鯉のぼりは空を泳ぐ家族の応援団~子どもの日と高齢者レクリエーションが繋ぐ春の笑顔~
目次
はじめに…春風に膨らむ鯉のぼりは家族の気持ちまで空へ連れていく
春の空に鯉のぼりが膨らむと、町の景色がほんの少しだけ晴れやかに見えてきます。風を受けて泳ぐ黒や赤や青の鯉たちは、ただの飾りではなく、家族の「元気に育ってね」という願いを空へ届ける小さな使者のようです。
子どもが見上げれば「お魚が飛んでる」と目を丸くし、大人が見上げれば「昔はもっと大きいのが泳いでいたなあ」と記憶の引き出しが開きます。おじいちゃんやおばあちゃんにとっては、子どもの頃の庭先、屋根、春風、柏餅の香りまで一緒に戻ってくるかもしれません。記憶力、急に本気を出します。普段の用事は忘れるのに、こういう場面だけ鮮明なのですから、人の心はなかなか味わい深いものです。
端午の節句は、子どもの健やかな成長を願う日であり、無病息災をそっと願う日でもあります。そして鯉のぼりは、世代を超えて会話を生む春の道具にもなります。鯉のぼりは、子どもの成長だけでなく、家族の思い出と願いまで一緒に泳がせてくれる春の合図です。
今年の5月5日は、空を見上げるだけで終わらせず、作って、話して、飾って、笑ってみる。そんな笑顔満開のひと時が、家族にも施設にもフワリと広がっていきます。
[広告]第1章…鯉が空を泳ぐ理由~子どもの成長を願う春の物語~
春の空に鯉のぼりが泳いでいる景色は、日本の暮らしの中でも少し特別です。冷静に考えると、屋根の上や庭先に大きな魚を泳がせるという発想は、なかなか大胆です。家の前が急に水族館です。しかも水はありません。風だけで勝負です。
けれど、その姿が不思議としっくりくるのは、鯉のぼりがただ目立つための飾りではないからです。そこには、子どもが健やかに育ち、困った時にもへこたれず、自分の道を進んでほしいという願いが込められています。
端午の節句(5月5日に子どもの成長を願う行事)は、昔から季節の変わり目に無病息災を願う日でもありました。今のように病院も薬も身近ではなかった時代、家族が子どもの健康を願う気持ちは、とても切実だったはずです。春から初夏へ向かう空の下で、家族は祈るように、そして誇らしげに、子どもの未来を見上げていたのでしょう。
鯉が選ばれた理由にも、胸が熱くなる物語があります。鯉は流れに逆らって川を上る魚として知られています。中国には、激しい流れを上りきった鯉が龍になるという登竜門(成功へ向かう大きな試練)の言い伝えがあります。そこから、鯉は立身出世や成長の象徴として親しまれるようになりました。
小さな子どもにとって、毎日は結構な冒険です。靴を自分で履く、苦手な野菜をひと口食べる、保育園で「ごめんね」を言う。大人から見れば小さなことでも、本人にとっては滝上り級の大仕事です。大人も大人で、朝の支度だけで軽く滝に打たれた気分になる日があります。水行かな、これは。違います、ただの月曜日です。
そんな日々を見守る家族の気持ちを、鯉のぼりは大きく受け止めてくれます。鯉のぼりが空を泳ぐのは、子どもに「あなたの未来を信じているよ」と伝えるためです。
昔の家では、幟(縦長の旗)や飾りを立てて、子どもの誕生や成長を祝うことがありました。広い庭や屋根の上に大きな鯉のぼりが上がれば、近所の人も「あそこの子、大きくなったね」と声をかけたくなります。祝いごとは、家の中だけで完結せず、地域の眼差しにも支えられていたのです。
今は住宅事情も変わり、空いっぱいに泳ぐ大きな鯉のぼりを見かける機会は少なくなりました。けれど、ベランダの小さな鯉でも、玄関の置き飾りでも、手作りの紙の鯉でも、願いの中身は変わりません。豪華かどうかではなく、そこに「元気でいてね」と思う人がいることが大切です。
