特養で家族の要望と現場がすれ違う理由とクレームが減る話し合い術
目次
はじめに…怒りの奥にある「不安」と「責任感」を見逃さない
特養で働いていると、ときどき胸がギュッとなる場面に出会います。電話の向こうで声が強くなるご家族。面会の場で、職員の一言に表情が曇るご家族。こちらも一生懸命やっているのに、まるで責められているように感じてしまう瞬間があるんですよね。
でも、少しだけ立ち止まって考えると、その強い言葉の下に「不安」と「責任感」が見えてくることがあります。会話が難しい入居者さんほど、ご家族は「代わりに言わなきゃ」と背負いやすい。昔、在宅で踏ん張っていた時間が長いほど、「もう失敗したくない」「これ以上つらい思いをさせたくない」と思いやすい。そういう気持ちは、決して悪者のものではありません。
一方で、施設の現場も“理想”だけで回せない現実があります。人手、時間、生活リズム、安全、感染対策。どれも入居者さんのために必要で、だからこそ「出来ること」と「出来ないこと」の線引きが生まれます。ここが見え難いままだと、ご家族は「やってくれない」、職員は「無理を言われる」と感じて、同じ出来事でも別の物語になってしまいます。これが、すれ違いの正体です。
この記事では、「ご家族の望み」と「施設が守っているもの」を対立させるのではなく、同じ方向を向くための“通訳”を試みていきます。第1章ではご家族が求める介護のイメージを丁寧にほどき、第2章では施設側の現実をやさしく言葉にして整理します。第3章では、クレームになる前に出る小さな合図を拾う見方を紹介し、第4章では、“ミニカフェ構想”を軸にしながら、関係がラクになる仕組み(見える化、説明の型、ルール作り)まで踏み込みます。
読んだ後に、「相手を言い負かす」よりも「同じ地図を持つ」方が早いと感じてもらえたら嬉しいです。職員さんが折れずに働けて、ご家族も安心して任せられて、一番大事な入居者さんが穏やかに過ごせる。そんな“当たり前の良さ”に、ちゃんと近づくための話を始めます。
[広告]第1章…家族が望む“理想の介護”は、どこで形になるのか
特養に申し込むご家族が、最初から「文句を言う気満々」なんてことは、ほとんどありません。むしろ、頭を下げながら「どうかお願いします」と言ってこられる方が多い。だからこそ、途中から関係がギクッとしはじめた時、現場は戸惑うんですよね。「あの時は穏やかだったのに、どうしてここまで…」と。
ここで大事なのは、ご家族が求めているのは“完璧な介護”というより、「これ以上、あの人を傷つけないで欲しい」という願いに近い、ということです。家で支えていた時間が長いほど、その願いは強くなります。在宅で何度も転倒を止められなかった、夜間の徘徊で眠れなかった、食事が入らず焦った、急変の怖さを味わった。そういう経験があると、入居が決まった瞬間にホッとする一方で、「今度こそ大丈夫であって欲しい」と願いが固くなるんです。
ただ、その願いは、本人の言葉ではなく“家族の言葉”で表現されます。特養では、会話が難しい方や意思表示が弱い方も多いですよね。するとご家族は、「代弁者」になります。ここで、ご家族の中に小さなスイッチが入ります。「私が見ていない場所で、損をしていないだろうか」「本人は言えないだけで、つらい思いをしていないだろうか」。このスイッチが入ると、些細な出来事が“大事件”に感じられることがあります。
たとえば、腕に小さな青痣が出来た。本人は痛がっていないし、日常のどこでも起こり得る。でもご家族の頭の中では、在宅での転倒の記憶や、過去の後悔が一気に甦ってしまう。「また守れなかったらどうしよう」。その不安が強いほど、言葉は鋭くなります。結果として、現場には「責められている」ように届きやすい。ここが、最初のすれ違いの芽です。
“理想の介護”の中身は実は3層に分かれている
ご家族の要望は一見、バラバラに見えるのですが、丁寧に聞くと、だいたい3つの層に分かれます。ひとつ目は「安全」。転ばないで欲しい、事故がないようにして欲しい、体調変化を見逃さないで欲しい。2つ目は「尊厳」。本人らしく扱って欲しい、乱暴にしないで欲しい、恥をかかせないで欲しい。3つ目は「納得」。何かあった時に説明して欲しい、経過が分かるようにして欲しい、判断の根拠を示して欲しい。
