塗り絵カレンダーが暮らしを動かす日~介護現場のレクが予定と記録の相棒になる話~

[ 介護現場の流儀 ]

はじめに…そのカレンダー飾るだけで終わらせるには惜し過ぎる

月の始まりが近づくと、介護施設やデイサービスのテーブルには、色鉛筆とカレンダー用紙がそっと並びます。

春なら花、夏なら風鈴、秋なら紅葉、冬なら雪景色。利用者さんが「この色、ちょっと派手かしら」と笑いながら塗り始めると、場の空気がフワッと和らぎます。職員さんも「いえいえ、むしろ主役級です」と返して、何故か赤い花が情熱のバラみたいになる。いや、それ桜の予定でしたよね。そんな小さなあるあるも、塗り絵レクの楽しいところです。

けれど、完成したカレンダーが家に帰った後、壁でしっかり活躍しているかというと、少しだけ心配になります。既に台所にも、電話の横にも、仏壇のそばにもカレンダーがあるご家庭は珍しくありません。そこへ手作りカレンダーが仲間入りして、気づけば「どれを見るのが正解?」という小さな混戦状態。カレンダー界の席取り合戦です。

でも、手作りの塗り絵カレンダーには、まだ眠っている力があります。それは、ただ日付を見るためだけの紙ではなく、予定を書き込めて、気分を残せて、家族や支援者との会話のキッカケにもなる力です。

塗り絵カレンダーは、飾りから暮らしの相棒へ変われます。

塗る楽しさ、指先を動かす心地良さ、季節を感じる会話、そこに毎日の予定や小さな記録が加わると、一枚のカレンダーは一石二鳥どころか、なかなかの働き者になります。通院日を忘れにくくなったり、体調の変化に気づきやすくなったり、「今日はここまで塗れたね」と達成感が生まれたり。紙一枚なのに、侮れません。

塗って終わりではなく、使って育つカレンダーへ。そんな発想が加わるだけで、いつものレクリエーションは和気藹々とした時間から、暮らしを支える小さな仕組みへ進んでいきます。

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第1章…塗って楽しい持ち帰って迷子になるカレンダーたち

色鉛筆を選ぶ時間には、ちょっとした高揚感があります。

「今日は青にしようかな」「この花は黄色でええやろか」「いや、そこは紫やろ」なんて声が飛び交うと、テーブルの上は小さな美術室です。職員さんが「自由に塗ってくださいね」と言った傍から、「自由って言われると逆に困るわ」と返ってくる。分かります。自由ほど、急に難しくなるものはありません。

塗り絵カレンダーの良さは、完成までの道のりが見えやすいところです。白い絵柄に少しずつ色が入り、日付の欄と季節の絵が合わさっていく。手を動かすたびに「出来てきた」という実感が生まれます。これは自立支援(出来ることを続けられるように支える考え方)の入り口としても、とても自然です。

けれど、問題はその後です。

施設で完成したカレンダーは、持ち帰り袋に入ってご自宅へ向かいます。ご本人はにこにこ。職員さんもホッと一息。めでたしめでたし……となりたいところですが、家に着くと、そこには先輩カレンダーたちが待っています。

台所のカレンダー。電話横のカレンダー。薬の予定を書いたカレンダー。家族の予定がぎっしり入ったカレンダー。なんなら、去年のカレンダーまで「まだ使える雰囲気」で壁に残っていたりします。いや、日付はもう戦力外ですよ、と小声で言いたくなる場面です。

どれだけ素敵に塗れても、暮らしの中で使う理由がなければ、カレンダーは静かに迷子になります。

これは作品の出来が悪いという話ではありません。むしろ、塗り絵としては十分に楽しいのです。ただ、使う目的が「飾る」だけになっていると、既に暮らしの中にあるカレンダーたちに埋もれやすくなります。百花繚乱のように色とりどりでも、役割が見えにくいと出番を失ってしまうのです。

介護現場のレクリエーションは、楽しさが入り口です。そこに異論はありません。楽しくない活動を「健康に良いから」と続けるのは、なかなか骨が折れます。三日坊主という言葉が、何故こんなに日本人の心に刺さるのか。たぶん、みんな心当たりがあり過ぎるからです。

