母の日は笑顔をそっと待つ~高齢者施設でありがとうと選べる時間を育てるレクリエーション~

[ 介護現場の流儀 ]

はじめに…カーネーションより先にその人の今日の気持ちを見てみよう

5月の朝、高齢者施設のフロアに赤や桃色の花が並ぶと、いつもの空気が少しだけ華やぎます。「今日は母の日ですよ」と声をかければ、嬉しそうに笑う方もいれば、静かに窓の外を見る方もいます。

母の日には、子育ての日々を懐かしく思う人がいます。その一方で、母との別れ、子どもに会えない寂しさ、母にならなかった人生など、胸の内にさまざまな思いを抱える人もいます。お祝いの言葉が、誰にでも同じ温度で届くとは限りません。

そこで大切になるのが、花や贈り物を急いで渡すことより、目の前の表情をそっと見ることです。話したそうなら隣に座り、眺めていたいなら花を近くに置き、参加を迷っているなら「見るだけでもどうぞ」と伝える。そんな臨機応変な関わりが、和顔愛語(穏やかな表情と優しい言葉)の時間を育てます。

母の日の主役は行事そのものではなく、その人が心地よく過ごせる今日のひと時です。

もちろん職員としては、飾り、カード、おやつ、音楽まで準備すると、頭の中がちょっとした文化祭になります。「カーネーションはどこ?」「冷蔵庫です」「花まで冷やしたの?」……おやつの飾りでした。忙しい日ほど、こんな小さな笑いが救いになります。

盛大に感動してもらわなくても構いません。「綺麗ね」「懐かしいね」「もう1つ食べてもいい?」という声が生まれれば、それだけで十分です。笑う人も、語る人も、静かに過ごす人も置いていかない母の日なら、フロアには穏やかな和気藹々が広がっていきます。

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第1章…「お母さん」だけを主役にしない~誰も置いていかない母の日の空気作り~

母の日のレクリエーションは、全員を「お母さん」として祝うより、それぞれが心地良い形で5月の行事に触れられる時間にすると、グッと優しくなります。

子どもを育てた方、仕事や家族を支えてきた方、母との思い出を大切にしている方。男性の利用者さんにも、妻や母を懐かしく思う日になるでしょう。一方で、家族と会えない寂しさや、大切な人を見送った記憶が甦る方もいます。母の日に抱く気持ちは十人十色です。

そこで、朝の挨拶を「お母さんの皆さん、おめでとうございます」と限定せず、「今日は母の日ですね。大切な人を思ったり、ご自分を労ったりしながら、ゆっくり楽しみましょう」と広げてみます。これなら、祝われたい人も、誰かに感謝したい人も、静かに過ごしたい人も、その場にいられます。

母の日は、「お母さん」を集める日ではなく、それぞれの人生を大切に扱う日です。

カーネーションも、全員の胸元へ次々に装着する必要はありません。手に持つ、花瓶へ生ける、少し離れて眺める、受け取らない。選択肢があるだけで、行事は押しつけではなくなります。「赤と桃色、どちらが好きですか」と聞けば、「花よりおまんじゅうが好き」と返ってくることも。はい、母の日の主役争いに、早くも甘味が参戦しました。

参加の形も同じです。歌う人、拍手する人、職員との会話を楽しむ人、途中で居室へ戻る人がいて構いません。全員が同じ動きをするより、「私はこれなら楽しめる」と思える余白を用意した方が、自然な和気藹々が生まれます。季節の行事は、盛り上がりを競う催しではなく、暮らしの中へ時間の目印を置く営みでもあるのです。

そして、職員が気をつけたいのは、笑顔を急がせないことです。懐かしい話をして涙ぐむ方に、「折角の日だから笑って」と声を重ねる必要はありません。隣に座り、「思い出されたのですね」と受け止めるだけで十分です。嬉しさも寂しさも、その人が大切に生きてきた証しだからです。

「笑う門には福来る」とは言いますが、笑顔は無理に開ける門ではありません。入り口を整え、ゆっくり待っていると、フッと開く瞬間があります。その小さな表情を見逃さない母の日なら、誰も置いていかない優しい1日になります。


第2章…貼る・選ぶ・眺めるで立派な参加~手仕事を笑顔に変える小さな工夫~

テーブルに色紙やリボンが並ぶと、「私には無理よ」と早々に手を引く方がいます。ところが、「この桃色と赤、どちらが綺麗ですか?」と尋ねると、スッと指が伸びることがあります。作るのは難しくても、選ぶことならできる。そこから母の日の手仕事が始まります。

高齢者施設の工作は、全員が同じ完成品を作る必要はありません。花びらを1枚貼る、カードの色を選ぶ、職員が書いた言葉を読み上げる。上肢機能(腕や手を動かす力)に不安がある方は、出来上がっていく様子を眺めるだけでも十分です。

