お正月準備は焦らず楽しく完走!~掃除・飾り・買い物・家族の段取りで笑って迎える新年~
目次
はじめに…年末の焦りは「小さな段取り」でフワっと軽くなる
12月の空気は、どこか不思議です。
朝はいつも通りに始まったはずなのに、カレンダーを見るだけで、胸の奥が少しだけソワソワしてきます。冷蔵庫の中を見れば、使いかけの調味料が「私も年を越しますけど?」という顔をして並び、玄関の隅には、いつ置いたか分からない紙袋が静かに存在感を放っています。見なかったことにしたい。けれど、年末は見なかった物ほど、何故か目立つ。あるあるです。
お正月準備というと、大掃除、買い物、飾りつけ、年賀の挨拶、料理の段取りなど、やることが一気に押し寄せる印象があります。正に右往左往。頭の中では「今年こそ早めに」と思っていたのに、気づけば12月後半。そこから急に雑巾を握りしめ、家族に「そこ、今通らないで!」と言いながら、自分が一番通路を塞いでいる。年末の家庭内劇場、開幕です。
けれど、お正月準備は、完璧を目指す修行ではありません。家のホコリを少し払う。玄関に小さな飾りを置く。お餅や食材を早めに確認する。高齢の親がいる家なら、動線(人が安全に動く道すじ)を見直し、転びやすい物を片づける。たったそれだけでも、新しい年を迎える空気はフワっと変わります。
年末の準備は、家を綺麗にする作業でありながら、心に「もう大丈夫」と言ってあげる時間でもあります。
「備えあれば憂いなし」という言葉があります。全てを先回りして完璧にこなす、という意味ではなく、少し用意しておくだけで気持ちが軽くなる、という暮らしの知恵として受け取ると、年末の景色はグッと優しくなります。準備万端でなくても構いません。出来るところから手をつければ、家も心も少しずつ新年向きの顔になっていきます。
今年のお正月準備は、焦りの大合唱ではなく、小さな段取りの鼻歌くらいで進めてみましょう。掃除機の音も、買い物袋の音も、飾りを出すカサコソ音も、少しだけ未来を明るくする生活の音です。新しい年は、立派な玄関だけでなく、「まあ、これでヨシ!」と笑える家にも、ちゃんとやって来ます。
[広告]第1章…正月事始めは暮らしを整える合図~煤払いから始まる年末準備~
年末の準備は、ある日突然「よし、今日から全部やるぞ」と気合いだけで始めると、だいたい途中で息切れします。
押し入れを開けた瞬間に、古い紙袋、使っていない箱、何かに使えそうで結局、何にも使っていないリボンが出てくる。そこで人は思うのです。「これは掃除ではない。発掘だ」と。自分ツッコミを入れたくなるほど、年末の家には小さな歴史があちこちに眠っています。
昔から、お正月準備の合図として知られているのが12月13日の煤払いです。煤払い(すすはらい)とは、家の中のホコリや汚れを払い、年神様(新年に幸せを運ぶ神様)を迎えるために場を清める行事のことです。今の暮らしで言えば、天井の隅、照明、玄関、棚の上など、普段は見逃しがちな場所に「今年もお世話になりました」と声をかけるような時間です。
もちろん、昔のように家中を一気に磨き上げる必要はありません。現代の年末は、仕事、買い物、家族の予定、通院、介護、年賀の準備まで重なり、電光石火で過ぎていきます。大切なのは、12月13日を「全部終わらせる日」ではなく、「準備のスイッチを入れる日」と考えることです。
年末準備の最初の一歩は、大掃除の完走ではなく、暮らしの中に新年を迎える余白を作ることです。
まずは玄関だけ。次の日は台所の引き出しだけ。その次は冷蔵庫の中を1段だけ。これくらい小さく始めると、気持ちが楽になります。全部を相手にすると大軍勢に見えますが、1か所ずつなら各個撃破。ちょっと戦国武将っぽく言いましたが、相手はホコリです。油断大敵ながら、槍はいりません。必要なのは、雑巾と少しの休憩です。
高齢の家族がいる家では、煤払いを「清掃」だけで終わらせず、安全確認にも繋げたいところです。玄関マットがめくれていないか?廊下に荷物が出ていないか?夜に通る場所が暗くないか?動線(人が歩く道筋)が整うと、転倒予防にもなります。見た目の綺麗さに加えて、安心して歩ける家になる。これこそ一石二鳥の年末準備です。
