5月24日はスクーバダイビングの日~高齢者の心がVRで海へ旅する日~

[ 季節と行事 ]

はじめに…海に潜れなくても海を楽しむ道は残っている

青く透き通った海の中を、色鮮やかな魚と一緒に泳いでみたい。そんな憧れがあっても、スクーバダイビングとなれば体力や健康状態、移動の負担など、いくつもの壁があります。特に高齢になると「海に潜るなんて、もう無理だよ」と話が終わってしまいがちです。でも、楽しみ方まで年齢で閉じてしまう必要はありません。

VR(映像と音で、その場所にいるような感覚を味わえる仮想現実)を使えば、椅子に座ったまま海中へ出発できます。ゴーグルをつけて周囲を見渡せば、サンゴの間を魚が泳ぎ、頭上から光が差し込み、ウミガメがゆっくり横切ることもあります。「おお、近い近い!」と魚に避けてもらおうとしてしまうかもしれません。いや、こちらが避けなくても大丈夫なのですが、そこまで夢中になれたら興味津々、なかなか楽しい時間です。

5月24日の「スクーバダイビングの日」は、本物の海へ潜る人だけの日と考えなくても良いでしょう。海を知りたい人、懐かしい景色に会いたい人、新しい刺激を楽しみたい人にも、青い世界への入口は開いています。出来なくなったことを数えるより、今の自分にできる楽しみ方を増やせば、人生の行き先はまだまだ広がります。一期一会の魚との遭遇だって、VRなら今日から始められるのです。

[広告]

第1章…スクーバダイビングの日から始まる青い海への冒険

5月24日は「スクーバダイビングの日」。海へ潜った経験がなくても、テレビや写真で透き通った水中を見て、「こんな場所を自分の目で見てみたい」と思ったことはあるでしょう。サンゴ礁の上を魚が泳ぎ、光の筋が水面からゆらゆら降りてくる光景には、地上とはまるで違う時間が流れています。

そんな海中世界と相性が良いのが、VR(映像と音によって、その空間にいるような感覚を味わえる仮想現実)です。ゴーグルを装着して顔を少し動かせば、正面だけでなく横にも後ろにも海が続きます。魚たちは縦横無尽に泳ぎ、遠くにはサンゴ礁、ふと視線を向けた先にはウミガメ。千変万化する青い景色に囲まれると、「映像を見ている」という感覚より、「自分が海の中に来た」という気分が前へ出てきます。

そこへ泡の音や波の響きが加わると、体験はさらに立体的になります。目の前を魚が横切れば思わず顔を引き、ウミガメが近づけば手を伸ばしたくなるかもしれません。もちろん魚からすれば、「いや、こちら映像ですけど」といったところでしょうが、人間の感覚はなかなか素直です。椅子に座っている体と、海を旅している心が同時に存在するところに、VRならではの面白さがあります。

海には、本物の海だから味わえる潮の香りや水圧、冷たさがあります。それをVRがそっくり置き換えるわけではありません。それでも、「海へ行くのは難しいけれど、海の景色をもっと近くで感じたい」という願いには、新しい入口になってくれます。百聞は一見にしかず。写真を眺めていた海が自分の周囲いっぱいに広がった瞬間、年齢を忘れて「わあ!」と声が出ても不思議ではありません。

そして海中には、ウミガメのように眺めているだけで物語を感じさせる生き物もいます。魚の名前を知らなくても構いません。「あの大きいの何だろう」「綺麗な色だね」と声が生まれれば、もう冒険は始まっています。スクーバダイビングの日は、潜れる人だけが海を楽しむ日ではなく、海への好奇心をもう一度動かすキッカケにも出来そうです。


第2章…VRの海は「見る」より「入り込む」が面白い

海の映像なら、テレビでも動画でも楽しめます。それでもVRには少し違った面白さがあります。画面の向こう側を眺めるのではなく、自分の周囲そのものが海になるからです。顔を右へ向ければ魚が泳ぎ、左を見ればサンゴが広がる。頭上を見れば水面から光が差し込み、足元には深い青が続いている。四方八方を包まれる感覚が、「見ている人」だった自分を「その場にいる人」へ近づけてくれます。

穏やかな海ばかりとは限りません。遠くに大きな影が見え、「何だろう」と目で追っているうちにサメが近づいてくる映像なら、頭では安全だと分かっていても体がピクリと反応します。ドキッとしてから、「いやいや、ゴーグルだった」と自分で気づく。ちょっと悔しい。でも、その反応こそVRの没入感(その世界に入り込んだように感じる感覚)の面白いところです。

