職場に小さなお菓子置き場を作ろう~介護現場から考えるやさしい輪とマナーの育て方~

[ 介護現場の流儀 ]

はじめに…引き出しのひと粒が空気を和らげる~何故お菓子は仕事場の味方なのか~

仕事のデスクの引き出しをそっと開けると、小さなキャンディやチョコやビスケットが並んでいる。まるでここが定位置と言わんばかりに、お菓子たちが落ち着いている光景は、私の職場ではもう当たり前になっています。介護の現場は、人の体と心にずっと向き合い続ける場所です。忙しい日も、重たい日も、気を張りつめる時間がとても長い場所です。だからこそ、ほんのひと口のおやつがほっと息をつく合図になってくれます。

もちろん、「仕事中にお菓子なんて」と顔をしかめる人もいます。確かに職場は遊び場ではありませんし、好き勝手に食べ散らかして良いわけでもありません。でも、ここでお菓子を食べることは単なる摘まみ食いではないのです。少し甘いものを口に入れることで気分の切り替えが出来たり、忙しさでピリピリしていた空気がまろやかになったりします。強張った表情が緩み、「大丈夫?」と声を掛けやすくなるだけで、その場の空気はふんわりと落ち着きます。小さなおやつは、職員同士の挨拶代わりであり、お守りのような役わりさえ持っているのです。

もう1つ大事なのは、お菓子そのものよりも、それを渡す手と受け取る手の間に生まれる小さな会話です。例えば「これ好きだったよね」「今日はちょっと疲れた顔してるよ」といった、たわいもないやり取り。そのやり取りは、注意や指示の言葉よりもずっとやわらかい形で相手を気遣う力になります。介護の現場では特に、人の変化に気づくことがとても大切です。お菓子を切っ掛けにした短い優しさのラリーは、普段言いにくい「ありがとう」や「ごめんね」を、穏やかに行き来させてくれます。

そして、机の引き出しにお菓子を置く文化は、いつの間にか職員だけの話では終わらなくなります。ご利用者さんへのちょっとした楽しみ、お迎えに来たご家族へのひと休みの一杯のお茶と甘いひと粒、そういった場面にも繋がっていきます。お菓子はただの糖分ではなく、その場にいる人同士を優しく繋げる道具になるのです。

これから先の章では、職場にお菓子を置くことは本当にアリなのかというところから、あげる側と貰う側の気持ち、場のマナー、安心して分け合うための工夫、そしてご利用者さんと楽しむときのポイントまで、順番にお話ししていきます。あなたの職場の引き出しにも、小さな一粒の指定席をつくる価値はあるのか。一緒に考えていきましょう。

[広告]

第1章…職場にお菓子を常備するってアリ?ナシ?~介護の現場で見えてきた本音と背景~

職場の引き出しにお菓子を入れておくことは、だらしないことなのか、それとも必要なことなのか。これはけっこう意見が分かれるところです。中には「仕事中に甘いものなんて」と顔を顰める人もいますし、「うちは勤務中の間食は禁止です」とキッパリ線引きしている職場もあります。こういった考え方の根っこには、仕事中は仕事だけに集中して欲しいという思いがあります。お喋りの切っ掛けになるものは極力減らしたい、衛生面で困ることがあったら責任を持てない、その辺りを気にする働かせたい管理側の気持ちも、確かに分からなくはありません。

ですが、介護や福祉の現場に身を置いてみると、同じ話でも少し景色が違って見えます。介護の仕事というのは、机に向かって座ったままでは終わりません。立つ、しゃがむ、支える、運ぶ、声をかけ続ける、気を配り続ける。身体も頭もフル回転で1日が進みます。気を抜いたら転倒に繋がることもありますし、夜勤では眠気との戦いもあります。そんな中で、口の中にキャンディひと粒やチョコひと欠片を入れるだけで、目の奥の疲れが少し引いて「もうちょっといけるな」と前向きになれることがあります。甘みは短い休憩の合図にもなりますし、水分と一緒に口にすると頭の動きも戻りやすくなります。これは贅沢というより、安全や集中力を保つための、非常に現実的な自己メンテナンスでもあるのです。

