高級レストラン飯でも『まずい』は起きる?~施設ご飯飽き対策の大作戦~
目次
はじめに…「まずい」の犯人はたいてい味じゃなくて“毎日”説
高齢者施設のご飯って、実はそんなに悪くない。むしろ「え、普通に美味しいけど?」と思うこと、ありますよね。栄養も考えられていて、温かいものは温かく、軟らかさも調整され、彩りだって頑張っている。作る側も本気です。毎日、時間と段取りと体力を削って「今日も食べてもらうぞ」と戦っているわけです。
なのに、何故か聞こえてくる不思議な言葉。「まずい」。しかも、真正面から言う人ばかりではありません。「うん、有り難いねぇ」と微笑みつつ、箸が止まる。残る。目が泳ぐ。会話が起きない。これはもう、料理に対するクレームというより、食卓の“空気”に対する小さな悲鳴かもしれません。
ここで大事なのは、「味」だけを犯人扱いしないことです。実は施設の食事で起きがちな『まずい』の正体は、味そのものより“毎日”の方に潜んでいます。どんな名店の味でも、朝昼晩、365日ぶっ通しで出てきたら、人は慣れます。慣れは怖い。慣れは、感動を静かに薄めていく。美味しさの感動が減っていくと、人は「味が落ちた」と感じやすくなるんですね。料理は同じでも、受け取る側の心の温度が変わると、味の評価も変わってしまうのです。
しかも高齢者施設の食事は、ただの栄養補給ではありません。1日の中で確実に訪れる「楽しみの時間」であり、体調や気分を立て直す“節目”でもあります。だからこそ、期待してしまう。期待するからこそ、ちょっとでも「いつも通り」に見えると、がっかりしやすい。これが、施設の食卓で起こる“美味しさの摩耗”です。私はこれを勝手に「神メシ渋滞現象」と呼んでいます。神メシでも毎日だと、有難味が渋滞して前に進まないんです。
今回の記事では、「高級レストラン併設でも起きる失速」を題材にしながら、何故、施設では『まずい』が生まれやすいのかを、出来るだけ優しく、でも現場目線で掘っていきます。さらに後半では、食事を“当たり前の供給”から“選べる楽しみ”へ変えるためのアイデアも盛り込みます。難しい理論より、明日からの食卓に使える小さな工夫を中心に。「完食してもらう」だけで終わらず、「食卓で笑ってもらう」まで届くように、一緒に考えていきましょう。
[広告]第1章…レストラン併設でも失速する!?~同じ神メシが毎日だと神が渋滞する~
近年、ちょっと羽振りのいい高齢者施設が増えてきました。「施設にレストランを併設しました!」という、聞くだけで胃袋が拍手するタイプのやつです。しかもそのレストラン、入居者さん専用ではなく一般のお客さんも入れる仕様。地域の人も来てくれる。お孫さんと一緒に“外食気分”も味わえる。これはもう、企画書の段階では拍手喝采、理事長の眉間もツヤツヤです。
開園してみると、予想通り。入居はすぐ満床。レストランも「本日満席」の札が似合う日々。スタッフも忙しいけど表情は明るい。厨房は戦場、ホールは祭り。理事長は「勝ったな」と言わんばかりに、コーヒーをゆっくり混ぜ始めます。ええ、ここまでは完璧です。人生、そんなに甘くないことを忘れさえしなければ。
ところが数か月、半年、1年…と時間が進むにつれ、空気が変わってきます。売り上げが頭打ち。レストランの客足もじわじわ鈍る。施設側も「ご飯が楽しみ!」と言っていた声が減る。新メニューを投入する、季節イベントも打つ、見た目も頑張る。それでも何故か、下降線が止まらない。「味は良いはずなのに、何が悪いんだ…」と、理事長の眉間が再び集合し始めます。
ここで面白い(いや、現場は笑えない)現象が起きます。同じレストランで作った食事なのに、入居の方からは「まずい」が出やすい。一方で、施設の一角にあるデイサービス、例えば運動訓練特化型のデイセンターでは、同じ食事が「美味しかったよ!」と好評だったりするんです。え、料理が瞬間移動中に劣化した? 皿が呪われた? 料理人が入居者さんだけに塩を多めに…そんなホラーはやめましょう。
答えは割りとシンプルです。味の差じゃなく、「頻度の差」。つまり、同じ高水準でも“毎日”になると飽きる。これは高齢者さんに限りません。人間は、どんなに良いものでも「いつでもある」と思った瞬間から、有難味が薄れてしまいます。これが、私の言う「神メシ渋滞現象」です。神メシでも、毎日3回、ずっと続くと、感動が渋滞して前に進まないんですね。
