運動会は1日じゃなくていい!~準備から余韻まで子どもが主役になる新しい行事の育て方~

[ 季節と行事 ]

はじめに…運動会の思い出はゴールテープの前から始まっている

朝の校庭に白線が引かれ、色とりどりの旗が揺れ始める。子どもたちは少し落ち着かず、先生は名簿と時計を交互に確認し、家族はカメラの準備に忙しい。まだ競技は始まっていないのに、もう運動会らしい空気は出来上がっています。

けれど、運動会を丸1日の大行事として完成させようとすると、なかなか大変です。暑さや天候、安全への配慮、先生方の準備、家族の予定。そして子どもたちにも、走るのが得意な子、踊るのが好きな子、大勢の前では緊張する子がいます。全員一斉、盛りだくさん、予定通り――と詰め込むほど、運動会なのに大人の方が先に息切れしそうです。「まだ開会式ですよ」と自分でツッコミたくなることもありそうですね。

そんな時代だからこそ、必要なのは昔ながらの良さを消すことではなく、臨機応変に形を変えることなのでしょう。

運動会は競技をする1日ではなく、子どもたちが準備し、挑戦し、誰かに見てもらい、思い出として持ち帰るところまで続く行事です。

旗を作る子も、走る子も、応援する子も、司会をする子もいる。そんな十人十色の活躍を拾っていけば、ゴールテープだけでは測れない運動会が見えてきます。1日に全部を詰め込まなくても良い。校庭だけにこだわらなくても良い。その年、その場所、その子どもたちに似合う形を選べば、運動会はもっと軽やかに、もっと楽しい行事へ育っていきます。

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第1章…昔ながらを捨てなくていい~変わったのは運動会より子どもを囲む毎日~

赤組と白組に分かれ、入場行進から始まって、かけっこ、玉入れ、綱引き、ダンス、リレー。お昼になれば家族でお弁当を囲み、午後も元気いっぱい――。そんな運動会には、今も残したくなる楽しさがあります。

結論からいえば、昔ながらの運動会そのものが時代遅れになったわけではありません。変わったのは、その形を支えていた周りの条件です。

広い校庭を使える学校もあれば、住宅が近く、音や時間への配慮が欠かせない学校もあります。子どもの人数が少なくて学年だけでは競技を組みにくい地域もあれば、大人数を一度に集めるほど安全管理が難しくなる地域もあるでしょう。

さらに暑さや急な雨も気になります。先生の人数、行事に使える時間、当日に参加できる家族の事情まで重ねていくと、「午前も午後も全部入りで!」という昔ながらの豪華セットは、なかなかの重量級です。予定表を見ただけで、まだ走っていない先生が息切れしそうです。

そして何より、子どもは十人十色です。

走ることが大好きな子がいれば、絵を描くことが得意な子もいます。大きな音にワクワクする子もいれば、人の多さや長時間の活動に疲れやすい子もいる。大勢の前で踊るのは苦手でも、道具を作らせたら驚くほど丁寧な子だっているでしょう。

同じことを全員にさせるより、それぞれが活躍できる入口を増やした方が、運動会はもっと「みんなの行事」になります。

これは競争を無くすという話でも、走ることを辞めるという話でもありません。全力で走りたい子には思い切り走れる場面があって良い。応援が好きなら声や工夫で盛り上げれば良い。制作、司会、音楽、記録といった役割まで視野を広げれば、「運動が得意な子だけの日」から少し景色が変わります。

家族の参加の仕方も同じです。仕事の都合で朝から最後まで見られない人もいれば、遠くで暮らす祖父母もいます。全員が同じ時間に校庭へ集まれることを前提にすると、参加したくても参加できない人が出てきます。天気まで予定表を読んでくれれば助かるのですが、そこまで空は親切ではありません。

そんな時こそ臨機応変です。

入場行進も玉入れも、子どもたちが楽しんでいるなら残せば良い。ただ、「毎年こうしてきたから」という理由だけで丸1日の形まで固定する必要はありません。その年の人数、その日の気候、使える場所、子どもたちの顔を見ながら組み替える。その自由さが、これからの運動会を長く続ける助けになります。

