時の記念日は急がせるより楽しい時間を育てる日~保育園と家庭で伝える時計と暮らしの話~

[ 季節と行事 ]

はじめに…時計の針より先に子どもの毎日は動いている

朝の保育園には、可愛い時間がたくさん転がっています。

「あと少しでお片づけだよ」と声をかけると、急にブロックの城が大工事に入り、「ご飯の時間だよ」と聞いた子が、さっきまで眠そうだったのに背筋をピンと伸ばす。子どもの毎日は、一日千秋の待ち遠しさと、自由奔放な寄り道で出来ています。

6月10日は時の記念日です。時計の読み方を教える日と思われがちですが、子どもにとっての時間は、針や数字だけではありません。遊ぶ時間、食べる時間、待つ時間、眠る時間。その1つ1つが、暮らしのリズムを育てていきます。

急がせるだけでは、時間は少し怖いものになります。けれど、楽しい予定と結びつけると、時間は頼もしい味方になります。正に日進月歩。昨日より少しだけ「今」が分かるようになる姿は、見ている大人の心まで明るくします。……とはいえ、大人の方が時計を見て焦っている朝もありますね。そこは深呼吸で、はい、親も先生も人間です。

時間を守ることは、子どもを急がせることではなく、安心して次へ進める合図を増やすことです。

時の記念日をキッカケに、保育園でも家庭でも、時計と暮らしをやさしく繋いでみませんか?

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第1章…時の記念日は時間を急がせる日ではなく大切に味わう日

時の記念日と聞くと、「時間を守りましょう」という少し背筋の伸びる言葉が浮かびます。

もちろん、時間を守ることは大切です。お友達と遊ぶ約束、給食の時間、お迎えの時間。みんなが気持ちよく過ごすためには、時計の合図が暮らしの中で大きな役目を持っています。社会生活(みんなで安心して暮らすための約束ごと)の入口として、子どもたちが時間に親しむ意味はとても大きいものです。

けれど、時間を教えるたびに「早く」「急いで」「もう時間でしょ?」が並ぶと、子どもにとって時計は、ちょっと怖い見張り番になってしまいます。大人でも、朝の時計に追われると心がバタバタしますよね。しかもそんな日に限って、鍵が見つからない。いや、昨日そこに置いたはずなのに……と、玄関で小さな推理ドラマが始まります。

子どもに伝えたいのは、時間に追い立てられる暮らしではありません。

「長い針がここに来たら、お片づけを始めようね」

「おやつの前に手を洗うと、もっと美味しく食べられるね」

「夜になったら体を休ませて、明日の元気を貯めようね」

そんなふうに、時間を次の楽しみへ進む合図にしていくと、時計の見え方がやさしく変わります。急転直下に予定を切り替えるのではなく、少し前から声をかけて、心の準備を作る。これだけで、子どもの表情は随分と違います。

時の記念日は、時間に正確な子を育てる日というより、時間と仲よく出来る子を育てる日です。時計を読む力は、数字を覚えるだけでは育ちません。楽しかった時間、待てた時間、切り替えられた時間の積み重ねが、「今は何をする時かな?」という感覚を育てていきます。

時間は子どもを縛るものではなく、安心して暮らしを進めるための小さな道しるべです。

昔から「時は金なり」と言いますが、子どもの時間はお金よりも少しやわらかく、もう少しあたたかいものかもしれません。泣いたり、笑ったり、寄り道したりしながら、毎日が一期一会の学びになっていきます。

時計の針を見ながら、子どもと大人が春風駘蕩とした気持ちで「次は何をしようか」と向き合えたら、時の記念日はグッと暮らしに近い記念日になります。


第2章…水時計から始まった時間の物語~6月10日に鳴った暮らしの合図~

昔の人は、スマートフォンも目覚まし時計もない暮らしの中で、どうやって時間を知っていたのでしょう。

朝日は東から昇り、鳥が鳴き、畑に出る人の足音が聞こえる。夕方になれば空の色がやわらぎ、家々にご飯のにおいが広がる。そんな自然の変化が、暮らしの時計でした。現代のように分単位で動く毎日とは違って、空や風や人の気配が「そろそろだよ」と教えてくれていたのですね。

