。専門的には感情労働(気持ちを整えながら相手を支える働き)と呼ばれる部分もあり、形のある成果は残らなくても、人間関係のほつれを小さなうちに結び直しています。

人の話を受け止めることは、耳だけでなく自分の心も使う仕事です。

優しい人ほど、「聞くだけなら」と引き受けます。けれど、重い話を何度も胸に預かれば、聞き手の心にも荷物がたまります。相手が元気になった横で、自分だけがグッタリしている。これでは、相談室から出てきた人が入れ替わっただけです。

親身になることと、何もかも背負うことは違います。仕事中に聞ける範囲を伝えたり、「この話は上司や専門の相談先にも繋いだ方が良さそうですね」と橋を架けたりするのも、冷たい対応ではありません。孤軍奮闘を避け、支える人まで守るための配慮です。

相談を受ける側も、「今日は余裕がないので、少し時間を置いてもらえますか?」と言って構いません。心には残量表示が見えませんが、無限に使えるわけでもありません。むしろ、自分の状態を伝えられる人の方が、長く穏やかに誰かへ寄り添えます。

周囲も、相談役を1人に固定しないことが大切です。「あの人に話せば何とかなる」と頼り切るのではなく、皆で声をかけ、必要に応じて責任者や外部の窓口へ繋ぐ。聞く人、支える人、判断する人を分ければ、優しさは消耗品ではなく、職場で分かち合える力になります。

相談が終わった後、「聞いてくれてありがとう」のひと言があれば、預かった気持ちにも小さな区切りがつきます。そして、冷たくなった卵焼きを口へ運びながら、相談役は思うのです。

「次はせめて、食べ終わってからにしてね」

笑ってそう言える余白が残っていることも、働きやすい職場の大事な目印なのでしょう。


第4章…ありがとうだけで終わらせない~気づく人から気づき合う職場へ~

「いつもありがとう。助かっているよ」

そう言ってもらえると、胸の奥が少し温かくなります。見てくれていた人がいた。それだけでも、名もない働きは報われます。

けれど、翌朝も同じ人だけがポットへ水を入れ、床の汚れを拭き、鳴り続ける電話へ走っているなら、感謝の言葉だけでは少し足りません。「助かっています」と言いながら、今日も存分に助けてもらう。これでは、ありがとうが立派な業務依頼書になってしまいます。

職場を穏やかに回すには、誰かの親切を称えるだけでなく、小さな役割を分け合う工夫が必要です。電話の近くにいる人が一度は受話器を取る。最後にコピー用紙を使った人が補充する。給湯室へ行くついでに、空のポットへ気づく。難しい制度を作らなくても、1人1人が半歩だけ動けば景色は変わります。

もちろん、何でも全員で均等に行えば良いわけではありません。人前で話すのが得意な人もいれば、備品の変化へすぐ気づく人もいます。適材適所で役割を持ちながら、「得意な人へ永久就職させない」ことが大切です。

お茶を入れるのが上手な人がいると、いつの間にか職場公認のお茶係になります。本人が一度、美味しく入れただけなのに、任期は何故か無期限。選挙も更新面談もありません。本人の知らないところで、終身名誉茶道部長が誕生しています。

気づく人を褒める職場から、誰もが少しずつ気づける職場へ変わることが、本当の感謝です。

そのためには、見えない仕事を言葉にすることも役立ちます。「朝の準備をしてくれた」「来客へ声をかけてくれた」「新人の話を聞いてくれた」と、具体的に伝えるのです。名前のなかった働きに名前がつくと、周囲も初めて「それも誰かがしていたのか?」と気づけます。

忙しい日は、いつもの人が動けないこともあります。そんな時に別の誰かが自然に立ち上がれば、相互扶助の空気が育っている証拠です。「今日は私がやりますよ」のひと言は、作業を1つ引き受けるだけでなく、相手の心へ休憩時間を渡します。

管理する立場の人にも、見ておきたい景色があります。目立つ成果や大きな判断だけでなく、職場の空気を整える行動へ目を向けることです。相談を受ける力、先回りして準備する力、困っている人へ声をかける力も、職場を支える大切な力として受け止められれば、親切は無償の持ち出しではなくなります。

終業前、曲がっていた椅子を誰かがそっと戻す。その姿に気づいた人が、隣の机をひと拭きする。大きな掛け声がなくても、そんな連鎖が続く職場は、少しずつ居心地がよくなります。

優しさを1人の才能にせず、皆の習慣へ変えていく。そこまで進んでこそ、「ありがとう」は明日を軽くする言葉になるのでしょう。

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まとめ…見えない働きに光が当たると職場の空気は少し優しくなる

1日が終わり、机の上が片づき、最後の電話も無事に繋がる。大きな問題は起きず、誰も困った顔をせずに帰っていく。そんな平穏無事な1日の足元には、たくさんの小さな働きが重なっています。

お茶を入れた人。床の汚れを拭いた人。足りない備品を補った人。来客に声をかけた人。忙しそうな同僚の代わりに電話を取った人。そして、「ちょっと聞いて」と立ち止まった誰かの話を、急かさずに受け止めた人。

1つ1つは、胸を張って発表するほど派手ではないかもしれません。それでも、その動きがなければ職場には小さな不便が積もり、やがて誰かの苛立ちや疲れへ変わります。

目立たない働きは、職場の空気を静かに守っている大切な仕事です。

ただし、その大切さを理由に、気づく人だけへ頼り続けてはいけません。「あの人ならやってくれる」は、信頼のように聞こえて、時には仕事をそっと載せる合言葉にもなります。載せられた本人は笑っていても、心の荷台が満車になっていることがあります。

まずは、誰かの小さな動きを見つけて、具体的に感謝する。そして次に、自分も1つ動いてみる。それだけで、孤軍奮闘していた人の肩から、目には見えない荷物を少し下ろせます。

空になったポットへ水を入れる。曲がった椅子を戻す。鳴った電話へ一歩近づく。「今日、少し疲れていませんか?」と声をかける。どれも数分で終わることですが、その数分が職場の和気藹々とした空気を育てます。

もちろん、毎回、綺麗に気づける人になる必要はありません。自分の仕事で手いっぱいの日もあれば、ポットの前を3度通っても空っぽに気づかない日もあります。4度目で気づいたなら十分です。ポットも、おそらくそこまで根には持っていません。

誰にも見られなかった働きも、確かにその日の中へ積み上がっています。そして、その働きに誰かが気づき、「今度は私が」と手を伸ばした瞬間、名もない仕事は1人の負担から、皆で支える習慣へ変わります。

明日の職場を少し明るくするのは、大きな改革だけではありません。目の前にある小さな一仕事へ、そっと手を伸ばす人です。その一歩は、思っているより多くの人を助け、巡り巡って自分の働きやすさにも帰ってくるでしょう。

(内部リンク候補:『介護の資格はゴールじゃない~経験と礼儀と一歩動く力が現場を明るくする~』)

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