『認知症』と告げられた日~家族会議が“冒険パーティー”になるまで~
目次
はじめに…診断日こそ空気が薬~慌てた人から疲れていく~
「認知症です」と言われた瞬間って、家の中の空気が一気に“非常事態モード”になりますよね。たぶん誰も悪気はないんです。心配だから、急いで正解を探したくなる。スマホを握りしめて情報の海にダイブしたくなる。家族会議が、その日のうちに“国連サミット”みたいな顔つきになる。……分かります、分かります。私も介護支援専門員として、そういう場面をたくさん見てきました。
ただ、ここで1つだけ先に言わせてください。診断より先に、家の空気が本人を疲れさせます。認知症の方は、こちらが思う以上に「落ち着かなさ」や「ピリピリ」を正確に受け取ります。言葉がうまく出なくても、状況の“温度”は分かる。で、その温度が高過ぎると、本人の不安が増えて、結果的に家族の疲労も増えて……と、嫌なリレーが始まってしまうんです。
だから最初にやるべきことは、派手な対策ではなく、地味だけど効果の大きい「整える」です。家を病院みたいにする必要はありません。むしろ逆で、暮らしを“暮らしらしく”保つ方が強い。例えるなら、台所で味噌汁を作る時に、いきなり唐辛子をドバドバ入れないのと同じです。まずは火加減。次に具材。味見。最後に調整。焦って濃くすると、全員が咽込みます。はい、私も咽込んだ経験あります(心の中で)。
この記事では、「もし私の家族が初期段階で認知症と診断されたら?」という仮想シナリオで、現実の知恵と、ちょびっとの空想を混ぜながら、家族の動き方を丸ごと組み替える発想をまとめます。ポイントは、本人だけを“特別扱い”しないこと。家族全員で生活を作り直すこと。そして、誰か1人に負担と怒りと期待が集中しないように、予め“仕組み”で受け止めることです。
この先の章では、三世代同居の家庭をモデルにして、「起こりがちな事件(だいたい嫁が疑われるやつ)」をどう避けるか、初期にどこへ力を入れるか、家族の役割をどう割り振るか、そして“遠足と旅行”をどう使うかまで、割りと本気で書いていきます。読むと少し笑えて、読み終わると「よし、落ち着いて段取りを組もう」と思える。そんな記事を目指します。
それでは、まずは我が家(仮)の登場人物を並べて、状況確認から始めましょう。ここで布陣を間違えると、冒険パーティーなのに回復役がいなくなりますので……。
[広告]第1章…三世代同居の布陣確認と「嫁が犯人」イベントの前兆を読む
我が家(仮)は、よくある“賑やか系”の複合三世代です。義父・義母は70代、私と夫は40代、子どもは4人で14歳から8歳まで。家はいつも、夕方になると誰かのランドセルが飛んで、誰かの靴下が片方だけ行方不明になって、最後に私が「片割れぇぇ!」と叫んで終わる……そんな平和な戦場です。
ここに、もし「認知症の可能性があります」「初期かもしれません」と言われた家族が出たらどうなるか。まず最初に大事なのは、“症状そのもの”より先に、「この家の構造だと誰に負担が集中しやすいか」を冷静に把握することです。ここ、介護の現場でも家庭でも、驚くほど同じ落とし穴があります。
それが、通称「嫁が犯人」イベントです。いや、笑いごとじゃないんですが、現実に多いので先に名前を付けておきます。具体的にはこういうやつです。「財布がない、嫁が盗った」「ご飯をくれない、嫁が意地悪した」「通帳が動いてる、嫁が勝手に使った」。……言われた方は胃がキュッとなります。私なら、胃が折り紙みたいに折れます。
不思議なことに、この矛先は“血縁の息子”には向き難い。もちろん全例ではありません。でも「息子が盗った!」より「嫁が盗った!」の方が発生しやすい傾向があるのは、現場感としてかなりあります。サザエさん家で言うなら、嫁の立場がサザエさんに置き換わるイメージですね。波平さんが「あいつ(カツオ)が盗んだに違いない!」より、「サザエが……」が起きやすい、みたいな。カツオはいつも疑われてるのに、こういう場面では別ルートなんですよ。人生って理不尽です。