もう1つ大切な点は、お菓子がそこにあることで「いつでも一口休んでいいよ」という空気が生まれることです。介護の現場では、頑張り過ぎてしまう人ほど自分の疲れに鈍くなります。体力が落ちていても「まだ平気」と言いがちで、限界まで抱え込んでしまいます。そんな時、同僚から「これ、ちょっと食べておいで」とそっと渡される小さな個包装は、実は食べ物そのものより「あなたの体調を気にしてるよ」というサインとして効くのです。微笑みながら渡されるお菓子は、その人にとって「私は1人で戦っているわけじゃないんだ」という確認にもなります。

もちろん、ただ好き勝手に摘まんでいていいわけではありません。ここで大事になるのが置き方と食べ方です。皆で手をつっこんで一緒に食べるスタイルは、昔はよくありました。昔の休憩室では大きな袋のおせんべいやスナックが、ドンとテーブルに置かれていて、手が空いた人から順番に「いただきます」と摘まんでいく、という光景は当たり前でした。ところがそれでは、衛生のことやアレルギーのこと、取り過ぎちゃう人と遠慮して取れない人の差など、いろいろな問題が出てきます。中でも介護の職場は体調の変化や感染症への注意が日常ですから「一袋皆で」方式は、だんだん合わなくなってきました。

そこで今は、保管するのは小さめの個包装のお菓子、渡すのは1人分ずつ、という形に少しずつ落ち着いてきています。個包装であれば衛生面の不安を減らせますし、渡す側も「はい、あなたの分」と線を引いて手渡しできますから、押しつけになりにくいのです。受け取る側も「今はいいや」「後でゆっくり食べますね」と言いやすいので、気持ちの距離の取り方がとても滑らかになります。この「後で食べますね」という一言は静かなようでいて、実は大人のマナーの入り口です。相手の気持ちをありがたく受け取りつつ、自分のタイミングを守る。このやり取りが自然と育っていくと、現場全体の空気はとても穏やかになっていきます。

つまり、ただ机にお菓子があるだけで「だらしない」と切ってしまうのは少しもったいないのです。介護の現場では、お菓子は体と頭を立て直すエネルギー、声を掛ける理由、周りを気づかう習慣をつくる道具、という3つの顔を持っています。この3つはどれも、書類上の数値には現れ難いものばかりですが、日々一緒に働く人たちの安心感や、チームとしての落ち着きにじわじわ効いてきます。

アリかナシかで言うのなら、単なる「摘まみ食いの自由時間」として広げるのはナシ。でも、体調管理と気遣いの合図として、小さな個包装をそっと置いておくのは、大いにアリ。これが介護現場で見えてきた本音です。ここから先の章では、その「そっと置いておく」ひと粒が、どう人と人を繋いでいくのかをもう少し深く見ていきます。


第2章…あげる人と貰う人~小さなやり取りがチームワークを底上げする~

職場でのお菓子には、あげる人と貰う人がいます。ただそこにお菓子が置いてあって、なんとなく摘まむだけではありません。実際には、「これ食べる?」と声を掛ける人と、「ありがとう、助かる」と受け取る人がいて、その間には目に見えないやり取りが流れています。このやり取りは、とても小さくて短いのに、人と人の距離をグッと近づける力を持っています。

あげる側から見てみると、お菓子はただの差し入れではありません。「さっきの場面、あなたが本当に頑張っていたって分かってるよ」というメッセージでもあります。介護の現場では、仕事が立て込むと声をかけるタイミングさえ奪われることがあります。忙しい時間帯は、応援したいのに言葉にできないことも多いのです。そんな時に、引き出しから小さな個包装を1つ取り出して「これだけでも口に入れて」と手渡す。その行為そのものが、「あなたは大事な仲間です」という合図になっていきます。言い方を変えると、お菓子は気づきの印のようなものです。言葉では拾いきれない疲れや心配を、そっと見つけて渡す。これはまさに相手の様子を観察する力、つまりケアの眼差しと同じ筋肉を動かす練習になっています。