ここでポイントなのは、ご家族が本当に欲しいのは「安心」なのに、言葉として出てくるのは「安全」や「要求」になりやすい、というところです。安心は目に見えません。でも、安全は数字や結果で見えやすい。だから「絶対に転ばせないで」という言い方になりやすいんです。けれど現実には、どれだけ対策しても“ゼロ”は難しい。すると、要求が通らない=軽く扱われた、という誤解が起きることがあります。
職員側もまた、「私たちは安全を守っている」と思っています。だから同じ方向を向いているはずなのに、言葉の形が違うせいでぶつかる。ここに、通訳が必要になります。
「お金を払っているのだから」というのは攻撃ではなく“委ねる怖さ”の裏返し
ご家族が口にしがちな言葉に、「お金を払っているのだから」というものがあります。現場では、刺さりますよね。けれど、あれは必ずしも「客だから偉い」という意味だけではありません。もっと柔らかく言い直すなら、「私はもう家では支えられない。だからプロに託したい。託した以上、ちゃんとして欲しい」という、委ねる側の怖さが混ざっています。
在宅で踏ん張ってきた人ほど、委ねることが苦手です。頑張った分だけ、「任せるのが怖い」。だから細かく口を出してしまう。ここで職員側が「口だけ出すな」と感じると、関係は一気に硬くなります。逆に、職員側が「この人は、任せるのが怖いんだな」と理解できると、必要な説明の量やタイミングが見えてきます。
強い言い方のご家族には2タイプある
現場感覚として、強い言葉が出るご家族は大きく2タイプに分かれます。1つは感情が先に走るタイプ。怒りや焦りが一気に噴き出すので、その場は大荒れになりやすい。もう1つは、記録や根拠を積み上げて話すタイプ。いつ誰が何を言ったか、どんな説明があったか、他機関に確認したか。こういう方は、話が長くなりやすく、職員側も「どこまで対応すれば…」と消耗しやすい。
ただ、どちらも根っこは似ています。「安心できない」。感情タイプは、安心できないから爆発する。記録タイプは、安心できないから固める。どちらも、安心の代用品として“強さ”を使っているんですね。
だから第1章の結論は、これです。家族が望む“理想の介護”は、実は「安全」「尊厳」「納得」の3つが満たされて生まれる「安心」。そして安心が揺らぐと、要望は鋭くなり、言葉は強くなる。ここを押さえると、第2章以降の話が一気に分かりやすくなります。
次の章では、施設側がなぜ「それは難しい」と言うのかを、言い訳ではなく、生活の仕組みとして優しく整理します。ここが繋がると、ご家族の要望は“無理難題”ではなく、“調整できる課題”に変わっていきます。
第2章…特養の現実をやさしく翻訳する~人手・安全・生活リズムの限界~
第1章でお話ししたように、ご家族が本当に欲しいのは「安心」です。そして安心は「安全」「尊厳」「納得」の3つが揃うことで育ちます。ところが特養の現場は、どれも大切にしようとするほど、別の何かとぶつかってしまう世界でもあります。ここを知らないままだと、ご家族は「やってくれない」、職員は「無理を言われる」と感じて、同じ場所に立っているのに、見ている景色がズレてしまうんですね。
まず、特養は“生活の場”です。病院のように検査や治療が主役ではなく、毎日の食事、排せつ、入浴、睡眠、会話、レクリエーション、そして静かな時間まで含めて、その人の暮らしが続いています。ここで大事なのは、暮らしは予定通りに進まない、ということです。熱が出る日もあれば、急に食が細くなる日もある。気分が乗らずに拒否が強い日もある。入居者同士の小さなトラブルが起きる日もある。さらに職員側も人間ですから、急病や家庭の事情で欠員が出ることだってあります。つまり、特養の「今日」は、毎日が小さな綱渡りで成り立っています。
それでも、現場は崩さないようにしています。何故なら、特養が守るべき柱は「安全」と「暮らしのリズム」だからです。ここが崩れると、転倒や誤嚥の危険が増えたり、せん妄や不穏が強くなったり、体調の波が一気に荒れることがある。だから職員は、表からは見えにくいところで“崩れない工夫”を積み上げています。
人手の違いは愛情の差ではなく「構造の違い」
ご家族の目線では、在宅介護はマンツーマンの世界だったはずです。たとえ家事をしながらでも、視線はずっと本人の傍にあります。ところが特養は、複数名の入居者さんをチームで支える仕組みです。ここで誤解が生まれやすいのが、「自分の家族だけを優先して見て欲しい」という気持ちです。言い方を替えると、「うちの人に、もう少し密に関わって欲しい」。