時の記念日の由来には、天智天皇の時代に登場した漏刻(ろうこく・水の流れを使って時をはかる時計)が関わっています。水が少しずつ流れる様子を使って時間を知り、鐘で人々に知らせたと伝えられています。正に悠久不断。水の一滴が時を運び、鐘の音が暮らしを動かしたと考えると、時計の針とはまた違う味わいがあります。

6月10日という日付も、この古い時間の合図にちなんでいます。1300年以上も前の出来事が、今の保育園や家庭の会話に繋がっていると思うと、なんだか壮大です。おやつの時間を待つ子どもと、古代の水時計。距離があり過ぎて、頭の中で並べると少し不思議な絵になります。水時計の横で「まだプリンじゃないの?」と聞く園児……いえ、そこは時代が違いますね。

けれど、時間を知らせる目的は今も昔も変わりません。

人が一緒に暮らすためには、合図が必要です。朝の始まり、仕事の始まり、休む時間、集まる時間。時間の合図があるから、人は気持ちを揃えやすくなります。社会秩序(みんなが混乱せずに暮らすための並び方)というと少しかたい言葉ですが、子どもに伝えるなら「みんなで気持ちよく動くための約束」で十分です。

時間の合図は、人を急がせるためだけではなく、人と人の歩幅を揃えるためにあります。

時計がなかった時代にも、人は空を見て、水を見て、音を聞いて暮らしていました。現代の子どもたちにも、時計の数字だけでなく、「朝の光が入ってきたね」「夕方の風が少し涼しくなったね」と感じる時間を手渡してあげたいものです。

水時計から始まった時間の物語は、難攻不落の歴史の話ではありません。今日の朝ご飯、保育園の登園、遊びの終わり、おやすみ前の絵本まで、暮らしのあちこちに小さく流れています。

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第3章…保育園で伝えたい時間の入口~時計と遊びを仲良く繋ぐ~

保育園で時間を伝える時、大人がつい頼りたくなるのは時計です。

「長い針が6になったらお片づけね」

「短い針が11になったら給食だよ」

こうした声かけは、とても分かりやすい合図になります。けれど、子どもにとって時計は、最初から便利な道具ではありません。丸い盤に数字が並び、針が2本ぐるぐる動く。見方に慣れるまでは、ちょっとした謎の円盤です。大人は平然と読んでいますが、子どもから見れば「何で針が2本あるの?」という大事件。言われてみれば、確かにそうですね。

時間を教える入口は、数字を読ませることより、楽しい流れと結びつけることです。遊び、手洗い、給食、お昼寝、帰りの支度。毎日の繰り返しの中で、「この合図の次には、こんなことがある」と分かってくると、子どもは少しずつ安心して動けるようになります。認知発達(物事を理解する力の育ち)は、急に伸びるものではなく、毎日の体験の中で育っていきます。

絵カードや砂時計、歌の終わりを合図にする方法も役立ちます。時計の針だけに頼らず、目で分かるもの、耳で分かるもの、体で覚えられるものを混ぜると、時間はグッと身近になります。お片づけの歌が流れたらブロックを箱に戻す。砂時計の砂が落ちたら交代する。小さな約束が増えるほど、子どもたちは自分で次の行動へ向かいやすくなります。

もちろん、毎回すんなり進むわけではありません。あと1個だけ積みたいブロック、最後まで塗りたいクレヨン、何故かこの瞬間に始まる靴下の大冒険。大人の予定表には載っていない出来事が、保育園の日常にはよく登場します。

そんな時こそ、電光石火で切り上げるより、「あと1つで終わりにしようね」と余白を作る声かけが効きます。子どもの気持ちを受け止めてから次へ進むと、時間は命令ではなく、心を整える合図になります。

時計を教えることは、子どもの遊びを止めることではなく、楽しい時間から次の楽しい時間へ橋をかけることです。

保育園の時間は、先生の段取りだけで進むものではありません。子どもの発見、友だちとのやり取り、少しの失敗と笑いが重なり、和気藹々とした一日が育っていきます。時計の針をにらむより、暮らしの中にある合図を増やす。そこに、子どもが時間と仲よくなる近道があります。