古いものを捨てるのではなく、残したい楽しさを守るために形を柔らかくする。そんな発想なら、昔ながらの運動会と新しい運動会は、きっと同じ校庭で仲良く走れます。


第2章…全部盛りを辞めたら笑顔が増える~「作る・魅せる・味わう」の3段階作戦~

運動会の予定表を見ると、開会式、競技、演技、応援、リレー、閉会式……と、つい豪華に並べたくなります。折角の行事ですから、「これもやりたい」「あれも見せたい」となるのは自然なことです。

ところが、全部を1日に押し込むほど、前日までの準備は膨らみます。先生は道具を運び、子どもは何度も練習し、当日は時間との勝負。開始前から疲労困憊では、折角の晴れ舞台が少しもったいありません。

そこで運動会を「作る日」「魅せる日」「味わう日」の3段階に分けてみます。1回で完成させようとせず、行事そのものに時間の余白を持たせる考え方です。

最初の「作る日」は、単なる練習期間ではありません。

クラスの旗を描く。応援で使う小道具を作る。音楽を選ぶ。司会の言葉を考える。競技名を決める。高学年なら撮影や進行を担当することも出来ます。先生が完成品を渡すより、少しくらい旗の文字が曲がっていても、「これ、私たちが作ったんだよ」と言える方が愛着は育ちます。

準備まで子どもの出番にすると、運動が得意ではない子にも活躍の場所が出来ます。絵が好きな子、話すのが得意な子、黙々と物を作る子。適材適所で役割が生まれれば、本番前から運動会は始まっています。

次の「魅せる日」が、いわゆる本番です。

ここは全部を載せるより、見せ場を選んで短く濃くする方が動きやすくなります。かけっこ、ダンス、リレー、みんなで挑戦する競技など、「今年はこれを見てほしい」というものへ力を集める。午前と午後で学年を分けても良いですし、人数や場所に合わせて日程を分散させても構いません。

プログラムが少し短くなると、「運動会なのに減らして大丈夫?」と心配になるかもしれません。けれど料理も行事も、全部盛りにすると主役が分からなくなることがあります。運動会のお皿から唐揚げを取ったわけではありません。むしろ、主役の唐揚げが見えるようになった、と考えれば少し気が楽です。

そして最後が「味わう日」です。

写真や映像をみんなで見たり、教室に作品を飾ったり、「あのリレー、凄かったね」「旗を作るの楽しかった」と話したりする。表彰も順位だけではなく、応援、工夫、協力、制作などへ広げれば、当日とは別の子が拍手をもらう場面も作れます。

運動会は本番だけを輝かせるより、作る時間と振り返って笑う時間まで含めた方が、子どもの出番はずっと増えます。

これは行事を長引かせるというより、負担を分散しながら楽しみを長持ちさせる工夫です。一気呵成に駆け抜ける日があっても良いけれど、毎年それで先生も子どももヘトヘトなら、少しペースを変えてみる価値があります。

「急がば回れ」と言います。

1日に詰め込まない方が、準備にも本番にも余裕が生まれ、終わった後にも「楽しかったね」が残る。運動会を点ではなく数日続く物語にすると、ゴールテープを切った後まで笑顔が続いていきます。

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第3章…校庭だけが舞台じゃない!~教室も体育館も子どもの得意が光る競技場~

「運動会なのだから、外で走らなくちゃ」。そう考えると、校庭が狭い、雨が降る、暑さが厳しいというだけで、行事全体が急に窮屈になってしまいます。けれど学校には、教室もあれば体育館もあり、廊下や多目的室だってあります。普段は授業をする場所も、少し見方を変えれば立派な舞台になります。

教室なら、速さを競うより「見せる」ことが得意です。子どもたちが作った旗や応援道具を披露したり、少人数でダンスを見せたり、クラスの合言葉を発表したりできます。絵を描く子、道具を作る子、司会をする子、音楽を選ぶ子まで、それぞれに出番を作れば百花繚乱。黒板の前がいつもの授業風景から小さなステージに変わった瞬間、それだけでも子どもには特別な1日になります。