この願いは自然です。ただ、現場が抱えている現実は、密に関わりたい気持ちがあっても、関わりは分散せざるを得ない、ということです。これは怠慢ではなく構造の問題です。職員がプロであっても、身体は1つ、手は2つ、時間も1日24時間。だから、どこかの関わりを濃くすると、別の誰かが薄くなる。これを「不公平」と感じるご家族もいますが、施設は公平を守らないと集団生活が崩れます。つまり、特養の“優しさ”は、1人に偏らない形で配られるように設計されているんです。
ここを上手に伝えられるかどうかで、ご家族の納得が変わります。「出来ません」だけだと冷たく聞こえますが、「この仕組みはこういう理由でこう守っています」と翻訳できると、ご家族は現実を理解しやすくなります。
安全のための制限は自由を奪うためではない
特養の現場では、安全のための制限がどうしても入ります。歩き回る方には見守りが厚くなるし、リスクが高い方には環境を整える。食事も飲み込みの状態に合わせて形態が変わることがあります。ご家族が「前は食べられたのに」と思う場面が出るのもここです。
でも、この変化は「衰えを認めたくない」気持ちとぶつかりやすい。ご家族からすると、形態変更は“本人らしさ”が失われるように感じることがあります。一方で現場からすると、誤嚥や窒息は命に直結する。だから、本人の尊厳を守るために安全を優先する判断をすることがある。ここがすれ違いの大きなポイントです。
ここで大切なのは、現場が安全を優先する時ほど、「尊厳」も一緒に語ることです。「危ないからダメ」ではなく、「安全を守りながら、本人らしさも守るために、今はこう工夫しています」と説明できると、ご家族の心は落ち着きやすくなります。安全と尊厳は対立しがちですが、丁寧に言葉を選べば同じ方向に並べられます。
説明が足りないと「隠された」と感じやすい
ご家族が強くなる瞬間の多くは、出来事そのものより、「知らされ方」によって起こります。転倒があったとして、すぐに連絡が入り、状況と対応と今後の対策まで見通しが示されれば、怒りよりも安心が勝ちやすい。でも、連絡が遅れたり、説明が短かったり、職員ごとに言うことが違ったりすると、「隠された」「軽く扱われた」と感じることがあります。
ここは現場側も苦しいところです。忙しい時間帯ほど連絡が遅れ、説明も端的になりがちです。けれど、ご家族の納得を支えるのは説明の量より“形”です。いつ、どこで、どうして、どう対応し、これからどうするか。この型が揃うだけで、ご家族の受け止め方はかなり変わります。逆に、型が崩れると不信が生まれやすい。だから、説明の上手さは個人の能力だけでなく、施設として型を揃えるほど強くなります。
「出来ないこと」を伝えるのは冷たさではなく、未来の安心のため
特養では、ご家族の要望を全部かなえることはできません。これは残念な話に聞こえるかもしれませんが、実は未来の安心を守るために必要なことです。線引きが曖昧な施設ほど、現場は疲弊し、結果として事故やミスの芽が増えます。職員が疲れ切ると丁寧さも表情も削られてしまう。すると、ご家族の不安はさらに強くなる。これは誰も得をしません。
だから、できることは最大限やる。その上で、出来ないことは丁寧に説明して、代わりの方法を提案する。この「代替案」があるだけで、ご家族は“見捨てられた”と感じ難くなります。例えば「マンツーマンの見守りは難しいが、この時間帯はここを重点的に見る」「毎日は難しいが週に何回かはこの形で関わりを増やす」。こうした現実的な工夫が、ご家族の安心に繋がります。
第2章のまとめとして、特養の現実は“冷たい現実”ではなく、“崩さないための現実”だということを押さえておきたいです。現場は、たくさんの制約の中で安全と暮らしを守り、出来る限り尊厳も守ろうとしている。ただ、それがご家族に見え難い形で行われるから、誤解が生まれる。だから次の第3章では、その誤解がクレームに変わる前に出る「合図」をどう拾うか、そして拾った後にどう動けば火種が小さいうちに消えるのかを、現場目線で具体的にお話しします。
第3章…クレームに変わる前の合図~すれ違いを早めに見つけるコツ~
第1章と第2章で見えてきたのは、ご家族が欲しいのは「安心」で、現場が守っているのは「安全」と「暮らしのリズム」だということでした。この2つは本当は同じ方向を向けます。ところが、どこかで説明がずれたり、気持ちが置き去りになったりすると、安心が一気に揺らいでしまう。すると、ご家族の言葉は鋭くなり、職員の心も固くなる。ここから先は、できるだけ早い段階で“ずれの芽”を見つけて、小さなうちに整える話です。
