電動車いすは自由を乗せる相棒~買う・借りる・走る前に家族で確かめたい安心の道しるべ~

[ ケアマネの流儀 ]

はじめに…電動車いすが広げる外出の半径~行きたい気持ちは暮らしのエンジンになる~

朝の商店街に、ゆっくり光が差し込む頃。

歩道の端を、電動車いすがスウッと進んでいきます。乗っている人の表情は、どこか誇らしげです。急いでいるわけではありません。誰かに押してもらっているわけでもありません。ただ、自分の行きたい方向へ、自分のタイミングで進んでいる。その姿には、見ている側まで背筋が少し伸びるような、晴れ晴れとした空気があります。

電動車いすは、歩くことがつらくなった人にとって、ただの移動道具ではありません。買い物へ行く、近所の人に会う、季節の空気を吸う、病院帰りに少し遠回りする。そんな日常の小さな願いを、もう一度手元に戻してくれる相棒です。自立支援(出来ることを増やし、その人らしい暮らしを支える考え方)という言葉がありますが、正にその入口に立っている乗り物とも言えます。

行ける場所が増えると、人は少しだけ明日の予定を楽しみに出来ます。

とはいえ、便利さだけを見て「よし、これで万事解決!」と走り出すと、電動車いすの世界はなかなかの曲者です。段差、坂道、狭い通路、バッテリー、保管場所、費用、レンタル、購入、介護保険(介護が必要な人を社会全体で支える制度)の扱い。見るところが多くて、家族会議が始まった途端に「お茶淹れる?」と誰かが逃げ腰になることもあります。ありますよね。会議という名の、湯呑み持参の静かなにらめっこ。

でも、難しく考えすぎなくて大丈夫です。電動車いす選びは、立派なカタログを前に腕を組む勝負ではなく、その人の暮らしを思い浮かべる時間です。どこへ行きたいのか。どの道を通るのか。誰が見守るのか。困った時、誰に声をかけられるのか。準備が少し整うだけで、不安はフワッと軽くなります。

正に用意周到。けれど肩に力を入れ過ぎる必要はありません。電動車いすは、人生のハンドルを奪うものではなく、もう一度そっと手渡してくれるものです。転ばぬ先の杖、ということわざがあります。電動車いすの場合は、転ばぬ先の「充電」と「練習」かもしれません。字面にすると急に家電感が出ますが、そこがまた愛らしいところです。

外へ出たい気持ちは、いくつになっても人を前向きにします。春の風、夏の夕方、秋の買い物袋、冬のひなたぼっこ。電動車いすが運ぶのは、体だけではありません。今日の気分、家族の安心、そして「まだ行ける」という小さな自信も一緒に乗せて進んでいきます。

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第1章…借りる前に知りたい介護保険と福祉用具~安心は段取り八分で動き出す~

電動車いすを考え始めると、最初に家族の空気が少しだけ引き締まります。

「これ、借りられるのかな?」

「買うしかないのかな?」

「本人は乗る気まんまんだけど、曲がれるのかな?」

ちゃぶ台の上に湯呑みが並び、何となく作戦会議の気配が出てきます。本人は既に近所のスーパーまで行く未来を見ています。家族はその横で、段差と坂道とバッテリーの心配を見ています。見ている景色が違うので、話し合いが少し噛み合わない。電動車いす選びの第一歩は、実はカタログではなく、この気持ちの擦り合わせから始まります。

介護保険(介護が必要な人を社会全体で支える制度)を使う場合、電動車いすは福祉用具貸与(必要な用具を借りて使うサービス)の対象として考えられます。ただし、「欲しいです」「はい、どうぞ」と、すぐに決まるものではありません。体の状態、外出の必要性、住まいの周りの道、使う人の判断力や操作の安全性などを見ながら、ケアマネージャー(介護サービスの計画を立てる専門職)や福祉用具専門相談員(福祉用具選びを支える専門職)と一緒に考えていきます。

原則として、車いすの貸与は要介護度によって扱いが分かれることがあります。要支援や要介護1の人は、状態によってはすぐ対象にならない場合もあります。ただ、そこで「はい終了」と机を閉じる必要はありません。歩けるけれど長い距離が難しい、屋外移動で大きく疲れる、病気や体の状態から必要性がある。そんな事情がある時は、医師の医学的所見(体の状態について医師が示す判断)やサービス担当者会議(支援に関わる人が集まって話し合う場)を通して、使える可能性を確かめていきます。