何故、それが起きるのか。ものすごく雑に言えば、認知症の方は「頼れる人、反応してくれる人」に意識が寄りやすくなります。何か困った、何か不安、何かモヤッとする。その“モヤッと”の正体が分からない時、人は近くの分かりやすい相手に言葉を投げます。そして、その投げた言葉で状況が動いた経験があると、同じ相手に投げ続けることが起こり得ます。本人は悪意でやっているわけじゃない。けれど、言われる側はゴリゴリ削られます。
ここで家族がよくやってしまうのが、「本人を説得しよう」とすることです。「そんなことしてないよ」「盗ってないよ」「さっき渡したよ」。正論パンチを連打する。でも、認知症の“初期”って厄介で、本人も不安があるからこそ言い返せるだけの力が残っているんです。つまり、言い合いが成立してしまう。成立すると、家の空気が荒れて、本人の不安も増えて、さらに言動が強くなって……と、地獄の無限ループが出来上がります。あのですね、家庭内で毎日「公開討論会」が開かれるようになると、勝者は1人もいません。残るのは疲労だけです。
だからこの章の結論は、最初にここです。誰を“主役”に据えるかを間違えない。受け皿を「人の気合い」ではなく「家の仕組み」に寄せる。特に、嫁ポジションや、日常の調整役になりがちな人に、疑いと負担が一直線に集まらないように、最初から“逃げ道”を用意しておくことです。
ここで言う逃げ道は、サボりではありません。介護が長期戦になる可能性がある以上、最初に燃え尽きた人から脱落していくからです。火事場の馬鹿力で走り切るのではなく、歩幅を揃えて、息継ぎできる形を作る。これが初期の最大の防御になります。
次の章では、診断が出て薬が始まったとしても、それだけでは足りない理由を押さえた上で、「初期のうちに暮らしを再設計するなら、どこを触ると効果が出やすいか」を、分かりやすく組み立てていきます。ここからが“冒険パーティー”の作戦会議、本番です。
第2章…初期こそ勝負~薬だけに任せず暮らしを“再設計”する~
診断が出たら、たいてい薬が始まります。ここでまず言いたいのは、薬を否定したいわけじゃありません。むしろ薬は大事です。ただ、薬は「杖」みたいなもので、杖だけで山登りを完走できるかというと、靴も地図も水も要りますよね。初期段階こそ、その“装備一式”を家族で整えるタイミングなんです。
それに「認知症」という言葉は、実は1つの病名というより“状態の呼び名”に近い面があります。原因がいろいろあるので、医師は問診や身体のチェック、血液検査、必要に応じてCTやMRIといった画像検査なども組み合わせて、別の原因が隠れていないかを確認します。中にはビタミン不足や薬の副作用、甲状腺・腎臓・肝臓などの問題が関係して、似たような症状が出ることもあると言われています。だから最初は「決めつけ」より「確かめる」。ここが落ち着いている家ほど、後が楽になります。
そして、暮らしの再設計で一番効くのは、実は“気合い”じゃなくて“型”です。合言葉にするなら「静かに、短く、同じチーム」。家族が本人に話す量を増やすほど、上手くいかないことが増えます。説明は長くせず、責めず、安心を先に渡す。思い出せない場面で「あれ、覚えてないの?」と言いたくなる気持ちは分かるけど、そこはグッと飲み込んで「大丈夫、大丈夫。今一緒にやろうね」に置き換える。言葉が難しい時は、写真や昔から好きな物が助け舟になります。
初期でやっておくと強いのは、「今できていること」の棚卸しです。料理が出来る、ゴミ出しは出来る、お金の管理は少し不安、鍵の場所があやしい、約束の時間は混乱しやすい……こういう現実を、悲観でも楽観でもなく“事実として”置く。ここを曖昧にすると、家族が後で揉めます。逆に言えば、ここを押さえると、家族は揉め難くなります。揉めなければ、本人の不安も増え難い。もうこの時点で、ちょっと勝ちです。
もう1つ、初期で大事なのは「家族だけで抱えない」ことです。早めに地域の相談窓口(地域包括支援センターなど)に繋がっておくと、状況に応じて医療や介護の専門機関と連携しながら相談ができます。困ってから駆け込むより、まだ元気が残っているうちに顔を繋いでおく。これ、地味ですが家族の体力を守る“保険”になります。
生活面の方向性としては、「心臓に良いことは脳にも良い」という考え方が分かりやすいです。運動、禁煙、飲酒は控えめ、体重や血圧・血糖・コレステロールの管理、バランスの良い食事などが、将来の認知機能の低下リスクを下げる可能性がある、ということです。もちろん個人差はありますが、家族全員で同じ方向を向きやすいのが強みです。
