新年度は「できること」を増やす季節~高齢者の小さな挑戦習慣~
はじめに…年齢を重ねても「初めて」は暮らしを少し面白くする
4月になると、学校や職場だけでなく、町の空気まで少し新しくなったように感じます。カレンダーを1枚めくっただけなのに、「何か始めてみようかな?」と思えるから春は不思議です。高齢になっても、その気持ちは同じ。新年度は大きく変わる季節ではなく、小さな「やってみよう」を暮らしに足す季節です。新しい習慣が生活の活力に繋がるという考え方は、高齢者の暮らしにもよく馴染みます。
とはいえ、いきなり「今日から毎朝30分運動しましょう!」では、心機一転どころか初日に予定表をそっと閉じたくなるかもしれません。「よし、明日から本気を出そう」……その明日は何月何日ですか?、と自分でツッコミを入れたくなるのも人間らしいところです。朝に体を少し伸ばす、好きな曲を聴く、庭の花を見る、一言だけメモを書く。そんな小さな行動なら、特別な準備をしなくても暮らしの中へ入れられます。
そして挑戦の形は十人十色です。歩ける人には歩ける人の春があり、外出が難しい人にも、その場所から始められる春があります。実際、暮らしの楽しみを育てる道は、体を大きく動かすことだけではありません。
新年度の目標が「毎日完璧に続ける」でなくても大丈夫です。「今日はこれが出来た!」が昨日より1つ増えれば、それだけで暮らしには新しい景色が生まれます。春のスタートラインは、年齢では決まりません。今いる場所から、ちょこんと片足を前へ出すところから始まります。
[広告]第1章…朝の5分から始める~続けるより「今日できた」を増やそう
朝、カーテンを開けて光が入ってくる。布団の中で腕をグッと伸ばして、「ヨシ!」と起きる。新しい習慣というと少し立派な計画を想像しがちですが、始まりはこれくらいで十分です。高齢になるほど、急に生活を作り替えるより、いつもの朝に小さな動きを足す方が取り入れやすくなります。
両手をゆっくり伸ばす、首や肩を無理のない範囲で動かす、数回ゆっくり呼吸する。体調の良い日に窓辺で外の空気を感じるのも気持ちの切り替えになります。 「毎朝きっちり運動するぞ」と気合十分で始めると、3日目辺りに時計との無言の睨み合いが始まることもあります。朝は忙しくなくても、何故かあと5分だけ座っていたい。これは年齢に限らない朝のあるあるでしょう。
そこで目標を「毎日続ける」から「今日1回やってみる」に変えてみます。昨日は肩を回した。今日は深呼吸まで出来た。明日は忘れるかもしれない。それでも構いません。一進一退しながら、自分に合う形が残っていけば十分です。習慣は途切れないことより、また始められることの方が暮らしの味方になります。
朝の楽しみを体の動きだけに限定する必要もありません。好きな音楽を1曲流したり、「今日は晴れ」「桜が綺麗だった」と手帳へ短く書いたりするだけでも、朝に小さな目的が出来ます。長い日記を書く必要はなく、一言でも続けられるという気軽さが魅力です。一石二鳥を狙って、音楽を聴きながら体操して日記まで書こう……となると、もはや朝から予定が満員御礼です。欲張らず、1つ選ぶくらいがちょうど良いでしょう。
もう1つ大切なのは、「出来なかった日」を数えるより「出来た日」を見つけることです。朝起きられた、顔を洗えた、庭を眺めた、少し体を動かした。本人にとって普段より半歩先なら、それは立派な挑戦です。出来たことへ自分で花丸をつける考え方は、小さな習慣を気持ちよく続ける助けになります。
家族や介護する人が応援する時も、「明日もやってね」と宿題にしない方が気楽です。「今日は気持ち良さそうだったね」くらいで終える。そんな余白があるから、翌朝に本人の方から腕を伸ばす日がやって来ます。新年度の朝に必要なのは壮大な決意ではなく、「今日はちょっとやれた」という小さな手応えなのです。
第2章…上手になる必要はない~音楽・創作・園芸で好奇心を遊ばせよう
「何か趣味を始めませんか?」と聞かれると、少し身構えてしまう人もいます。趣味という言葉には、道具を揃えて、練習して、そこそこ上手にならなければならないような響きがあるからです。でも、高齢になってからの挑戦は、作品展を目指す必要もなければ、誰かに採点してもらう必要もありません。塗り絵、折り紙、絵手紙、音楽、園芸など、自分のペースで楽しめるものはたくさんあります。
色鉛筆を手に取って「今日は青にしよう」と決める。昔好きだった歌を口ずさむ。鉢植えの新芽を見つけて、少し水をやる。そんな時間にも立派な挑戦があります。十人十色というように、心が動く場所は人によって違います。隣の人がカラオケ好きだからといって、自分までマイクを握る義務はありません。「私は聴く専門です」と胸を張っても良いのです。むしろ拍手係なら、かなり重要な役どころかもしれません。