廊下を使うなら、全力疾走ではなく、ゆっくり進むゲームに変える方法があります。ボールを落とさず運ぶ、道具を次の人へ渡す、途中で課題をこなして先へ進む。速さだけで勝負が決まらなければ、慎重な子や手先の器用な子にも活躍する瞬間が生まれます。ただし廊下は普段「走らない場所」ですから、安全管理を優先し、コースを区切り、大人が見守れる範囲で行うことが大切です。

体育館はさらに使い勝手があります。玉入れやダンス、体操などを中央で行えば、周囲から見やすく、天気にも左右されません。音楽や照明を少し工夫するだけでも雰囲気が変わり、いつもの体育館が舞台らしく見えてきます。子どもがBGMを選べば、「先生に用意してもらった行事」から「自分たちで作った行事」へと空気も変わります。こうした役割分担は一石二鳥で、先生の仕事を少し分けながら、子どもの出番まで増やせます。

雨の日にも、この考え方は役立ちます。各教室で短い演技や挑戦を行い、その様子を別の教室で見たり、後からみんなで感想を伝え合ったりすれば、「外に出られないから中止」だけが選択肢ではなくなります。走ることが苦手な子が司会で活躍し、踊るのが苦手な子が撮影役で頼られる。運動会という名前から少し離れて眺めると、参加の入口は思っていたよりたくさんあります。

場所を増やすことは、競技を増やすことではなく、子どもが輝ける方法を増やすことです。

校庭では足の速い子が拍手をもらい、教室では絵の得意な子が注目され、体育館では音楽や表現が好きな子が前へ出る。そんな運動会なら、「自分は運動が苦手だから」と最初から端へ下がってしまう子も少なくなるでしょう。

学校中を無理やり競技場にする必要はありません。使いやすい場所を1つ増やすだけでも十分です。「廊下まで使ったら先生が迷子になるのでは?」と心配になったら、そこは流石に案内係の出番です。子どもたちの得意と学校の空間を上手く組み合わせれば、運動会はもっと自由で、もっと賑やかな行事になっていきます。


第4章…見に来られなくても仲間外れにしない~家族と地域へ思い出を届ける仕掛け~

運動会の日、校庭の端にはスマートフォンやカメラを構える家族の姿があります。「こっち向いて!」と念を送っているのに、肝心の我が子は反対側を向いている。やっと撮れたと思ったら、知らない子の後頭部が立派に中央へ収まっている。運動会の撮影には、競技とは別の小さなドラマがあります。

けれど、家族全員がその場所へ来られるとは限りません。仕事が休めない保護者もいますし、遠くに暮らす祖父母もいます。体調や家庭の事情で参加できない人もいるでしょう。だからこそ、「会場に来られた人だけが運動会を味わえる」という形から少し広げておくと、子どもの頑張りを受け取れる人が増えていきます。

写真や動画に残したいのは、ゴールの瞬間だけではありません。旗へ色を塗っている真剣な顔、友だちと振り付けを確かめている姿、出番直前に緊張している横顔、係の仕事で走り回る高学年。完成した演技だけでなく、その手前にある一生懸命まで残すと、「こんなこともやっていたんだ」と家族にも子どもの物語が伝わります。舞台裏まで含めれば、運動会の記録は千差万別の成長アルバムになります。

子ども自身が撮影や紹介に関わるのも面白い方法です。高学年がカメラ係になったり、児童会が短い説明を考えたり、「この旗はみんなで作りました」と声を入れたりすれば、見る人にも競技の背景が分かります。走った子だけではなく、撮った子、説明した子、準備した子まで作品の中に役割を持てるので、正に一挙両得です。先生がカメラを持ち、進行表を持ち、無線まで持って「腕があと2本ほしい」となる前に、任せられる仕事は子どもの出番へ変えてしまう手があります。