貰う側から見ると、その1つは味より先に安心として届きます。自分の疲れや不調は、本人が一番「まだ大丈夫」と思い込みやすいものです。特に真面目な人ほど、弱音を後回しにして、限界ギリギリまで抱えようとします。そこへ「糖分どうぞ」「休める時に食べてね」とフワッと手が差し出されると、体よりも先に心がほぐれます。「あ、私は見てもらえてるんだ」と思えるからです。これは、ただ甘いものを口に入れるのとは違います。自分はちゃんと気にかけられている、1人ではない、と実感できることがその場の支えになります。介護は、人の身体を支える仕事であると同時に、人の気持ちを支える仕事です。その支える力を、お互いの間でも回し合っている、という形がここにあります。

この小さなやり取りには、もう1つ大事な面があります。それは「渡す側が一方的に与え続ける関係にはしない」という感覚が、少しずつ身に付いていくことです。介護の現場では、やさしさが厚すぎると、相手の自立の芽を潰してしまうという難しさがあります。例えば、全てを先回りしてやってしまうと、ご本人が自分で出来ることまで「人に頼ればいいや」となってしまうことがありますよね。これは職員同士でも似ています。常に「しんどいでしょ、ほらお菓子」と押しつける形になってしまうと、受け取る側が気まずくなったり、自分から声を上げる力を失ったりすることもあります。

そこで少しずつ育てたいのが「今、必要かな」「今はそっと見守ろうかな」というタイミングを見る感覚です。無理に明るく盛り上げるのではなく、「後で食べてね」とだけ伝えて机の上に置いておくとか、逆に今日はあえて何も渡さず横に立って一緒に記録を片付けるとか。その時々で形を変えることが出来ると、ただの配布ではなく、寄り添いのコミュニケーションになります。これは仕事そのものの上達にもつながります。何故なら介護の基本は、ただ手伝うことではなく、相手にとって一番ちょうど良い助け時と支え方を選ぶことだからです。お菓子を切っ掛けに、現場の職員同士がその練習を日常の中で繰り返している、と考えるととても価値があります。

そして、貰う側の気持ちにも変化が出てきます。最初は「わあありがとう、美味しそう」で終わっていたものが、だんだん「この前助けてもらったから、今度は私の番だよ」という動きに変わっていきます。例えば、自分がちょっと余裕のある時間帯に、夜勤明けでふらふらの同僚へそっと差し入れてみる。あるいは、頑張っていた新人さんに「今日の対応すごく落ち着いてたよ」と一言添えて渡す。こうして「ありがとう」が「どういたしまして」になり、「どういたしまして」が「次は私からね」になっていくと、職場には1つの循環が生まれます。これは指示や命令では作れない種類の関係で、同じ場所で働く人同士の信頼をゆっくり積み上げていきます。

この循環が回り始めると、お菓子は単なるおやつではなくなります。お菓子は気配りの言葉、お礼の言葉、労いの言葉の代わりに使える便利な小道具になります。そしてそれは、小さな「ありがとう」を日常の中に増やす練習でもあります。普段は忙しさで飲み込んでしまう気持ちを、その場でちゃんと受け渡せるようになる。この習慣が強いチームを作る力になります。

つまり、あげる人と貰う人という関係は、どちらかが上、どちらかが下ということではありません。どちらも、その場を気持ちよく回そうとしている仲間です。お菓子は、その思いを目に見える形にしてくれる道具にすぎません。けれどその道具を介して、私たちは「あなたを見ているよ」「助かったよ」「本当にありがとう」という大事な気持ちを何度も何度もやり取りできるようになります。これが積み重なると、その職場は自然と声をかけやすい空気になり、困った時に「助けて」と言いやすい場になっていきます。

そしてこの「助けて」と言いやすい場というのは、とても強いです。人は、辛い時に素直にSOSを出せる場所では長く働けますし、仲間を信じやすくなります。介護という仕事は、綺麗ごとだけでは続きません。だからこそ、小さなひと粒のおやつのやり取りは、甘さ以上の仕事をしてくれているのです。次の章では、そのやり取りがどのようにマナーや空気作りにまで広がっていくのかを見ていきます。