ことわざに「可愛い子には旅をさせよ」とあります。遠くへ行かせるだけが旅ではありません。子どもが自分で考え、小さな失敗をして、また笑って立ち上がる毎日も、立派な旅です。鯉のぼりは、その旅立ちを空から見守る家族の旗印なのかもしれません。
風を受けて膨らむ鯉の姿は、順風満帆な日だけを願っているわけではありません。風があるから泳げる。向かい風の日にも、体をくねらせながら進む姿が美しい。子どもも家族も、いつも予定通りにはいきません。だからこそ、空を泳ぐ鯉を見上げると、「今日もまあ、ぼちぼち進もうか」と肩の力が抜けていきます。
子どもの日は、立派な飾りを並べる日である前に、家族の願いを言葉にしやすくする日です。柏餅を食べながらでも、写真を撮りながらでも、紙の鯉を一緒に作りながらでも構いません。「大きくなったね」「よく頑張っているね」そのひと言が、子どもの心の中で小さな追い風になります。
鯉のぼりは、春の空に浮かぶ家族の応援旗です。見上げる人がいる限り、その鯉は今日もゆったり泳ぎ続けます。
第2章…色とりどりの鯉に込められた家族のまなざし
鯉のぼりを見上げると、黒、赤、青、緑、黄色、時にはピンクまで、春の空が急ににぎやかになります。青空を背景にしたその色合いは、まるで家族写真が風に乗って動き出したようです。
子どもの頃は「大きい鯉が親で、小さい鯉が子どもかな?」くらいの感覚で眺めていた人も多いでしょう。けれど、大人になって見ると、色の数だけ願いがあるように感じます。父のようにドッシリ見守る黒い鯉、母のように温かさを添える赤い鯉、子どもたちの未来を思わせる青や緑の鯉。正解を決め過ぎなくても、見上げる人の心の中で自然に家族の物語が生まれます。
鯉のぼりの色には、五行説(自然を五つの要素で見る考え方)に通じる見方もあります。木、火、土、金、水という自然の力を色に重ね、災いを遠ざけ、健やかな成長を願う考え方です。難しく聞こえますが、家族の気持ちで言えば「元気でいてね」「病気をしませんように」「毎日笑えますように」が空に並んでいるようなものです。
鯉の上にヒラヒラ泳ぐ吹き流しにも、ちゃんと役割があります。吹き流し(細長い布を風になびかせる飾り)は、昔から悪いものを遠ざける願いを込めて飾られてきました。風に揺れるだけで仕事をしているように見えるのですから、なかなか優秀です。羨ましいですね。こちらは風に当たっただけでは洗濯物の心配をしてしまいます。生活感、急に現実へ着地です。
それでも、風を受けて色が膨らむ様子には、見ている人の気持ちを軽くする力があります。赤は温もり、青はのびやかさ、黄色は明るさ、緑は安心感。色の感じ方は十人十色です。子どもが「ピンクがいい」と言えば、それも立派な物語になりますし、おばあちゃんが「昔は黒い大きな鯉が立派だった」と話せば、そこから家族の会話が始まります。
高齢者施設で鯉のぼり作りをする時も、この色選びはとても楽しい時間になります。折り紙を前にして「私は赤がええわ」「いや、今日は青の気分やな」と声が出るだけで、もうレクリエーション(楽しみながら心身を動かす活動)は動き始めています。色を選ぶことは、自分の気持ちを少し外へ出すことでもあります。
手先が動きにくい方には、大きめの紙を使ったり、職員が糊付けを手伝ったりすると参加しやすくなります。目が見えにくい方には、ハッキリした色を並べると選びやすくなります。認知症(記憶や判断がゆっくり変化する状態)の方には、「好きな色はどれですか?」と聞くより、「今日は明るい色にしましょうか?」とそっと選びやすい道を作る方が、笑顔に繋がることもあります。
そして出来上がった鯉のぼりを壁や窓辺に飾ると、部屋の空気がフッと変わります。いつもの食堂、いつもの廊下、いつもの椅子。そこに色とりどりの鯉が泳ぐだけで、見慣れた場所が春の行事の舞台になります。飾りつけは、ただ部屋を綺麗にする作業ではありません。色が増えると、会話が増え、会話が増えると、そこに家族や暮らしの記憶が戻ってきます。