合図は「言葉の強さ」より「温度」に出る
クレームになる前の合図は、派手な言い方で始まるとは限りません。むしろ多いのは、いきなり怒鳴るのではなく、静かに温度が下がっていく形です。
例えば、面会での会話が短くなる。以前は笑っていたのに、目線が合わなくなる。「大丈夫です」と言うけれど、声が硬い。質問が増えるというより、確認が増える。「それはいつですか」「誰が見ましたか」「前もありましたよね」と、同じ話を何度も確かめる。こういう時、ご家族の中では“安心が減っている”サインが出ています。
ここで大事なのは、合図を見つけたら、正論で押さえないことです。正論は必要ですが、順番が違うと火に油になります。先に扱うべきは、出来事の説明ではなく「安心が減った」ことそのものです。だから最初の一言は、事実確認より先に、こんな言葉が効きます。「心配になりましたよね」「驚かせてしまいましたよね」。これだけで、相手の温度が少し下がります。
最初の対応で拗れ方が決まってしまう
現場が忙しい時ほど、「結論だけ」を伝えがちです。「大丈夫でした」「問題ありません」「様子を見ています」。これは嘘ではないのに、ご家族には“軽く流された”ように聞こえることがあります。安心を支えるのは、結論よりも道筋だからです。
ご家族が知りたいのは、だいたいこの順番です。いつ、どこで、どんなことが起きたのか。今はどういう状態なのか。こちらは何をしたのか。これからどうするのか。最後に、同じことが起きないために何を工夫するのか。これが揃うと、たとえ出来事が不本意でも、納得が生まれやすくなります。
反対に、ここが抜けると「隠されたのでは」「本当は危なかったのでは」と想像が膨らみます。人は分からないところに不安を作ってしまうので、ここは“早めに、筋道付きで”が強いです。電話が難しいタイミングなら、「今手が離せないので、〇分後にこちらから必ず折り返します。先に結論だけお伝えすると、命に関わる状態ではありません」と、約束と最低限をセットで伝えるだけでも全然違います。
一旦は「事実」と「気持ち」と「次の一手」を分ける
ご家族と話していると、話題がぐるぐる回ることがあります。転倒の話から人手の話に飛び、そこから昔の説明の話になり、最後は信頼の話になる。これはご家族が意地悪なのではなく、不安が強いほど「繋がっていること全部」が一度に出てしまうからです。
そんな時は、こちらの頭の中でいいので、話を3つに分けるのがコツです。まず事実は何か。次に気持ちは何か。最後に次の一手は何か。この順番で返すと、会話が落ち着きやすくなります。
例えば、「また転んだんですか、前もありましたよね。ちゃんと見てくれてるんですか」という言葉が来たら、最初に反論せずにこう返せます。「心配が大きくなりますよね。まず事実をお伝えします。今日は食堂から居室へ移動する途中で、足がもつれて尻もちをつきました。今は痛みの訴えはなく、皮膚の状態も確認できています。次に、今後の工夫として、移動のタイミングは声掛けの回数を増やして、歩行器の位置もこちらで整えてから動けるようにします。良ければ、面会の時に今日の状況を一緒に確認しましょう」。この形にすると、ご家族は「責めたい」より「分かりたい」に戻りやすいです。
「説明のズレ」が起きやすい場所を先に塞いでおく
拗れの原因として、実は多いのが“職員ごとの説明の違い”です。誰かがいい加減に言ったわけではなくても、表現の違いが「言ってることが違う」に見えてしまう。そこで効くのが、施設側の“伝え方の型”を揃えることです。
例えば、電話連絡や面会時の報告で、毎回必ず入れる短い型を決めます。状況、対応、現在、今後。この4つが1分で言える形になっていると、ご家族は安心しやすく、職員側も言い忘れが減ります。慣れると、忙しいほど役に立ちます。
そしてもう一つ、地味だけど強いのが「共有のメモ」です。難しい書類である必要はありません。今日あったこと、気になったこと、ご家族からの希望、こちらの返答、次回までにやること。この筋が残っているだけで、「言った言わない」が減り、引き継ぎも楽になります。結果として説明のズレが減り、安心が積み上がります。