第3章…お菓子タイムはマナー教室~声を掛けやすい雰囲気と気づきの循環が生まれるまで~

お菓子は口に入れて終わりのものではありません。意外なことに、職場のお菓子はその場のマナーや振舞いの練習道具として、とても優秀です。例えば「今いい?ちょっと渡してもいい?」と声をかけるか、「あとでそっと置いておくね」と控えめに渡すか。この選び方1つで、相手の状況をちゃんと見ているかどうかが分かります。忙しくバタバタしている人に明るく話しかけて気を散らしてしまうのは、優しさのつもりでも時には逆効果になります。反対に、疲れて小さくなっている人に何も声をかけず放っておくのも、とても冷たく感じられてしまいます。お菓子を切っ掛けに「今は声をかける時か、静かに傍にいる時か」を考えるのは、じつは介護職としてとても大切な力なのです。

この「声のかけ方を選ぶ」という意識は、職場全体の空気をやわらかくします。「あの人に話しかけていいかな、今はやめた方がいいかな」とみんなが自然に様子を見るようになると、ギスギスする前に余裕が生まれます。逆に言えば、お菓子はただ甘いから嬉しいのではありません。その人を一人の人間として尊重してもらえている、今の自分のペースを大事にしてもらえている、という安心感が生まれやすいから嬉しいのです。これが積み重なると、職員同士の間に「ちょっといい?」と声をかけやすい空気ができます。注意やお願いごとを伝える時でも、いきなりキツイ口調になりにくくなり、「さっきの対応なんだけどね」とやわらかく入っていけるようになります。

ここで、もう1つ大事なことがあります。それは「食べ方のマナー」と「分け方のマナー」が同時に育つということです。職場にひと袋ドン、と置いて自由に取る方式だと、「遠慮して取れない人」と「気づけば既に2つ3つ消えている」という人との間に、静かな不公平感が生まれます。これを放置すると、そのうち「どうせあの人が持っていくから」という小さな不満に変わり、顔には出さなくても内側ではチクチク残ります。そうなると、お菓子は楽しいどころか、むしろ空気を悪くする火種になってしまいます。

だからこそ、今は個包装が生きてきます。個包装であれば、渡す時に「あなたに」と明確に言えますし、受け取る側も「ありがとうございます、後でいただきますね」と丁寧に返すことができます。この「後でいただきますね」というひと言は、さりげないようでいて、とても美しいやり取りです。すぐ食べないことを責められないし、無理に今、微笑む必要もないけれど、気持ちはちゃんと受け取りましたよ、と相手に返しているからです。これは礼儀の会話です。お菓子そのものより、この礼儀が場に貯まっていくことが、穏やかな職場を作ります。

さらに、お菓子は「やっていいこと」「やらない方がいいこと」の線引きも学ばせてくれます。例えば、詰所の中央に甘い香りのおやつを堂々と広げてしまうと、現場によってはご利用者さんが「私も食べたい」となることがあります。食事制限のある方や、咽込みやすい方の前でカリカリと音がするスナックを食べてしまうと、それだけで不公平感や寂しさにつながることもあります。職員のつもりは悪くなくても、「目の前で自分だけ」がとても残酷になる場面があるということです。こういった場面を避けるためには、タイミングと場所を意識する必要があります。この意識が、そのままご利用者さんとの接し方にも反映されていきます。「これは見せない方が親切だな」「これは一緒に楽しめるな」という判断が少しずつ磨かれていくのです。

お菓子の分け合いは、声掛けの練習でもあります。同僚に「無理してない?」と直接聞くと、相手はかえって身構えてしまうことがあります。でも「ちょっと甘いのいる?」くらいなら、やわらかく届きます。そうすると相手は「大丈夫、でもありがとう。今日はちょっとキツいかも」と本音を出しやすくなります。これは、ただの間食タイムに見えて、実は相手のSOSをキャッチする入り口なのです。普段は強がる人も、お菓子経由の声かけには緩んでくれることが多いので、職場の中に安心の糸口がいくつも生まれます。

面白いことに、この安心の糸口は一方向には流れません。貰った側も、自分の番が来たら渡す側に回っていきます。「さっき助けてもらったから、あの人がしんどそうなら今度は私が声をかけよう」という気持ちが、自然と根付いていきます。つまり、お菓子を分け合う場は、やさしさを循環させる場所になっていきます。介護は目の前の相手に注ぐ力がとても大きい仕事です。その分、自分のほうが乾いていくこともあります。だからこそ、お互いに「今、あなたが心配なんだよ」と言い合える関係は、とても大事な安全網になります。

