コロナ禍が介護現場に残した宿題~人手・備品・お金を「続けられる仕組み」へ変える~

[ 職場の四季と作法 ]

はじめに…マスクの向こうで見えた介護の底力

出勤すると、玄関で検温。手を洗い、消毒し、マスクを替え、手袋の残りを確認する。ようやく持ち場へ向かったと思えば、今度は急な欠勤の連絡です。人が足りない、備品も足りない、予算にも余裕がない。それでも利用者さんの朝食や排泄、服薬の時間は待ってくれません。

届いたマスクの箱を開けた途端、耳紐がプツン。「いや、今そこで離職しなくて良いから」と、品物にまでツッコミを入れたくなる朝もあったでしょう。右往左往しながら現場を支えたのは、特別な機械ではなく、目の前の人を放っておけない職員たちの連携でした。

コロナ禍が介護現場に残したものは、感染対策だけではなく、介護を無理なく続ける仕組みを育てるという大きな宿題です。

誰か1人が限界まで頑張るのではなく、職員、家族、経営する人、地域が役割を持ち寄る。一致団結は気合いの掛け声ではなく、困った時に仕事と責任を分け合える状態を指します。雨降って地固まる。苦しかった経験を、働く人にも利用者さんにも優しい明日へ繋げられた時、介護の底力は本当の安心へ変わっていくのです。

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第1章…人手不足は「人数」だけの問題ではない~1人に2人分を背負わせない職場へ~

介護現場の人手不足を立て直すには、採用する人数を増やすだけでは足りません。働いている人が力を出し続けられるように、仕事の量、役割、助けを求める流れまで整える必要があります。

職員が1人休むと、勤務表の空白は1マスです。けれど現場では、食事介助、排泄介助、記録、受診の付き添い、家族への連絡など、いくつもの仕事が残ります。空白へ「気合い」と書き込んでも勤務者は増えません。書いた本人の気持ちだけは少し燃えますが、たぶん長くはもちません。

救急受診へ同行すれば、診察や検査、説明、帰苑まで数時間かかることもあります。その間、施設に残った職員は通常の介護を守りながら、抜けた仕事を引き受けます。ようやく戻ると、今度は記録の山がお出迎え。「お帰りなさい」の代わりが書類とは、なかなか手厳しい職場です。

こうした日々が続くと、職員は四苦八苦しながら目の前の仕事を終わらせることだけで精一杯になります。さらに研修や会議を重ね、1人で何役もこなせる人を育てようとすれば、学ぶ時間そのものが負担へ変わりかねません。

人は経験によって成長できますが、1人の体と時間が2人分になるわけではありません。限界を越えた頑張りは、バーンアウト(心身の力を使い切った燃え尽き状態)を招き、休職や離職に繋がります。人が減ったから残った人へ仕事を集め、その人まで疲れ切ってしまう。この連鎖こそ、人手不足を深くする大きな原因です。

足りない人を責めるより、1人に集まり過ぎている仕事を見つけることが職場を守る出発点です。

受診へ同行する人、施設内を支える人、家族へ連絡する人、記録を補う人。それぞれの役割を先に決めておけば、急な出来事にも動きやすくなります。何でも出来る職員を1人作るより、適材適所で力を持ち寄れるチームの方が、利用者さんの安心も長く守れます。

助けを求めた職員へ「みんな忙しい」と返す職場では、声を上げる人がいなくなります。反対に、「どこを代わろうか」と言える空気があれば、小さな無理のうちに支え合えます。人手不足に必要なのは、超人を待つことではありません。普通の人が普通に働き続けられる職場を、毎日の分担から育てることなのです。


第2章…備品は置けば安心ではない~届く・選べる・迷わず使えるまでが感染対策~

感染症への備えで大切なのは、倉庫へ箱を積み上げることだけではありません。必要な時に、必要な人が、迷わず安全に使える状態まで整って初めて備蓄になります。

マスク、プラスチックグローブ、紙エプロン、消毒液、ペーパータオル、ハンドソープ。棚にズラリと並んでいれば、見た目には用意周到です。けれど、箱を開けた途端にマスクの耳紐が外れたり、手袋が滑りやすくて介助しにくかったりすれば、安心の山が一瞬で困りごとの山へ変わります。

