冷蔵庫を開けたら夏が残っていた~家族3人と飲み物の秋支度~
はじめに…外は秋なのに冷蔵庫の中だけまだ夏でした
昼間に外へ出れば「まだ夏じゃないか…」と言いたくなるほど暑いのに、夕方になると風が少し冷たく感じる。窓を開けたままにしていると、いつの間にか腕をさすっている。夏と秋が一進一退する季節には、服装だけでなく、家の中にも不思議な迷いが生まれます。
そんな季節の境目が妙によく見える場所が、冷蔵庫です。扉を開ければ、夏の間に活躍した500㎖の炭酸飲料や麦茶、冷たい水がまだ当たり前の顔で並んでいます。ところが、その横には栗を使ったモンブランが収まり、「そろそろ私の季節ですけど?」と言わんばかり。冷蔵庫の中では、夏と秋が場所取り合戦を始めています。
そこへ子どもがやって来ます。「何か飲みたい」と扉を開け、炭酸飲料を見つけるものの、500㎖を全部飲むほど喉は渇いていない。少し飲んで残すか、それとも別の飲み物にするか。昨日までは迷わず1本飲めたはずなのに、今日は手が止まります。
次にパパが帰ってきます。暑い外から戻った勢いで冷たい飲み物へ手が伸びますが、夜になる頃には気温も下がり、夏と同じ調子で飲むと「ちょっと多かったかな?」と感じることもあります。それでも冷蔵庫を開けた瞬間は、真夏の記憶が先に働くので困ったものです。
そしてママが冷蔵庫を開ければ、見えている景色は少し違います。「これ昨日の飲み残しじゃない?」「こっちは誰が開けたの?」と、飲み物そのものより家族の足跡が目に入ります。十人十色ならぬ三人三様。同じ冷蔵庫を見ていても、子どもは欲しいものを探し、パパは喉の渇きを満たし、ママは残り物と明日のことまで見ています。
季節の変わり目は、カレンダーの日付より先に「昨日まで欲しかった量が今日は少し多い」という小さな変化から始まるのかもしれません。
冷蔵庫を開けたのに、しばらく眺めて何も取らずに閉める。そんな何気ない3秒にも、体の感覚や家族の暮らし、そして秋へ向かう気分がそっと混ざっています。外の景色だけでなく、いつもの冷蔵庫にも季節はちゃんとやって来るようです。
[広告]第1章…子どもの「ちょっと飲みたい」と500㎖炭酸の悩ましい距離
学校や外遊びから帰ってきた子どもが、ランドセルや荷物を置いて冷蔵庫へ一直線。夏の盛りなら、キンキンに冷えた飲み物を見つけた瞬間に勝負はほぼ決まっています。ところが夏休みが終わり、夕方の風に少し秋が混じり始めると、冷蔵庫の前で妙な迷いが生まれます。「炭酸飲みたいな。でも500㎖はいらないかも?」。ほんの少し前まで頼もしく見えた1本が、急に大きく見えてくるのです。
それでもキャップを捻った時の「プシュッ」という音には逆らいにくいものがあります。最初の一口は爽快そのもの。冷たさとシュワシュワが口いっぱいに広がって、「やっぱりこれだよね」と気分は意気揚々です。ところが半分ほど飲んだ辺りで勢いが止まり、ペットボトルを見つめながら「……残していい?」。さっきまでの勇ましさはどこへ行ったのでしょう。飲み物1本でも一喜一憂、子どもの気分はなかなか忙しいものです。
残すならキャップを閉めて冷蔵庫へ戻せば済みそうですが、炭酸飲料には小さな問題があります。開栓すると炭酸ガス(二酸化炭素が溶け込んだ泡のもと)が少しずつ抜けていくため、時間が経つほど開けたての刺激は弱くなっていきます。翌日にもう一度飲んでみて、「昨日よりシュワシュワしてない!」と不満顔。いや、それは冷蔵庫の仕事不足ではありません。冷やすことは出来ても、昨日の「プシュッ」まで保存するのは少々難しいのです。
かといって、「炭酸が抜けるから全部飲みなさい」と500㎖を飲み切る必要もありません。季節が変われば喉の渇き方も、その時に欲しい量も変わります。夏の大容量が心強かった日もあれば、秋の入り口には小さなコップ一杯で満足する日もある。飲み切れる量に合わせることは、我慢ではなく季節に合わせて自分の感覚を選び直すことです。