子どもにとって鯉のぼりは「大きくなるぞ」という未来の旗です。高齢者にとっては「昔も今も、家族を思う気持ちは変わらないな」と感じる記憶の旗にもなります。色は目で見るものですが、心にも届きます。黒い鯉も、赤い鯉も、小さな紙の鯉も、それぞれが家内安全や無病息災の願いをフワリと抱えています。
立派な飾りでなくても大丈夫です。折り紙の端が少し曲がっていても、うろこの形が少々自由でも、それも味わいです。むしろ、キッチリし過ぎた鯉より、少し歪んだ鯉の方が、作った人の手の温度を感じます。真っ直ぐ泳がない鯉がいても良いのです。人間だって、毎日を真っ直ぐ泳げるわけではありませんから。
色とりどりの鯉のぼりは、家族の形が1つではないことも教えてくれます。三世代で見上げる空も、施設の談話室で眺める壁飾りも、ベランダで揺れる小さな鯉も、それぞれに大切な春の景色です。風が吹くたび、色が揺れます。その揺れの中に、誰かを思うやさしい眼差しが宿っています。
[広告]第3章…子どもに伝えたい上る魚の小さな冒険
「なんでお空にお魚がいるの?」
子どもが鯉のぼりを見上げてそう聞いてきたら、大人の出番です。とはいえ、いきなり歴史の年表を広げると、子どもの心はすぐに別の方向へ泳いでいきます。目の前のダンゴムシ、落ちている小石、何故か片方だけ脱げた靴下。子どもの興味は自由です。鯉より早く移動します。
そんな時は、難しい説明よりも、小さな冒険の話にして届けると伝わりやすくなります。
鯉は、川の中でゆっくり泳ぐだけの魚ではありません。流れに逆らって進み、石にぶつかっても、急な水の流れに押されても、また体をくねらせて前へ進む魚です。大きな滝をのぼる鯉の姿から、昔の人は「この魚みたいに、子どももたくましく育ってほしい」と願いました。
子どもに話すなら、こんな感じが似合います。
「この鯉さんはね、川を上る冒険家なんだよ。水がビューッと流れてきても、あきらめずに進むんだ。転びそうになっても、また泳ぐんだよ。そんな鯉さんみたいに、元気に大きくなってねって、家族がお願いしているんだよ」
これくらいの言葉なら、保育園児にも小学生にも届きやすくなります。登竜門(大きな成長につながる試練)という言葉を添えるなら、「難しい場所を頑張って通ると、大きく成長できるという昔のお話だよ」と短く言えば十分です。説明の盛り過ぎは禁物です。大人の熱弁は、子どもの耳ではだいたい途中から風の音になります。フワ~と。
子どもに伝えたいのは、勝ち負けではありません。鯉のぼりは「誰より凄くなりなさい」と空から言っているのではなく、「昨日より少し進めたら、それで良いよ」と風の中で揺れているように見えます。靴を揃えられた。苦手な挨拶が出来た。小さな子に順番を譲れた。そういう日々の一歩一歩が、子どもにとっては勇往邁進の冒険です。
子どもの心に残るのは、正しい説明よりも、自分も頑張れそうだと思える物語です。
家庭でも施設でも、鯉のぼりの話は世代を繋ぐ会話になります。おじいちゃんが「昔は庭に大きいのを立てたもんや」と話し、おばあちゃんが「風がきつい日は、飛んでいきそうで心配したわ」と笑う。そこへ子どもが「じゃあ鯉さん、逃げたかったの?」と聞いて、大人が一瞬止まる。逃げたかった可能性、ありますね。鯉にも休暇は必要です。
そんな小さなやりとりが、行事の味になります。
高齢者施設で子どもたちと交流する時も、鯉のぼりの物語は扱いやすい題材です。紙芝居のように話しても良いですし、壁飾りを見ながら「この鯉はどこまで泳ぐでしょう?」と声をかけても楽しめます。回想法(昔の記憶を話して心を動かす関わり方)にも繋がりやすく、子どもの質問が高齢者の記憶をやわらかく起こしてくれることもあります。