デイサービスの方にとって、その食事は「たまに出会うご馳走」になりやすい。外出した日の特別感、運動した後の空腹、同席する仲間との会話、職員の声掛け、帰宅前の節目。いろんな“美味しくなる条件”が揃っています。対して入居の方にとっては、同じ場所、同じ席、同じ時間、同じ流れになりやすい。すると、料理がどれだけ頑張っていても、食卓が「イベント」ではなく「日課」になっていきます。日課は悪者じゃないけれど、日課だけだと心が眠くなるんです。
さらに厄介なのは、施設の食事が「比較されやすい」ことです。退所された方が家族や友人にふと漏らす一言、「あそこはご飯がねぇ…」。この一言は、だいたい本人の“味覚”だけでなく、“生活のしんどさ”や“飽き”や“寂しさ”も混ざっています。でも聞く側は、料理の評価として受け取ってしまう。するとレストランの来客が減り、施設全体の空気も重くなり、スタッフも余裕を失い…と、味とは別の場所で負の連鎖が起きることがあります。
つまり、レストラン併設という仕組み自体が悪いわけではありません。むしろ夢があります。ただし、夢のまま走り続けるには「毎日食べる人の気持ち」を真ん中に置いた工夫が必要です。味のクオリティーを上げるだけでは足りない。食べる側が“自分の食事だ”と感じられる仕掛け、飽きが来た時に逃げ道がある仕掛け、会話が生まれる仕掛け。そういうものがないと、神メシが渋滞してしまうんですね。
この章では、レストラン併設でも『まずい』が生まれ得る理由を、敢えて料理のせいにせずに見てきました。次の章では、食事が高齢者さんにとってどれほど大きな「楽しみの時間」なのか、そしてその楽しみが薄れていくと何が起きるのかを、もう少し食卓の空気に寄って考えていきましょう。
第2章…食事は1日3回のイベントだ!~なのに「期待の貯金」が底をつく話~
施設の食事って、ただの「栄養補給」だと思われがちですが、実はぜんぜん違います。高齢者さんにとっては、1日の中で確実に訪れる“イベント”です。朝は「今日が始まる合図」、昼は「本日のメインステージ」、夜は「1日が終わる締め括り」。ここに楽しみがあるかどうかで、生活全体の色が変わってしまうことすらあります。
例えば、外出が減って、趣味の集まりも減って、季節の行事も縮小されがちな時期。そんな時に毎日必ずやってくる食事は、まさに「固定開催のフェス」です。チケット不要。雨天決行。開演時間もほぼ正確。施設の中でこれだけ安定している催し、なかなかありません。だからこそ、期待されます。され過ぎることもあります。
作る側の気持ちも本気です。調理員さんにとっては、朝昼晩、人数分を安全に、決まった時間に、食形態も配慮して出す。これだけで十分、職人芸です。しかも施設では「味だけで勝負」ではなく、嚥下や栄養、塩分、水分、アレルギー、疾患、個別対応…と、見えない条件が多い。つまり、普通の飲食店より“縛りプレイ”が多いのに、それでも「美味しく作る」を諦めない。これはもう、毎日が料理バトル漫画です。主人公は調理場、敵は時間、ラスボスは人手不足。勝ったり負けたりしながら、とにかく今日も出す。
ところが、その渾身の食事が、何故か「まずい」と言われてしまう。ここで、食べる側と作る側の気持ちが、すれ違い始めます。
高齢者さんが「まずい」と感じる理由は、実は味覚だけでは説明できません。1つは、前の章の通り“慣れ”です。人は同じ水準が続くと、だんだん感動しなくなります。これは贅沢ではなく、人間の仕組みです。幸せって、慣れるんです。慣れてしまうと、同じものが続くほど「今日も同じか…」という気分が生まれます。これが、私の言う「期待の貯金が底をつく」状態です。
最初のころは、入居して間もない時期は、「施設のご飯って意外とちゃんとしてるね」と思いやすい。ところが数か月、半年と経つうちに、本人の中で食事が“新鮮な出来事”から“当然のルーティン”へと変わります。すると、ほんの少しのズレが目につきやすくなる。ご飯がいつもより軟らかい、味が薄い、盛り付けが昨日と似ている、好きな食材が続いた、苦手な食材がまた来た。そういう小さな違和感が積もって、「全体としてまずい」と感じてしまうことがあります。