12月8日の事八日(ことようか)や、12月13日の正月事始めを暮らしの小さな目印にすると、年末の慌ただしさにも流されにくくなります。「今日は玄関だけ」「今日は飾りを出す箱だけ」と決めれば、準備は少しずつ進みます。気づけば、家の空気も心の向きも心機一転。新しい年を迎える顔つきになっていきます。
煤を払うという昔ながらの行事は、今の暮らしにもちゃんと似合います。大きな行事に見えて、始まりは小さなひと拭き。棚の上をサッとなでたその瞬間から、年末は少しだけ軽くなります。
第2章…お正月飾りは日にち選びが肝心~縁起と予定を味方にする作法~
お正月飾りを出す日は、意外と悩みどころです。
しめ飾りを手に持ったまま玄関で立ち止まり、「今日で良いのかな?」とカレンダーを見る。すると12月29日だったりして、急に手が止まる。まるで玄関先で小さな審議会が始まったような気分です。家族に聞いても「知らんけど」と返ってきて、はい、年末名物・責任のたらい回し。平和そうで、なかなかの疑心暗鬼です。
お正月飾りは、歳神様(新年の幸せを運ぶ神様)を迎えるための目印とされてきました。門松は歳神様を迎えるしるし、しめ飾りは清められた場所を示すもの、鏡餅は神様へのお供えとして大切にされてきたものです。飾りそのものが立派かどうかより、「迎える気持ち」を形にするところに意味があります。
ただし、日にちには少し気を配りたいところです。12月29日は「二重苦」を連想するため避ける考え方があり、12月31日は「一夜飾り」と呼ばれ、慌ただしく準備した印象になるため好まれにくい日です。縁起(幸せを願う考え方)を大事にするなら、12月26日から28日、または30日辺りが飾りやすい日になります。
お正月飾りは、立派さよりも、家族が気持ちよく新年を迎えられる日に整えることが大切です。
とはいえ、現代の年末は予定がギュウギュウです。仕事納め、買い物、子どもの予定、親の通院、介護サービスの調整、冷蔵庫とのにらめっこ。そこへ「29日は避けて、31日も避けて」と言われると、「では私はいつ呼吸すればよろしいので?」と言いたくなります。自分の中の年末担当大臣が、机をトントンし始める瞬間です。
そんな時は、飾りを出す日を早めに決めてしまうのが楽です。クリスマスの片づけをした流れで、26日に小さなしめ飾りを出す。忙しい家庭なら28日の朝に玄関だけ整える。どうしても間に合わない時は30日に気持ちを込めて飾る。臨機応変に動けば、年末の圧迫感は少し和らぎます。
高齢の家族がいる家では、飾る場所にも気をつけたいものです。玄関の足元に置くタイプの飾りは、躓きの原因になることがあります。壁や棚の上、手すりの邪魔にならない場所など、安全に見られる位置を選ぶと安心です。お正月らしさは、床に置かなくても十分に伝わります。むしろ転ばずに新年を迎えられる方が、かなりめでたいです。
縁起は、人を縛るためのものではなく、暮らしを少し丁寧にするための道しるべです。無理をして疲れ切った顔で飾るより、家族で「これで良いね」と笑って飾れる方が、ずっと温かいお正月になります。門松も、しめ飾りも、鏡餅も、迎える人の顔が和やかなら、それだけで十分に晴れやかです。
年末のカレンダーは、ただの日付の並びではありません。新しい年へ向かう、小さな段取り表です。慌てず、比べず、家に合う形で飾りを整えれば、玄関の空気もスッと変わります。
[広告]第3章…歳の市と買い物準備は年越しの楽しみ~羽子板・しめ飾り・台所支度~
年末の買い物には、普段の買い物とは少し違う高揚感があります。
スーパーの入口に鏡餅が並び、花売り場には松や千両が顔を出し、通路の端にはしめ飾りがズラリ。いつもの買い物カゴを持っているだけなのに、気分はもう「年越し部隊、出陣」。ただ、勢いよく店に入ったものの、何を買うつもりだったか忘れるところまでが年末あるあるです。買い物メモを書いた紙を家に置いてきた時の敗北感といったら、なかなか立派です。