子どもが描く鯉は、うろこが星になったり、しっぽがハートになったり、目がやたら大きかったりします。形としては自由奔放です。けれど、それで良いのです。大人が「本物の鯉はこうだよ」と直し過ぎるより、「その鯉、速そうやね」「楽しそうに泳いでるね」と受け止める方が、行事の時間はずっと温かくなります。
端午の節句は、子どもを立派に見せる日ではなく、子どもの中にある伸びる力を信じる日です。立派な説明より、目を見て伝えるひと言が効きます。
「鯉さんみたいに、ゆっくりでも進めたらいいね」
その言葉を聞いた子どもは、すぐには意味を全部わからないかもしれません。それでも、春の空に泳ぐ鯉の姿と、大人のやさしい声は、心のどこかに残ります。いつか少し大きくなって、上手くいかない日に空を見上げた時、「あの魚、のぼる魚だったな」と思い出してくれたら、それだけで十分です。
鯉のぼりの冒険は、空の上だけで起きているのではありません。子どもの毎日にも、大人の毎日にも、ちょっとした滝上りはあります。風を受けながら、少し膨らんで、少し揺れながら進む。その姿を見ていると、今日の小さな一歩にも拍手を送りたくなります。
第4章…高齢者レクリエーションで鯉のぼりが笑顔を運ぶ日
鯉のぼりは、子どものためだけの飾りと思われがちです。けれど、高齢者施設の食堂や談話室にフワリと飾ると、空気が思った以上に変わります。いつものテーブル、いつもの椅子、いつものお茶の時間に、色とりどりの鯉が加わるだけで、「ああ、もうそんな季節か」と誰かが声をこぼします。
そのひと言が、レクリエーション(楽しみながら心や体を動かす活動)の始まりです。
鯉のぼり作りは、手先を使う制作活動としても取り入れやすい行事です。折り紙を貼る、うろこを描く、色を選ぶ、糊をつける、飾る場所を決める。作業を細かく分けると、手が動きにくい方も、見守り中心の方も、それぞれの形で参加しやすくなります。全員が同じ完成度を目指さなくても大丈夫です。むしろ、少しずつ違う鯉が並ぶから、部屋に表情が生まれます。
「この鯉、太り過ぎちゃうか?」
「いやいや、よう食べて元気な証拠です」
そんな会話が出たら、もう和気藹々です。職員が一生懸命に盛り上げようとしなくても、作品の方から話題を連れてきてくれます。ありがたいですね。司会者の胃にもやさしい行事です。
高齢者の中には、昔の大きな鯉のぼりを覚えている方もいます。庭に立てた竿、風の強い日の音、子どもや孫のために飾った朝、柏餅を買いに行った帰り道。そんな記憶が、目の前の紙の鯉をキッカケにゆっくり浮かんできます。回想法(昔の記憶を語り心を動かす関わり方)としても、鯉のぼりはとても扱いやすい題材です。
大切なのは、正解を聞き出そうとしないことです。「何年のことですか?」「誰のために飾りましたか?」と確認ばかりになると、会話が急に面接のようになります。高齢者施設の談話室で始まる取り調べ。これは少し困ります。そうではなく、「風が吹くと音がしましたか?」「大きい鯉でしたか?」「おいしい物も食べましたか?」と、思い出の扉をそっと押すくらいがちょうど良いのです。
鯉のぼりレクの主役は、完成した飾りではなく、作る途中で生まれる笑顔と会話です。
制作が終わったら、飾り方にもひと工夫できます。壁に貼るだけでなく、天井から少し低めに吊るして、車いすの方にも見えやすくする。窓際に並べて、外の光と一緒に楽しむ。小さな手持ち鯉を作って、座ったままゆっくり振ってもらう。動きが入ると、眺める行事から参加する行事へ変わります。
ただし、安全面は丁寧に整えたいところです。紐が長過ぎると引っかかることがありますし、細かい飾りは床に落ちると転倒の原因になります。糊やハサミを使う時は、職員がさりげなく手元に寄り添うと安心です。安全確認(事故を防ぐために先に危ない所を見ること)は地味ですが、行事を笑顔で終えるための縁の下の力持ちです。