そしてもう1つ、見落とされがちなのが「食卓の空気」です。味は口で感じますが、満足は空気で感じます。隣の人と笑った、誰かが一言ポツリと褒めた、職員さんが冗談を言った、季節の話が出た、昔の思い出話で盛り上がった。こういう“会話の調味料”があると、味の評価は上がりやすい。逆に、静か過ぎる食堂、流れるのは食器の音と職員さんの業務連絡だけ。こうなると、食事は「楽しみ」ではなく「作業」になりやすいんです。
特養などでは特に、食事中の会話が少なくなりがちです。認知症の症状や聴力の低下、遠慮、疲労、飲み込みへの集中。理由はいろいろあります。でも会話が消えると、食事は“味だけが評価対象”になってしまう。つまり、料理が背負う荷物が重くなるんです。本来は、味と雰囲気と人の関わりが一緒になって「美味しい」なのに、味だけで勝負させられてしまう。これは調理側にとっても酷ですし、食べる側にとっても損です。
さらに、好き嫌いの問題もあります。施設の食事は「皆が食べられる」方向へ寄せるので、尖った味になり難い。ところが人によっては、尖った味が“生きてきた味”だったりします。毎朝の納豆、梅干し、濃いめの佃煮、甘い卵焼き、焼き魚の焦げ目、味噌の香り。そういう家庭の味が、その人の“安心”を作っていた場合、標準化された食事が続くほど、心が寂しくなることがあります。すると「まずい」という言葉に変換されやすい。ほんとは「飽きた」「寂しい」「選びたい」「自分の味が欲しい」なのに、それを一言で言うなら「まずい」になってしまうわけです。
こうして見ると、施設の食事問題は、料理人さんの腕前だけの勝負ではありません。食事はイベントであり、生活の中心であり、心の燃料でもある。だからこそ、期待が大きく、慣れが生まれ、空気が味を左右する。ここが施設ご飯の難しさであり、同時に“伸び代”でもあります。
次の章では、この伸び代に踏み込みます。味のクオリティーを上げる話ではなく、「飽き」を前提にした仕掛けをどう作るか。選べる要素、ちょい足しの自由、たまに外から来る刺激、甘い楽しみの使い方。食事を“毎日の作業”から“自分ごと”へ戻すアイデアを、現実的に、でもちょっとワクワクする方向で考えていきましょう。
第3章…飽き対策メニュー会議!~選べる小鉢・薬味バー・テイクアウト・お取り寄せで逆転~
さて、ここからは作戦会議です。前の章までで分かったのは、「施設のご飯がまずい」と言われる原因が、料理人さんの腕前だけじゃないということでした。むしろ“毎日”という最強の敵が、ジワジワと感動を削っていく。ならば戦い方を変えましょう。味をさらに上げて殴り合うのではなく、飽きが来ることを前提に「逃げ道」と「選べる楽しみ」を用意する。これが施設ご飯の勝ち筋です。
ここで登場するのが、理事長と事務長の「食堂作戦会議」。理事長は言います。「うちはレストラン併設だぞ。勝てない相手など…」事務長は静かに返します。「理事長、相手は“毎日”です。毎日は強いです。」理事長は黙ってコーヒーを置きました。負けを認める勇気、そこから改革が始まります。
「月間メニュー表」を辞めると心が軽くなる場合がある
施設ではよく、月間メニューや週間メニューを配りますよね。あれは本来、安心と楽しみを作るためのものです。ところが、人によっては逆効果になります。「来週の火曜、またあれか…」「金曜、魚の日が続くな…」と、未来のがっかりを先取りしてしまう。まだ食べてもいないのに、気持ちが沈む。これはもったいない。
じゃあどうするか。メニューを隠してサプライズにするというより、「知らせ方」を変えるのが現実的です。例えば“先の予定表”よりも、“振り返りの嬉しい紙”にする。つまり「この1週間であなたが食べたものの栄養バランスはこうでした、よく食べられていて素晴らしいです」と、コメント付きの小さな通信簿みたいにするんです。食事が「評価される」のではなく、「労われる」紙です。食事量、栄養量、カロリーの記録を高齢者さん個人にコメント付きで戻すわけ。高齢者さんは、褒められると強い。ほんとに強い。食べることが自信に繋がると、味の感じ方まで変わることがあります。