昔から年末には、歳の市(年越しや正月に使う品を売る市)が開かれてきました。しめ飾り、門松、鏡餅、台所道具、日用品などが並び、人々は新しい年を迎えるための品を選びました。買い物といっても、ただ物を増やす時間ではありません。家を整え、食卓を整え、気持ちを整えるための準備だったのです。
歳の市の賑わいには、千客万来の空気があります。売り声、飾りの色、冬の冷たい空気、手に持った紙袋の重さ。そこには「今年もよく働いたね」「来年も何とかやっていこうね」という、暮らしの声が混じっています。縁起物(幸せや無事を願って飾る物)を選ぶ時間は、財布の中身と相談しつつも、どこか心が弾みます。いや、弾み過ぎると予算も弾みます。そこは冷静に、現実路線でまいりましょう。
年末の買い物は、品物を揃えるだけでなく、新しい年を迎える気持ちを少しずつ家に連れて帰る時間です。
羽子板も、年末らしい品の1つです。羽子板は、子どもの健やかな成長や厄除けの願いを込めて飾られてきました。今では遊び道具というより、美しい飾りとして眺めることも多くなりましたが、そこに込められた願いは今もやさしく残っています。華やかな絵柄を見ると、「家の中に小さな晴れの日が来た」ような気持ちになります。
台所の準備も忘れられません。お雑煮の具、お餅、出汁、保存できる食材、来客用のお茶や菓子。お正月の食卓は豪華でなくても、少し先を見て揃えておくと、年末の慌ただしさが和らぎます。特に高齢の家族がいる家では、食べやすさや飲み込みやすさにも目を向けたいところです。嚥下(飲み込む働き)に不安がある場合は、お餅の大きさや汁物の温度にも気を配ると安心です。
お正月準備の買い物は、豪華絢爛を目指さなくても大丈夫です。小さなしめ飾り、少量のお花、食べ慣れた食材、家族が好きなお茶。それだけでも、家の空気は年越しらしくなります。買い物袋の中に入っているのは、物だけではありません。「今年もお疲れ様」と「来年もよろしくね」が、少しずつ詰まっています。
年末の店先を歩く時は、焦り過ぎず、足元に気をつけながら、家に合う支度を選んでいきましょう。必要な物を買い、余計な物は笑って棚に戻す。その小さな判断の積み重ねが、気持ちよい新年の入口になります。
第4章…家族も高齢者も無理なく迎える新年~介護のある暮らしのお正月準備~
お正月準備は、家族みんなでやると楽しい反面、介護のある暮らしでは少し注意が必要です。
「せっかくの年末だから、全部きれいにしよう」と張り切った瞬間、床に飾りの箱、廊下に掃除道具、テーブルに買い物メモ、椅子の上に謎の紙袋。気づけば家中が準備中の舞台裏みたいになります。片づけているはずなのに、何故か散らかって見える。年末あるあるの代表選手です。
高齢の家族がいる家では、見た目の華やかさと同じくらい、安全な動きやすさを大切にしたいところです。玄関に飾りを置くなら、足元ではなく壁や棚の上へ。廊下の荷物は端に寄せるより、思い切って別の部屋へ移す。手すりの近くには、紙袋や箱を置かない。少しの工夫で、家の中の安心感はグッと変わります。
介護の場面では、ADL(日常生活動作)という言葉があります。食べる、歩く、着替える、トイレに行くなど、毎日の基本的な動きのことです。お正月準備も、このADLを邪魔しない形で進めると、本人も家族も疲れにくくなります。家内安全とは、飾りを立派にすることだけではなく、いつもの動きがいつも通りできることでもあります。
介護のあるお正月準備は、「綺麗に飾る」より先に、「安心して動ける」を整えることから始まります。
飾りつけも、本人が参加できる形にすると心が動きます。高い場所に飾る作業は家族が担当し、テーブルの上で小さな鏡餅を選ぶ、折り紙の飾りを置く、羽子板や干支の置物を眺める。無理なく関われる役目があるだけで、「自分も迎える側なんだ」という気持ちが生まれます。これは自立支援(出来る力を活かして暮らしを支える考え方)にも繋がります。