だからこそ、塗り絵カレンダーは「楽しかったね」で終わらせるには惜しい存在です。折角ご本人が手を動かし、色を選び、季節を感じて作った一枚なら、家に帰ってからも見てもらいたい。出来れば、「今日は何日?」「次のデイはいつ?」「病院は来週だったかな」と、日々の小さな確認に使ってもらいたいところです。

カレンダーが多いご家庭ほど、使われる1枚には理由があります。大きくて見やすい。予定が書いてある。家族が確認しやすい。薬や受診の目印になる。そうした理由があれば、手作りカレンダーにもちゃんと席ができます。

塗る時間を楽しむだけでなく、持ち帰った後に役立つ形へ。そこまで考えると、いつものカレンダー作りは七転八起の工夫を重ねながら、暮らしに残るレクリエーションへ育っていきます。


第2章…指先と記憶が動き出す塗り絵レクの底力

塗り絵の時間になると、普段は静かな方が、急に色鉛筆の箱を真剣な眼差しで覗き込むことがあります。

「この赤は派手すぎるかな」「こっちの緑は若すぎるな」「若すぎる緑って何ですか」と職員さんが聞きたくなるけれど、そこはグッと飲み込む。色選びにも人生経験が滲むのです。

塗り絵は、ただ紙を綺麗にする時間ではありません。色を選び、線を見て、はみ出さないように手を動かし、塗った場所とまだ白い場所を確認する。その一連の動きには、巧緻動作(指先を細かく動かす力)がたっぷり入っています。

お箸を持つ、湯呑みを支える、ボタンを留める、財布から小銭を出す。暮らしの中の小さな動きは、どれも指先の働きに支えられています。塗り絵は、その練習を「訓練です」と構えずに出来るところが魅力です。訓練と言われると背筋が固くなる方でも、「ちょっと色を入れましょうか」なら、自然に手が伸びます。

塗り絵の良さは、頑張らされている感じが少ないまま、手と心が動くところにあります。

さらに、絵柄には記憶を呼び起こす力もあります。朝顔を見れば夏休みを思い出し、柿を見れば庭先の風景が浮かび、雪うさぎを見れば子どもの頃の寒い朝が甦る。これは回想法(昔の思い出を会話に活かす関わり)にも繋がります。

「昔は家の前に大きな柿の木があってね」「その柿、甘かったですか」「いや、めっちゃ渋かった」

……まさかの渋柿エンド。けれど、その一言で周りがフッと笑います。塗り絵の紙1枚から、会話が生まれ、表情が変わり、場が和やかになる。十人十色の色遣いだけでなく、十人十色の思い出まで出てくるのが、介護現場の面白いところです。

もちろん、上手く塗ることだけが目的ではありません。線から少しはみ出しても、色が途中で変わっても、それはその方の今の動きであり、気分であり、個性です。職員さんがつい「こっちはこの色の方が綺麗かも」と口を出したくなる日もありますが、そこは一呼吸。作品の主役は、塗っているご本人です。

塗り絵カレンダーには、達成感もあります。真っ白だった紙が少しずつ彩られ、日付と絵が合わさって、月の始まりを待つ1枚になる。完成した瞬間、「出来た」と声に出す方もいれば、黙って少しだけ背筋を伸ばす方もいます。その小さな誇らしさは、日々の暮らしに効く栄養のようなものです。

画竜点睛という言葉があります。最後のひと塗りが入ることで、カレンダーはただの用紙から「私が作った一枚」へ変わります。そこに名前や予定、ちょっとした記録欄が加われば、作品はさらに暮らしの中で息をし始めます。

塗り絵は、手を動かす。季節を思い出す。会話を生む。出来上がりを喜ぶ。

この流れが揃った時、カレンダー作りは単なる時間潰しではなくなります。和気藹々としたテーブルの上で、指先と記憶と笑顔が同時に動き出す。介護現場のレクリエーションには、そんな静かな底力があります。

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第3章…捨てられないカレンダーは「私の予定」を持っている

家に持ち帰ったカレンダーが、ちゃんと毎日見てもらえるかどうか。その分かれ道は、絵の上手さだけでは決まりません。

もちろん、花びらの色がきれいだったり、猫の毛並みが妙にリアルだったりすると、「おお、これは力作!」となります。中には、塗り絵なのに画家の小品みたいな仕上がりになる方もいます。職員さんが「私より上手いですね」と言いながら、心の中でちょっと敗北を認める瞬間です。いや、勝負ではありませんけど。

