また雨!?~雨男・雨女と笑って付き合う梅雨の晴れ間作戦~

[ 季節と行事 ]

はじめに…「あなたが来ると雨だね」は笑い話で済ませたい

楽しみにしていたお出かけの日。昨日まで晴れマークだったはずなのに、朝カーテンを開けると空はどんより。「嘘でしょ……」とスマートフォンの天気予報を見直したところへ、誰かがひと言。「やっぱりあなた、雨女だね」。

いやいや、空模様の担当者ではありません。

けれど不思議なもので、旅行、遠足、デート、バーベキューと、楽しみにしている日に何度か雨が重なると、本人まで半信半疑になってきます。「もしかして本当に私?」と空を見上げたくなる気持ちも分からなくはありません。

人は偶然が何度か続くと、そこに意味や法則を見つけたくなるものです。晴れた日は忘れても、傘を忘れた日の土砂降りは妙に覚えている。しかも髪を綺麗に整えた日に限って湿気まで全力参加……そこまで協力してくれなくて結構です、と空へツッコミたくなります。

雨男や雨女という呼び名より大切なのは、降った雨に一喜一憂し過ぎず、その日の楽しみ方を残しておくことです。

折角、会いたい人がいて、行きたい場所があるのなら、天気1つに予定の主役を譲るのは少しもったいないもの。雨粒を犯人探しの材料にするより、「今日はどんな1日にしようか?」と笑える方が、梅雨の景色まで少し明るく見えてきます。

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第1章…雨男・雨女はなぜ生まれる?~偶然が妙に当たって見える理由~

「今度の日曜日、みんなで出かけよう」

そんな予定を立てた途端、週間天気予報に小さな傘マーク。まだ数日先なのに、誰かがこちらを見て笑います。「ほら、やっぱり」。待ってください。まだ降ってもいません。裁判なら証拠提出の前に有罪判決です。

雨男や雨女という呼び名が妙に説得力を持つのは、雨そのものより「記憶の残り方」が関係しています。晴れた日に普通に出かけて、普通に帰ってきた1日は、それほど印象に残りません。ところが旅行当日に土砂降り、遠足で靴までびしょ濡れ、デートの日に限って傘がひっくり返るとなれば話は別です。忘れろと言われても、むしろ鮮明になります。

そこへ同じ人が何度か居合わせると、「この人と出かけると雨が降る」という物語が出来上がります。元気よく予定を立てた日に雨、次の集まりでも雨、そのまた次も雨となれば、流石に本人まで半信半疑。「ひょっとして私、雲から指名されている?」と疑心暗鬼になっても不思議ではありません。雨が続く時期なら誰が出かけても降られる可能性はあるのに、印象に残った出来事だけが1本の線で繋がって見えてしまうのです。

面白いのは、晴れた日の実績がほとんど加点されないことです。10回一緒に出かけて7回晴れていても、残り3回が豪雨なら「あの人、雨女だよね」と語られる。7勝3敗なのに、何故か3敗だけスポーツ新聞の一面扱い。晴れの日にも少しくらい取材に来て欲しいものです。

雨男・雨女の正体は、空を動かす力ではなく、忘れにくい偶然が作る「その人らしい物語」なのかもしれません。

もちろん、「また降った!」と笑い合うくらいなら楽しいものです。けれど予定が崩れるたびに誰かのせいにして一喜一憂していたら、折角、会えた時間まで曇ってしまいます。雨雲は気まぐれ、人間の記憶もちょっぴり気まぐれ。そのくらいに考えておけば、「あなたが来たから雨だ」というひと言も、責任追及ではなく笑える小ネタくらいの場所へ戻せそうです。


第2章…空の責任まで背負わなくていい!~雨雲と人間のちょうど良い距離~

雨男や雨女の話がややこしくなるのは、冗談だったはずのひと言を本人まで信じ始めた時です。「来週のお出かけ、私が行ったら雨になるかも……」なんて心配し始めたら、ちょっと待った。参加者名簿に低気圧を動かす権限までは付いていません。