1品だけでいい~「選べる自由」が食卓を急に明るくする~
施設の献立は全員同じになりやすい。大量調理では当然です。でも、全部を個別対応するのは現実的に難しい。だからこそ、全部じゃなくて良いんです。「1品だけ自由」。この破壊力がすごい。
例えばメインのお膳は同じでも、小鉢だけは選べる。納豆、冷ややっこ、卵豆腐、ひじき、かぼちゃ、切干大根、フルーツ、ヨーグルト。あるいは季節の小さな一品。選ぶ瞬間に会話が生まれます。「今日は何にする?」「それ良いねぇ」「昔それ毎日食べてたよ」。味の前に、まず気持ちが動く。ここが大事です。
高齢者さんの食事って、実は“舌”よりも“記憶”で食べている部分が大きいんです。生活歴に根っこがある。「毎食納豆」「梅干しがないと始まらない」「干物が好き」「りんご入りポテトサラダこそ正義」みたいな、その人の“当たり前の味”がある。そこに1ミリ触れられると、満足度がグッと上がります。
「薬味バー」って言うとオシャレだけどやってることは“ご飯の友”です
薬味バー。言葉だけ聞くと、急にホテルの朝食ビュッフェ感が出ますが、正体は「ご飯の友コーナー」です。味付け海苔、梅びしお、昆布の佃煮、ふりかけ、らっきょう、塩辛、もずく、鰹節、刻みネギ、ゆず胡椒風の香りだけ…など、施設の形態に合わせて安全に出来る範囲で。
これの良いところは、「同じ献立でも味の景色が変わる」ことです。毎日同じ道を歩いても、花が一輪咲いてたら気分が変わるじゃないですか。あれと同じです。しかも、ご飯の友は“家庭の象徴”でもあるので、「家の味」に直結しやすい。さらに強いのは、量が少なくても満足しやすい点です。小さな変化で大きく変わった気がする。コスパの話はここではしませんが、現場としては助かるところも多いはずです。
たまにでいい~「テイクアウトの日」は食卓に風を入れる~
毎日を変えるのは難しい。だから、週に1回、あるいは月に2回でも良い。「外の風」を入れる日を作る。これがテイクアウトの日です。施設が近隣のお店と連携できればベストですが、難しくても“選べる体験”を作るだけで価値があります。
高齢者さんに、いくつかの候補から選んでもらう。うどん、おにぎり、サンドイッチ、やわらかい惣菜パン、丼物の具を刻んだもの…形態はもちろん配慮が必要ですが、「今日は外から来る」というだけで気分が変わります。選んだ物を食べた後、「どうだった?」と話題にもなる。食卓が“出来事”になるんです。
さらにテイクアウトは、嗜好の観察にもなります。濃い味を選ぶ方が多いなら、普段の味付けの調整のヒントになる。量を求める方が多いなら、ボリューム感の演出を工夫できる。逆に、さっぱりが選ばれる日が続くなら、季節や体調の影響かもしれない。つまり、これは“楽しい調査”でもあります。高齢者さんを実験台にするのではなく、一緒に食卓を作る仲間として、好みを教えてもらう。これが理想です。
全国お取り寄せスイーツデーは正義~だが近所の甘味も守りたい~
最後に、スイーツ。スイーツは強いです。誰にでも刺さるとは言いませんが、刺さる人には生活を支えるレベルで刺さります。お取り寄せのケーキ、プリン、どら焼き、カステラ、地域の銘菓。たまに来る非日常の甘さは、食事の評価まで引っ張り上げることがあります。「あそこの施設、甘い日があるらしいよ」という噂は、何故か広がりが早い。甘いものの情報網、侮れません。
ただ、ここで大事にしたいのは「近所のスーパーの甘味」も同じくらい尊いことです。羊羹、最中、昔ながらのビスケット、クリームサンド、袋の甘納豆。派手じゃないけど、食歴に刺さるのはむしろこっちだったりします。高齢になって買い物の自由が減ると、「いつも買ってたやつ」が遠くなる。その距離が寂しさになります。だから“特別”と“馴染み”の両方を、ちゃんと食卓に残してあげたいんです。
こうして見ると、飽き対策の本質は「料理を変える」だけではありません。「選べる」「語れる」「思い出せる」「たまに外の風が入る」。この4つが揃うと、食卓は急に元気になります。次の章では、これらを単発イベントで終わらせず、施設として回り続ける仕組みにする方法を考えます。食歴を活かす“食のカルテ”、参加型の食卓、会話が生まれる小さな演出。神メシ渋滞を解消して、もう一度“食事のワクワク”を動かしていきましょう。