鯉のぼりの良さは、子どもとの交流にも繋げやすいことです。保育園や家族面会の時間に、小さな子が作った鯉を持ってくるだけで、場がパッと明るくなります。高齢者が「上手やね」と声をかけ、子どもが照れて下を向き、職員がその一瞬を見てこっそり胸を温める。こういう場面は、豪華な道具より心に残ります。
孫やひ孫が来られない場合でも、施設の中で小さな「鯉のぼり発表会」を作れます。1人ずつ作品を紹介する必要はありません。恥ずかしい方もいますから、作品を壁に並べて「春の空ができましたね」と声をかけるだけでも十分です。目立つのが好きな方には少し拍手を、静かに楽しみたい方にはそっと眺める時間を。十人十色の楽しみ方を認めると、行事の空気はやわらかくなります。
さらに、願いごとを添えるのもおすすめです。「元気に過ごせますように」「ご飯がおいしく食べられますように」「家族に会えますように」。中には「おやつが増えますように」と書く方もいるかもしれません。願いは自由です。職員側は少しだけドキッとしますが、それも立派な本音です。おやつ会議、開催の気配です。
鯉のぼりは、上を向くキッカケをくれる行事です。高齢者施設の毎日は、どうしても食事、入浴、排泄、服薬など、必要な支援が中心になりやすいものです。そこに季節の飾りや制作活動が入ると、「今日を過ごす」だけではなく、「今の季節を味わう」時間が生まれます。
豪華なイベントでなくても構いません。紙の鯉が数匹、窓辺で揺れているだけでも、誰かの心に春風が届きます。子どもの成長を願う鯉のぼりは、高齢者にとっても「今日も元気でいてくださいね」というやさしい合図になります。
空を泳ぐ鯉は、施設の中でもちゃんと泳げます。風がなくても、会話があれば泳ぎます。笑顔があれば、もっとゆったり泳ぎます。そんな春の時間を、今年の子どもの日には、みんなで少し分け合ってみたいものです。
[広告]まとめ…鯉のぼりは世代を越えて「元気でいてね」を届けてくれる
鯉のぼりは、春の空にただ泳いでいるだけの飾りではありません。子どもには「大きくなあれ」という願いを、高齢者には懐かしい季節の記憶を、家族には言葉にしにくい思いやりを届けてくれる存在です。
黒い鯉、赤い鯉、小さな青い鯉。色も大きさも違うのに、風を受けるとみんな同じ空で泳ぎ出します。その姿は、家族の形にも少し似ています。年齢も立場も歩いてきた道も違うけれど、同じ時間を見上げるだけで、心の向きがフワッと揃うことがあります。
子どもの日だから子どもだけのもの、高齢者レクリエーションだから高齢者だけのもの。そんなふうに分けてしまうのは、少しもったいない気がします。鯉のぼりは、子どもの成長を願う行事であり、昔を語るキッカケであり、施設や家庭に笑顔満開の風を運ぶ春の合図でもあります。
立派な竿がなくても、庭がなくても、手作りの紙の鯉で十分です。うろこが少し曲がっていても、しっぽが自由な方向を向いていても、それはそれで味わいがあります。むしろ、人の手が入った鯉ほど、見た人の心に残ります。完璧すぎる鯉より、ちょっと不器用な鯉の方が、話しかけやすいものです。鯉にも親近感、必要です。
鯉のぼりが運んでくれるのは、子どもの未来と、高齢者の思い出と、今を一緒に笑う家族の時間です。
無病息災や家内安全を願う気持ちは、難しい言葉にしなくても伝わります。「元気でいてね」「また来年も一緒に見ようね」「今日は楽しかったね」そんな短いひと言が、春風に乗って誰かの胸に届きます。
鯉のぼりが空を泳ぐ季節には、少しだけ上を向いてみましょう。青空でも、曇り空でも、室内の壁飾りでも構いません。そこに誰かを思う気持ちがあれば、鯉はちゃんと泳ぎます。今年の5月5日も、子どもと高齢者と家族の間に、やさしい風が吹きますように。
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