電動車いすは、楽をするためだけの道具ではなく、暮らしをあきらめないための選択肢です。

ここを間違えると、家族の会話が少し残念な方向へ走り出します。「まだ歩けるでしょ」「それに乗ったら歩かなくなるでしょ」と、つい言いたくなる場面もあります。もちろん体を動かす機会は大切です。けれど、外へ出る元気がなくなり、人と会う機会も減って、家の中で気持ちまで小さくなるなら、それは別の心配が育ってしまいます。歩く力を守ることと、外へ出る楽しみを守ることは、敵同士ではありません。適材適所で考えれば、手動の歩行器、普通の車いす、電動車いす、それぞれに出番があります。

借りる前に見ておきたいのは、本人の「行きたい場所」です。病院だけなのか、買い物なのか、近所の友人宅なのか、散歩道なのか。本人が「駅前の和菓子屋さんまで」と言った瞬間、家族が全員で地図を見始めることもあります。目的地が和菓子屋になると、急に会議が前向きになるのは日本の家庭あるあるです。お饅頭の力、なかなか侮れません。あ、制度の話をしていたはずなのに、口が甘いもの方面へ……失礼しました。

ただ、その和菓子屋までの道に急な坂があるかもしれません。歩道が狭いかもしれません。店の入口に小さな段差があるかもしれません。電動車いすは移動を助けてくれますが、道そのものを平らにしてくれるわけではありません。使う前には、家の玄関、保管場所、充電場所、近所の道、よく行く店の入口を見ておくと安心です。用意周到と聞くと少し固いですが、やることは「いつもの道を一緒に歩いて見る」くらいからで十分です。

福祉用具を借りる良さは、合わなかった時に見直しやすいところにもあります。座面の高さ、操作レバーの位置、速度設定、車体の大きさ。小さな違いが、安心にも不安にも繋がります。体の状態が変わった時、生活の範囲が変わった時、専門職に相談しながら調整できるのは、レンタルならではの心強さです。

電動車いすを借りるかどうかは、単に制度に当てはまるかだけで決める話ではありません。本人がどんな毎日を取り戻したいのか。家族がどこを心配しているのか。専門職がどんな安全策を提案できるのか。その3つが並んだ時、暮らしの道筋が少し見えやすくなります。

安心は、突然ドンと届くものではありません。家の前の段差を見て、充電場所を決めて、試乗して、ゆっくり曲がって、少し笑って、また相談する。その積み重ねで育っていきます。段取り八分という言葉の通り、出発前の準備が整えば、電動車いすはただの乗り物ではなく、外へ向かう気持ちをそっと押してくれる頼もしい相棒になります。


第2章…買うか借りるかで迷ったら~値段よりも暮らしに合う相棒を選ぼう~

電動車いすの話が少し具体的になると、家族の会話は自然とお金の話へ向かいます。

「買った方が長く使えて良いんじゃない?」

「いや、借りた方が安心かも」

「そもそも、いくらするの?」

ここで空気が少しだけ現実味を帯びます。外出の夢を語っていたはずなのに、急に電卓が登場する。しかも、何故か誰も電卓アプリをすぐ開けず、スマートフォンの画面を見ながら「ええっと、どこだっけ?」と探し始める。便利な時代なのに、電卓1つで小さな迷子です。こういう時間も、家族会議の味わいかもしれません。

電動車いすは、購入する場合、機種や機能によって金額に大きな幅があります。屋外でしっかり走れるタイプ、コンパクトに扱えるタイプ、座り心地や操作性に工夫があるタイプなど、見た目以上に個性があります。購入は「自分のものになる」という安心感がありますが、同時にメンテナンス(点検や修理をして使いやすい状態を保つこと)も自分たちで考える必要が出てきます。

バッテリーが弱る。タイヤが擦り減る。操作部に不具合が出る。保管中に雨風の影響を受ける。買ったその日はピカピカでも、暮らしの中で使う道具は、どうしても少しずつ疲れていきます。愛用品になればなるほど出番が増え、出番が増えれば消耗も進みます。これは電動車いすに限らず、毎日使う炊飯器にも、家族の誰かが何故か独占する座椅子にも言えることです。座椅子は返してほしい。いや、話がそれました。

一方、レンタルには、必要に応じて相談しやすい良さがあります。介護保険を使える場合、自己負担(サービスを使う人が支払う金額)は負担割合によって変わります。レンタル料の中には、定期的な点検や状態確認が含まれることもあり、使ってみて合わない時に機種変更を相談しやすい点も魅力です。体の状態や暮らし方は、季節や年齢と共に変わります。臨機応変に合わせられることは、安心の大きな柱になります。