創作活動には「完成させなければ」という考えも不要です。折り紙の鶴が少し傾いていても、絵手紙のリンゴがどう見てもトマト寄りでも、それはそれで味があります。元の題材でも、完成を求め過ぎず、自分のペースで取り組めることが創作の良さとして挙げられています。 趣味の価値は上手に出来たかではなく、「もう少しやってみたい」と心が動いたかで決めても良いのです。
音楽も気軽な入口になります。懐かしい歌を聴くだけでも良く、口ずさみたくなれば歌えば良い。楽器に興味が出たなら、扱いやすいものから触れてみる。カラオケなら仲間との会話も生まれます。 ただし、歌い終わった直後に家族が腕を組んで「今の2番、少し走ったね」などと講評を始めると、一気に歌番組の審査会です。楽しむ時間には、上手下手を測らないくらいがちょうど良いでしょう。
体を動かせる人なら、園芸や散歩などへ広げるのも良い方法です。園芸なら、種を撒いた日に終わりません。芽が出た、葉が増えた、花が咲いたと小さな変化が続きます。 その「次はどうなるだろう?」が、翌日の楽しみになります。試行錯誤しながら水やりの量を変えたり、置き場所を考えたりする時間まで含めて趣味です。
家族や介護する人が新しい楽しみを勧めるなら、「これをやった方が体に良いよ」だけで選ばないことも大切です。「どれなら面白そう?」と本人に選んでもらう。途中で別のものへ移っても構いません。趣味は契約書ではありませんから、始めた以上は一生続ける、なんて決まりもありません。
新年度だからこそ、少しだけ知らないものへ手を伸ばしてみる。上手に出来なくても、途中で笑えたなら大成功です。暮らしの中に新しい楽しみが1つ増えるだけで、いつもの午後にも小さな予定が生まれてきます。
[広告]第3章…人と繋がる挑戦もある~散歩・地域・デジタルから世界を少し広げる
新しい挑戦というと、自分1人で何かを頑張る姿を思い浮かべがちです。でも、玄関を出て近所の人に「おはよう」と声をかけることも、久しぶりの友人へ電話をすることも、立派な新しい一歩です。高齢になると生活範囲が少しずつ狭くなることがありますが、人との繋がりには、暮らしへ予定や会話を連れてくる役割があります。地域の催し、体操や趣味の集まり、近所で交わす短い会話など、交流の入口は意外に身近なところにあります。
もちろん、「地域の活動に参加しましょう」と言われても、いきなり知らない人ばかりの輪へ飛び込むのは勇気が要ります。そんな時は遠くまで出かけなくても構いません。家の周りを少し歩く、顔馴染みのお店へ行く、散歩中に挨拶を交わす。そのくらいから始めれば、肩に力も入りません。袖振り合うも多生の縁ということわざがありますが、暮らしの中の小さな出会いが、思わぬ楽しみへ育つこともあります。
近所の人と毎朝5分しゃべるようになっただけで、「今日は会えるかな?」という小さな予定ができます。毎週同じ曜日に体操へ出かけるようになれば、着替える理由も生まれます。誰かに会う予定があるから髪を整えよう、お気に入りの服を着ようと思えることもあるでしょう。人との繋がりは、会話を増やすだけでなく「次に何をしよう?」という暮らしの動きを連れてきます。
外へ出にくい人には、デジタルという別の玄関もあります。スマートフォンやパソコンを使えば、離れて暮らす家族との通話や、興味のある分野を知る楽しみへ繋がります。 最初から全部覚える必要はありません。「電話をかける」「写真を見る」「家族の顔を画面に出す」など、1つ出来れば十分です。
ただ、家族が隣から「そこを押して、違う違う、戻って、あぁそこじゃない」と秒速で指示を出すと、教わる側にはもはや早口クイズ大会です。本人の手で1つずつ触りながら覚えていく方が、結果として安心して使えるようになります。急がずゆっくり進めるのも、一歩一歩の立派な挑戦でしょう。
さらに面白いのは、人と会うために外へ出るだけでなく、「何かをするために人と会う」という順番もあることです。花が好きなら園芸の集まり、歌が好きなら音楽の場、歩くことが好きなら散歩仲間という具合に、興味を入口にすれば自然体で関われます。最初から友達を作ろうと意気込まなくても、同じものを見て「綺麗ですね」と言えたら、その日はもう十分です。
新年度の挑戦は、資格を取ることや難しい技術を覚えることだけではありません。誰かに挨拶する。家族へ写真を送る。近所を少し歩いてみる。そんな小さな行動が、閉じ気味だった暮らしの扉を少しずつ開いていきます。行動半径が数百メートル広がる日もあれば、画面の向こうへ世界が広がる日もある。どちらも、自分らしい春の前進です。