手仕事への参加は、完成品を作ることではなく、その時間に自分の役割を持てることです。

役割を細かく分けると、創意工夫が広がります。紙を押さえる人、テープを渡す人、花の並びを決める人。「少し右が良いわ」「その色は派手じゃない?」と声が飛び始めれば、いつの間にか小さな制作会議です。職員が決めた通りに進めるより、利用者さんの好みが入った方が、作品にはその場らしい表情が生まれます。

ただし、道具は安全第一です。ハサミを使う方には握りやすさや手の動きを確かめ、細かな作業が難しい場合は、大きめの花弁や剥がしやすいシールを用意します。糊を使うなら、出し過ぎないよう小皿へ分けておくと安心です。もっとも、慎重に準備した日に限って、職員の袖だけが豪快に貼りつくことがあります。「作品より私が完成しそうです」と自分でツッコめば、張りつめた空気もフッと緩みます。

手が思うように動かない方へ、職員が先回りして全部してしまうと、綺麗には仕上がりますが、ご本人の出番が消えてしまいます。少し待つ、やり方を尋ねる、必要なところだけ手を添える。そんな試行錯誤の中に、その人らしさを守る支援があります。

出来上がったカードや花飾りは、壁に並べるだけでなく、本人に飾る場所を選んでもらうのも楽しい方法です。居室の棚、食堂の窓辺、いつも座る椅子の近く。少しくらい傾いていても、それも立派な味わいです。見事にまっすぐ直した直後、「こっちの方が良い」と元へ戻されることもあります。職員の美的感覚、本日も静かに敗北です。

貼る人も、選ぶ人も、眺めながら笑う人もいる。そんな自由な参加が重なると、手仕事は作品作りを越えて、会話と役割が行き交う時間になります。

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第3章…香りと味が思い出を連れてくる~おやつとお茶で楽しむ優しい回想時間~

午後のフロアに、温かいお茶の香りが漂います。そこへ小さなおまんじゅうや、桃色を添えたゼリーが運ばれてくると、さっきまでテレビを眺めていた方の目が、スッとお盆へ向きます。

「今日は何の日だったかしら?」

そう尋ねながらも、手は既にお菓子へ向かっている。行事名よりおやつが先に届く日もありますが、それで良いのです。花より団子とは、昔の人もよく分かっておられます。

母の日のおやつ時間は、豪華さを競う必要がありません。いつものお菓子に小さな紙飾りを添えたり、器を明るい色に替えたりするだけでも、特別感は生まれます。大切なのは、食べる方の嚥下機能(食べ物や飲み物を安全に飲み込む力)や食事制限に合わせて、安心して楽しめる形を選ぶことです。

ひと口の味は、忘れていた景色や大切な人の声まで、そっと連れてくることがあります。

あんこの甘さから、おはぎを丸めた台所を思い出す方がいます。紅茶の香りから、子どもが学校へ行った後の静かなひと休みを語る方もいるでしょう。「昔は砂糖を2杯入れていたのよ」と笑えば、隣の方が「私は3杯」と張り合う。健康の話はいったん横へ置き、思い出の甘さ比べが始まります。

こうした会話は、回想法(昔の出来事を語り、安心や交流に繋げる関わり)にもなります。ただし、職員が質問攻めにする必要はありません。「どなたと食べましたか?」「どんなお母様でしたか?」と話を掘り進めると、楽しい記憶だけでなく、寂しさまで急に顔を出すことがあります。

「懐かしい味ですね」

そのくらいの声かけから始め、話したい方の言葉をゆっくり待ちます。語らない方には、お茶の温度や器の手触りを楽しんでもらえば十分です。母の日の過ごし方も千差万別。沈黙まで埋めようとしない心配りが、穏やかな時間を守ります。

お茶は1種類に決めず、選べる範囲で緑茶、ほうじ茶、紅茶などを用意すると、好みの話も広がります。「何でも良い」と言っていた方が、ほうじ茶を見るなり「それ」と即決することもあります。何でも良くはなかったようです。人生の先輩の「何でも良い」は、なかなか奥が深い。

お代わりが難しい場合でも、「もう少し飲みますか」と一度尋ねるだけで、大切に扱われている安心感が生まれます。食べる量より、選べたこと、尋ねてもらえたこと、誰かと味わえたことが心に残るのです。

甘い香りの中で笑い声が一つ増え、昔話が一つこぼれる。おやつとお茶が作る小さな団欒は、母の日を無理なく温めてくれます。


第4章…贈り物より心地良い選択肢~職員の気配りで包む母の日の過ごし方~

母の日の準備が始まると、職員の頭には次々と案が浮かびます。花を渡そう、写真を撮ろう、カードを読んでもらおう。喜ぶ顔を思い浮かべるほど、予定表は少しずつにぎやかになります。

