介護を辞めたい夜は心の非常ベルかもしれない~感染症と制度疲れの先で働き方を立て直す話~

[ 職場の四季と作法 ]

はじめに…「もう無理」が口からこぼれる夜に

勤務を終え、制服を脱ぎ、ようやく家に着いた。それなのに頭の中では、消毒、検温、記録、連絡、翌日の人員配置がまだ走り回っています。体は帰宅しているのに、心だけが職場で残業中。そんな夜に「もう辞めたい…」とこぼれるのは、決して珍しいことではありません。

感染症への警戒が続いた介護現場では、利用者さんの命を守る責任に加え、家族対応、サービス調整、職員同士の緊張まで重なりました。正解の見えない状況では、「近づいても心配、離れても心配」という疑心暗鬼が生まれます。頑張っても安心に辿り着かず、一進一退の毎日に疲れてしまうのも無理はありません。

しかも介護の仕事は、こちらが少し休みたい日に限って、ナースコールも電話も妙に元気です。「皆さん、私の休憩時間をご存じで?」と心の中でツッコミを入れても、呼び出し音は遠慮を覚えてくれません。笑えるうちはまだしも、何も感じなくなった時には注意が必要です。

「辞めたい」という気持ちは、弱さの証明ではなく、心が鳴らしている非常ベルです。

すぐに退職届を書く必要はありません。ただ、そのベルを「気のせい」で消してはいけません。休むのか、相談するのか、働き方を変えるのか、それとも職場を離れるのか。大切なのは、誰かの暮らしを支える人が、自分の暮らしまで壊してしまわないことです。

介護の仕事で積み重ねた気づかい、判断力、声の掛け方は、職場を変えても消えません。立ち止まる日は、人生が止まる日ではなく、次の道を選び直す日なのです。

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第1章…忙しさより苦しいのは終わりが見えないこと

介護の仕事が苦しくなる原因は、単に業務量が多いことだけではありません。あと何件こなせば終わるのか、いつまで警戒を続ければ良いのか、どこまで自分が背負うのか。その境目が見えないまま働き続けることが、心をジワジワと消耗させます。

食事介助や排泄介助のように、始まりと終わりが分かる仕事なら、忙しくても「あと少し」と踏ん張れます。ところが感染症への対応は、目の前の作業が終わっても気持ちが休まりません。手すりを拭き、記録を書き、家族へ連絡し、職員同士で確認しても、「これで大丈夫だろうか?」という不安が残ります。

やっと椅子に腰を下ろした瞬間に電話が鳴ると、「もしかして、この椅子には着席感知センサーが付いているのでは?」と疑いたくなるほどです。もちろん椅子は無実です。悪いのは、人が座る絶妙な間を読んでくる電話の方でしょう。

感染者が確認された地域では、利用している事業所や家族関係まで周囲に知られるのではないかという心配が広がりました。サービスの受け入れが難しくなれば、支援を必要とする高齢者さんと家族に負担が戻ります。ケアマネージャーや介護職員は、安全を守りたい事業所と、今日の介護を必要とする家族の間に立ち、臨機応変を求められました。

クラスター(同じ場所で感染者が集団発生すること)を防ぐ責任もあります。けれど、感染は目で見て避けられるものではありません。「この対応で十分か」「誰かを危険にさらしていないか」と考え始めると、疑心暗鬼になり、普段なら気にならない小さな出来事にも神経が反応します。

上司からは「安全を優先して」と言われ、家族からは「何とか利用させてほしい」と頼まれ、現場からは「これ以上は回らない」と声が上がる。どの意見にも事情があるため、誰かを悪者にすれば片づく話でもありません。気づけば職員だけが、正解のない問題集を毎日解かされているような状態になります。

人は忙しさだけで倒れるのではなく、終わりの見えない緊張によって心の休み方を忘れていきます。

必要なのは、気合いを追加することではありません。「今日の対応はここまで」と区切る基準を決め、判断を個人の胸の内だけに置かないことです。申し送りで不安を言葉にする、管理者へ判断を戻す、記録に残して次の勤務者へ渡す。仕事を途中で投げるのではなく、荷物を安全に手渡す感覚です。

自分だけで抱えれば早く進むように見えても、その方法は長く続きません。終わりを作るのも、立派な仕事の一部です。帰る時には心も一緒に連れて帰る。その小さな区切りが、翌日の自分を守ってくれます。


第2章…制度と感染対策の隙間で膨らむ見えない仕事

介護保険には、訪問介護、デイサービス、ショートステイなど、暮らしを支える仕組みがあります。利用するサービスが決まり、予定表が整えば、生活はひとまず動き出します。

ところが感染症への警戒が高まると、その予定表通りに進まない日が増えます。事業所へ受け入れの可否を尋ね、家族の体調を確認し、代わりの支援を探し、関係先へ連絡する。ようやく調整できた頃には状況が変わり、最初の電話からやり直しになることもあります。