けれど、暮らしの中で本当に使われるカレンダーには、もうひとつ大事なものがあります。それが「自分に関係ある予定」です。

デイサービスの日。通院の日。訪問介護の日。家族が来る日。美容室の日。楽しみにしている買い物の日。

そこに自分の予定が入っているだけで、カレンダーは一目瞭然の生活案内になります。ただの季節飾りではなく、「今日どう動くか」を教えてくれる相棒になるのです。

自分の予定が書かれたカレンダーは、見られる紙ではなく、頼られる紙になります。

予定が見えると、ご本人の安心感も変わります。「明日はどこへ行くんだったかな」と何度も不安になる方でも、目の前のカレンダーに印があれば、少し落ち着きやすくなります。家族も「お母さん、明日はデイの日だよ」と声をかける時に、同じ紙を見ながら話せます。職員さんも送迎や連絡の確認がしやすくなります。

この「同じものを見ながら話せる」というのが、実はとても大きいのです。人は、頭の中だけで予定を合わせようとすると、だんだん不安になります。言った、聞いていない、書いた、どこに書いた。そんな小さなスレ違いが、台所の隅で味噌汁の湯気みたいにフワフワ漂い始めます。湯気なら良いのですが、予定のスレ違いは少々厄介です。

そこで、塗り絵カレンダーの出番です。

日付のマスに小さな印を入れる。通院日は赤い丸、デイの日は青い丸、家族が来る日は花のシール。文字が見えにくい方には、色や形で分かるようにする。認知症ケア(記憶や見当識の不安に寄り添う支援)としても、予定を見える形にする工夫は暮らしを落ち着かせる助けになります。

あまり細かく書き込み過ぎると、逆に見づらくなることもあります。予定欄がビッシリ埋まったカレンダーは、まるで年末のスーパーのチラシです。お得感はありますが、目が忙しい。高齢の方が毎日見るものなら、余白も大切です。予定は少なめに、印は大きめに、ひと言は短めに。これくらいがちょうどよい塩梅です。

さらに、その人らしさを少し足すと、カレンダーは唯一無二の存在になります。

「この日はお父さんの命日」「この日は孫の誕生日」「この日は好きな歌番組」「この日はちらし寿司の日にしたい」

そんな小さな楽しみが入ると、日付はただの数字ではなくなります。暮らしの中に、待つ時間が生まれます。備えあれば憂いなし、という言葉がありますが、予定が見えるだけで、心の準備もできるのです。

レクリエーションで作るカレンダーに、個別化(その人に合わせて内容を変えること)の視点を少し加える。それだけで、同じ用紙から生まれたカレンダーでも、1人1人違う暮らしの地図になります。

塗った絵があるから、見るのが楽しい。予定があるから、使いたくなる。思い出があるから、捨てにくくなる。

カレンダーが壁に貼られた時、そこにあるのは紙だけではありません。本人の手の跡、暮らしの予定、家族との会話、職員さんの気配りが重なっています。小さな一枚が、毎日の安心をそっと支える。そんな使われ方が出来たら、塗り絵カレンダーはもう迷子になりません。


第4章…小さな記録欄が家族と支援者をそっと繋ぐ

予定が書かれたカレンダーに、もう少しだけ余白を残してみます。その余白は、ただの白い隙間ではありません。毎日の体調や気分を残す、小さな窓になります。

朝の食欲。夜の眠り。便通の有無。水分をどれくらい飲めたか。今日はよく笑ったか、少しぼんやりしていたか。

こうした変化は、毎日そばにいる人ほど見慣れてしまい、忙しい日ほど流れていきます。「あれ、昨日も食欲なかったかな」「この眠気、いつからだっけ」と思った時には、記憶の棚が少し散らかっています。人間の頭は便利ですが、書類棚としてはわりと気まぐれです。大事なことほど、何故か買い物メモの裏側へ旅立ちます。

そこで、カレンダーの下に小さな記録欄を作ります。丸、三角、ばつだけでも十分です。食事は〇、水分は△、便通は×。必要なら「眠い」「むくみ」「元気」など、短い言葉を添えます。バイタルサイン(体温・血圧・脈拍など体の状態を示す数値)を書ける方なら、無理のない範囲で残してもよいでしょう。