もちろん、写真や動画は何でも広く公開すれば良いわけではありません。プライバシー(本人や家庭の私生活をむやみに公開しない考え方)への配慮は欠かせませんし、学校や園で決めた撮影や公開のルールを守る必要があります。家庭だけが見られる仕組み、校内での上映、保護者が来校した時に見られる展示など、その場所に合った安全な方法を選びたいところです。便利さより先に安心を置いておけば、家族も気持ちよく楽しめます。

そして、画面の中だけが届け方ではありません。昇降口や廊下へ写真を飾り、子どもたちの一言を添えるだけでも、運動会はもう一度始まります。地域の人が学校へ来た時に眺めたり、授業参観で家族が足を止めたり、「この写真いいね」と親子の会話が生まれたりする。使った旗や飾りを展示すれば、片づけられるはずだった小道具にも、もうひと働きしてもらえます。

見に来られなかった人へ思い出を届けることも、運動会の立派な続きです。

家族がその日に会場へ来られたかどうかだけで、子どもの頑張りの届く範囲を決めなくても良いのでしょう。数日後に祖父母が写真を見て「頑張ったね」と声をかけてくれることも、廊下の展示を見た地域の人が「楽しそうだったね」と話してくれることも、子どもにとっては嬉しい拍手です。当日の大歓声が静かになってからも、小さな拍手があちらこちらで続く。そんな運動会なら、閉会式を終えても思い出はまだ走り続けています。

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まとめ…いい運動会は1日で終わらない~その年の子どもたちだけの物語を残そう~

運動会の価値は、競技の数や開催時間の長さだけでは決まりません。子どもが「自分にも出番があった」と感じ、家族が「こんな表情をしていたんだ」と気づき、先生も「やって良かった」と笑って終えられるなら、それは十分に心へ残る行事です。丸1日に全てを詰め込まず、準備、本番、その後まで時間を広げることで、運動会は無理なく楽しめる形へ変わっていきます。

校庭で思い切り走る日があっても良いですし、体育館で踊る年があっても良い。教室で旗を作る子が主役になったり、司会や撮影を担当する子へ拍手が集まったりしても良いでしょう。昔ながらの競技を大切にしながら、その年の人数や天候、場所、子どもたちの個性に合わせて臨機応変に組み合わせれば、「今年らしい運動会」が生まれます。

大人が全部を完成させて子どもへ渡すより、少し任せてみるのも素敵です。旗の文字がちょっと曲がったり、司会が一瞬言葉に詰まったり、手作りの飾りが予定より元気よく傾いたりするかもしれません。それでも一生懸命に作った跡が残るからこそ、後になって思い出した時に笑えるのでしょう。完璧な行事より、「あの時こんなことがあったね」と話せる行事の方が、意外に長く家族の中へ残ります。

写真や動画、掲示物にも同じ役目があります。当日に参加できなかった家族へ頑張った姿が届き、数日後にも「見たよ」「頑張ったね」と声をかけてもらえる。公開範囲や安全への配慮を忘れずに残しておけば、閉会式の後にも運動会の余韻は続きます。良い運動会とは、予定表通りに終わる行事ではなく、子どもの中に「またやりたい」が残る行事なのかもしれません。

毎年同じ形でなければならない理由はありません。去年は大きなリレーが盛り上がり、今年は少人数の発表が光り、来年は誰も思いつかなかった競技が誕生するかもしれない。試行錯誤を楽しみながら少しずつ育てていけば、運動会は時代が変わっても子どもたちに愛される行事であり続けます。

ゴールテープを切った子だけでなく、そのテープを準備した子も、声が枯れるほど応援した子も、カメラを構えた子も、ちょっと緊張しながら最後まで参加した子もいる。それぞれの姿が重なって、その年にしか作れない一期一会の運動会になります。最後の笛が鳴った後、「楽しかった!」という声が1つでも聞こえたなら、その日の運動会はもう立派な大成功です。

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今日も閲覧ありがとうございましたm(__)m


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  • コメント ( 1 )

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  1. niiro makoto

    ご来場、ありがとうございます。
    アイキャッチ同じですものね…。
    内容も似通ってますけど、少し変えてあります。
    是非、両方、お楽しみくださいね(*^▽^*)