第3章の結論は、クレームは突然生まれるのではなく、「安心が減る合図」が先に出るということです。合図を拾って、最初の対応を“筋道付き”に整えて、話を「事実・気持ち・次の一手」に分ける。これだけで、多くのすれ違いは大きくならずに済みます。
次の第4章では、いよいよ“対立から協働へ”です。ミニカフェ構想を、より安全に、より続けやすく、そして職員が消耗しにくい形に組み込みながら、「見える化」と「ルール整備」と「関係作り」を3本柱としてまとめていきます。
第4章…対立から協働へ~ミニカフェ構想+見える化+ルール整備の「3本柱」~
ここまでで分かったのは、すれ違いは「性格のぶつかり合い」ではなく、「安心の不足」と「現実の見え難さ」から生まれやすい、ということでした。ならば答えはシンプルで、安心が育つ形に、施設の仕組みを少しだけ整えていけばいい。第4章はその“仕組み作り”の話です。
私は、ミニカフェ構想がとても良い芯を持っていると思っています。ポイントは、飲み物を売ることでも、イベントっぽく盛り上げることでもなく、「暮らしの場面を、少しだけ共有する」ことにあります。そこへ、見える化とルール整備を足して、職員もご家族も疲れ難い形に組み直します。
3本柱の考え方は「場」「言葉」「線引き」
まず1本目は“場”です。人は、見えないものを怖がります。だから、施設の暮らしが少し見えるというだけで、不安が緩みます。ここで活躍するのがミニカフェです。
2本目は“言葉”です。同じ出来事でも、説明が揃っていると納得が増えます。見える化とは、パンフレットを作ることではなく、「いつも同じ形で伝わる」状態を作ることです。
3本目は“線引き”です。線引きは冷たさではありません。線引きがあるから、現場では心が折れずに続けることが出来ます。そして結果的に、入居者さんの暮らしが安定します。ご家族にとっても、困った時に頼る道がはっきりしている方が安心です。
ミニカフェ構想を「続く形」にするコツ
ミニカフェは、フロアの食堂の一角でも、談話コーナーでも構いません。ただし、成功の鍵は“盛りだくさんにしないこと”です。毎日招待しようとすると、現場が疲れます。最初は月に数回でも十分価値があります。
例えば、午前の水分補給の時間に、予約したご家族が1組だけ来る。職員が1人、最初の数分だけ同席して、「今日はこういう流れで過ごしています」と短く案内する。その後は、ご家族と入居者さんが飲み物を選んで、数十分だけ一緒に過ごす。これだけでも、「暮らしの温度」が伝わります。
飲み物を手軽にする工夫として、ワンコイン式の小さな自販機アイデアも面白いです。現金のやりとりが負担なら、施設側が用意するお茶とコーヒーでもいい。大事なのは、そこで“会話の切っ掛け”が生まれることです。「最近この飲み物を好まれてます」「この時間は眠くなりやすいです」みたいな小さな情報が、ご家族の安心を育てます。
ただし、ここには必ず注意点があります。食堂は生活の中心なので、他の入居者さんのプライバシーにも配慮が必要ですし、食べこぼしや介助の場面を見てショックを受けるご家族もいます。だから、ミニカフェを始める時は「ここは暮らしの場で、いろいろな姿がある」という説明を、最初に丁寧に入れておくのが大切です。説明があるだけで、受け止め方は驚くほど変わります。
そして感染対策も忘れずに。体調が優れない時は無理をしない、面会前の手指衛生、必要に応じたマスクなど、基本を“当たり前”として共有しておくと、現場が安心して続けられます。
見える化は「紙を増やす」より「安心を増やす」
見える化というと、掲示物や書類が増えるイメージになりがちです。でも、狙いは逆で、説明の迷子を減らして、連絡の行ったり来たりを減らすことです。コツは、情報を増やすのではなく「型を揃える」ことです。
例えば、何かあった時の連絡は、いつも同じ流れで伝わるようにします。「いつ」「どこで」「何が起き」「どう対応し」「今どうで」「これからどうするか」。この型が揃っていれば、ご家族は安心しやすく、職員も説明が短くても伝わります。
平時の見える化は、もっと軽くて良いんです。毎日びっしり記録を渡すのではなく、「今日のひとこと」くらいの短い共有でも十分効きます。例えば「昼食はいつもより良く召し上がられました」「午後は表情が穏やかでした」など、良い変化が見えると、ご家族の心は落ち着きます。人は悪い想像が膨らみやすいので、日常の小さな安心材料が積み上がることが大切なんですよね。