ここに親子で出来る小さな工夫があります。500㎖を買う日もあれば、小さめのサイズを選ぶ日があって良い。家族で分けられるなら、開けた時に「少し飲む?」と声を掛けても良いでしょう。炭酸の日、麦茶の日、水で十分な日と臨機応変に変えていけば、冷蔵庫の中で飲み残しが増殖する珍事件も少し減らせます。
子どもにとって冷蔵庫は、単なる食品の保管場所ではありません。扉を開けて「今日は何にしよう」と考えること自体が、小さな選択の時間でもあります。夏なら迷わず手にした一本を前に、秋の夕方には少し考える。その数秒の迷いは、体がちゃんと季節の変化を感じ取っている証拠なのかもしれません。さて、半分残った炭酸はどうするのか。その答えを知らずに、次に冷蔵庫を開けるパパへ静かにバトンが渡ります。
第2章…パパは夏の勢いで飲み始めて秋のお腹に止められる
夕方、外から帰ってきたパパが冷蔵庫を開けます。昼間はまだ汗ばむ陽気で、歩いて帰ってきた体には冷たい飲み物が実に魅力的。扉の奥に500㎖のペットボトルを見つければ、迷う時間もそこそこに手が伸びます。「ああ、冷たいのが旨い!」。最初の数口は気分爽快、夏から続くお決まりの流れです。
ところが、季節は少しずつ変わっています。真夏なら夕方になっても空気はムッとしていましたが、秋の入り口では日が傾くと気温が下がり、窓から入る風にも涼しさが混じります。本人は夏のつもりでゴクゴク飲んでいても、半分を過ぎた頃から「あれ、もうそんなに要らないな」と勢いが鈍ってくることがあります。ここでペットボトルを見ると、まだ結構残っている。500㎖という数字が、急に長い道のりに見えてくるから不思議です。
それでも大人には妙な意地があります。折角、開けたし、残すのも何となく嫌だし、後少しなら飲めるだろう。そんな調子で最後まで飲み切ってから、ソファに座ってひと息。「……ちょっと冷えたな」。いや、途中で気づいていましたよね?、と自分でツッコミたくなるところです。夏には一気呵成だった1本も、秋の夕暮れには少々手強い相手へ変わります。
冷たい飲み物そのものが悪いわけではありません。まだ暑い日には心地良く、水分を摂ることも大切です。ただ、気温や体調によっては、一度にたくさん飲むより少しずつ飲んだ方が心地良い日もあります。冷たい物を勢いよく飲んだ後に、お腹が重く感じたり、体が冷えたように感じたりする人もいるでしょう。そんな時は「夏はこれくらい平気だった」という記憶より、今の体の感覚を優先した方が気楽です。
昨日までちょうど良かった1本が今日は少し多い――その違和感も、体が見つけた小さな秋の知らせです。
そこでパパも、無理に飲み切ることを卒業してみます。少し小さなサイズを選ぶ、コップへ飲む分だけ注ぐ、冷蔵庫から出してすぐに一気飲みしない。そんな臨機応変な飲み方なら、「折角、買ったから全部」という妙な使命感からも離れられます。喉が渇いている時に必要なのは、完飲という達成感ではなく、その時の自分にちょうど良い一口です。
そして冷蔵庫へ戻そうとしたところで、棚の奥に子どもが残した炭酸飲料を発見。「これ誰の?」と聞けば、遠くから「昨日の!」という返事。自分の1本を持ちながら、さらに昨日の1本まで発掘してしまいました。夏の勢いを引きずるパパの前に、冷蔵庫は容赦なく家族の飲み残しまで並べてきます。さて、この状況を見たママが何と言うのか。秋の冷蔵庫には、飲み物以上に気になるものが増えてきました。
[広告]第3章…ママが見つける飲み残しと冷蔵庫に並ぶ家族の足跡
夕食の支度を始めようとママが冷蔵庫を開けると、子どもやパパとは少し違う景色が目に入ります。野菜室に何があるか?、牛乳は明日の朝まで足りるか?、夕食に使う食材はどこか?そんな確認をしながら棚へ目を移したところで、見覚えのあるペットボトルが一本。「あれ、これ昨日の炭酸じゃない?」。さらに奥には、ほんの少しだけ残った麦茶の容器まで待機しています。
家族に聞けば、子どもは「それ昨日の…」、パパは「俺のじゃないよ」と即答。誰のものかは分かるのに、何故か最後の片付け担当だけ決まっていません。冷蔵庫では時折、この責任者不在という奇妙な現象が発生します。半分残った炭酸、一口分だけ残された麦茶、あと少しのジュース。ほんのわずかな量だからこそ捨てるのは惜しく、新しいものを開けるには古いものが気になる。ママの頭の中では、冷蔵庫を開けただけなのに早くも作戦会議が始まります。