この安全網がある職場では、ちょっとしたミスや申し送りのスレ違いも、早い段階で素直に共有しやすくなります。「ごめん、あれ抜けてた」「助かった、気づいてくれてありがとう」と言いやすい場は、ミスを責める場ではなく、支え合って立て直す場になります。お菓子は直接その業務をこなしてくれるわけではないのに、何故かその土台作りにはちゃんと役に立っている。これはとても不思議で、とても現実的な力です。

つまり、お菓子タイムは単なる休憩ではなく、職場のマナー教室そのものです。声をかける時の気遣い、渡し方と貰い方の礼儀、場作りの配慮、そして「助けて」と言いやすい空気。この全部がゆっくり育っていくことで、現場全体のトーンは自然と落ち着きます。イライラやピリピリが積もりにくくなり、困った時に周りを頼れる雰囲気が根を張ります。これは、介護という仕事を長く続けていく上で、とても大きな意味を持ちます。

次の章では、この文化を安心して続けるために欠かせない工夫──個包装という形、衛生面の配慮、タイミングの整え方──について、もう少し具体的にお話ししていきます。


第4章…安心して分け合うための工夫~個包装・衛生・タイミングの整え方~

お菓子を職場で分け合うことには、温かさや安心がある一方で、きちんと整えておきたい約束ごともあります。適当に置いて、勝手に食べてね、という形だと、人によっては不安も残りますし、後から「それ誰の分だったの?」という小さなトラブルにもつながります。職場にお菓子文化を根付かせたいなら、やさしさと同じくらい「安心して受け取れる形」にしておくことがとても大切です。

まず意識したいのは、一人分ずつになっている小さな個包装を基本にすることです。昔ながらのスタイルは、袋をパッと開けてみんなで手を伸ばして摘まむ、いわば共同のお皿でした。けれどこの形は、今の介護現場にはそぐわないことが増えています。手を何回も入れるうちに衛生面が気になるという声もあれば、アレルギーや体の状態によって「それは口にできない」という人が混ざっていることもあります。誰がどれをどのくらい食べたのか分からない、というのも地味に困るところです。

その点、個包装のお菓子は線がハッキリします。「はい、あなたに」と渡せるので、押しつけではなくプレゼントに近いやり取りになりますし、「今はやめておくね」と断りやすくもなります。渡す側も、テーブルの上にドン、と無造作に置きっぱなしにするのではなく、そっと手渡ししたり「休める時にどうぞ」とメモを添えたりできます。一人分が独立していることで、気持ちの受け渡しが柔らかくなるのです。ここには「無理に盛り上げなくていい」「タイミングはあなたのペースでいい」というメッセージが自然に含まれています。これは介護の場でとても大切な感覚で、相手のペースを尊重するという基本の姿勢にそのまま繋がっていきます。

もう1つ大切なのは、お菓子の置き場所とタイミングです。ナースステーションや事務机や詰所など、スタッフ専用の区画があるなら、そこにそっと小さいスペースを決めておくと安心です。みんなの見える所に山積みにするより、「ここは職員の休憩エリア」と分かる場所に落ち着いている方が、場を乱しません。大事なのは「誰でも勝手に好きなだけ」という形より、「必要な時に、必要な人へ」という考え方です。特に介護や福祉の現場では、ご利用者さんの前で職員だけがパリパリ音のするスナックを食べる、という状況は避けたいところです。食事の制限がある方、咽込みやすい方、口から食べる楽しみを大切にしている方にとって、その音や香りは羨ましさや寂しさにもなります。

だからこそ、タイミングは静かに選びたいのです。ご利用者さんのケアが落ち着いた少しの合間、申し送りが終わってホッとひと息つける時間帯など、短くても「今はフリーでいい」という瞬間を捕まえる。そこに「どうぞ」と差し入れると、ただの間食ではなく「お疲れ様、一端ここで呼吸しよう」という合図に変わります。これは夜勤帯にもとても効きます。夜勤は気力も体力もじわじわ削られますので、深夜や明け方に甘い物をひと欠片だけ口に入れることで頭が戻ることがあります。一人で孤独に耐えている時間の中で、机の隅にそっと置かれた個包装は、ほんのり灯りみたいな役割をしてくれます。自分のことを「覚えていてくれたんだな」と思えるからです。