つまり第2章の結論はこうです。薬はスタートの合図。けれど勝負を分けるのは、家の空気と言葉の短さ、役割の型、そして外の力に繋がる早さ。ここまで整うと、本人の毎日も、家族の毎日も「何とかなる感」が出てきます。
次の章では、いよいよ暮らしの中身に踏み込みます。5大要素を材料にして、過不足を見つけて、家族の動き方を“揉めない形”にしていきましょう。ここからが冒険パーティーの作戦会議、本番です。
第3章…5大要素を点検して過不足調整~司令塔は血縁へバトンタッチ~
「行動パターンを分析します」と言うと、何だか理科の実験みたいで身構えますよね。でも安心してください。やることは難しくありません。要するに「普段の暮らしの癖を、家族の皆で同じ目線で見直す」だけです。
人って、自分では自由に生きているつもりでも、毎日だいたい同じ流れで動いています。起きる時間、朝ごはんの量、昼寝の癖、テレビの時間、誰としゃべるか、外に出る頻度、夕方に元気が落ちるかどうか。認知症の初期段階は特に、この“いつもの流れ”が体調や気分を大きく左右しやすいので、まずはそこにライトを当てます。
ここで使うのが、私が勝手に呼んでいる「5大要素」です。睡眠、運動、食事、リラクゼーション、ストレスフリー。この5つを、難しい評価表なんて使わずに、家族の会話の中で整えていきます。例えば「最近、夜中に何回起きる?」「朝、日光浴びてる?」「昼ご飯がパンだけになってない?」「座りっ放し多くない?」「嫌なニュースを延々見て疲れてない?」みたいに、日常語で十分です。
大事なのは、分析する役を誰が担うかです。ここ、けっこう運命の分かれ道になります。私のおすすめは“本人の伴侶”を外すこと。冷たいようですが、伴侶はどうしても感情が入りやすいんです。「昔はこんな人じゃなかった」「ちゃんとしてよ」「心配でたまらない」が一気に混ざる。悪気ゼロでも、言葉が重くなります。さらに、伴侶が頑張りすぎると、本人も甘えと反発が同時に出てしまい、家の空気がギクシャクしやすい。
そしてもうひとつ、私(嫁)の主導も避けます。理由は単純で、前の章で出てきた“嫁が犯人”イベントが、後からやって来やすいからです。ここで主導を取ってしまうと、何か起きた時に「嫁が決めた」「嫁が変えた」と言われる土台が出来てしまう。私は逃げたいのではなく、長期戦に耐えるために“最初から火の粉をかぶりに行かない”だけです。
じゃあ誰が司令塔をやるか。血縁者です。この家なら、私の夫が一番やりやすい。本人の子どもであり、同居の中心でもあり、家族内の説得力も持ちやすい。夫が「観察係」と「調整係」を兼ねて、私は裏方として支える。これが一番揉め難い形です。私は台所で鍋を振りながら、夫にそれとなく情報を渡す役。……はい、こういう“目立たない連携”が強いんです。
観察のやり方もシンプルで良いです。例えば最初の1週間だけ、「今日はよく眠れたか」「体を動かしたか」「食事の質はどうか」「ホッとする時間はあったか」「嫌な刺激を浴び過ぎてないか」を、夫が短くメモします。長文は不要です。むしろ長文だと続かないので、短い方が勝ちです。メモの目的は“正しさ”ではなく“傾向”を掴むこと。例えば「夕方に不機嫌になりやすい日は、昼寝が長い」「外に出た日は夜が落ち着く」「テレビの音が大きい日は疲れている」みたいな、生活の癖が見えてきます。
傾向が見えたら、次は過不足の調整です。ここも「大改造ビフォーアフター!」にしないのがコツです。いきなり全部変えると、本人も家族も混乱します。変えるのは、ほんの少しで良い。例えば散歩をいきなり1時間にしないで、まずは10分。昼寝をゼロにしないで、15分にする。夜の照明をいきなり真っ暗にしないで、寝る前だけ少し落とす。こういう“小さな勝ち”を積み重ねます。小さな勝ちは、本人にとっても「出来た」の感覚になりやすく、家族にとっても続けやすいんです。
もちろん、運動は怪我に注意です。ここは夫が一緒にやるのが安心ですし、初期なら孫たちが参加しても、むしろ良い刺激になります。孫の力って凄いですよ。大人が「歩こう」と言うと渋い顔をするのに、孫が「お散歩行こー!」と言うと、急に靴紐を結び始めますからね。家族の中に“明るい号令係”がいると、空気が柔らかくなります。