けれど、その光景は悪いことばかりでもありません。子どもが500㎖を飲み切れなくなったのなら、夏ほど喉が渇かなくなってきたのかもしれません。パパの冷たい飲み物が減っているなら、夕方の涼しさを体が感じ始めた可能性もあります。家族が残した量を眺めていると、冷蔵庫は意外なほど正直です。誰が何を好み、どれくらい飲み、何が余るようになったのか?その変化が、ラベルの付いていない生活記録として並んでいます。
夏の間は麦茶を作っても作っても減り、ペットボトルを補充しても翌日には隙間が出来ていたのに、季節が進むと減り方が少し鈍くなります。それなのに買う量だけ夏仕様のままだと、冷蔵庫は飲み物で満員御礼。扉を開けるたびに「まだある、こっちにもある」と発掘作業が始まります。ここでママの臨機応変が発動します。大量に用意していた麦茶を少し減らしたり、500㎖ばかりではなく飲み切りやすい量を選んだり、家族が好む飲み物を少しずつ入れ替えたり。季節の衣替えは、洋服だけの話ではないようです。
冷蔵庫の中身を減らすことより、家族が今どれくらい欲しがっているかを見る方が、暮らしの秋支度には役立ちます。
そして、ママが飲み残しをただ叱るだけで終わらせないのも大切なところです。「残すなら次は小さいのにしようか?」「今日は麦茶で十分じゃない?」と声を掛ければ、子どももパパも自分の飲み方を少し考えるようになります。節約だけを前面に出すと窮屈になりますが、「今の季節にちょうど良い量を選ぼう」と考えれば、家族全員で無理なく参加できます。冷蔵庫の整理が、自然に飲み方の相談へ繋がるわけです。
そんなことを考えながらママが棚を整えていると、飲み物の奥から別の気配が現れます。茶色いクリームに栗がチョコンと載ったモンブランです。冷たい飲み物ばかり並んでいた場所に、急に秋らしい甘い物が加わると景色まで変わって見えます。子どもがそれを発見して「それ誰の?」と聞き、パパまで冷蔵庫を覗き込み始める。先ほどまで誰も引き取りたがらなかった飲み残しとは、随分な人気の差です。
家族3人、同じ冷蔵庫を使っていても見ているものは三者三様。子どもは「飲みたいもの」、パパは「今すぐ冷たいもの」、ママは「残っているものと明日の分」を見ています。その視線が交わる頃、冷蔵庫の中では夏の飲み物が少しずつ場所を譲り、秋の味が静かに席へ着き始めます。
第4章…冷たい飲み物を減らしたらモンブランが秋を連れてきた
冷蔵庫の整理がひと段落すると、夏の頃とは少し違った余白が生まれます。500㎖の炭酸飲料を何本も並べなくても足りるようになり、大きな麦茶の容器も減る速度がゆっくりになりました。もちろん昼間には残暑が続きますから、冷たい水やお茶まで全部なくす必要はありません。ただ、「夏だから多めに冷やしておく」という習慣を少し緩めるだけで、ギュウギュウだった棚に風が通ったような感じがします。
ちなみに夏の主役だったアイスは冷蔵庫ではなく冷凍庫。そこは担当部署が違います。冷蔵庫の扉を開けてアイスを探しても出てきませんので、家族会議を開く前に隣の扉をご確認ください。そんな小さな役割分担まで含めて、台所は一家の季節を支える舞台になっています。
空いた場所にやって来たのが、栗の載ったモンブランです。つい先日までなら、買い物帰りに目が向いていたのは冷たいゼリーやサッパリしたデザートだったかもしれません。それが秋の気配を感じ始めると、栗やさつまいも、かぼちゃのような色と味に自然と目が止まります。冷蔵庫を開けた子どもも、「あ、モンブランある!」と炭酸飲料より先に発見。パパまで「それ今日食べるの?」と急に参加してきます。飲み残しの持ち主を尋ねた時には聞こえないフリをしていたのに、お菓子となれば反応は電光石火です。