届いた備品は数量だけでなく、現場で使える品質かどうかも確かめたいところです。マスクを実際に装着し、手袋の使い心地を見て、消毒液は用途や濃度を確認する。PPE(マスクや手袋などの個人防護具)は、購入した人より、利用者さんのすぐ傍で使う職員の意見が重要になります。

「箱には高性能と書いてあります」

「でも耳紐が3秒で旅立ちました」

この会話で笑って済ませられる平常時ならまだしも、感染が広がる場面では笑顔も少々引き攣ります。仕入れの段階で小さな不具合を見つけておけば、忙しい現場が最後に困る事態を減らせます。

備品の呼び方にも工夫が必要です。消毒液には様々な名称があり、商品名で呼び合うと、急いでいる時ほど行き違いが起こります。「ハイパワー何とかを持ってきて」「それ、手指用ですか、清掃用ですか?」と確認している間に、話が小さなクイズ大会になってしまいます。

手指用、物品用、うがい用というように、用途が伝わる呼び方へ揃えると、新人職員や応援に入った職員にも分かりやすくなります。置き場所や表示も統一すれば、臨機応変に動かなければならない時ほど助けになります。

備品の安心は「あるかどうか」ではなく、「正しく使えるかどうか」で決まります。

大量に購入することは立派な備えですが、検品する人、補充する人、使い方を共有する人まで決めておくと、備蓄が現場の力になります。棚の奥で眠る箱ではなく、利用者さんと職員を守る道具として動かしてこそ、感染対策は日々の安心へ繋がっていくのです。

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第3章…お金の使い道に職場の姿勢が表れる~現場を守る支出は未来への土台~

介護施設を動かすには、職員の給与、食材、光熱費、修繕費、研修費、感染対策用品など、数え切れないほどのお金が必要です。使える予算には限りがあるため、何へ先に配分するかという判断に、その職場が大切にしているものが表れます。

玄関には立派な検温機が置かれているのに、現場では破れやすい手袋を節約しながら使っている。会議室には新しい椅子が並んだのに、欠勤者が出た日の応援職員は見つからない。思わず「椅子は増えたけれど、介助には入ってくれないよね」とツッコミたくなる光景です。

設備を整えることも必要ですが、見栄えの良い物を購入するだけでは、利用者さんの安心に繋がりません。現場で本当に足りない物は何か、壊れやすい物はないか、職員の負担を減らせる使い方になっているか。購入前に働く人の声を聞けば、同じ金額でも役立ち方が変わります。

感染症が広がった時には、マスクや手袋などの消耗品だけでなく、応援職員の確保、勤務変更への手当、休んだ職員を支える仕組みも欠かせません。危険や負担が増えているのに、「使命感でお願いします」だけでは長く続かないでしょう。使命感は尊いものですが、給料日になると通帳が拍手してくれるわけではありません。

職員が安心して働ける給与や休暇へお金を回すことは、単なる出費ではなく先行投資です。人が定着すれば、教える時間が積み重なり、利用者さんの小さな変化にも気づきやすくなります。介護の質を守る支出は、その場で消えてしまうお金ではなく、経験と信頼となって職場に残ります。

研修にも適正配分が求められます。内容が現場の困りごとに合っていれば力になりますが、勤務後に長時間集めるだけでは、疲労を増やす場合があります。学ぶ時間を勤務として確保し、その間の介護を支える人員まで準備する。そこまで整ってこそ、研修費は職員と利用者さんのために生きてきます。

現場を守るために使ったお金は、職員の余裕となり、やがて利用者さんへの優しさになって戻ってきます。

予算が豊富でなくても、職員の声を聞き、優先順位を共有することは出来ます。「何を買ったか?」だけではなく、「誰のどんな困りごとを減らすために使ったか?」を語れる職場なら、お金は数字の列から安心を育てる力へ変わります。経営する人と現場で働く人が同じ方向を向いた時、介護の未来は少しずつ明るくなっていくのです。


第4章…家族・経営・地域が同じ輪に入る~介護を誰か1人の仕事にしない~

感染症や急な体調変化が起きた時、介護職員だけで解決できることには限りがあります。施設の中では暮らしを支えられても、病院での治療方針や入院の同意、今後の生活に関わる判断には、家族や医療機関、地域の支えが欠かせません。