第4章…仕組みで勝つ!~食歴カルテと“参加型ご飯”で「美味しい会話」を取り戻す~
第3章で、食卓に“風”を入れるアイデアをいくつも出しました。選べる小鉢、薬味の自由、テイクアウト、お取り寄せスイーツ。どれも強い。だけど、施設の現場はこう言います。「良いのは分かる。けど毎回、担当者の気合いで回すのは無理だ」と。そうなんです。気合いは尊いけど、気合いだけで回る仕組みは、だいたい年度末に息切れします。だから最終章は、“仕組みで勝つ”です。誰が担当でも、忙しい日でも、食卓の楽しみが消え難い形にしていきましょう。
「食歴カルテ」は料理のためじゃなくて会話のために作る
まず提案したいのが、食歴カルテです。といっても、医療みたいに難しいものではありません。「この人は何が好きで、どんな食べ方をすると元気が出るか」をメモして、現場で共有できるようにするだけです。
例えば、同じ“魚”でも、焼き魚が好きな人、煮魚が好きな人、魚は苦手だけど蒲焼なら食べる人、骨が怖い人、魚の匂いで食欲が落ちる人。ここが違うだけで、食事の満足度はガラッと変わります。なのに、日々の忙しさの中では「魚が好き・嫌い」くらいで止まってしまいがち。もったいないんです。
食歴カルテで大事なのは、正確さより“使いやすさ”。そして、職員さんがそれを使って声をかけられることです。「〇〇さん、梅の味が好きでしたよね。今日はこれどうです?」この一言で、その人は“自分を覚えてもらっている”と感じます。味の評価が上がるというより、食卓の安心感が上がる。これが結果的に「美味しい」に繋がります。
理事長がドヤ顔で「カルテ導入!」と言い出した時、事務長は念を押します。「理事長、書類が増えるだけなら、現場に嫌われます。」理事長はすぐ反省して、「じゃあ3行で良い」と言いました。そう、3行で良いんです。好きな味、苦手な食材、気分が上がる一品。後は、食べる時の姿勢や飲み込みで注意が必要なら、それも短く。文章が長いと、誰も読みません。短いメモこそ正義です。
「参加型ごはん」は豪華さより“出番”が大事
次に、“参加型ご飯”です。これは高齢者さんに料理を作ってもらう、という意味ではありません。安全面もありますし、体力もあります。でも「関われる余地」を作ることは出来ます。関わると、食事は急に“自分ごと”になります。
例えば、薬味やご飯の友を自分で選ぶ。小鉢を自分で選ぶ。デザートの候補から投票する。今日の汁物の具を多数決で決める。これだけでも参加です。自分で選んだものは、少しだけ美味しく感じる。人間の脳は単純で可愛いんです。「自分が決めた」ってだけで、満足度が上がります。
さらに、季節の行事食の時にだけ“盛り付けの最後のひと手間”を本人に任せる方法もあります。例えば、刻みのりをかける、胡麻を振る、みかんを1房のせる、ソースを少しだけかける。手が不自由な方には職員が一緒にやる。ほんの数秒でも「参加した」という実感が残ります。食事がイベント化し、会話が生まれます。「上手く出来た」「今日は多めにした」「昔はこうだった」…味より先に、言葉が動き出すんです。
「静かな食堂」を変えるのは料理じゃなくて“合図”かもしれない
特養の食堂でありがちな、あの静けさ。悪いわけではありません。集中して食べる方もいるし、疲れている方もいる。ただ、静けさが“寂しさ”になってしまう瞬間があります。ここを変えるのに必要なのは、派手な司会進行ではなく、小さな合図です。
例えば、食事開始前に「今日の一言」をテーブルごとに置く。内容は子どもだましで十分です。「今日の味噌汁、具は何だと思う?」「冬に食べたくなるものって何?」「昔のお弁当の定番は?」これだけで、隣の人と目が合う理由ができます。会話は理由がないと始まり難いので、理由を置いておくんです。
職員さんの声掛けも、「食べてくださいね」だけだと業務連絡になりがちです。そこに1つだけ“気持ちの言葉”を混ぜる。「今日は香りが良いですよ」「温かいですよ」「これ、お好きでしたよね」。たったこれだけで、食事は“関わりのある時間”になります。料理の評価が上がる前に、生活の評価が上がります。