それから、同じくらい大事な話として「これは常備していいものか」「これは控えめにした方がいいものか」という選び方があります。香りが強すぎるものは周囲に広がりやすいので、職場によっては避けたほうが良いこともあります。砕けやすくてポロポロ落ちるようなお菓子は、転倒リスクのある床に散ると危ないこともありますし、ナースコール対応の最中に手や制服がベタつくタイプは向きません。サッと摘まめて、手がベトベトしない、口に入れても音が大きくならない、包装ゴミがすぐ片付けられる。こういう条件は、一見ただの拘りに見えますが、実は現場の安全と清潔さを守るシンプルな工夫そのものです。

そして忘れたくないのが「見えるところで補充しておくこと」です。お菓子はただ出すだけではなく、仕舞い方や補充のされ方がその職場の空気を映します。いつも同じ人ばかりが負担しているように見えると、ありがたいより気まずい気持ちが先に立つことがあります。「あの人がいつも買ってきてくれる」となってしまうと、貰う側が申し訳なさそうになり、素直に受け取りづらくなることもあります。そこで、机の中や棚の一角に「ここに入れておくね」と皆で共有の置き場を決めておくと、誰か一人の厚意に頼り切りにならず、自然な形で循環します。例えば、明けの人がちょっとだけ補充して帰るとか、休み明けの人が「これ昨日見つけたんだ」とそっと足しておくとか、そういう小さな往復が最終の理想的です。

この「皆で回す」という考え方は、ただの節約意識ではありません。自分だけラクをするために食べるのではなく、チームとして明日以降も気持ちよく働けるように整えていく、という姿勢の表れです。介護の現場は体力も心も使います。だからこそ、次のシフトに入ってくる仲間に少しでもいい状態でバトンを渡したいという思いが、こういう場所に滲みます。これは、仕事を「自分の担当分だけこなして終わり」と考えるか、「次につなげる」と考えるかの違いです。小さなお菓子の置き場は、その違いを目で見える形にしてくれます。

つまり、安心して分け合うための工夫というのは、難しい規則や掲示ではなく、「ひとり分ずつ安心して受け取れる形にすること」「場と時間を選ぶこと」「皆で回すこと」の積み重ねです。お菓子がちゃんと行き渡る職場というのは、人の体調と気分に目が向いている職場でもあります。そこでは、小さな変化に早く気づける人が自然と増え、結果的に現場全体の落ち着きが守られていきます。

次の章では、職員同士だけではないもう1つの大切な相手、つまりご利用者さんやご家族との間で、おやつがどんな役わりを果たすのかを見ていきます。ひと粒で場がやわらぐ瞬間と、逆に注意したい場面も、丁寧に触れていきます。


第5章…ご利用者さんと一緒に味わうおやつ~喜ばれる工夫と気をつけたいこと~

職員同士のお菓子タイムが少しずつ落ち着いたら、次に考えたくなるのが「ご利用者さんにも、小さな楽しみをお裾分けできないかな」という気持ちです。介護の現場では、体のケアや安全の確保はもちろん大切ですが、日々の中に「嬉しい」「美味しい」「ホッとする」という時間があるかどうかも、心の元気に直結します。たったひと粒のキャンディやひと口のクッキーでも、その場の空気が優しく緩んで、会話が増えることがあります。おやつはただの間食ではなく、その人の1日を「今日はこれが美味しかったね」と振り返れる出来事に変えてくれる小さな行事なのです。

とはいえ、職員同士のやり取りと同じノリを、そのままご利用者さんに持ち込めるかというと、そう単純ではありません。介護の場では、おやつには気をつけたいポイントがいくつもあります。例えば、飲み込みに不安がある方には固いものやパリパリしたものは向きませんし、血糖値や塩分に気を配っている方もいます。香りが強いものは食欲を刺激し過ぎてしまうこともありますし、反対に、咽やすいのに粉っぽいものを口にすると辛い思いをすることもあります。「一緒に食べようよ」という気持ちだけで押してしまうと、その親切が相手にとっては負担になることがあるのです。だから本当に大切なのは、「皆同じ」ではなく「あなたはこれが安心」という1人ずつの顔をちゃんと見ることです。