介護認定の更新や調査が通常通り進まない時期には、制度上の扱いが変わっても、利用者さんの暮らしは待ってくれません。書類の期限が延びても、食事、排泄、入浴、服薬の時間まで延長されるわけではないのです。

利用票や提供票(利用予定を本人や事業所へ知らせる書類)には、どのサービスを、いつ使うのかが記されています。けれど、そこには「受け入れ先へ何度電話したか」「不安を抱えた家族の話を何分聞いたか」「断られた後に誰が次の手を探したか」までは載りません。

記録用紙は整然としていても、その裏側では職員が東奔西走しています。電話を切った直後に別の電話が鳴り、「もしもし」が今日だけで何回目か分からなくなる。いっそ名乗る前に相手が用件を察してくれないだろうか――残念ながら、電話機にそこまでの気遣い機能はありません。

事業所で職員の感染が疑われれば、サービスの休止や受け入れ制限が起こることがあります。そのシワ寄せは、支援が必要な高齢者さんと家族へ向かいます。家族は仕事や子育てを抱えたまま介護を引き受け、ケアマネージャーは安全を守りたい事業所と、今すぐ助けが必要な家庭の間で五里霧中になります。

施設側にも事情があります。感染を持ち込まないためには慎重にならざるを得ません。一方で、面会や利用を断れば、本人の孤立や家族の疲れが深まります。「安全」と「暮らし」のどちらか片方だけを選べないことが、この仕事の難しさです。

見えない仕事とは、制度からこぼれた暮らしを、誰かが両手で受け止めている時間です。

その時間を個人の善意だけで埋め続ければ、支える人が先に疲れ切ってしまいます。連絡係を決める、判断基準を共有する、家族への説明文を揃える、記録の重複を減らす。備えあれば憂いなしという言葉は、防災用品だけでなく、職場の段取りにもよく似合います。

現場を守る工夫は、派手な改革ばかりではありません。「この電話は誰が受けるか」「この判断は誰に戻すか」を決めるだけでも、職員の肩から荷物が1つ下ります。見えない仕事に名前を付け、時間として数え、皆で分ける。その積み重ねが、利用者さんの暮らしと職員の笑顔を同時に守っていきます。

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第3章…限界のサインは心より先に暮らしへ現れる

「まだ働けるから大丈夫」と思っていても、暮らしの方が先に小さな異変を知らせることがあります。帰宅しても食事を用意する気になれない。お風呂が遠い。眠ったはずなのに疲れが抜けない。休日になると、何かを楽しむより横になっていたくなる。心は平静を装えても、生活の動きには本音が滲みます。

介護職は、少しくらいの疲れなら押して動けてしまいます。利用者さんを待たせられない、同僚に迷惑を掛けたくない、今日だけ乗り切れば何とかなる。そうして八面六臂で働いているうちに、「今日だけ」が毎日へ変わっていきます。

職員が辞めれば、残った人へ残業や身体介助が集まりやすくなります。人が足りないほど休みを申し出にくくなり、休まないほど疲れが深くなる。この悪循環は、個人の根性だけでは止められません。自分や家族を守りたいと思うのは、介護への情熱が足りないからではなく、人として自然な感覚です。

暮らしに出やすい変化は、派手なものとは限りません。仕事用の鞄を玄関へ置いたまま片づけられない。好きだった番組を見ても内容が頭に入らない。家族から話し掛けられただけで、妙にイライラする。冷蔵庫を開けたのに何を取りに来たのか分からず、そっと閉める――冷蔵庫は悪くありません。疲れた頭が、用件を置き忘れてきただけです。

そんな日が重なってきたら、バーンアウト(仕事への意欲や心身の力が大きく落ちた状態)に近づいていないか、自分の暮らしを見つめる必要があります。朝起きた時の気分、食事の量、眠り方、人との会話、休日の過ごし方。勤務中の頑張り具合より、家へ帰った後の自分に目を向けると、疲れの深さが見えやすくなります。

限界は、倒れた瞬間に始まるのではなく、いつもの暮らしが少しずつ出来なくなるところから近づいてきます。

気になる変化があれば、数日だけでも書き留めてみましょう。「眠れなかった」「夕食を抜いた」「仕事の電話を思い出して動悸がした」「休みの日も何も出来なかった」。立派な日記にする必要はありません。天気予報のように、自分の調子へ晴れ、曇り、雨を付ける程度でも十分です。

そこで雨の日が続いていると気づいたら、上司や同僚、家族、医療機関などへ早めに相談します。「もう少し頑張ってから」ではなく、話せるうちに言葉へすることが大切です。体調不良が続く場合は、自己判断だけで済ませず、医師などの専門家へ繋げましょう。

相談する時は、「つらいです」だけでなく、暮らしに起きている変化を添えると伝わりやすくなります。「3日眠れていない」「食事が1日1回になった」「出勤前に吐き気がする」といった具体的な状態なら、勤務の調整や休養の必要性も共有しやすくなります。