ところが、いざ受診となると、施設職員が付き添い、病院から家族へ電話をかけ、説明を伝え、施設へ戻って記録を書くという流れになりがちです。家族へ連絡すると、「今日は仕事なので、よろしくお願いします」と返ってくることもあります。

もちろん、家族にも仕事や子育て、遠距離という事情があります。ただ、治療の選択まで職員へ任せようとしても、職員は家族の代わりにはなれません。「全部お任せします」と言われても、病院の受付に“お任せコース”は置いていないのです。

大切なのは、誰かを責めることではなく、緊急時に誰が何を担うのかを平常時から決めておくことです。家族は連絡を受けられる時間や代わりの連絡先を伝え、施設は受診同行の範囲を説明する。医療機関とも情報の渡し方を揃えておけば、いざという時の右往左往を減らせます。

経営する側にも役割があります。急な受診で職員が抜けても、残った人だけに負担を集めない応援体制を作る。感染が広がった時には、勤務変更や休業への支援を整える。BCP(災害や感染症が起きても介護を続けるための計画)を棚にしまわず、職員と一緒に動かしてみることが必要です。

市町村や地域の事業所も、施設の外から介護を支える仲間です。感染状況や利用できる制度、応援人員や物資の相談先がすぐ分かれば、施設は早く動けます。書類を渡して終わるのではなく、困った時に繋がれる関係を育てておくことが、相互扶助の土台になります。

介護を守る輪は、職員だけで小さく抱えるより、家族・経営・医療・地域へ広げた方がしなやかになります。

三者三様の事情があるからこそ、「誰が悪いか」を決めるより、「次は誰が動くか」を決める。その積み重ねが、職員の疲れを減らし、家族の不安を和らげ、利用者さんを待たせない支援に繋がります。

介護は、誰かに丸ごと預けるものでも、誰か1人が背負うものでもありません。それぞれが出来ることを持ち寄れば、難しい場面にも少し余白が生まれます。その余白こそ、人を急かさず、置き去りにしない介護を育ててくれるのです。

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まとめ…苦い経験を明日の安心へ~続けられる介護はみんなで育てられる~

感染症が広がった日々、介護現場では人も物も時間も足りませんでした。それでも、食事を待つ人がいて、薬を必要とする人がいて、不安そうな家族から電話がかかってきます。時計だけは普段通り進むのですから、「少しくらい空気を読んで止まってくれても」と言いたくなる日もあったでしょう。

苦しい時期に浮かび上がったのは、職員の頑張りだけに頼る仕組みの危うさでした。1人へ仕事を集め過ぎないこと。備品を購入して終わりにせず、品質や使い方まで確かめること。限られたお金を、利用者さんと職員の安心に繋がる場所へ届けること。どれも華やかな改革ではありませんが、日々の介護を守る大切な土台です。

介護の専門性が高まるほど、研修や記録、感染対策など、担う仕事は増えていきます。一方で、利用者さんが求めているのは、目を見て話してくれることや、慌てずに手を差し出してくれることかもしれません。業務を増やして人の余裕を削れば、守りたかった優しさまで遠ざかってしまいます。

良い介護は、誰かの限界ギリギリの頑張りではなく、安心して働き続けられる毎日から生まれます。

職員、家族、経営する人、医療機関、地域が一致団結し、それぞれの役割を少しずつ引き受ける。誰かが困った時に「それはそちらの仕事です」と線を引くのではなく、「何なら出来るだろう」と声を掛け合う。その相互扶助が、急な受診や感染症にも揺らぎにくい介護を育てます。

試行錯誤の末に整えた仕組みは、感染症の時だけ役立つものではありません。災害、急な欠勤、利用者さんの体調変化など、思いがけない出来事にも応用できます。棚の備品、勤務表の余白、家族との連絡方法。その1つ1つが、明日の安心を静かに支えてくれるでしょう。

介護の未来を変えるのは、突然現れる超人ではありません。今日働いている普通の人たちが、明日も笑顔で出勤できる職場を作ることです。苦い経験を小さな知恵へ変えて積み重ねれば、介護現場はもっと優しく、もっと長く続けられる場所になっていきます。

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