反対に、静かな場面では空気がガラリと変わります。ゆっくり泳ぐ魚、遠くから聞こえるクジラの声、水の中を漂うような揺らぎ。そんな映像を眺めていると、先ほどまでサメに驚いていた心が何事もなかったように落ち着いてくる。この切り替わりもまた面白いところで、静と動が同じ海の中に同居しています。VRの魅力は刺激の大きさだけではなく、驚く、笑う、懐かしむ、落ち着くという心の動きを次々と引き出せるところにあります。

さらに興味深いのは、映像そのものとは別の記憶が動き出すことです。沈没船を見て昔観た映画を思い出したり、海辺の景色から若い頃の旅行が浮かんだり、「昔、子どもを連れて海へ行ったな」と家族の話が始まったりするかもしれません。自由自在に記憶が繋がっていくと、VR体験は数分の映像鑑賞では終わりません。その後のお茶の時間まで話題が続けば、もう海から上がったのに心だけはまだ旅行中です。

こう考えると、VRは派手なデジタル機器というより、会話のキッカケを運んでくる道具としても面白い存在です。海の知識がなくても、「綺麗だった」「怖かった」「あの魚は何だろう」で十分。そこから昔話や家族の思い出まで広がれば、海中旅行はゴーグルを外した後にも続いていきます。

[広告]

第3章…高齢者こそ楽しみたい!~記憶と会話が動き出す海時間~

「もう海へ行くのは難しいかな」。足腰が弱くなったり、長時間の移動が負担になったりすると、行きたい場所が少しずつ遠く感じられることがあります。でも、行けない場所が増えることと、楽しめる世界が狭くなることは同じではありません。VRなら、大きなボンベを背負うことも船に乗ることもなく、椅子に座ったまま青い海へ出発できます。必要なのは、ほんの少しの好奇心と、安心して体験できる環境です。

高齢者にVRを楽しんでもらう時、大切なのは「最新機器だから面白いでしょう」と押しつけないことです。初めて見るゴーグルを前にすれば、「これを顔につけるの?」と戸惑う人がいて当然です。そこで家族やスタッフが隣にいて、「嫌だったらすぐ外しますよ」「魚が泳いでいるだけですよ」と声を添える。それだけでも安心感は違ってきます。十人十色、デジタル機器を面白がる人もいれば、慎重に確かめてから楽しみたい人もいます。

そしてゴーグルの向こうに海が広がった瞬間、「わあ、綺麗」「こんな魚いるの?」という言葉が自然にこぼれるかもしれません。そこから「若い頃に海へ行ったな」「子どもを連れて潮干狩りをしたよ」と昔の話に繋がれば、面白いのはVRだけではなくなります。映像をキッカケに、心の奥にしまわれていた記憶が顔を出し、隣にいる人との会話が動き始めるのです。喜怒哀楽の中でも、懐かしさと驚きが一緒に訪れる瞬間には、その人らしい表情がよく表れます。

介護の時間というと、食事、入浴、排泄、健康管理など「必要なこと」が中心になりがちです。もちろん、どれも欠かせません。でも人の暮らしには、「面白かった」「また見たい」「誰かに話したい」という時間も必要です。体を大きく動かせない日でも、心までじっとしている必要はありません。海の映像を見て声が出る、昔の出来事を話す、隣の人と笑う。そのひと時だけでも、日常の景色は少し変わります。

しかもVRの良さは、全員が同じ感想にならなくて良いところです。イルカを見て喜ぶ人もいれば、サメを見た瞬間に「これはもう外して!」となる人もいるでしょう。そこですぐ外したら、体験時間は約30秒。最短記録かもしれません。でも、その後に「いやあ、あれは怖かった」と笑えたなら、それも立派な思い出です。長く体験することより、その人が自分の気持ちで楽しめることの方がずっと大切でしょう。

高齢になっても、新しいことに驚いたり、昔を懐かしんだり、誰かと笑い合ったりする力は残っています。「もう出来ない」で扉を閉じるのではなく、「どんな形なら楽しめるだろう」と考えてみる。VRの海は、遠くへ出掛けることが難しくなった人にも、新しい景色と会話を届けてくれる選択肢の1つになりそうです。


第4章…酔わない・驚かせ過ぎないための安全なVR満喫術

青い海が目の前いっぱいに広がるVRは楽しいものですが、楽しさに夢中になるほど忘れたくないのが「無理をしない」という基本です。映像の中では前へ進んでいるのに、自分の体は椅子に座ったまま。この感覚のズレによって、気分が悪くなったり、眩暈のような不快感が出たりすることがあります。高齢者だから必ず起こるわけではありませんが、初めて体験する人ほど慎重に始めたいところです。