もちろん、予定の日だけ雨が続けば気になるでしょう。待ち合わせ場所へ着いた瞬間に降り始め、建物へ入ったら晴れてくる。そんな出来事が重なると「これは流石に何かある」と思いたくなります。けれど、人が予定を立てたことと雨が降ったことの間に、特別な因果関係があるわけではありません。人が気圧を操ったり雨雲を呼び寄せたりするものではなく、偶然が重なるからこそ不思議に見えるのです。

心理学には確証バイアス(自分の考えに合う出来事を見つけやすく、覚えやすくなる傾向)という言葉があります。「私は雨女かもしれない」と思い始めると、雨の日は「ほら、やっぱり!」と記憶に残り、晴れの日は普通の日として通り過ぎやすくなります。知らないうちに、自分で自分の雨女伝説を育てていることもあるわけです。

周囲も同じです。「あの人が来ると降る」と一度キャラクターが決まると、雨の日だけ妙に話題になります。晴れた日に「今日はあなたが来たのに晴れたね」と毎回表彰される人は、まずいません。雨だけ本人の手柄にされるとは、なかなかの責任転嫁です。

天気は空の仕事、人間の仕事はその日をどう過ごすかです。

そう考えると、少し肩の力が抜けます。雨が降ったら「私のせいかな」と一喜一憂するより、「傘を持ってきて正解だった」と笑えば十分です。誰かに「また降らせたね」と言われたなら、「そこまで出来たら水不足の地域から引っ張りだこだよ」と返すくらいがちょうど良いでしょう。

雨男や雨女は、仲間同士で笑える呼び名であるうちは楽しいものです。ただし、本人が本気で予定を遠慮したり、誘われることを申し訳なく感じたりするところまで行けば、冗談の役目はおしまい。晴天祈願より先に必要なのは、空と自分の間にほど良い境界線を引くことなのかもしれません。

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第3章…降るなら楽しんだ者勝ち!~雨の日だから見つかる小さなご褒美~

朝からしとしと雨が降っていると、「今日はハズレの日かな」と思ってしまうことがあります。出かければ裾が濡れるし、髪は湿気と勝手に相談を始めるし、傘を閉じた瞬間に腕へ水滴がつく。晴れの日なら必要のない小さな手間が次々と増えるので、気分まで曇りがちです。

けれど、雨の日にしか見えない景色もあります。濡れた道路には街灯や店の明かりが映り、葉っぱの緑はいつもより濃く見えます。傘に当たる雨粒の音を聞きながら歩けば、普段は気づかなかった店の軒先や小さな花に目が向くこともあります。濡れた石畳や傘の中に響く雨音など、晴れの日とは違う空気そのものが雨の楽しさになることもあります。

そんな日は、予定を「晴れの日の縮小版」にしないのがコツです。遠くまで歩く予定を近所のカフェに変えたり、窓際の席で温かい飲み物を楽しんだり、家なら少し丁寧にお茶を淹れて本を開いてみる。臨機応変に行き先を変えるだけで、雨は邪魔者から背景へと立場を変えてくれます。

傘だって、仕方なく持つ道具だけではありません。お気に入りの色を選んだり、レインシューズを合わせたりすれば、雨の日だけ登場する服装があります。「今日はこの傘を使える」と思えたら、玄関を開ける気分も少し違います。傘を閉じた途端に雨脚が弱まると、「今ですか?」と空にツッコミを入れたくなりますが、それも雨の日あるあるとして笑ってしまえば上々です。

「雨降って地固まる」ということわざがあります。雨そのものを歓迎する言葉ではありませんが、思い通りにならない出来事の後に良いものが残る、という意味では梅雨の日にもよく似合います。予定変更から素敵な店を見つけたり、雨宿りした時間にゆっくり話せたりすれば、塞翁之馬。予定外だったことが、後から思い出の中心になることもあります。

晴れることだけを成功条件にしなければ、雨の日にもちゃんと楽しい居場所があります。

雨男や雨女と呼ばれるほど雨に縁があるのなら、いっそ「雨の日の遊び方に詳しい人」になってしまうのも悪くありません。空模様は選べなくても、傘の色も、立ち寄る店も、誰と笑うかも選べます。雨粒が窓を流れる午後に、「今日はこれで良かったな」と思えたなら、その日はもう十分に当たりの日です。