ここで力を発揮するのが、職員が普段積み重ねている観察力です。日頃から「Aさんはキャラメル系が好き」「Bさんは昔ながらの甘納豆の話をすると目がキラッとする」「Cさんは洋菓子はあまり食べないけど、ほうじ茶と一緒の素朴なおせんべいには手が伸びる」というような、細かい好みを知っているかどうかは、とても大きな差になります。こういった小さな情報は、記録や会議の議題にはなりにくいのですが、ご本人と向き合う時間をほんのり豊かにしてくれます。「今日はこれにしてみませんか」と、その人の昔からの好きな味を選んで差し出した時の表情は、やはり特別です。そこには「覚えていてくれたのね」という喜びと、「今の自分も大事にされている」という安心が同時に灯ります。

さらに、おやつはご本人だけでなく、ご家族との時間にも効いてきます。ご家族が面会に来られた時、少し落ち着いたスペースでお茶を淹れて、ひと口サイズのお菓子をそっと添えるだけで、その場の会話が変わることがあります。久しぶりの顔合わせだと、何を話せばいいのか、どう声をかければいいのか、ちょっと緊張することもありますよね。そこに湯気の立つカップとひと摘まみのおやつがあると、言葉を探す沈黙が、やさしい間になります。「これ好きだったよね」「昔よく買ってきたよね」という思い出話が自然にほどけていき、今の体調や暮らしぶりの話題にも入りやすくなります。おやつは、介護記録には残らないけれど、家族の時間を支える道具にもなるのです。

ただし、ここにも落とし穴があります。自由なおやつが場に置かれていると、取りに行ける人だけが多く持っていく、ということが起こります。例えば、歩ける方が一気に集めてしまって、あとから来た方の分がもう残っていない、ということは実際に起こりがちです。また、一人で抱え込んでしまう方がいると、他の方との小さな揉め事に繋がることもあります。「あの人ばっかり」という気持ちは、小さな火花でも一度つくと長く残ります。これを防ぐには、ただ置いておくのではなく、「どうぞ」の声といっしょにお渡しすること、つまり人を通して渡す形が有効です。職員が1人分ずつ手渡すことで、「これはあなたの分ですよ」という線引きがはっきりし、取り合いではなく交流として成立します。

また、どのおやつをどの場面で出すのが相応しいか、という目利きも欠かせません。たとえば、食事前のタイミングに甘いものを出しすぎると、メインの食事がお腹に入らなくなってしまうことがあります。逆に、食後の満足感がまだ残っているタイミングに、香りの良い温かい飲み物と一緒にほんのひと口の甘いものを添えると、「今日もおいしく食べられた」という実感がしっかり残ります。この「しっかり残る」という感じは、実はとても大事です。高齢になると、時間の流れが曖昧になる瞬間があります。「今日は何の日?」「ついさっき何をした?」という感覚がフワッとほどけることがあります。そんな時に、「さっきあのお菓子がおいしかったね」という経験が心に温かく残ると、1日の輪郭が優しく整います。おやつは、1日の記憶を柔らかく形作る小さなマーカーにもなるのです。

ご利用者さんにとっても、ご家族にとっても、そして職員にとっても、共通して言えることがあります。それは「おやつを一緒に楽しもうとする時間」は、立場を上下にしないということです。介護の場では、どうしても「お世話する人」と「お世話される人」という線が引かれがちです。その線が強すぎると、両方とも息がしづらくなります。けれど、お茶とおやつを囲んで「どれが好き?」「これはちょっと甘すぎるね」と笑い合っている時だけは、その線がフッと薄くなります。そこにいるのは、職員でもご利用者さんでもなく、ただ「今同じ味を分け合っている人たち」です。この瞬間は、介護の場にとって宝物のような時間です。

ただ甘いものを用意するだけではなく、安心して食べられる形で、思い出の味や落ち着ける香りを添えて、その人が「私はここにいて大事にされている」と感じられる場を作る。これが、ご利用者さんと一緒に味わうおやつの本当の意味です。小さな一粒は、お腹だけでなく、その人の気持ちと、その場にいる人同士の繋がりまで満たそうとしているのです。

次のまとめでは、職員どうしのやり取りから、ご利用者さんやご家族との時間にまで広がっていくこの「小さなおやつ文化」が、なぜ職場の力そのものにつながっていくのかをあらためて振り返ります。