そして最後に、家の役割を少しずつ分け始めます。ここは次の章にも繋がる大事な準備運動です。私が全部やる形のままだと、本人の依存が私に向きやすくなりますし、家族も「任せきり」になってしまう。だから最初のうちに、調理、掃除、洗濯、買い物、連絡、通院付き添いなどを、誰か1人の専属にしないで、複数人が触れられる形に寄せていきます。これが出来ると、もし私が外出しても家が回る。家が回ると、私の心が回復する。私の心が回復すると、家の空気が良くなる。……結局、全部繋がっているんです。
第3章の結論はこうです。初期段階は、本人だけを変えるのではなく、家族の暮らし方を整えるチャンス。5大要素で生活の癖を見える化し、司令塔は血縁者が担い、私は裏方で支える。こうしておくと、家族が疲れ切る前に“仕組み”が立ち上がります。
次の章では、その仕組みを「一致団結」に変えていきます。ここからいよいよ、家族会議が“冒険パーティー”っぽくなっていきますよ。
第4章…一致団結の土台作り~月1遠征と旅で“みんなで迷う”練習をする~
ここまでで、暮らしの癖を見える化して、司令塔も決めて、役割の分け方も少しずつ始めました。ここから先で大事になるのは、「家族が同じ方向を向く」ことです。言い替えると、“同じチームの空気”を作ること。これが出来ると、本人の不安が下がりやすく、家族の疲れも積もり難くなります。
ただし、家族が一致団結しようとすると、必ず現れるんです。指揮を乱す人。悪意があるとは限りません。「そんなの無理だよ」「どうせ良くならないよ」「お金がもったいないよ」「外に出たら危ないよ」と、心配が口から先に飛び出すタイプ。心配する気持ちは本物なので、真正面から戦うと家がギスギスします。だからここは“言い負かす”のではなく、“空気を守る運用”でいきます。
具体的には、議論を長引かせないこと。感情の火がつきそうなら、その場で結論を出さないこと。誰かを責める流れになりそうなら、司令塔(この家なら夫)が「今日はここまで、続きは明日」と区切ること。会議のゴールは勝ち負けではなく、翌日も普通にご飯が食べられる空気です。ここ、地味ですが超重要です。家族会議で勝って、家庭で負けたら意味がありませんからね。
そして“一致団結”を本物にするために、私がかなり推したいのが、定期イベント化です。大袈裟に言うと「冒険の日」を作る。本人だけを外に連れ出すのではなく、家族全員が同じ経験をする形にします。本人が「自分だけ特別扱いされている」と感じ難いですし、家族の側も「みんなでやること」として前向きになりやすいんです。
まず最初の1年は、無理のない範囲で“3つの定期便”を用意します。毎月1回は、県内で一番大きい百貨店や大きなショッピングモールに家族で出かける日を作る。3ヵ月に1度は、1泊2日以上の近場旅行を入れる。半年に1度は、2泊以上の少しだけ遠い旅を入れる。ポイントは、行き先を固定しないこと。同じ場所ばかりだと慣れて刺激が減りますし、「毎回同じ」だと本人の記憶が追いつかない時に不安が増えることもあります。
ここでの狙いは、本人を試すことではありません。家族全員が“ほどよく初めての気持ち”になることです。第三者から見たら家族全員が冒険者。道に迷いそうになったら、誰かがちょっと焦る。電車の乗り換えで「え、こっちだっけ?」となる。食べ物のメニューを見て「どれにしよう」と悩む。これ、本人だけが不安を抱えない形になるんです。
もちろん、外出は楽しくなければいけません。楽しくするために大切なのは、旅先で本人に“責任ある役”を背負わせ過ぎないことです。「しっかりして」「覚えてて」「ちゃんとして」は封印。代わりに「一緒に見よう」「一緒に決めよう」「写真撮ろう」「これ美味しいね」を増やします。結果として記憶が薄くても大丈夫。体を動かしたこと、みんなで笑ったこと、美味しいものを食べたこと、それだけで十分に意味があります。本人に残るのは“安心の手触り”で、家族に残るのは“同じ時間を過ごした実感”です。