「改善」が続く施設は勝手に“美味しく”なっていく
最後に大事なのは、完璧を目指さないことです。施設の食事は、条件が多くて当たり前。人手も、予算も、時間も、日によって違う。だからこそ、「たまにでも楽しい」が続く仕組みが強いんです。
食歴カルテで“その人の鍵”を握る。参加型で“出番”を作る。会話の合図で“空気”を温める。これが回り始めると、食事は自然に良くなっていきます。料理そのものを劇的に変えなくても、「食べる人の心の位置」が変わるからです。神メシ渋滞は、神メシを増やしても解消しません。流れを作って、皆の気持ちを動かして、スッと通してあげる。これが施設ご飯の勝ち方だと思います。
次はいよいよまとめです。レストラン併設の事例から始まった話を、現場の食卓に戻して、どうやって笑顔を増やしていくか。最後にもう一度、食事を「完食」だけで終わらせないための視点を、ギュッと1つにして締めましょう。
[広告]まとめ…目指すは「完食」より「笑顔」~食卓が元気の発電所になる日まで~
今回は、レストラン併設という一見“勝ち確”に見える施設ですら、何故か「ご飯がまずい」と言われてしまう不思議を出発点に、施設の食事の本質を探ってきました。結論として見えてきたのは、敵は料理そのものではなく、たいてい「毎日」という最強の存在だということでした。どれだけ腕の良い料理でも、朝昼晩、ずっと続けば人は慣れます。慣れると感動が薄れ、薄れた感動は、いつの間にか「まずい」という短い言葉に変換されてしまう。これが施設ご飯の難しさであり、裏を返せば“やりようがある”という希望でもあります。
作る側の努力は、本当に大きいです。安全、嚥下、栄養、時間、人手、段取り。制約だらけの中で「ちゃんと食べられる」「体が守られる」を成立させるだけでも、毎日が職人芸です。だからこそ、食べる側の「まずい」を、調理員さんの腕前のせいにして終わらせてはいけないと思うのです。あれは味の批評というより、生活の気分や、食卓の空気や、選べなさへの寂しさが混ざったサインであることが多いからです。
そこで大事になるのが、味のクオリティーをさらに上げて殴り合うのではなく、「飽きが来る」ことを前提にした仕組みを持つことでした。選べる小鉢や、ちょい足し出来る“ご飯の友”、たまに外の風を入れるテイクアウトの日、非日常を運んでくるお取り寄せスイーツ。これらは豪華さを競うためではなく、食卓に“変化”と“会話”を起こすための道具です。さらに、食歴カルテのように「この人の好き」を共有し、参加型の仕掛けで「自分で決めた」を増やし、会話の合図で空気を温める。これが回り始めると、食事は自然に“美味しく感じられる方向”へ動いていきます。
最後に、私が現場でいつも思うことを書きます。施設の食事は、完食がゴールではありません。もちろん食べられることは大切。でもそれ以上に、「食卓に笑顔があるか」「その人の生活が今日も少しだけ前向きになったか」が大事だと思うのです。箸が進むのは、味だけの力じゃありません。安心、記憶、会話、選択、期待。そういうものが揃うと、同じ献立でも表情が変わります。
理事長が最後に言いました。「うちのレストランは勝つ。毎日に勝つ!」事務長は静かに返しました。「理事長、“勝つ”じゃなくて、“仲良くする”です。毎日と仲良くなった施設が、一番強いです。」理事長は黙って、薬味バーの前で梅びしおを手に取りました。たぶん、この瞬間から、その施設の食卓は少しずつ変わっていきます。
是非、あなたの施設の食卓も、“神メシ渋滞”をほどいていきましょう。大改革でなくて良いんです。小さな選べる自由、小さな会話のきっかけ、小さな「あなたの好き」を覚える工夫。その積み重ねが、食卓を元気の発電所にしてくれます。食事の時間に、もう一度「今日は楽しみだね」が戻ってくるように。そんな未来を、こっそり本気で応援しています。
今日も閲覧ありがとうございましたm(__)m
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