もちろん、張り切り過ぎは禁物です。「少しだけ手伝うつもり」が、気づけば棚の奥まで掘り進めて、家族に「そこは今日はやめよう」と止められる。そこで「まだ若い者には負けん」と言いたくなる気持ちも分かりますが、年末の相手はホコリだけではありません。疲れも相手です。無病息災を願うなら、休憩も立派な準備の1つです。
食事の準備も、家族の安心に直結します。お餅は小さく切る、汁物は熱すぎないようにする、食べ慣れない物を急に増やし過ぎない。嚥下(飲み込む力)に不安がある方には、軟らかさや大きさ、トロミの具合を見ながら用意すると安心です。お正月らしさは、豪華さだけで決まりません。食べる人が「美味しいね」と笑える一口に宿ります。
高齢者施設でも同じです。玄関の飾り、共有スペースの花、壁面の干支、昼食の小さなお正月感。どれも利用者さんの記憶や会話を引き出すキッカケになります。「昔は家で餅をついたよ」「この飾り、うちにもあったね」と話が広がれば、それはもう立派な年末行事です。職員さんが少しだけ耳を傾けるだけで、準備の時間が和気藹々とした思い出に変わります。
家族も職員も、完璧な正月を作る必要はありません。大切なのは、誰かだけが疲れ果てないことです。飾る人、片づける人、見守る人、座って眺める人。それぞれの役目が小さく分かれていると、年末の負担は和らぎます。お正月は、誰かの我慢の上に乗せるより、みんなの少しずつの協力で迎える方が、ずっと温かいものになります。
新しい年を迎える家は、立派でなくても大丈夫です。転ばず、焦らず、笑いながら「これでヨシ!」と言える空気があれば、その家にはもう新年の光が入っています。
[広告]まとめ…完璧より気持ちよく新しい年を迎える家作り
お正月準備というと、どうしても「全部きれいにしなければ」「飾りも食事も整えなければ」と肩に力が入りがちです。
けれど、年末の家に本当に必要なのは、モデルルームのような完璧さではありません。玄関が少し明るくなること。台所の使う物が取り出しやすいこと。高齢の家族が歩く場所に物がないこと。家族の誰かが、疲れすぎて無言の置物にならないこと。最後のひとつ、地味に大事です。年末のリビングに現れる「燃え尽きた人」は、飾り物ではありません。
煤払いから始まる掃除、日にちを意識したお正月飾り、歳の市や買い物の楽しみ、介護のある暮らしでの安全な段取り。どれも別々の作業に見えて、根っこは同じです。新しい年を気持ちよく迎えるために、家と心を少しずつ整えていく。そこにこそ、年末準備の味わいがあります。
お正月準備は、家を飾る行事である前に、暮らしを大切に扱うための小さな約束です。
忙しい年末に、全てを思い通りに進めるのは至難の業です。買い忘れもあるでしょう。掃除し切れない棚も残るでしょう。飾りを出した後で「あ、向きはこれで合ってる?」と家族会議が始まることもあります。そんな時は、深呼吸して「まあ、福の神様も細か過ぎる家より、笑っている家が好きでしょう」と受け止めてみたいものです。これは開き直りではなく、年末を健やかに越える生活の知恵です。
高齢の家族がいる家では、迎春準備の主役を「安全」と「参加」に置くと、無理が減ります。本人が出来ることを少しだけ担い、家族は危ない場所をそっと整える。施設でも、飾りを眺めながら昔話が始まれば、それだけで一期一会の時間になります。お正月は、派手な演出よりも「自分もこの場にいる」と感じられることが、何より温かいのです。
新しい年は、完璧な家だけに来るわけではありません。少し片づいた玄関にも、小さな鏡餅の横にも、台所で湯気が立つ鍋の向こうにも、家族の笑い声がある場所へ、ちゃんとやって来ます。無理を削り、危ない所を整え、出来ることを分け合う。その積み重ねが、晴れやかな気持ちに繋がります。
年末の最後に残したいのは、疲れ果てた達成感ではなく、「今年も何とか越えられそうだね」と笑える余白です。どうか今年のお正月準備が、家族の心を少し軽くし、新しい年の朝をやわらかく照らす時間になりますように。
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