面白いのは、季節の変化が「何を入れるか」だけでなく、「何をたくさん入れなくなるか?」にも現れることです。真夏には冷たい飲み物の在庫が安心そのものでした。少なくなれば「買っておかなきゃ」と感じたのに、秋が近づくと数本残っていてもそれほど心細くありません。冷蔵庫の秋支度は、秋の食べ物を増やすことより、夏に必要だった量を少しずつ手放すところから始まります。
とはいえ、夏と秋の境目は朝晩と昼間で表情が違います。朝は温かいお茶が似合ったのに、昼には汗をかいて冷たい水が欲しくなる日もあります。朝令暮改と言えば少し忙しそうですが、この時期の暮らしはそれくらい自由で良いのでしょう。「もう秋だから冷たい物は禁止」と決める必要もなければ、「まだ暑いから夏のまま」で押し通す必要もありません。その日の気温や体調、家族が実際に飲んだ量を見ながら少しずつ変えていけば十分です。
冷蔵庫の中で夏と秋が同居している光景には、季節の変わり目ならではの楽しさもあります。冷たい麦茶の隣にモンブランがあり、冷蔵庫の外では温かいお茶を淹れる準備が始まっている。昼間は半袖でも、夕方には薄い羽織りが欲しくなる。どちらか一方へ急いで決めなくても、しばらくは両方を味わえる期間なのです。「暑さ寒さも彼岸まで」と言われますが、実際の暮らしは暦通りにパチンと切り替わるわけではありません。夏が少し残り、その隙間へ秋が入ってくる。その混ざり合う時間こそ、季節を感じる面白さなのかもしれません。
そして夕食後、子どもが冷蔵庫を開けます。パパも何となく近づきます。二人の視線の先には、しっかりモンブラン。ところがママから「それ明日のおやつだからね」と一言が飛んできます。2人揃って冷蔵庫の扉を閉めるしかありません。
結局、何も取らなかった。
けれど夏の飲み物を探していた頃とは、もう少しだけ違います。冷蔵庫の中身が全部入れ替わらなくても、家族が欲しがるものが少し変われば、季節はちゃんと前へ進んでいます。
[広告]まとめ…何も取らずに閉めた冷蔵庫から季節は少しずつ変わっていく
冷蔵庫を開けるという毎日の小さな動作にも、家族それぞれの季節感が隠れています。子どもは500㎖の炭酸飲料を前に「飲みたいけれど全部はいらない」と迷い、パパは夏の勢いで冷たい1本を手に取ったものの、夕方の涼しさに体の変化を感じる。ママは残されたペットボトルや麦茶を眺めながら、家族が実際に欲しがる量へ冷蔵庫の中身を少しずつ合わせていきます。
外の気温は、夏から秋へ一直線には進みません。昼は汗ばみ、夜は少し肌寒い日もあります。そんな時期に「もう秋だから」と冷たい飲み物を全部なくす必要も、「まだ暑いから」と真夏と同じ量を用意し続ける必要もありません。家族の様子を見ながら臨機応変に変えていけば、飲み残しも減り、冷蔵庫にも少し余裕が生まれます。
そして、その余白へモンブランが1つ入るだけで、家族の目線は急に秋へ向かいます。炭酸飲料の残りを巡っては誰も名乗り出なかったのに、モンブランとなれば全員集合。こういう現金な一致団結も、家族の食卓ならではのご愛嬌でしょう。春夏秋冬の移り変わりは、山の紅葉や虫の声だけでなく、「今日はこれを食べたい」「この量で十分」という暮らしの感覚にも表れています。
季節を上手に迎えるコツは、暮らしを一気に入れ替えることではなく、昨日と少し違う自分や家族の感覚に気づくことなのかもしれません。
冷蔵庫を開けて、何となく中を眺める。そして何も取らずに閉める。そんな3秒があっても構いません。欲しかったのは冷たい飲み物ではなく、もう少し秋らしい何かだった可能性もあります。数日後には炭酸飲料の横に栗のお菓子が増え、麦茶の出番が減り、食卓には温かいお茶が戻ってくるでしょう。
家族三人が同じ日に同じ速さで秋になる必要はありません。子どもはまだ冷たい炭酸を欲しがり、パパは温かい飲み物へ少し早く移り、ママはその両方を冷蔵庫で見守っている。そんな三者三様のズレまで楽しめれば、夏と秋の境目はちょっと愉快な季節になります。
今夜また冷蔵庫を開けた時、何も取らずに閉めても大丈夫です。扉の向こうでモンブランと目が合ったなら、その時は秋からのお誘いかもしれません。
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