第4章…三日坊主だって立派な挑戦~やめる・変える・休むも長続きの知恵
新しいことを始めたのに、3日ほどで止まってしまった。「やっぱり私は続かないなあ」とガッカリする。そんな経験は年齢に関係なくあります。でも、3日やってみたからこそ「これは自分には合わない」と分かったのなら、それも立派な成果です。高齢者の新しい習慣では、無理をせず、自分のペースで楽しめることが大切です。
毎朝の体操を始めたけれど、朝は体が動きにくかった。それなら午後に変えてみる。日記を書こうとしたけれど、文章を考えるのが面倒になった。それならカレンダーに丸をつけるだけでも良い。散歩を始めたけれど、今日は足が重い。それなら庭を見るだけの日があっても構いません。試行錯誤しながら「自分にちょうど良い形」へ近づけていく方が、生活には馴染みやすくなります。
家族や介護する人にとっても、ここは少し注意したいところです。「昨日やってなかったね」「折角、始めたんだから続けようよ」と声をかけ過ぎると、楽しみだった挑戦がいつの間にか宿題へ変わってしまいます。本人が休んだ日に、周囲だけが継続記録を気にしている……それでは、誰のチャレンジだったのか分からなくなってしまいます。
続けることだけを成功にせず、「やってみた」「合わなかった」「別の方法を試した」まで全部を前進にしてしまいましょう。
体調も気分も毎日同じではありません。昨日できたことが今日は難しく、反対に先週は興味がなかったことへ急に手が伸びる日もあります。そんな変化に臨機応変につき合えることは、年齢を重ねた暮らしの知恵でもあります。新しい習慣を生活に合わせるのであって、生活を新しい習慣に無理やり合わせる必要はありません。
「折角、買った色鉛筆なのに、もう塗り絵をしていない」という日が来ても、そこで終了とは限りません。しばらく机の引き出しで休んでもらい、半年後にまた登場するかもしれない。道具だって長期休暇くらい取ります。人間だけ年中無休で好奇心を維持せよ、という方が少々無茶でしょう。
興味が次々と移ることも、悪いことばかりではありません。記事一覧には、飽きっぽさを「次へ進む力」として捉える視点もあります。 1つの趣味を10年続ける人もいれば、春は園芸、夏は写真、秋は散歩という人もいる。それぞれの暮らし方で良いのです。
新年度に始めた挑戦が1年間続かなくても、その途中で笑った日や「これは面白い」と感じた瞬間まで消えるわけではありません。始める、休む、変える、また始める。そのくらい自由に付き合えるからこそ、新しいことは負担ではなく、暮らしを少し面白くしてくれる遊びになるのでしょう。
[広告]まとめ…新年度の一歩は小さくていい~明日の楽しみを一つ増やそう
新年度だからといって、暮らしを丸ごと変える必要はありません。朝に少し体を伸ばす、好きな歌を1曲聴く、鉢植えを眺める、近所の人に挨拶する。そんな小さな行動でも、「昨日と少し違う今日」は始まります。高齢者の暮らしでは、無理なく続けられる小さな習慣や楽しみを取り入れることが、日々の彩りに繋がります。
そして大切なのは、挑戦を成功か失敗かの2択にしないことです。3日続いたなら3日分の経験が残ります。途中でやめても、「これは合わなかった」と分かった。別のことへ興味が移れば、次の扉が開いた。七転八起のように何度でも立ち上がる必要すらなく、少し休んでから「またやろうかな」と思えれば、それで十分なのです。
家族や介護する人も、背中をグイグイ押すより、隣で面白がるくらいがちょうど良いでしょう。「今日は何をやる?」ではなく、「今日は何かやりたいことある?」と聞いてみる。その小さな違いが、本人の選ぶ楽しさを守ります。誰かに決められた予定より、自分で選んだ予定の方が朝から少し気になります。楽しみの予定表なら、冷蔵庫に貼っても圧迫感は少なめです。
春に始めたものが夏まで続いても良いし、5月には別の楽しみへ移っていても構いません。暮らしは千差万別で、心地良いペースも人それぞれです。
新しい一歩の目的は「立派に変わること」ではなく、明日を少し楽しみに出来る理由を増やすことです。年齢を重ねても、初めて見る花は初めての花ですし、初めて触る道具には初めての発見があります。新年度という区切りを借りながら、「ちょっとやってみようかな」が1つ生まれれば、それだけでも春は十分に動き出しています。
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