けれども、利用者さんにとって心地良い一日は、催しの数だけで決まるものではありません。人前で祝われるのが嬉しい方もいれば、注目されると落ち着かない方もいます。写真を残したい方、今日は撮られたくない方、家族の話をしたい方、胸の中へ静かにしまっておきたい方もいます。

そこで役立つのが、選べる声かけです。

「花をお部屋に飾りますか?それとも、こちらで一緒に眺めますか?」

「写真を撮ってもよろしいですか?」

「皆さんと過ごしますか?少し休んでから来られますか?」

選択肢は多過ぎなくて構いません。二つほど示し、返事を急がず待つだけでも、自分で決められる時間になります。自己決定(自分の望むことを自分で選ぶこと)を守る姿勢は、行事の日にも欠かせません。

贈り物の価値は、何を渡したかより、その人の気持ちを置き去りにしなかったかで決まります。

職員の気配りは、目立たない場所にも宿ります。疲れやすい方の席を出入り口の近くにする。耳が聞こえにくい方には、音楽の音量ではなく職員との距離を調整する。車いすの方が花を見やすい高さへ飾りを下げる。食事前におやつを詰め込み過ぎないよう、提供時間も考えておく。

こうした用意は、用意周到でありながら臨機応変です。当日の体調や表情を見て、予定を少し減らす判断も立派な支援になります。折角、準備したからと全部実行すると、午後には利用者さんより職員の方が達成感で輝いていることもあります。主役、いつの間に交代したのでしょう。

プレゼントを渡す場面でも、全員を同じ流れに乗せなくて大丈夫です。名前を呼ばれて受け取りたい方には拍手を添え、静かに受け取りたい方には席まで届けます。男性の利用者さんには、「大切な方へ贈りたい言葉はありますか?」と尋ねる方法もあります。母の日を、女性だけの催しに閉じ込めない工夫です。

家族から何も届かない方への配慮も忘れたくありません。荷物や面会の有無が周囲から分かり過ぎないよう、贈り物の紹介は控えめにします。家族との関係には、それぞれの事情があります。職員が善意で「ご家族は来られないのですか?」と尋ねた一言が、胸の痛みに触れることもあるからです。

言葉をたくさん重ねなくても、「今日はゆっくりしてくださいね」「その服、とてもお似合いです」といった日常の声かけが、心へ穏やかに届きます。髪を整える、膝掛けを掛け直す、好みのお茶を覚えておく。そんな見えにくい贈り物が、安心できる一日を支えます。

盛り上がる方にも、静かに過ごす方にも居場所がある。参加する自由と断る自由の両方が守られている。そんな母の日なら、華やかな催しが終わった後にも、心地良さがそっと残ります。

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まとめ…母の日の余韻をいつもの暮らしへ~「ありがとう」が明日の会話を咲かせる~

母の日の飾りを片づけた翌朝、フロアはいつもの景色へ戻ります。それでも、「昨日のお菓子、美味しかったね」「あの花、部屋に飾ってあるよ」と会話が続けば、行事の時間はまだ終わっていません。

花を受け取ったことより、自分で色を選べたこと。立派な作品を作ったことより、隣の人と笑えたこと。大勢の前で祝われたことより、職員がそっと好みのお茶を用意してくれたこと。心に残るのは、そんな小さな出来事かもしれません。

母の日に生まれた優しさは、翌日からの声かけや暮らしの中で育ててこそ、本当の贈り物になります。

「昨日は楽しそうでしたね」と声をかける。「桃色がお好きなのですね」と覚えておく。家族の話をした方には無理のない範囲で続きを聞き、静かに過ごした方には、いつも通りの落ち着いた時間を届ける。一期一会の行事で見つけた表情や好みが、日々のケアを少し豊かにしてくれます。

もちろん、全てが計画通りに進むとは限りません。写真を撮ろうとした瞬間に目を閉じる方、おやつを出した途端に「夕飯はまだ?」と尋ねる方もいます。職員の段取り表だけが完璧で、現場は自由奔放。けれど、その予想外こそ施設らしい味わいです。

誰かを同じ形で祝うのではなく、それぞれの気持ちに合う過ごし方を用意する。笑顔も涙も沈黙も受け止められる1日なら、「ありがとう」は言葉だけでなく、空気や眼差しの中にも宿ります。

カーネーションがなくても、豪華な催しがなくても構いません。今日より少し会話が増え、明日の居心地が少し良くなる。そんな母の日が、施設の暮らしに優しい余韻を残してくれるでしょう。

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今日も閲覧ありがとうございましたm(__)m


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