[広告]


まとめ…一粒のおやつは贅沢ではなくケアの一部~やさしい輪が続く職場作りへ~

職場の引き出しにそっと置かれたひと粒のお菓子は、ただの間食ではありませんでした。そこには「お疲れ様」「ちゃんと見ているよ」「あなたは一人じゃないよ」という気持ちが重なっています。介護の現場のように体と心の両方を使い続ける仕事では、そのやさしい声かけを目に見える形にしてくれる小さな道具こそが、時々、一番効きます。お菓子を渡すことは甘やかすことではなく、その人の体調や気力を保つための手当てであり、同時に「今のあなたを大切に思っています」という合図なのです。

その合図は一方通行では終わりません。渡した人と貰った人の間で「ありがとう」「今度は私からね」という気持ちが行き来することで、職員同士の間に柔らかい結び目が増えていきます。これは指示や注意だけの関係では育ち難いものです。ひと粒を手渡すたびに、お互いの顔色を気にかけたり、タイミングを考えたり、やさしい言葉を添えたりする練習が自然と積み重なります。こういう積み重ねがある職場は、声をかけやすい空気が生まれやすく、「助けて」と言いやすい場所になります。介護という仕事は、完璧でいようと一人で抱えるほど苦しくなる世界です。だから「助けて」と言える場所は、とても強い場所です。

さらに、お菓子の分け合いはマナーも育てます。いきなり机の上に大袋を開けて、皆で無制限に摘まむやり方は、今の現場ではもう主役ではありません。清潔さや安全の面からも、気持ちの面からも、一人分ずつの個包装をそっと手渡す形が主役になっていきます。この形には、いくつもの思いやりが重なっています。無理に今すぐ食べさせようとしないこと。相手のペースを尊重すること。賑やかさを押しつけないこと。必要な人に必要な時に届くこと。こうした「丁度良い距離感」を身につける力は、そのままケアの質にも繋がっていきます。結局のところ、お菓子をどう扱うかは、人をどう人を扱っているのかと同じなのです。

そして、このやさしい輪は職員だけで終わりません。ご利用者さんやご家族にとっても、ひと口のおやつは心をほどく合図になります。好きな味を覚えていてもらえること、安心して食べられる形で出してもらえること、落ち着いた場所でゆっくり味わえること。その全部が揃うと、「わたしはここで大事にされている」という実感につながります。介護というのは体を支えるだけではなく、その人の1日を「今日は嬉しかったね」で終われるように整える仕事でもあります。おやつは小さいけれど、その役わりを本当に担える存在なのです。

もちろん、ただ甘いものを配れば全て丸く納まるわけではありません。衛生面への配慮、場所と時間の選び方、食べ方の安全、その人の体の状態に合わせた内容。これらを疎かにしてしまうと、やさしさのつもりが逆に負担になってしまうこともあります。だからこそ、「どう渡すのが一番心地良いだろう?」「これは今ここで安心して出せるものだろうか?」と考える姿勢が欠かせません。その考える姿勢こそ、現場を丁寧に支える力の正体です。

ひと粒のおやつは安上がりな楽しみではなく、職場の空気を温め直すスイッチです。忙しさで硬くなった心をいったん緩め、声を掛けやすい雰囲気を引き出し、ご利用者さんやご家族との時間をやわらかく包み、仲間への「ありがとう」を日常の言葉にしていく。そういう小さな輪がいくつも同時に回り始めると、その職場はただ業務をこなす場所ではなく、「ここで働いていていいんだ」と思える居場所へと変わります。

お菓子は、贅沢ではありません。足りなくなりがちなところに、ひと呼吸ぶんのやさしさを足すための道具です。あなたの職場の引き出しにも、そっとその指定席を作ってみてください。そこから生まれる柔らかい会話と、温かい眼差しは、過程での気づきも含めて、きっと長い間、心に残ります。

⭐ 今日も閲覧ありがとうございましたm(__)m 💖


応援リンク:


人気ブログランキングでフォロー

福彩心 - にほんブログ村

ゲーム:

作者のitch.io(作品一覧)


[ 広告 ]
  • コメント ( 0 )

  • トラックバックは利用できません。

  1. この記事へのコメントはありません。