第4章…晴れを待つより会いに行こう!~天気に振り回されない予定の作り方~

楽しみにしている予定ほど、天気予報は気になります。数日前から晴れマークを確認し、前日の夜にも確認し、当日の朝にも確認する。気づけば天気予報を見る回数だけなら気象関係者並みです。それでも空は人間の予定表を読んでくれません。

そこで頼りになるのが、「晴れたら最高、雨でも大丈夫」という予定の作り方です。屋外だけで完結させず、近くに入れる店や屋内施設を1つ見つけておく。長時間歩く予定なら、途中で休める場所も考えておく。用意周到といっても、大荷物を抱える必要はありません。「降ったらこっちへ行こう」と決めておくだけで、空を見上げる気持ちは随分と軽くなります。

旅行やデートなら、目的を1つに絞り過ぎないのも手です。「公園へ行く」ではなく「一緒に楽しく過ごす」、「海を見る」ではなく「少し遠くへ出かける」と考えると、雨が降っても予定そのものは残ります。目的地が変わっても、会いたかった人と過ごす時間まで消えるわけではありません。

傘やレインコート、濡れても気になりにくい靴などを準備しておけば、小雨くらいなら予定通り動けることもあります。梅雨の外出では、天気を完全に当てるより「多少外れても困らない支度」の方が頼りになります。傘とレインコートを巡る選び方も、雨の日を快適に過ごす小さな工夫の1つです。

そして予定変更が必要になった時こそ、臨機応変の出番です。折角、予約したのに…、折角、服を選んだのに…、と残念に感じるのは自然なこと。それでも「じゃぁ今日は何をしようか?」と次へ動ければ、雨は予定を壊すものではなく、予定を少し曲げるだけの存在になります。

大切なのは晴れの日を引き当てることではなく、どんな空でも会いたい人との時間を残しておくことです。

雨男と雨女が一緒に出かけて本当に雨が降ったなら、「やっぱり最強コンビだね」と笑えば良い。もし晴れたなら、それはそれで「今日は休暇を取ったらしい」と雨雲に一言。そんな余裕があれば、天気予報のマーク1つで予定の楽しさまで決められることはありません。

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まとめ…雨粒1つで予定まで曇らせない暮らしへ

窓を開けた朝、空いっぱいに雲が広がっている。楽しみにしていた日にそんな景色を見ると、少しくらい肩を落とすのは自然なことです。それでも、その雨を誰かのせいにする必要はありません。雨男も雨女も、空を背負って歩いているわけではないのです。

偶然が何度か重なれば、「またこの人と一緒の時だ」と印象に残ります。それを笑える思い出にするのは楽しいけれど、本人が遠慮するほどの責任に変えてしまうのは少し違います。晴れた日も雨の日もあるからこそ、春夏秋冬の景色は変わり、私たちの思い出にも色が増えていきます。

そして雨が降ったなら、予定を全部あきらめなくても大丈夫です。傘を開いて歩くのも良いし、近くの店へ予定変更しても良い。窓際で雨音を聞きながら話した時間が、後になれば「あの日、楽しかったね」と思い出されることだってあります。天気に一喜一憂するより、その日に出来る楽しみを拾っていく方が、ずっと気持ちは軽やかです。

晴れているから楽しいのではなく、一緒に笑えた日が楽しい1日になるのです。

もし次のお出かけで雨が降って、「やっぱり雨男だね」「流石は雨女」と言われたら、困った顔をする必要はありません。「今日は空まで参加したかったみたい」と笑って傘を開けば十分です。

快晴の日には快晴の良さがあり、雨の日には雨の日の味があります。予定通りにならなかった1日にも、小さな店との出会いや、傘の下で交わした会話や、濡れた紫陽花の綺麗さが残るかもしれません。そんな一期一会を楽しめるようになれば、雨雲を見つけた朝にも「さて、今日はどう遊ぼうか」と少し前向きに玄関を出られそうです。

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