さらに一歩進めるなら、ご家族向けに「施設で出来ること・難しいこと」を、優しい言葉でまとめた短い説明を用意します。これは“断るための紙”ではなく、“誤解を減らすための地図”です。これがあるだけで、相談の出発点が揃い、話が拗れ難くなります。
ルール整備は「言い返す武器」ではなく「守る仕組み」
最後の柱がルール整備です。これはクレーマー対策というより、全員が安心して話せるための交通整理です。
まず大事なのは、相談の窓口と手順をはっきりさせることです。現場の職員がその場で長時間捕まる形は、どうしても無理が出ます。だから、生活相談員やケアマネ、フロア責任者など、役割に応じて“誰が何を受けるか”を揃えます。相談が長くなりそうな内容は「面談を設定して、落ち着いて話す」に切り替える。この切り替えが、現場を守り、ご家族も「ちゃんと扱ってもらえた」と感じやすくします。
次に、暴言や威圧が出た時の対応も、施設として統一しておくと強いです。個人が我慢する形にすると、職員が疲弊してしまいます。落ち着いて話せる状態でなければ、いったん時間を置き、責任者同席で話す。これを“例外なく”にしておくと、現場の心が折れ難くなります。
そして、とても言い難いけれど大切なのが「合わない時の出口」を用意しておくことです。施設とご家族の相性がどうしても噛み合わず、双方が消耗し続ける場合があります。その時に、転居や他サービスの検討を“脅し”として出すのではなく、「より良い暮らしのための選択肢」として提示できると、関係は壊れ難いです。ここは感情の勝負にせず、本人にとっての最善を軸に、落ち着いて進めるのがポイントです。
第4章のまとめとして、ミニカフェは“仲良し作戦”ではなく、安心を育てるための「場」です。見える化は、説明のズレを減らす「言葉の型」です。ルール整備は、誰かを追い払うためではなく、暮らしと現場を守る「線引き」です。この3つが揃うと、クレームはゼロにはならなくても、長引き難くなり、同じ出来事でも「対立」ではなく「相談」に変わりやすくなります。
次はいよいよ「まとめ」で、ここまでの話を一つの流れに束ねて、明日から現場で使える形に整えて締めましょう。
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特養で起きるすれ違いは、「誰が悪いか」の勝負になった瞬間に長引きやすくなります。でも本当は、ご家族が欲しいのは安心で、現場が守っているのも安全と暮らしの安定という、同じ方向のものなんですよね。ズレが生まれるのは、気持ちが置き去りになったり、施設の現実が見え難かったり、説明の形が揃っていなかったりする時です。
第1章では、ご家族の要望の奥には「これ以上つらい思いをさせたくない」という責任感と不安があることを確認しました。第2章では、特養が“生活の場”として成り立つために、人手や時間の配分、暮らしのリズム、安全の優先がどうしても必要になることを、言い訳ではなく構造として整理しました。そして第3章では、いきなり怒りが爆発する前に「温度の変化」という合図が出ること、そこで最初の対応を“筋道つき”に整えるだけで、拗れ方が変わることをお話ししました。
そのうえで第4章の結論は、対立を減らすコツは、気合いや根性ではなく仕組み作りだということです。ミニカフェのように暮らしの一部を共有できる“場”を用意すること。連絡や説明を「いつ・どこで・何が起き・どう対応し・いまどうで・これからどうするか」という“言葉の型”で揃えること。そして、相談の手順や窓口、暴言や威圧への対応、必要なら別の選択肢まで含めた“線引き”を施設として整えること。この3つが揃うと、同じ出来事が起きても「責め合い」ではなく「相談」になりやすくなります。
最後に1つだけ、現場の味方になる言葉を置いておきます。ご家族の強い言葉に向き合う時ほど、職員は「自分が足りないのか」と感じがちです。でも多くの場合、足りないのは個人の能力ではなく、安心が届く道筋です。だからこそ、1人で抱えず、チームで型を揃え、役職者も巻き込み、続く形に整えていきましょう。入居者さんの穏やかな日常は、職員が折れない土台の上にこそ育ちます。あなたの現場が、明日からほんの少しラクになりますように。
今日も閲覧ありがとうございましたm(__)m
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