自分の調子を確かめるのは、弱音ではありません。利用者さんの小さな変化へ気づける人ほど、自分の不調には鈍感になりがちです。その観察力を、時には自分にも向けてください。心身一如。体と心は別々に働いているようで、暮らしの中ではしっかり手を繋いでいます。


第4章…辞める・休む・続け方を変えるという3つの出口

「辞めたい」と思った時、頭の中では退職するか、歯を食いしばって残るかの二択になりがちです。けれど、職員室の扉には見えない非常口がもう1つあります。一旦、休むこと、そして続け方を変えることです。

心身が疲れ切っている時に、大きな決断を急ぐ必要はありません。有給休暇を取る、受診する、勤務日数を減らせないか相談する。夜勤や送迎、入浴介助など、負担が集中している業務を一時的に外してもらう方法もあります。

「皆が大変なのに、自分だけ休めない」と考える人ほど、限界まで残ってしまいます。しかし、フラフラの職員が「大丈夫です」と笑っている状態は、本人にも利用者さんにも安全とは言えません。大丈夫という言葉が、もはや職場の合言葉になっているなら、そろそろ別の言葉へ交代してもらいましょう。「今日は助けてください」で十分です。

休んでも苦しさが変わらない時は、同じ介護の仕事でも役割を変える道があります。施設介護から訪問系へ、身体介助が多い仕事から相談援助や事務へ、常勤から短時間勤務へ移る選択です。介護福祉士やケアマネージャーなどの資格があっても、同じ働き方を一生続けなければならない決まりはありません。適材適所という言葉は、利用者さんの支援だけでなく、働く人にも必要です。

職場そのものを変える方法もあります。人員配置、休憩の取りやすさ、感染症が発生した時の応援体制、管理者へ相談できる空気は、事業所によって違います。「介護の仕事が向いていない」と思っていた人が、職場を替えただけで笑顔を取り戻すこともあります。

それでも自分や家族の暮らしを守れないなら、介護職を離れる決断は逃げではありません。感染症への緊張や人手不足の中で、最後には我が身と家族を大切にしたいと感じるのは、自然なことです。職員が去れば残る人へ負担が掛かるとしても、その責任を退職する1人だけへ背負わせるのは違います。人員を整え、無理なく働ける仕組みを作るのは、組織の役目です。

辞めること、休むこと、続け方を変えることは、どれも自分の暮らしを守るための立派な選択です。

介護現場で身につけた力は、職場を離れた瞬間に消えるものではありません。相手の表情から体調を読む力、予定外の出来事へ対応する力、家族の言葉にならない不安を受け止める力。それらは接客、医療、福祉、教育、事務など、様々な場所で生きていきます。

心機一転、新しい職場へ向かうのもヨシ。少し休んでから戻るのもヨシ。働く時間を小さくして、介護との距離を調整するのもヨシです。出口は仕事から逃げる穴ではなく、息を吸える場所へ進む扉です。扉の向こうで、肩の力が少し抜けた自分に会えるかもしれません。

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まとめ…介護を離れても積み重ねた優しさは消えない

介護の仕事を辞めたいと思うほど疲れた時、人はつい自分を責めてしまいます。「もっと頑張れる人もいる」「私の我慢が足りないのでは?」と、心の中で反省会を始めてしまうのです。けれど、その会議は深夜まで延長しがちで、しかも議長も書記も自分。これはなかなか閉会しません。

感染症への警戒、制度上の手続き、家族への連絡、人手不足による勤務の増加。介護現場には、予定表や記録だけでは見えない仕事が積み重なっています。安全を守ろうとするほど緊張が続き、利用者さんの暮らしを支えようとするほど、自分の暮らしが後回しになることもあります。

そんな日々の中で生まれた「辞めたい」は、仕事を軽く考えている人の言葉ではありません。責任感を持ち、誠心誠意向き合ってきたからこそ、心と体が休息を求めている場合があります。

誰かを支える仕事を続けるためにも、まず支える自分が倒れない道を選んで良いのです。

休んで心身を整える。勤務時間や役割を変える。別の職場で介護を続ける。介護とは異なる仕事へ進む。どの道を選んでも、利用者さんへ掛けた言葉や、家族の不安を受け止めた時間まで消えることはありません。

相手の小さな変化へ気づく力、予定外の出来事に対応する力、困っている人の声を待つ力。介護現場で育ったものは、資格証の中だけに収まらない人生の力です。七転八起というほど転ばなくても構いません。一旦、座ってお茶を飲み、立てそうな時に立てば良いのです。

辞めることは敗北ではなく、暮らしの進路変更になることがあります。続けることも、休むことも、離れることも、自分と家族の明日を守るための選択です。

制服を脱いだ後にも、あなたが人を大切にしてきた事実は残ります。その優しさを、これからは自分にも少し多めに向けてください。心の非常ベルに気づいた日から、新しい毎日は静かに動き始めます。

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今日も閲覧ありがとうございましたm(__)m


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