買うか借りるかの答えは、値段の安さだけではなく、その人の毎日が続けやすいかで見えてきます。

購入にもレンタルにも、一長一短があります。購入は、長く大切に使いたい人や、介護保険の条件に合いにくい人にとって選択肢になります。好きな機種を選びやすく、「自分の相棒」という気持ちも育ちやすいでしょう。ただし、修理費や部品交換、保険、保管場所まで含めて考える必要があります。

レンタルは、専門職と相談しながら安全面を確かめやすく、体や暮らしの変化に合わせて見直しやすい選択です。初めて電動車いすを使う人には、特に心強い道になります。使い始めてから「思ったより車体が大きい」「玄関の出入りが難しい」「坂道が多くて不安」と気づくこともあります。そんな時、相談先があるだけで、家族の肩の力はかなり抜けます。

お金の話になると、どうしても「どちらが得か」に気持ちが傾きます。けれど、暮らしの道具は、単純な損得だけでは測りにくいものです。安くても使いにくければ、外出が減ってしまいます。高くても安心して使えなければ、家族の心配が増えてしまいます。大切なのは、本人が安心して乗れること、家族が見守りやすいこと、困った時に相談できること。その3つが揃うと、費用の見え方も少し変わってきます。

もし迷ったら、いきなり結論を急がず、まずは試乗や相談から始めるのが良い流れです。福祉用具専門相談員に、家の周りの道やよく行く場所、体の状態を伝えてみる。ケアマネージャーに、外出の目的や家族の不安を話してみる。机の上だけで悩むより、実際の道や玄関を見ながら考える方が、答えはずっと暮らしに近づきます。

電動車いすは、高価な買い物にも、便利な貸し出し品にも見えます。けれど本当の姿は、その人の行きたい気持ちを支える生活の相棒です。買うなら、長く付き合う覚悟と整備の見通しを。借りるなら、試しながら育てる柔らかさを。どちらを選んでも、本人の笑顔が外の空気に向かって動き出すなら、その選択にはきっと温かい意味があります。

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第3章…スイスイ走れるからこそ油断大敵~道・店・段差に潜む小さな落とし穴~

電動車いすに初めて乗ると、多くの人が少し驚きます。

足で踏ん張らなくても進む。押してもらわなくても動く。手元のレバーを少し倒すだけで、体がスウッと前へ運ばれる。歩くたびに息が上がっていた人にとって、その感覚はまるで景色が向こうから近づいてくるような新鮮さがあります。

ただし、スイスイ進めるということは、スイスイ困る場所にも近づけるということです。便利な相棒ほど、最初の扱いには慎重さが必要です。正に油断大敵。家の前では快調でも、外へ出ると道はなかなか個性的です。ほんの小さな段差、ゆるい坂、歩道の傾き、雨上がりの濡れたタイル。人間の足なら「よいしょ」で済む場所も、電動車いすでは「おっと、これは会議案件です」と急に存在感を出してきます。

特に気をつけたいのが、段差と傾斜です。段差は車体が引っかかることがあり、傾斜は体や車体が横へ流されることがあります。内輪差(曲がるときに前輪と後輪の通る場所がずれること)も見落としやすいポイントです。家の角を曲がる感覚でスーパーの通路を曲がったら、棚の前の商品にそっとご挨拶してしまう。本人は悪気なし、棚もたぶん悪気なし。けれど、落ちたお菓子を拾う家族の背中には、静かな哀愁が漂います。

電動車いすの安全は、上手に走ることより、危ない場所を早めに見つけることで守りやすくなります。

お店の中も、小さな冒険の場になります。通路が狭い。入口のマットが捲れている。買い物カゴ置き場が少し出っ張っている。レジ前で人が並んでいる。普段なら気にならない配置も、電動車いすに乗ると急に立体迷路のように見えることがあります。縦横無尽に動けそうで、実は向きを変えるだけでもスペースが必要です。

家族が付き添う時は、「危ないよ」と先に言い過ぎるより、「この入口、通れそうかな」と一緒に見ていく方が空気がやわらかくなります。本人の気持ちは、外へ出られた喜びで明るくなっています。そこで注意だけが飛んでくると、折角の外出が小さな試験会場のようになってしまいます。安全第一は大切ですが、声のかけ方1つで、安心にも窮屈にも変わります。