毎日の小さな印は、後から暮らしを守る大事な手がかりになります。

記録と聞くと、少し固く感じるかもしれません。けれど、塗り絵カレンダーの中に入ると、雰囲気が変わります。病院の書類のような緊張感ではなく、「今日の私をちょっと残しておく」くらいの軽さになります。これなら、ご本人も家族も続けやすくなります。

もちろん、全部を細かく書こうとすると続きません。記録欄がビッシリ埋まっていると、見るだけで肩が凝ります。カレンダーのはずが、もはや会議資料。いや、壁に貼る会議資料はなかなか重たいです。

大切なのは、臨機応変に続けられる形にすることです。食事だけを記録する月があってもよい。水分だけを見守る時期があってもよい。便通や眠りが気になる方なら、そこだけを目立たせてもよい。全員同じ項目に揃えるより、その方の暮らしに合った印を選ぶ方が、ずっと使いやすくなります。

この記録は、ご家族との会話にも役立ちます。

「最近、食事が少ない気がする」「この辺りから眠気が増えているね」「水分は意外と取れているね」

同じカレンダーを見ながら話すと、心配がただの不安で終わりにくくなります。ケアマネさんや看護師さん、主治医に相談する時も、日々の変化が一目瞭然です。口で説明しようとすると抜けやすいことも、紙に残っていれば伝わりやすくなります。

さらに、記録欄には気持ちも残せます。

「娘と電話」「歌を歌った」「少し寂しい」「おやつが美味しかった」

体の情報だけでは、暮らしの全体は見えません。気持ちの小さな揺れも、生活の大切な一部です。笑った日、疲れた日、誰かを待っていた日。そうした言葉が並ぶと、カレンダーは予定表を越えて、その人のひと月を映す1枚になります。

塗り絵で生まれた愛着があり、予定で生まれた安心があり、記録で生まれた繋がりがある。1枚の紙に、本人、家族、職員、支援者の目線がそっと重なります。小さな印の積み重ねは地味に見えて、実は日進月歩の見守りです。昨日より少し分かる。先週より少し気づける。その少しが、暮らしをやさしく支えてくれます。

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まとめ…一枚のカレンダーが今日の暮らしを少し明るくする

塗り絵カレンダーは、紙と色鉛筆だけで始められる、とても身近なレクリエーションです。でも、その1枚に予定や記録、会話のキッカケが加わると、ただの作品では終わりません。

塗っている時間には、指先が動き、季節の思い出が甦ります。完成した後には、予定を確認し、体調を残し、家族や支援者と同じものを見ながら話せます。たった1枚なのに、なかなかの多芸多才です。カレンダー本人が聞いたら「いや、そんなに働かせます?」と言いそうですが、壁に貼られた姿は意外と頼もしいものです。

塗り絵カレンダーの本当の価値は、完成した瞬間よりも、暮らしの中で使われ始めた後に育っていきます。

大切なのは、立派なものを作ろうとし過ぎないことです。予定は見やすく、記録は続けやすく、絵柄は楽しめる範囲で。完璧を目指すと職員さんの肩が凝りますし、利用者さんも「これは何かの試験かしら?」と身構えてしまいます。肩の力を抜いて、少しずつ使いやすく育てていく方が、結果的に長続きします。

予定が見えると安心が生まれます。記録が残ると変化に気づきやすくなります。自分で塗った絵があると、毎日見る楽しみが増えます。

一石二鳥どころか、暮らしのあちこちに小さな助け舟を出してくれるのが、塗り絵カレンダーの面白さです。色鉛筆の跡、日付の丸印、ちょっとした一言メモ。その積み重ねが、家族の心配をやわらげ、職員さんの気づきを支え、ご本人の毎日に小さな張りを届けます。

介護現場のレクリエーションは、ただ時間を埋めるものではありません。人の気持ちを動かし、暮らしに残り、明日の会話に繋がるものです。いつものテーブルで生まれた1枚が、台所の壁やベッド横で静かに役立つ。そんな光景が増えていけば、塗り絵の時間はもっと温かく、もっと実用的になります。

今日の色が、明日の予定を照らす。小さな記録が、誰かの安心に繋がる。その1枚があるだけで、暮らしは少し見えやすく、少し話しやすく、少し明るくなります。

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今日も閲覧ありがとうございましたm(__)m


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