そして、この定期イベントは、家族の役割分担にも効いてきます。例えば買い物担当、移動の段取り担当、休憩の声掛け担当、食事の注文を一緒に考える担当。こういう小さな担当を回していくと、「結局いつも嫁が全部」になり難い。家族全員がチームとして動く練習になります。
もし「お金が心配」という声が出たら、そこで喧嘩にしないで、現実的に工夫します。全部を豪華にする必要はありません。毎月の外出は“費用控えめ”にして、3ヵ月に1度の旅行は“楽しさ重視”、半年に1度の旅は“思い出重視”にする。どこかでバランスが取れれば十分です。無理をして続かなくなるのが一番もったいないので、ここは気合いではなく設計で勝ちます。
第4章の結論はこうです。家族の一致団結は、気持ちだけで作らない。空気を守る運用を決めて、定期的な“小さな冒険”を仕組みにして、家族全員が同じ体験を積む。これが出来ると、本人の不安がほどけやすく、家族の中に「やれることはまだある」という手応えが生まれます。
次の章では、この一致団結を日常の中に落とし込みます。分担はする。でも固定し過ぎない。明るさは保つ。でも無理にテンションを上げない。そんな“長く続く形”を作っていきましょう。
[広告]まとめ…打てる手は打ち尽くす~家族の絆が強くなる副産物付き~
「認知症です」と言われた日って、人生の地図がいきなり白紙になったように感じます。今まで当たり前だった会話や手順が、急にガタガタし始めて、家の中の空気まで落ち着かなくなる。だからこそ、最初に必要なのは“慌てない技術”でした。
本記事で何度も出てきたのは、本人だけを見て対策するのではなく、家族全体の暮らしを整えるという考え方です。初期段階は、薬が始まって「よし、これで大丈夫」と思いたくなる時期でもありますが、実際にはそこから先が本番になりやすい。杖だけ渡して山に放り出すのではなく、靴と水と地図を揃えて、全員で歩幅を合わせる。これが現実的に強い方法です。
そして、家庭の構造上どうしても起こりやすい「嫁が犯人」イベントのような、やるせないトラブルも、気合いで耐えるのではなく“仕組み”で受け止めるのが正解でした。司令塔は血縁者が担い、嫁は裏方に回って持久戦に備える。これを最初から決めておくだけで、家の中の火の粉の飛び方が変わります。
第3章で扱った「5大要素」の点検は、難しい医療用語ではなく、生活のクセをみんなで共有するための道具です。睡眠、運動、食事、リラクゼーション、ストレスフリー。この過不足を少しずつ整えるだけで、本人の不安が減り、家族のイライラも減りやすくなります。大改造ではなく、小さな調整で勝つ。これ、長く続ける上で本当に大事です。
第4章の“小さな冒険”の定期開催も、実はすごく現実的な作戦です。本人だけが不安を抱えないように、家族全員が同じ体験をする。道に迷うかもしれない、選ぶのに迷うかもしれない、初めての場所で少し緊張するかもしれない。でも、みんなで笑って、美味しいものを食べて、体を動かして帰る。記憶が薄くても構いません。残るべきは「安心の手触り」だからです。
もちろん、どんなに手を尽くしても、状況が変化することはあります。上手くいかない日も出ます。そこで必要なのは、「失敗を責めない」ルールです。誰かがやらかしたら、反省会ではなく次の手当てを考える。家庭を裁判所にしない。家の中で判決が出始めると、本人も家族も消耗が早まります。大事なのは、明日も普通に朝ご飯が食べられる空気を守ることでした。
最後に、私が一番伝えたいのはこれです。認知症だから可哀想、だから見守るだけ、という“優しそうで何もしない姿勢”は、家族も本人も救い難いことがあります。むしろ、打てる手は打ち尽くす。暮らしを整え、外の力にも繋がり、家族をチームにする。そうやって動いた先に、本人の安心と、家族の持久力が残ります。
一度しかない人生です。先の不安に飲まれ過ぎず、今日の段取りを1つ整える。1つ整うと、次が整います。冒険パーティーは、いきなり魔王を倒しに行きません。まずは装備を揃えて、村の外に出て、帰ってきて、また次の一歩。あの感覚で十分です。
どうかご家庭のペースで、「出来ることから」「続く形で」。そして何より、家の空気を味方にしていきましょう。
今日も閲覧ありがとうございましたm(__)m
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