第4章…家庭で育つ腹時計と生活リズム~ご飯・遊び・眠りの小さな合図~

家庭の時間は、時計だけでは動いていません。

朝のカーテンを開けた光、台所から聞こえる包丁の音、夕方のお風呂の湯気、寝る前に読む絵本のページをめくる音。子どもは、そうした毎日の気配を体で覚えながら、「そろそろご飯かな」「もう眠る時間かな」と感じるようになります。

この感覚は、いわゆる腹時計にも繋がります。腹時計と言うと、おやつの時間だけ妙に正確な可愛い機能に聞こえますが、なかなか侮れません。昼寝から起きた瞬間に「おやつ?」と聞かれると、家の中に小さな時計職人がいるのかと思うほどです。しかも精度が高い。大人の予定より高い時があります。

子どもの生活リズム(毎日の起きる・食べる・遊ぶ・眠る流れ)は、早寝早起きを言葉で教えるだけでは整いません。朝に光を浴びる、食事の時間を大きく崩さない、夕方から少し静かな遊びに変える。そんな小さな積み重ねが、体の中の時計を少しずつ育てます。

大切なのは、毎日を軍隊の行進のようにピシッと揃えることではありません。家族の暮らしには、急な用事も、楽しい寄り道も、眠くならない夜もあります。子どもによって眠くなる早さも、朝の機嫌も千差万別です。だからこそ、家の中では臨機応変に「だいたいの流れ」を作っておくと安心です。

「ご飯の前は手を洗う」

「お風呂の後はパジャマに着替える」

「絵本を読んだら電気を少し暗くする」

こうした順番が決まっていると、子どもは時計を読めなくても次の行動を予想できます。予想できると、心が落ち着きます。急に「もう寝なさい」と言われるより、「絵本が終わったらおやすみだね」の方が、気持ちの階段を一段ずつ下りやすくなります。

家庭で育つ時間の力は、きっちり守る厳しさより、毎日、繰り返される安心の中で深まります。

親も完璧でなくて大丈夫です。寝かしつけのつもりが先に大人の瞼が閉じる夜もあります。子どもが「まだ寝ない」と言いながら、3分後にすやすや眠る日もあります。家庭の時間は、少し緩くて、少しにぎやかで、そこにぬくもりがあります。

時計の針と、台所の音と、家族の声。いろいろな合図が重なり合う中で、子どもは自分の一日を少しずつ掴んでいきます。

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まとめ…時間を守る子よりも時間を味方に出来る子へ

時の記念日は、時計を読めるようになるためだけの日ではありません。子どもが「次は何をする時間かな」と少しずつ感じ取り、自分の毎日を安心して歩けるようになるための、やさしい合図の日です。

時間を守ることは大切です。けれど、子どもにとっての時間は、大人の予定表よりもずっと生き生きしています。遊びに夢中になる時間、給食を待つ時間、眠くなるまで少し甘える時間。喜怒哀楽がギュッと詰まった一日は、時計の針だけでは測りきれません。

大人ができることは、急がせることよりも、見通しを持たせることです。「長い針がここに来たら」「この歌が終わったら」「絵本を読んだら」そんな小さな合図が、子どもの心に安心を届けます。

時間は、子どもを急かすためではなく、暮らしを明るく進めるための味方です。

保育園でも家庭でも、完璧な時間管理を目指さなくて大丈夫です。時には予定通りにいかず、洗濯物の山の前で大人が遠い目になる日もあります。そこへ子どもが「おやつ?」と満面の笑顔で登場する。はい、人生は予定表だけでは動きません。

それでも、朝の光を浴び、ご飯を食べ、遊び、眠る。そんな当たり前の流れが積み重なるほど、子どもの中に明朗快活な生活リズムが育っていきます。

時の記念日は、過ぎていく時間を怖がる日ではなく、今日の一日を少し好きになる日。時計の針を見上げながら、子どもと一緒に「次の楽しい時間」へ進んでいきましょう。

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今日も閲覧ありがとうございましたm(__)m


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