練習するなら、いきなり混んだ商店街へ行くより、家の前や広めの駐車場、平らな道などから始めると落ち着きます。まっすぐ進む、止まる、ゆっくり曲がる、後ろへ下がる。基本の動きに慣れるだけで、外出時の表情が違ってきます。試乗(実際に乗って合うか確かめること)の時は、座り心地だけでなく、手元の操作感やブレーキの反応も見ておくと安心です。

そして忘れがちなのが、本人の「慣れたつもり」です。最初は慎重でも、数日経つと「もう大丈夫」と気持ちが前へ出ます。これは悪いことではありません。自信が戻ってきた証でもあります。ただ、その頃に小さな接触やヒヤリが起きやすくなります。調子に乗るな、とは言いません。気分が乗るのは良いことです。ただ、車体までノリノリになると困ります。そこは手元のレバーに、ほんの少し大人の落ち着きを添えたいところです。

電動車いすの外出は、本人だけの課題ではありません。家族、ケアマネージャー、福祉用具専門相談員、行きつけのお店、近所の人。少しずつ周りの理解が増えるほど、移動はしやすくなります。店員さんに入口の段差を一緒に見てもらう。よく通る道の危ない場所を家族で覚える。雨の日や夕方は無理をしない。そんな小さな約束が、外出の安心を支えてくれます。

スイスイ走れるからこそ、ゆっくり確かめる。便利だからこそ、危ない場所を笑って共有する。電動車いすは、勢いだけで乗りこなすものではなく、暮らしの道を1つずつ覚えながら仲良くなっていく相棒です。道のクセを知り、店の入口を知り、自分の反応も知っていく。その積み重ねが、次の外出を少し明るくしてくれます。


第4章…バッテリーと練習が外出を守る~電動車いすは家族会議で育てる乗り物~

電動車いすの外出で、見落とすとジワジワ効いてくるのがバッテリーです。

家を出る時は元気いっぱい。本人も車体も、心なしか朝の光を浴びてキラキラしています。今日は買い物へ行って、薬局へ寄って、帰りに公園のベンチでひと休み。そんな外出計画が浮かぶと、家族も少しうれしくなります。

ところが、電動で動くものには必ず電気の残りがあります。バッテリー(電気をためて動力にする部品)が減ってくると、帰り道で急に不安が顔を出します。スマートフォンなら「誰か充電器持ってない?」で済むこともありますが、電動車いすはそう簡単にはいきません。コンビニのレジ横で「済みません、車いすを少し充電させてください」とは、なかなか言いにくいものです。店員さんも笑顔で固まるかもしれません。こちらも固まります。全員、静止画です。

電動車いすの外出は、出発前の充電確認だけで安心の半分が作れます。

充電の習慣は、難しい決まりにするより、暮らしの流れに入れてしまうほうが続きます。夜の歯磨きの後に充電を確認する。朝食の後に残量を見る。外へ出る前に、行き先と帰り道を一緒に考える。そんな小さな段取りが、外出の不安を減らしてくれます。用意周到と聞くと立派な作戦のようですが、実際は「昨日の夜、充電した?」のひと言から始まります。

走れる距離は、カタログだけで決めつけない方が安心です。坂道が多い、荷物が重い、気温が高い、道がでこぼこしている。そんな条件で、電気の減り方は変わります。いつもは行ける距離でも、暑い日や寒い日は体も車体も疲れやすくなります。行きは元気、帰りは無言。これは人間の散歩でも起こります。まして電動車いすなら、帰り道の余力を残しておくことが大切です。

練習も大事です。免許(運転を認める公的な資格)がいらないからといって、練習までいらないわけではありません。まっすぐ進む、ゆっくり止まる、曲がる、後ろへ下がる、狭い場所で向きを変える。1つ1つは地味ですが、外出先で慌てないための大切な動きです。最初から大通りへ出るより、家の前や人の少ない場所で落ち着いて試すほうが、本人にも家族にもやさしい流れになります。

家族会議では、本人の希望を先に聞くと話が明るくなります。「どこへ行きたい?」と尋ねると、病院や買い物だけでなく、「あの道の花を見たい」「昔の友だちの家の前を通りたい」など、思いがけない答えが返ってくることがあります。電動車いすは、用事のためだけにあるのではありません。懐かしい場所へ近づく時間や、季節を見に行く時間も運んでくれます。