最初から長時間の海中旅行に挑戦する必要はありません。数分ほど眺めて、「もう少し見たい」と感じるくらいで終える方が次の楽しみにも繋がります。映像も、巨大なサメが真正面から迫るような内容より、ゆっくり泳ぐ魚やサンゴ礁、穏やかな水面などから始めると入りやすいでしょう。いきなりサメと目が合って「話が違う!」となっては、青い海どころかゴーグルそのものが苦手になりかねません。安全第一は少々地味ですが、楽しい時間を長く続けるための名脇役です。

体験する姿勢も大切です。立ったまま周囲を見回すより、安定した椅子に座り、そばに家族やスタッフがいる状態なら安心しやすくなります。映像に夢中になって体を傾けたり、目の前の魚へ手を伸ばしたりすることもあるので、「座っているから絶対安全」と油断はできません。VRを楽しむ時は、映像の迫力よりも、その人が安心して「もう一回見たい」と思える終わり方を大切にしたいものです。

さらに面白いのは、映像だけで全てを完成させなくても良いことです。涼しい風を少し感じてもらったり、手に冷たいタオルを触れてもらったりすれば、海辺らしい感覚をやさしく足すことが出来ます。五感のうち、視覚や聴覚だけでなく触覚なども重なると、体験の印象が豊かになることがあります。とはいえ、香りや飲食物まで組み合わせる場合は、その人の体調や好み、アレルギー、食事制限などへの配慮が欠かせません。「海だから全部載せ!」ではなく、必要なものだけを少しずつ。それくらいの加減がちょうど良いでしょう。

そして、途中で「もういい」と言われたら、その時点で終わって構いません。折角、用意したから最後まで見てもらおう、と考えたくなる気持ちは分かりますが、VRは耐久競技ではありません。本人が顔をしかめたり、不安そうにしたり、気分の悪さを訴えたりしたなら、すぐにゴーグルを外して休んでもらう。その臨機応変さが、次の「またやってみようかな」を守ります。

道具が新しくても、介護や家族の楽しみ方で大切なのは変わりません。その人の表情を見て、声を聞き、心地良いところで止めること。準備万端で始め、途中では柔軟に、終わった後には「どの魚が良かった?」と一緒に笑う。そんな丁寧なひと手間があれば、VRの海は刺激の強い見世物ではなく、安心して楽しめる小さな旅行になってくれるでしょう。

[広告]


まとめ…体が旅できない日も心の行き先は増やせる

海に潜るには、体力も装備も移動も必要です。年齢を重ねたり、体が思うように動かなくなったりすれば、「もう自分には縁のない世界だ」と感じることもあるでしょう。けれどVRは、その距離をグッと縮めてくれます。椅子に座ったままでも、目の前には青い海が広がり、魚が横切り、遠くにはサンゴ礁やウミガメが見える。数分間の体験でも、心が動けば十分に価値のある時間になります。

大切なのは、VRそのものを主役にし過ぎないことです。サメを見て驚いたこと、イルカを見て笑ったこと、昔の海水浴を思い出したこと。それを誰かに話し、「また見たいね」と笑い合うところまで含めて1つの楽しみになります。和気藹々とした会話が生まれれば、最新の機械もいつの間にか脇役です。ゴーグルの方は少し不満かもしれませんが、人が笑っているなら役目は十分でしょう。

もちろん、誰にでも同じ体験が合うわけではありません。気分が悪くなればやめる、怖ければ外す、短い時間だけ楽しむ。そんな臨機応変な付き合い方で構いません。「出来ないから終わり」ではなく、「今できる形に変えて楽しむ」と考えれば、年齢を重ねても新しい世界への入口は増やせます。

5月24日のスクーバダイビングの日。実際に海へ潜る人も、VRで青い世界を旅する人も、海に心を動かされることに違いはありません。「百聞は一見にしかず」と言いますが、その一見がゴーグルの向こう側にあっても良いでしょう。喜怒哀楽をまだまだ動かし、新しい景色に驚けるなら、人生の旅先は尽きません。今日は深い海へ。明日はどこへ行こうか。そんな楽しみを持てる毎日は、きっと少し明るくなります。

[ 広告 ]

今日も閲覧ありがとうございましたm(__)m


[ 応援リンク ]

ブログランキング2つに参加しています。応援クリックをお待ちしております。

[ ゲーム ] 作者のitch.io(作品一覧)


  • コメント ( 0 )

  • トラックバックは利用できません。

  1. この記事へのコメントはありません。