その上で、家族が見ておきたいのは帰り道です。行き先に夢があるなら、帰り道には現実があります。坂、信号、休める場所、雨が降った時の避難先、困った時に電話できる相手。これらを決めておくと、外出がグッと穏やかになります。安全第一という言葉は少し堅いですが、外へ出る楽しみを長く続けるための合言葉だと思うと、随分とやわらかく響きます。

練習の場面では、家族の声かけも大切です。「危ない」「だめ」「止まって」ばかりになると、本人の気持ちは萎みます。もちろん本当に危ない時は止める必要がありますが、普段は「今の曲がり方、ゆっくりで良かったね」「この段差は一緒に見ようか」と、出来たことを拾う方が前向きです。人は注意だけでは育ちません。少しの成功と、少しの笑いで、次の一歩が出やすくなります。

電動車いすは、買った日や借りた日が完成ではありません。充電の習慣を作り、練習を重ね、よく行く道を覚え、家族で小さな約束を増やしていく。その時間の中で、だんだん暮らしに馴染んでいきます。車体が道具から相棒へ変わるのは、そんな日々の積み重ねの先です。

外出前に充電を見て、帰り道を考え、無理のない距離から始める。たったそれだけでも、電動車いすの安心感は大きく変わります。自分で進む喜びを守るために、家族で少しずつ育てていく。そんな乗り物だと思うと、電動車いすとの付き合い方は、ずっと温かいものになります。

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まとめ…自分で進める喜びをあきらめない~電動車いすがくれる明日の外出計画~

電動車いすは、ただ速く移動するための道具ではありません。

家の中で過ごす時間が長くなった人に、「今日は外の空気を吸ってみようかな」と思わせてくれる相棒です。病院へ行くため、買い物へ行くため、近所の人に会うため、花の咲く道を見に行くため。理由は小さくても、その一歩には暮らしを前へ動かす力があります。

もちろん、良いことばかりを並べて出発するわけにはいきません。費用、レンタル、購入、介護保険、バッテリー、段差、坂道、練習、保管場所。家族で考えることは多く、途中で誰かが「お茶、もう一杯いる?」と会議を休憩へ持ち込む場面もあるでしょう。大丈夫です。その休憩も、きっと大事な段取りです。人は湯気のある飲み物を挟むと、少しだけやさしく話せます。

電動車いす選びで大切なのは、勢いよく決めることではなく、本人の暮らしに合う形を探すことです。どこへ行きたいのか。どの道を通るのか。誰に相談できるのか。困った時、どう戻るのか。そうした小さな確認が、外出の安心を少しずつ育てます。慎重になり過ぎて動けなくなる必要はありませんが、準備を飛ばして走り出すと、折角の自由が不安に変わってしまいます。

電動車いすは、行ける場所だけでなく、行きたい気持ちまで広げてくれる乗り物です。

借りるなら、専門職と相談しながら試せる安心があります。買うなら、自分の相棒として大切に付き合う喜びがあります。どちらにも良さがあり、どちらにも気をつけたい点があります。費用だけで決めるより、本人の体、家族の見守り、住まいの周りの道、使い続けるための整備まで含めて考えると、選択はずっと暮らしに近づきます。

そして、使い始めてからも完成ではありません。最初は家の前をゆっくり進む。次は近所の角まで行く。慣れてきたら、いつもの店へ行ってみる。無理をせず、少しずつ距離を広げていけば、電動車いすは特別な乗り物から日常の相棒へ変わっていきます。試行錯誤もあるでしょう。曲がり角で少し緊張したり、充電を忘れかけたり、家族に「今日は遠出し過ぎでは?」と止められたり。そんなやり取りさえ、暮らしが動いている証です。

外へ出ることは、体だけの問題ではありません。気分が変わり、人との会話が生まれ、季節の変化に気づきます。電動車いすがあることで、本人だけでなく、家族の心にも余白が生まれることがあります。「また行こうね」と言える予定が増えるだけで、明日は少し明るくなります。

自由自在にどこへでも、とはいかないかもしれません。けれど、安全を見ながら、相談しながら、少しずつ外の世界と繋がり直すことは出来ます。電動車いすは、そのための頼もしい一台です。本人の「行ってみたい」を消さず、家族の「心配だよ」も置き去りにせず、両方を大切にしながら進んでいく。

その先にあるのは、特別な遠出だけではありません。近所の店先、風の通る道、見慣れた公園、誰かと交わす短い挨拶。そんな何気ない場面が、暮らしの中で静かに輝きます。電動車いすが運ぶのは、便利さだけではなく、「まだ自分で進める」という前向きな気持ちです。明日の外出計画は、そこからゆっくり始まります。

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